空を飛びたいウマ娘と山奥の装蹄師の話   作:小松市古城

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18:出港と企みの告白

 

 

 

 

 

 エアグルーヴはフェリーに貨物を積み込み終わり、手続きを終えてしまうと手持ち無沙汰になった。

 

 今回管轄している貨物の中で、最後のひとつと一人が未着だったが、こちらに向かっていることは確認が取れている。おそらく間に合いはするだろう。

 

 そう思うと仕事に対しては気が抜けてひと心地ついた気持ちに至り、そうであるがゆえに今回仕掛けた私的な事柄についての存在感が脳内で高まる。

 

 それは言い知れぬ緊張感を自身にもたらす結果となった。

 

 

 出港まではまだ間があったが、その緊張感を抱いたまま甲板で黄昏れながら海を眺める気にもならなかった彼女は、早々に割り当てられた個室へ籠ることにした。

 

 

 

 

 主に関東と北海道の間の物流を担い、ハイシーズンには観光客までをもその船腹に飲み込んで太平洋を行くこのフェリーにおいて、今回エアグルーヴが確保したツインルームは二部屋しかない貴重なものである。

 

 それでも彼女は、小賢しいと言われれば言い訳のできない、ある意味で仲間内からの抜けがけのような行いを企図して実現し、装蹄師の男に対しては嵌め技のような手管を弄してこの空間を確保した。

 

 しかしそれを周囲に黙って行うことのできない性格の持ち主である彼女は、実現させるにあたり方々との調整を必要とした。

 

 

 

 建前である今回のエアグルーヴの合宿構想そのものは大義名分に適っており、鳥ニンゲンカーニバルという触媒を通して考えれば、概ね好意的な反応という結果をもたらした。

 

 そしてそれに付随した彼女の装蹄師の男に対する仕掛けに関しては、普段の彼女たちの働きに対しての反対給付として適当な落としどころであろうと考え、皆気づいてはいたが見過ごすことにしたようで、ライバル関係である各々からは横槍は入らなかった。

 

 

(公私混同も甚だしいことは自覚している。それでも、私は…)

 

 

 しかし、実行するにあたっては、エアグルーヴの最も身近かつ偉大な先達かつ現在の同僚でもあり、装蹄師の男への想いを最も長く熟成させているシンボリルドルフには、考えや計画を隠すことなく共有し、同意を得ておく筋目は間違いなくあると確信していた。

 

 

 

 

 

 深夜の誰も居なくなったURAの本部で、エアグルーヴはシンボリルドルフに全てを話した。

 

 躊躇いながらではあったが企画の建前と本音、そして私的な企みを、エアグルーヴは顔を赤らめながら、しかし感情を極力排した声音で語った。

 

 

 

 競走ウマ娘としての立ち位置から離れ、URA職員として自立した社会人という立場になり、日々を忙しく過ごしていく中でも、装蹄師の男への憧憬は薄れることはなかった。

 

 しかし彼にしてみればどうなのだろうか。

 

 自分への接し方は立場が変わっても従前とは変わらず、私的な領域である彼の棲み処にたびたび訪れ、時に踏み込んでもいつでも優しく、拒むこともなく受け入れてくれている。

 

 だが、それだけであり、彼の周りに居るウマ娘やヒト娘に関してもそれは変わらない。

 

 来るものは拒まない姿勢は昔も今も、また誰に対しても平等であり、去る者は今のところ見当たらないのでわからないが、おそらく彼が追うこともないのだろう。

 

 学生の身分からは既に離れて時間が経ち、一人の女性として認識してもらってもいい頃合いであるとは思う。そしてそれは他の者たちも同じだ。

 

 焦れたわけではない。

 

 しかしここ数年、この数か月。

 

 そろそろ変化させてもいいのではないか。

 そう思うようになってきた。 

 

 そしてその変化は、受け身であっては決してならない。

 

 エアグルーヴが現役競走ウマ娘時代からの信条としている、決して勝負所で臆さない、自ら仕掛けに行く決然とした差しの姿勢が、その決断をさせた。 

 

 

 

 話を聞く間のシンボリルドルフはただ、瞳を閉じて腕を組み、しかし耳だけは優美に聳えさせながら一言も聞き漏らすまいとしているようだった。

 

 

 

「…ですので私は一歩、踏み出してみようか、と思い致した次第です」

 

 

 

 エアグルーヴが話し終えてからも微動だにせず、二人の間を沈黙が支配する。

 

 シンボリルドルフの耳だけが時折ひょこりと揺れ、どれくらいの時間が経過しただろうか。

 

 不意に腕組みを解き、瞳を開いたシンボリルドルフはエアグルーヴと視線を合わせた後、口を開いた。

 

「…エアグルーヴは、強いな…」

 

 そういうとルドルフは微笑を浮かべる。

 

「…会長に先んじることは大変申し訳なく思っております…しかし…これ以上受け身でいることは、私自身性に合っておりません」

 

 エアグルーヴの言葉を聞いたルドルフは少し驚いたような気配を瞳に浮かべ、そして溜息をついた。

 

「…気を遣わせてしまって済まない…君にとって、いい結果が出るといいな…」

 

 気が付くと、ルドルフは耳をやや力なく折りながら、エアグルーヴの告白をそう、受け止めた。

 

 

 

  

 

 

 

  

 このフェリーで予め予約しておいた個室はツインルームであり、申し訳程度にある二脚の椅子、その一方に腰掛けたエアグルーヴは、無意識にここに来るはずの人物について思索する。 

 

 ほのかにディーゼルの香りがするフェリーの船内はゆったりとした揺れを感じさせて、ここが海の上であることをいやがうえにもエアグルーヴに自覚させた。緊張した身には、普段と違う空間であることをより一層感じさせる。

 

 

 出港時間は迫っており、それよりは早く乗船は締め切られるはずであるから、どんなに遅くともそろそろ装蹄師の男が船に乗り込んだ頃だろうと推測した。

 

 手持無沙汰であったエアグルーヴは鞄からタブレットを取り出し、先ほどもチェックしたToDoリストに再度目を通したり、フェリーが北海道についたあとのスケジュールを読み込む。

 

 尤もそれは自ら作成し、これまでも何度も確認していることであり、そこに新たな発見はなく、ただ画面上の文字を追うだけのことであり、気を紛らわす以上の実効性はない。

 

 ふと気になり、手鏡を取り自らの表情をチェックする。

 

 既に今は時刻としては深夜であり、朝から段取りに奔走したために眼鏡の奥の瞳はやや充血気味で、薄くしかしていない化粧もいささか崩れてきているようだ。

 

 これからこの部屋にくる人物のことを考えれば、そのような隙を見せるわけにはいかない。

 

 化粧直しをしなければ、と考えたところで、部屋の鍵がかちゃりと開く音がして、慌てて手鏡を鞄に仕舞う。どうやらこのまま装蹄師の男を迎えるしかなさそうで、最後の最後で詰めの甘い自分を、エアグルーヴは少し呪った。

 

 

 

 

 

 

 

「…遅かったじゃないか」

 

 エアグルーヴは装蹄師の男にそう声をかけた。

 

 装蹄師の男は呆気にとられ、口を薄く開いて気の抜けた表情をしていた。

 

 その反応に戸惑ったエアグルーヴは、彼の言葉を待つことができずに言葉を継ぐ。

 

「何をそんなに驚く。この船には他の団体の機材も積み込まれているのだ。預かったものの管理者として乗船していても、何の不思議もないだろう」

 

 もう少し気の利いた、可愛げのある表現もあるだろうに、と口にしている本人は思ったが、彼の表情から驚き以外の感情が読み取れないことに不安を感じ、それを糊塗するかのように仕事モードのエアグルーヴが自動応答してしまっていた。

 

「…そりゃご苦労なことだ。ということは、この合宿もお前さんの仕切りってわけか」

 

 さきほどの電話、後輩による簡潔かつ不明瞭な説明の一端はこれだったのか、と図らずも何のタメもない答え合わせに、装蹄師の男は驚きの感情から何かを心得たような心持ちに変化した。

 

「…そこに突っ立っていないで、座ったらどうです、先生」

 

 もう先生と言われるような間柄じゃないんだがな、と改めて思いながらも手持無沙汰な装蹄師の男は、とりあえずエアグルーヴの言葉に従うことにする。

 

 ジャケット姿に眼鏡のエアグルーヴは、現役の時から変わらぬ見事なボディラインを浮き上がらせながら入れ違いに立ち上がり、部屋の隅の備え付けの冷蔵庫から飲み物を取り出して二人のテーブルに置いた。装蹄師の前にはお茶のペットボトル、エアグルーヴの前には缶ビールであった。

 

 エアグルーヴが缶を小気味よい音で開栓させると、装蹄師の男も茶のペットボトルを開け、二人は乾杯の様子で得物をぶつけあった。

 

 

「そっかぁ…お前さんもビールを飲む歳か…」

 

 装蹄師の男は何の気なしに呟く。

 

「一体、私が卒業してから何年たったと思ってるんだ、先生は」

 

 エアグルーヴは薄く笑いながらそれに応えた。

 

「いや、こうやって二人きりで向かい合う事なんかそうそうないだろう。なんか、初めて会った時を思い出したのさ」

 

 装蹄師の男は少し遠い目をしながらそう言うと、エアグルーヴは焦ったように顔を紅くし、抗議するような視線を向けてきたあと、視線を逸らす。

 

「…あの時は、何もしらない小娘だったんだ…」

 

 拗ねたような声音でそう弁解するエアグルーヴを見て、装蹄師の男は悪戯心をくすぐられた。

 

「ほう。じゃあ今はどうなんだ?酸いも甘いも経験した大人のオンナになったか?」

 

 エアグルーヴはその問いに面食らったような表情を浮かべる。

 

 どうだろうか。働き詰めだったここ数年を振り返っても、酸いも甘いも記憶にはない。強いて言うならこの目の前の男にふとした言葉をかけられて嬉しかったり、他のウマ娘たちに出し抜かれて酸い思いをしたことはあったが。

 

 エアグルーヴ自身がそう内心を反駁していることなど気づきもしない眼前の男は、暢気そうに茶を飲みつつ、エアグルーヴの背後にある窓に視線を合わせ、その外に見える暗い海を眺めていた。

 

「…仕事しているか、貴様の工房にいるかのどちらかしか、私にはない」

 

 決然とそう呟くエアグルーヴの伏し目がちな瞳を見て、装蹄師の男は意地悪な問いかけをした自分の不明を恥じた。

 

「すまん。悪気しかない質問だったな」

 

 装蹄師の男は謝罪の言葉を口にする。

 

「良いんだ。私が好き…でしていることなのだから」

 

 エアグルーヴは言葉の綾とわかりながらも、自らの発した「好き」の単語に戸惑う。

 

 そして意識を切り替え、艶然とした笑みを薄く浮かべて装蹄師の男を見据え、ビールをひと呷りして言葉を繋いだ。

 

「…私も大人になったからな…今回は少し職権を乱用させてもらって、先生と18時間、二人っきりの時間をつくらせてもらったんだ」

 

 そう語るエアグルーヴの瞳は獲物を目の前にした肉食獣のような光が宿っているように、男には見えた。

 

 

 船はいよいよ北海道へ向け太平洋に出て、二人の部屋を大きくゆったりとした感覚で、ゆっくりと揺らしていた。  

   

 

 

 

 




いつもご覧いただきありがとうございます。
なかなか更新頻度上がらずに申し訳ございません。
しかもなかなか話が進まない悪癖までも出ておりまして恐縮です。
情報不足なのか情報過多なのか、キャラクターの解像度に苦心しておる次第です。

皆様のコメントなど読み返してモチベーション高めつつ、いただいた内容を発想の種とさせていただいておりまして、いつも感謝しながら拝読しております。引き続きコメントお待ちしております。

今後ともよろしくお願いいたします。
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