空を飛びたいウマ娘と山奥の装蹄師の話   作:小松市古城

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17:拉致のち乗船

 

 

 

 

 

 工房ではコクピットや主翼パーツの製作が進んでいる。まだまだ部品レベルであるため、各々の全体像は見えてこない。それでも少しずつ、確実に前進している。装蹄師の男は毎日地道に作業をこなしており、日が過ぎるとともに頭の傷もよくなってきていた。

 

 ゴールドシップは結局、飛距離を伸ばすのは自分の脚だという認識を新たにし、シミュレーター訓練もそこそこに、新たに転がり込んできたシリウスシンボリと共に野山を駆けまわり、脚力の強化に余念がない。

 

 何故かそこそこゴールドシップと仲良くやっている様子のシリウスシンボリが管理人となっている皆の別荘、仮称として「館」と呼ばれている建物には、ルドルフやエアグルーヴといったいつものメンツが週に1~2泊のペースで訪れる。

 

 館の一部屋を研究室に改造しようとしたアグネスタキオンは今のところシリウスに阻止され続けており、時々半泣きで装蹄師の男の許を訪れてひとしきり愚痴を言った後にすっきりした表情で帰っていくということが繰り返されている。

 

 要するに、新しい施設が完成し、少し賑やかになったがいつも通り、といった趣だった。

 

 

 

 

 鳥ニンゲンカーニバルのほうはといえば、大会としての具体化が進んでおり、着々と各参加者の準備が進んでいるという。

 

 パイロットそのものを動力とする大会、というフォーマットはヒトと同じだが、あまりにも地力が違いすぎることを諸々検討した結果、ヒトとは別部門というよりはそもそも別の大会のような方向性で話がまとまりつつあり、テレビのコンテンツとしても別枠、つまりもう一本別の番組を立てることになりそうだ、と伝え聞いていた。

 

 そして、早くも試験飛行を行う団体があるという噂もちらほら耳に入るようになった。

 

「なぁおっちゃん~…うちも早く組み立てて飛ばしてみよ~ぜ~…」

 

 その噂を耳にしたゴールドシップは早く実機を飛ばしてみたくてたまらないようで、ことあるごとにねだってくる。

 

「ダメだ。もうちょっとシミュレーターで我慢してろ」

 

「ちぇー…」

 

 しかし装蹄師の男も妥協できず、ひとつひとつの工程に拘ることから、予定よりは遅延している状況だった。

 

 可愛らしく口を尖らせて拗ねた表情をするゴールドシップには申し訳なく思いながらも、装蹄師の男は黙々と手を動かす。

 

 その表情は相変わらずの無表情だったが、とはいえ男も焦らずに構えていたわけではない。

 

 正直、この未知の工作物が最初からうまくいくことなどありえない、とは考えていた。

 

 製作者自身がそのように考えるのはある意味無責任と思われるかもしれないが、それでもシミュレーター爆砕事件を例に挙げるまでもなく、不測の事態は起こりうる。

 

 それを考えればとっとと完成させてテストフライトを繰り返すことで、より完成度が増すのは道理である。

 

 装蹄師の男は、蹄鉄というひとつのアイテムについては極北に達したと言っていい腕の持ち主だったが、それを以て他のものまで万全につくることができると思い込めるほどの傲慢さは持ち合わせていなかった。

 

(少し、ペースを上げるか…)

 

 シリウスの手による昼食のハンバーグ定食を食べながら、装蹄師の男は脳内で今後のスケジュールを切りなおした。中にイモリの肉が混入されていたとしても気づかぬように。

 

 

 

 

 

 職住近接の環境ながら、ゴールドシップが館に部屋を(強制的に)移された関係で、工房では夜遅くまでの作業が可能になっていた。

 

 ここ数夜、夕食後も装蹄師の男が飛行機の建造作業を続けている。

 

 ゴールドシップやシリウスシンボリには本業が忙しいと工房から遠ざけ、一人作業に没頭していた。

 

「…一人で作業したいからって、こっちの仕事を言い訳に使うのは勘弁してほしいんスけどねぇ…」

 

 夜更けの、日付も変わろうかというころに顔を出した後輩が、やれやれといった趣で姿を現す。

 

「しゃーねえだろ。もがいてるとこ見られるのは趣味じゃねーんだよ。ほら、そっち持て」

 

 重量は軽いが長さがあるCFRP製の中空パイプの片側を後輩に持たせ、コクピットを構成するキャビンとの取り付け部に乗せる。

 

「もうちょい引け。あと3ミリ」

 

 装蹄師の男の指示通りにパイプを動かす後輩。

 

「へいへい。最近ルドルフさんからもプレッシャーきついんスから、ほどほどにしてくださいよ…」

 

 後輩は手伝いながらもほとほと困ったように呟く。

 

「ルナがなんだって?」

 

 パイプを固定するボルトを締めつけながら装蹄師の男が返す。

 

「別にルドルフさんだけじゃなくてエアグルーヴさんもですけどね…先輩のこと心配してんスよ。まぁ構ってほしいのもあるんでしょうけど、あちらさんたちも忙しそうにしてますしねぇ」

 

 きりきりとラチェットで締めながら、普段は無表情な男の顔に少しだけ困惑が添加される。

 

「…とはいえなぁ。これはこれでまずは完成させにゃならんし、こっちもあんまり余裕ねぇんだよな。あ、もういいぞ」

 

 ボルトが締め終わり、後輩を即席の治具の役割から解くと、後輩は装蹄師の男に煙草の箱から器用に一本突出させ、受け取った男が口に銜えると手慣れた様子で後輩が火を差し出す。

 

「…たまには休んでもいいんじゃないスかね。彼女たちと予定合わせてガス抜き…じゃなかった、気分転換でもしてくださいよ。ただでさえここにゃゴルシさんとシリウスさんいるんだから、彼女たちも気が気じゃないっス」

 

 自らも煙草に火をつけながらそう訴える後輩を横目に、装蹄師の男は溜息をつくように煙を高く吹き上げた。

 

 

 

  

 

 

 

  

「…で、なんでこうなるんだ?」

 

 北海道へ向かう貨客船、その甲板上で装蹄師の男は煙草を吸いながら、スマートフォンの向こう側にいる人物へ問いかけた。

 

「どうもこうも。先輩がいつまでたってもうまくガス抜きしてくれないからっスよ」

 

 昨日の夜、概ねゴールドシップ号(仮)の部品が揃い、組み立て途中の機体を含めて完成の目途がついたところ、それを見ていたかのように姿を現したのが、海運用のハーフコンテナを携えた運送業者であった。

 

 あれよあれよという間にスペアパーツも含めてコンテナに積み込まれ、ついでとばかりに装蹄師の男もつなぎ姿のまま仕立てられた車に乗せられ、気が付けばコンテナと一緒に北海道行のフェリーに車両ごと乗り込まれていた。

 

「ほとんどのチームが機体を完成させていますが、テスト飛行の段取りが覚束ないんで、北海道で1週間、各チームの交流も含めて事務局手配の合宿でもさせるか、と相成った訳っス」

 

 スマートフォンの向こうで後輩が端的に説明する。

 

 乗せられたフェリーは既にディーゼルの音を高まらせ、大洗の港から離岸しつつある。

 

「じゃ。そういうことでよろしく頼むっス。申し訳ないんスけど、俺っちはこっちで仕事があるんで、そっちには顔出せませんけど、まぁ日々の不徳を諸々清算してきていただければ」

 

「え、ちょっとそれどういう…」

 

 装蹄師の男が問いただす間もなく、通話は無慈悲にも打ち切られた。

 

 既にフェリーは岸を離れ、湾外へと舳先を巡らせている。

 

 事情はよくわからなかったがとりあえずこのまま北海道へ行けば、組み立ててテスト飛行ができるような広大な土地へ連れていかれるのだろう。

 

 テスト飛行自体は装蹄師の男が次のステップとして考えていたことでもあったから、ある意味渡りに船ではあるのだが、こうも拉致同然に着の身着のまま、というのは参ってしまう。

 

「…ほんとにまぁ…なんとも…」

 

 小綺麗な船内ではあるが基本は北海道との輸送に従事するフェリーだけあって物流関係者が多く乗船している。つなぎ姿でも船内の雰囲気からはさほど浮いていないところは幸いであった。

 

 乗船時に渡されたカードキーには、個室と思われる部屋番号が記されている。

 

 装蹄師の男は外洋に向けて航行しはじめた船内を探索するような心持で自室を探して歩く。探し当てる頃には、窓からは月明かりに照らされたどこまでも続く水平線が見えていた。

 

 カードを扉の受信部にかざすと、かちゃりと鍵が開く。

 

 扉を開けると、思わぬ声が聞こえてきた。

 

「…遅かったじゃないか」

 

 声の主に、装蹄師の男は呆気にとられる。

 

 この船では贅沢であろうツインルーム。

 そこに先客として乗り込んでいたのは良く見知った、ここで会うはずのない人物であったからだ。

 

「何をそんなに驚く。この船には他の団体の機材も積み込まれているのだ。預かったものの管理者として乗船していても、なんの不思議もないだろう」

 

 スーツ姿のままタブレット端末を指でなぞりつつそう宣ったのは、眼鏡をかけたエアグルーヴだった。

 

 

 

 

 

 






ご無沙汰しております。
更新間隔空きまして誠に申し訳ございません。
人並みに盆休みなるものを頂いたのですが、何分家中のあれやこれやに忙殺されてしまいまして、気が付けば日が過ぎてしまいました。そして日が過ぎれば筆致も鈍りますねぇ…。

またちまちまと書いてまいりますので、引き続きよろしくお願い申し上げます。
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