空を飛びたいウマ娘と山奥の装蹄師の話   作:小松市古城

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妄想大炸裂







16:館の主

 

 

 

 

 

 

 心からの謝罪といえば、やはりこれしかないであろう。

 

 とはいえここは病院。

 しかも私は治療の対象者たる怪我人という状況だ。土の上でないことは我慢してもらわねばならない。

 

 この行為に謝罪の意味が含まれるようになったのはさほど古い話ではなく、戦後のことであるらしい。その前は、貴人に対する礼としてうずくまり、ひざまづいていたという。それが原型となりここ100年ほどは謝罪の意味が込められるようになったというが、真偽のほどは定かではなく、今の私にも関係がない。

 

 何より、今の私は心からの謝罪をしなければならない相手に囲まれている。

 

 彼女たちは私にとって貴人といって差し支えない存在であり、私を盛大に心配したが故に私を取り囲んでいるのだから。

 

 そして私は、彼女たちに謝罪をすべき理由を抱え込んでいた。

 

  

 

 

 

 

 装蹄師の男はベッドの上で、彼を取り囲んだ数多のウマ娘と数人のヒト娘と一人のヒト息子に向かって、やや芝居がかった振る舞いで、深々と土下座をした。

 

「…頭を上げてくれ、兄さん」

 

 やれやれといったニュアンスを多分に含みつつ口火を切ったのはシンボリルドルフだった。彼女のその言葉だけで、装蹄師の男は自らの状況を一層恥じた。

 

「別におっちゃんが悪いわけじゃねえだろーに。まぁまた怪我したのはいただけねえけどな!」

 

 ゴールドシップが助け舟なのかなんなのかわからない言葉を継ぐ。

 

「いや…怪我してたのを言ってなかったのは俺だからな」

 

 装蹄師の男は己の落ち度を恥じ、麻酔が切れて痛む頭に思わず手をやった。

 

 

 

 縫ってあった傷はシリウスシンボリの操縦する機体の急降下と急上昇に伴う重力加速度と気圧変化で、縫われた半分ほどが瞬時に、裂けるように開いてしまったらしい。

 

 伝聞なのは装蹄師の男がその瞬間に気を失ったからだ。

 

 そして数瞬遅れて男の異変に気付いたシリウスは即座に緊急事態の一歩手前、機内の病人発生などの時に宣言されるパンを空域管制に通告した。

 

 既に日没門限を過ぎている調布には降りられず、管制に従い羽田に降りることになったシリウスは、着陸後に男を救急車に乗せるとそのまま事情聴取のため航空局に出頭したとのことだった。ヒステリックに緊急事態宣言を出さなかったあたり、シリウスが冷静だったことが伺えるな、と男は思った。

 

 そんなわけで、この場にはシリウスシンボリはいない。

 

 その代わりにどこから話を聞きつけたのか、近いところにいたからなのかはわからないが、昼間顔を合わせていたシンボリルドルフ、エアグルーヴ、マルゼンスキーが揃い、その流れからか樫本理子と東条ハナも居り、工房からはゴールドシップが駆け付け、神出鬼没の後輩までもがこの病室に押し掛けていた。

 

「しかしまぁバックリ開いたもんだねぇ。皮膚が引きちぎられてしまってるから、治るのには時間がかかるよ」

 

 処置された包帯をわざわざ解いて様子を確認していたアグネスタキオンが苦々しく告げる。もとはといえば彼女をかばった際の傷であるため、責任の一端を感じているようだ。男自身も救急車の中で目を覚まし、あまりの痛みに悶絶したから、今の傷を直接見ることが出来ないながらも酷い状況なのは想像できる。

 

「シリウスから私の携帯に直接連絡があったんだ。兄さんを頼む、とね」

 

 ルドルフは苦笑いをしながらここにいる顛末を簡潔に述べる。

 

「…先生も、会長とシリウスの仲を知らんわけではあるまい。相当なことだぞ、これは…」

 

 エアグルーヴが青ざめた表情で補足する。

 

「シリウスちゃんと先生は一体どこでなにがあったの?」

 

 当然の疑問をマルゼンスキーが投げかける。

 

 別に隠し立てすることではなかったから、装蹄師の男は今日の会議のあとの行動を説明する。シリウスとはたまたま行き合った初対面だし、行き当たりばったりに動いた帰結が今である。

 

「ほーう…つまり兄さんは初対面のシリウスの隣に自ら望んで座ったと…」

 

 あ、ヤバい。という直感が男に走る。

 ルドルフが静かに怒っているのが耳の具合で見て取れた。

 

「…百歩譲ってゴールドシップの飛行機のモチーフにしていた機体だから、というのは理解しよう。浪漫を追い求めてしまうものだろうからね、男性というのは。しかし相手はあのシリウスだ。しかも私にかかってきた通話の様子からは、それだけではないただならぬものを感じた…私の気のせいではないと思うのだが」

 

 ルドルフが理路整然と、しかし明らかに掛かり気味な早い口調でそう述べる。

 

 後輩はその後ろで激しい動きをするルドルフの尻尾にバシバシとシバかれながらも、装蹄師の男になんらかのメッセージを送ろうと必死に表情を動かしている。

 

 装蹄師の男は額に脂汗を浮かせてそれを理解しようと努めるが、今一つピンとこない。

 

「んん…それは…なんでだろう…な…」

 

 明らかに怒気をはらんだ、普段とは違うルドルフの様子にエアグルーヴとマルゼンスキーも焦りだす。

 

 ゴールドシップは「さてはまたやったな?」という雰囲気をニヤニヤして表現している。

 

 どう言い訳しても平たく言って浮気の言い訳のようにしか聞こえないであろうことだけは理解できた装蹄師の男は、観念してここでいっそ腹を切るべきか、と諦観による自暴自棄な感情を弄び始めていた。 

 

「…先生もこうなると形無しだねぇ…」

 

 男の傍で傷を観察していたアグネスタキオンが状況を察してぼそりと呟くと、指先で男の傷の最も痛覚が鋭敏と思われる部分にをつつく。

 

「…あぐっ…」

 

 脳天に電撃が走るような感触に男はビクンと跳ね、取り囲んでいたウマ娘たちもビクリと一歩、後退りする。

 

 そのまま、のけぞるように男はベッドに倒れ込んだ。

 

「おっと、手が滑ってしまったよ…」

 

 アグネスタキオンはわざとらしい演技がかった苦笑を浮かべながら、追及はこの辺にしたらどうだい、とルドルフをやんわりと諭した。

 

 

   

 

 

  

「っしゃおらぁぁぁぁぁっ!」

 

 ゴールドシップは櫓の上でシミュレーターを漕ぎまくっている。

 

 前回の爆砕してしまったシミュレーターの反省を踏まえて、プロペラは小径のものに変えて、その分の追加抵抗を噛ませていたり、ペダルドライブの駆動系が大幅に強化したりした。

 

 シミュレーターで収集しているデータをクラウド経由でアグネスタキオンと共有することで分析が進み、機体設計の見直しも進んでいる。 

 

 あくまでもシミュレーション上の話ではあるが、機体の改良とゴールドシップの順応により、飛行距離は確実に伸びつつある。

 

「おーし、いい加減その辺にしとけー」

 

 装蹄師の男はヒートアップしすぎて無理をしないよう、適度なところでゴールドシップを止める。

 

 漕ぐのを止めたスクリーンの中で、推力を喪った機体は高度を下げ、水面付近でいくらか地面効果で飛距離を伸ばした後、着水した。

 

 

 

 

 

 呼び出された会議の後、鳥ニンゲンカーニバル ウマ娘部門の特別規則として、ヒトの部門とは違うレギュレーションがいくつか追加された。

 

 装蹄師の男が怪我をするきっかけになった駆動系に関してはいくつかのサンプルプランが参加チームへ提供され、信頼性を高めるとともに、希望すればアッセンブリーで購入することができるようになったのもそのひとつである。

 

 また、ペダルの先のギアからプロペラまでの回転系・動力系部品とコクピットの間には、万が一破壊された際にも砕けた部品で怪我をすることの無いようバルクヘッドを設ける規定も追加されている。

 

 これはヒトのスケールでは計り知れない、瞬間的なパワーを出すことのできるウマ娘だからこそ必要な措置として、制約条件にはなってしまうが安全を優先させる措置となった。   

 

「全く、先輩が無茶して怪我したおかげでこっちまで忙しくさせられてるっスよ。まぁカネが回る部分もあるんで、悪いことばかりでもないっスけどね」

 

 とは後輩の弁である。

 

 そして装蹄師の男の工房にも変化が見られていた。

 

「はー…いい汗かいたぜ。おっちゃん、ちょっと早いけど昼飯にしようZE☆」

 

 ゴールドシップが爽やかな笑顔をしながら歩みだした先は、これまで寝泊まりしていた工房ではない。

 彼女が目指した先は小道を挟んで反対側に建立された、それは立派なお屋敷といえる館であった。しかし一軒家にしては妙なつくりで、入り口は店舗のようなガラスの自動ドアである。

 

「今日のお昼はなんだろな~♪」

 

 上がり框でゴールドシップに続き装蹄師の男が安全靴を脱ぎ、上機嫌に尻尾を揺らす彼女についていく。奥からは昼食の用意が進んでいるのか、食欲をそそる香りが漂ってくる。

 

「昼は適当にチャーハンだ。文句は言わせねぇよ」

 

 そう告げたのは40畳はあろうかというリビングのアイランドキッチンで昼食をつくり始めていたシリウスシンボリであった。

 

 

 

 

 

 ゴールドシップはシャワーを浴びに行き、装蹄師の男はリビングの端に喫煙専用の換気扇の下に立ち、煙草に火を付ける。

 

 シリウスシンボリは傍で佇み煙草を吹かす男にわき目もくれずに立ち働いていた。

 

 およそ家事だのなんだのという生活感じみた行いからは距離の在りそうなイケメンウマ娘が、この館のキッチンの主である。彼女が来た当初違和感がとんでもなかったが、今やそれも薄らぎつつある。

 

 男は初めて彼女を見た時のままの凛々しい顔姿で、エプロンを着けて鍋を振る様をぼんやりと無感動に眺めながら紫煙を燻らせる。

 

「…私の顔になにかついているのか?」

 

 視線に気づいたシリウスが、やや戸惑い気味問うてくる。

 

 そのような問いを投げかけてくる、やや狼狽えた顔もイケてるなぁ、と装蹄師の男の内心の雌が不純な感想を漏らしていたが、音声としての出力は理性によって阻止された。

 

 

 

 

 そもそも装蹄師の男の後輩が、自らの失言によりこの館を建てるに至ったわけだが、この建物はその成りからして異質であった。

 

 後輩の会社が経営する住宅展示場の建物からの移築という話だったが、移築されたのはモデルハウス兼営業所だったという、一軒家にしては床面積がとんでもなくデカい代物だった。なにせ1階部分だけで250㎡、2階建てなので延べ床面積は500㎡にもなる。床面積だけでいえば少し大きめの一軒家4軒分に相当する、といえば理解しやすいだろうか。

 

 工房のほうに面した正面サイズはよくて少し大きな普通の家、という風体であったため、それだけの床面積を持つ堂々たる建物だということを装蹄師の男が理解したのは完成後のことである。

 

 さらに、後輩の男は建物の体躯そのものは移築で済ませたものの、内装については東条ハナをはじめとした泥酔三銃士の意を反映したため、工夫が凝らされた間取りとなっている。

 

 1Fには大きなリビング、キッチン、大浴場とはいかぬまでも4人は同時に入ることのできる風呂と家事室を拡大したような洗濯・乾燥設備、そして事務室としても会議室としても使用できるような多目的ルームと個人用の居室をいくつか備えている。

 

 2Fについては6畳程度の個室がずらりと配され、共用の複数のトイレとシャワーブース、洗面台も3連で並び立つなど、多人数が宿泊することを前提とした造りとなっていた。

 

 つまり泥酔三銃士が何を企図したかといえば、装蹄師の男の傍にいつでも寝泊まりできる空間を求めたのであり、その建前としてウマ娘の小規模合宿なら行える程度の装備を備えた、宿舎としての建物としたのである。

 

 もちろんこれはURAやトレセン学園とは何の関係もない建物であるから、実際にそのような用途に使用する見通しは全く立っていない。しかし東条ハナが絡んでいることでもあるから、ゆくゆくは彼女の手駒として活用されることにはなるだろう。

 

 

 そしてこの建物の完成と前後して発生したのが、シリウスシンボリと装蹄師の男の夜間飛行、そして怪我の顛末であった。

 

 

 

(それにしてもまぁ…こうなるかね、普通…)

 

  

 手際よく食卓を整えつつあるシリウスシンボリを眺めながら男は内心、呟いた。

 

 

 

 

 彼女がここの主となった経緯は、装蹄師の男を病院送りにした夜間飛行が発起点となっていた。

 

 シンボリルドルフを筆頭とした装蹄師の男を囲うウマ娘とヒト娘が常々考えていたのは、彼の生活能力と危機管理能力の欠如についてというぼんやりとした懸念であった。

 

 そこを突いてのゴールドシップとの事実上の同棲が実現してしまっているあたり、その懸念はあながち的外れとも言えない。

 

 さらにダメ押しのように起こった夜間飛行事件は、彼女たちの間で装蹄師の男へ常々感じていたぼんやりとした懸念を確信へと変化させるに十分であった。

 

 彼女たちはそれぞれに悩んだ。

 

 さらに怪我を重ねて弱っている装蹄師の男を事実上生活を共にしているゴールドシップに委ねてしまえば、二人の心理的距離をさらに縮めかねない。

 

 さりとて男の棲む工房は彼女たちの日常生活で住居として使用するには立地の面で不便極まりなく、彼女たちが工房に割って入り、そこを拠点に仕事に勤しむことは叶わない。

 

 

 

 悩んでいたところに、工房につくらせていた彼女たちの別荘となる館が完成したとの報が入り、ついては管理人でも置きたいものだ、という後輩氏のコメントが、聡明たるシンボリルドルフの脳内でひとつの状況を組み上げた。

 

 

 シリウスシンボリの素行については引退後もふらふらと定住せず、シンボリ本家でも頭痛の種として扱われていた。

 

 もともと犬猿の仲というよりもシリウスがルドルフを一方的に嫌っているような関係の中で、今回の夜間飛行事件においてシリウスがルドルフを頼るという普段ならば起こりえないことが発生し、いわゆる関係性の貸し借りがひとつ、生じていた。

 

 シリウスと装蹄師の男の関係においては今一つ見えないモノがあるのは確かだったが、まだ出会ってから時間も浅く、定職もなく定住もしていないシリウスを館の管理人に当ててしまえば、少なくとも装蹄師の男とゴールドシップの二人きり、という状況は解消される。

 

 シリウスへは借りのあるルドルフからの話であることと、装蹄師の男への贖罪の必要性を説けば、元来が面倒見の良いシリウスは嫌とは言わないであろうことは予測は付いたし、さらにはシンボリ本家をひとつ安心させることもできる。

 

 これぞ後輩氏が言っていた三方良しではないか、とルドルフは一人合点し、早速手回しを始めた。

 

 

 

 

 後輩の会社の保養所という扱いで落成した館の管理人という立ち位置は、シリウスシンボリにしてみれば小遣い程度ではあったが給料も出たし、なにより面白いヤツである装蹄師の男の傍に居場所をつくることが出来るという、先のことはわからないが当面は楽しむことができそうなポジションと思えた。

 

 何より皇帝サマが懸想している相手の傍に自分を送り込もうとしていることが面白い。シリウスは2つ返事で話を請けた。

 

 きっと自信過剰な皇帝サマは、自らの想い人に対して私が横槍を入れるなど、微塵も考えていないのだろう。それが腹立たしくも感じられたが、一方で芽生えつつあった男への興味がそれを上回る、と判断したのだ。

 

 かくして装蹄師の男を囲う包囲網にキャラクターがひとり追加され、混沌の具合を増すのであるが、しばらくはまだ各々が想いを内に秘めたままで、顕在化するのはまだしばらく先のことであった。

 

 

 

「おお!うまそーだなチャーハン定食!」

 

 シャワーを浴びたゴールドシップが整えられた食卓に現れる。

 

 シリウスが用意した昼食はチャーハンを中心に餃子と中華スープ、そしてサラダという、適当というには体裁が整えられたものだ。

 

「さっそくいっただっきまーす!」

 

 上機嫌なゴールドシップがさっそく先陣を切る。

 午前一杯、ゴールドシップとシミュレーターでデータを取り続けた装蹄師の男もそれに続いた。

 

「おぉうめぇ!シリウスやるなぁ!」

 

 ゴールドシップの賞賛の言葉に、シリウスも勝気ながら満更でもない表情だ。

 

「ん…この餃子、ちょっと変わってるな…」

 

 装蹄師の男はシリウスの手作り餃子の具に、あまり味わったことのない風味を感じる。

 

 細かく刻まれた魚の身のような具材は、これはこれで美味である。

 

「なんだかわからねぇけどうめぇな」

 

 装蹄師の男は素直にシリウスを称賛する。

 

「…あぁ…それはゴールドシップが持ってきたイモリだな。口に合ったならなによりだ」

 

「 ! 」

 

 男は食べている餃子に思わずびくりとする。

 

「早く傷を治してもらわないといけないからな。ホラ、早く食べろ。食べ終わったら消毒だ」

 

「なんだよーおっちゃんイモリ食べられるんじゃねーかよー。今度はアタシが姿焼き焼いてやっからそっちも食べてくれよなー」

 

 

 装蹄師の男は顔色が多少青くなるのを自覚しながら、なんとか昼食を完食した。

 

 

 

 

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