空を飛びたいウマ娘と山奥の装蹄師の話   作:小松市古城

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20:飛行準備

 

 

 

「ふわぁぁぁぁ…」

 

 装蹄師の男は朝、起床し宿舎の部屋にあるバルコニーに出て、あくびをして煙草に火を着けた。

 

 眼前には朝霧に霞む草原。その向こうに「蝦夷富士」と呼ばれる羊蹄山を望む。

 

 涼しいよりは肌寒いと言える気温は快適で、澄んだ空気は煙草の味をより一層引き立ててくれた。

 

 宿舎として案内されたこの建物は、カントリーハウスとでも言うべき佇まいのそれであり立派なお屋敷であった。その風格どおりにいささか古びてはいたが、隅々まで手入れが行き届いて快適に眠ることができた。

 

 この建物がなにがどうして今回このような用途に供されているのかはさっぱり不明だったが、与えられた部屋のバルコニーからの見晴らしは建物のつくりと相まって、領地を睥睨する中世ヨーロッパの領主のような感覚を想起させる。

 

 そして視界に入る草原の朝靄にかかるあたりに、雰囲気とは不相応なアスファルト敷きの巨大な板のようなものと、塔のような櫓、そして巨大な箱型の建物が目に入り、現実に引き戻された。

 

(どうして敷地内にこんなものがあるのやら…)

 

 それは規模こそ小さなものの、滑走路と管制塔、そして格納庫を備えた飛行場であった。

 

 

 

 昨日の搬入はなんだかんだで夕刻となり、格納庫で到着した機材を整理し、機体を仮組して宿舎に案内された時には既に陽も落ちてたため、周辺の全貌はいまひとつ掴めなかった。

 

 おそらくどこかの場外離着陸場でも占有したのだろうと思っていたのだが、どうもそういうわけではなさそうだ。装蹄師の男はこの施設の素性をぼんやりと考えながら、簡単な身支度を整え朝食会場に指定されている食堂へ向かう。

 

「おうおっちゃん!ぐっすり眠れたか?」

 

 ジャージ姿でこっちこっち、と手を振りながら声を掛けてくるのはゴールドシップだ。

 食堂はお屋敷の規模にふさわしく、ホテルの宴会場のような広さだ。

 

 ビュッフェ形式の朝食会場で適当に朝定食のようなメニューを取り終えると、ゴールドシップの向かいの席に腰を降ろす。既に彼女は朝食を食べ終えていて、食後のコーヒーを優雅に楽しんでいる。

 

 周囲には見知ったウマ娘たちもちらほらと居り、挨拶をしてくれる。雰囲気は違うが、さながらトレセン学園の食堂を彷彿とさせた。

 

「お陰様で快適に眠れたよ。今日は講習とかいろいろあるみたいだからちゃんと出てくれよ」

 

 おう!と元気よく応答するゴールドシップ。

 

 衣服こそジャージ姿であり、話し言葉も学生時代からあまり変わらないが、優雅に朝食後のお茶をキメる姿を見れば表情からは学生時代の幼さは消えつつあり、言葉さえ発しなければ大人の雰囲気を纏った美人である。

 

 その美人はコーヒーを楽しむこともそこそこに、いつもの口調で話しかけてくる。

 

「…おっちゃん、これはー…あれだぜ?ゴルシちゃんが気にしてるから聞くんじゃなくて、みんなが聞きてーっていうから代表して聞くんだけどよ…」

 

 朝食に取り掛かっていた装蹄師の男は、珍しく持って回った歯切れの悪い口調のゴールドシップに、頭上にはてなマークを浮かべて手を止める。

 

「どうした?なんか気になることでもあるのか?」

 

 視線が合ったゴールドシップが耳をヘナらせ、白い肌を少し赤らめている。

 

「…フェリーでこっち来るときよ…その…どうだった?」

 

 「?」という表情のまま質問を聞いていた男。

 もぐもぐと咀嚼を続けながら、数瞬考えを巡らせる。

 

 周囲のウマ娘たちの耳が須らくこちらに向き、話の内容を窺っていることには気づかない。

 

 口の中のモノを飲み下して一口水を飲み、男は口を開いた。

 

「どうっていってもなぁ…うーん…朝まであんまり眠れなかったよ…」

 

 エアグルーヴと一緒だったことは知られているだろうから敢えて口にはしない。しかし彼女が船の揺れとアルコールで酔って潰れてしまって、さらにはそれを自分が介抱していたというのは…女帝の体面的にも悪かろうと考え、男は言葉を濁しながら自らのことだけに絞って答えた。

 

「!」

 

 それを聞いた瞬間、ゴールドシップの耳はびくりと跳ねてさらに赤くなり、周囲でこちらの会話を盗み聞いていたウマ娘たちも背筋がびくりと正された。

 

 

 しかし男は述べた後に既に食事を再開しており、彼女たちのの反応に気づくことはなかった。 

 

 

 

◆ 

 

 

 

 

 鳥ニンゲンカーニバルウマ娘部門に参加する面々が合宿と称して集められたのは、北海道にある広大な敷地を擁するお屋敷であった。

 

 その敷地の一部、屋敷から少し距離を取ったところに、吹き流しと仮設の物見台のような櫓が建てられており、800mほどの長さ、20mほどの幅を持ったアスファルト敷きの滑走路が設置されている。

 

 ここに一緒に到着したエアグルーヴによれば、用意のいいことに期間限定の場外離着陸場としての許可も得ているらしい。

 

 つまり完全合法の臨時飛行場の体裁を整えられていた。

 

 尤も、本格的な航空機の離着陸は想定されていないから、軽飛行機の離発着に耐える程度のものではあるらしい。それを知っていたからシリウスは所有機でここに乗りつけたのだった。

 

 

 

 宿舎の御屋敷とは滑走路を挟んで反対側に、これまたスケールの大きな格納庫が二棟並んでおり、朝食を終えた装蹄師の男は一服の後、滑走路を横断してその片方を目指して歩く。

 

「あ、おはようございます!」

 

「おはようございます!」

 

 まだ寝ぼけた顔をした装蹄師の男とすれ違うウマ娘たちが気持ちの良い挨拶をしてくれる。どうやらこの広大な土地は彼女たちの本能である、走ることにもうってつけらしく、視界の中でいくつかの集団がランニングする姿が散見された。

 

「…おはよう」

 

 すれ違うたびに初々しいような、懐かしいような心持ちになる装蹄師の男は、徐々に目が覚めてきた感覚を覚える。

 

 見た目よりも遠かった格納庫の扉を開ければ、そこには早朝にも関わらず忙しく立ち働く鳥ニンゲンカーニバル参加者たちの姿があった。   

 

 

 

 

 

  

 昨日が合宿初日ではあったが機材の到着が夕刻であったこともあり、実質今日からが合宿である。

 

 URAとテレビ局、そして広告代理店でスクラムが組まれた事務局はこの合宿に際しパイロット教育や安全対策などをより万全に持っていくべく、様々にプログラムを組んでおり、今日は機体組み立てや整備に費やされ、それと並行してパイロット候補の講習やチームに対する安全教育講習などが予定されている。

 

 なんだかんだで参加団体は増え続けており、反面ヒト主体で行われている鳥ニンゲンカーニバルのように参加チームのノウハウが蓄積されていない状態での開催となるため、今後も数度、このような合宿を行うことで一定レベル以上の大会にしよう、という意図らしい。

 

 ゴールドシップと装蹄師の男は二人きりのチームであるため、機体の整備から講習参加まで、なにかと忙しく過ごすことになった。

 

 幸い船中でエアグルーヴから話を聞いていたから、それに備えて昨日のうちに組み立てまで済ませておいたことがその日のスケジュールには効いていて、夕刻には今日の予定をすべて消化し終えていた。

 

 

 

 

「なぁおっちゃん、いつになったら飛べるんだ?こうもお勉強ばっかりじゃ、ゴルシちゃん飽きちまうぜ」

 

 その日の夕方、ゴールドシップと休憩していると柄にもなく彼女がボヤく。

 

「まぁまぁそう焦んなさんな。機体はできてるし明日午前に色々チェック済ませたらボチボチ飛べるだろ」

 

 ジャージ姿で男の足もとにヤンキーのように座るゴールドシップの頭を撫でながら煙草を吹かす。

 

「あらゴールドシップさん、休憩なんて余裕ですわね」

 

 そう声を掛けてきたのは紫がかった葦毛が美しいウマ娘だ。装蹄師の男にもご機嫌よう、ご無沙汰しております、と挨拶をしてくれる。

 

「おうマックちゃんじゃねーか、久しぶりだな。そっちはもう準備は順調か?」

 

 現役時代は沖野のチームスピカで活躍したメジロマックイーンであった。

 

「メジロ家の総力を挙げて準備しておりますのよ。そうそう落ち度はございませんわ。そちらこそ、余裕に満ち溢れておりますわね」

 

 お嬢様というよりは淑女というに相応しく歳を重ねたメジロマックイーンは、ふふっと微笑む。

 

「そりゃーおっちゃんが準備万端整えてくれてるからな。ゴルシちゃんもそれに応えて講習のテストは満点取ったんだぜ!」

 

 立ち上がってマックイーンに向けて豊かな胸を誇るように張るゴールドシップ。     

 

「まったく…変わりませんわね貴方は」

 

 あきれたような懐かしがるような笑みを浮かべてメジロマックイーンは楽しそうだ。

 

「まーマックちゃんトコはここで散々飛ばしてんだろーけどよ、アタシたちは初めてだからな。早く飛ばしてみたいぜ」

 

 ゴールドシップのふとした言葉に、装蹄師の男ははっとする。

 

「え…まさかここ…メジロの…?」

 

 あら、という顔でマックイーンがこちらを見る。

 

「ええ…ここはメジロ家の旧本邸ですの。この企画に参加を決めた時に、今は使われていないこの土地を思い出しまして…空き地にテスト用の施設としてここをつくりましたの。やるからには徹底的に、がメジロ家の信条ですので…僭越ながら今回の合宿にも協力させていただきました」

 

「はぁぁ…それはありがとうございます…」

 

 金持ちの本気は飛行場すら作ってしまうのか、と今更ながらにメジロ家の力に慄然とする装蹄師の男は、やっとのところで感謝の言葉を口にした。

 

「これほどのこと、先生がこれまで成してきたレース界への貢献に比べれば何ほどのこともありませんわ」

 

 メジロマックイーンは真剣な表情でそう宣う。

 装蹄師の男はお世辞と受け取り、曖昧に笑って見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日はタイムスケジュールに沿って、いよいよテスト飛行が行われる。

 

 とはいえその前には事務局による安全対策面の機体チェックが入り、レギュレーションに沿っているかなどが確認される。

 

 尤も今回はあくまで合宿、練習であり、競技会ではないので、たとえレギュレーションに触れるものがあるとしても安全面に問題がなければテスト飛行は実施できるのだが。

 

「よーし、ゆっくり引いてくれ」

 

「おう!…って軽いな!」

 

「そりゃー軽く作ってるからな…」

 

 組み立てと最終調整を終えた機体をゴールドシップに引かせて格納庫の外に出す。

 

 格納庫前では場所が指定された場所にいったん止め、他チームの機体と合わせてずらりと並べられる。

 

 そのシーンを撮ろうとテレビ局のカメラや、URAがプレスリリースで案内した雑誌やWEB媒体のカメラマンが規制線の向こうに列を成し、レンズを向けていた。

 

 プレスを仕切るのはシンボリルドルフとエアグルーヴの役割で、腕章をつけた面々を彼女たちがきっちりと仕切っている。

 

「並べてみると壮観だなぁ…」

 

 指定位置に駐機したあと、ゴールドシップと共に距離を取って自作機がずらりと並んだエプロンを見る。

 

「じゃあおっちゃん、ちょっといってくるわー」

 

 そう言ってゴールドシップは着替えに去る。

 これからパイロットたちは勝負服に着替え、それぞれに撮影、取材を受ける段取りになっているのだ。

 

 その間を利用して装蹄師の男は、各チームの機体を偵察することにした。

 

 

 

 各チームそれぞれ特徴があり、例えばマチカネ一族の機体はプロペラから主翼を通り尾翼まで1本のフレームで貫き、その下にエンジン兼パイロットが入るキャビンを設けた高翼型・牽引式とでも言うべき、人間の鳥ニンゲンカーニバルでもよく見るオーソドックスなスタイルである。

 

 パイロットはマチカネフクキタルらしく、カラーリングは白ベースに青ラインをあしらった彼女の勝負服イメージになっているが、キャビン後方には彼女がいつも背負って走っていた猫が描かれておりわかりやすい。

 

 

 一方、奇抜なスタイルとしてはサクラ家の機体だ。  

 ぱっと見はマチカネの機体と同じような構成なのだが、キャビンが妙に長い。

 

 それもそのはずで、覗き込んでみると二対のサドル、ペダルがある。

 

 サクラ家は何を思ったか、タンデムでウマ娘2人を飛ばす気でいるのだ。

 

 しかしそれはただのパワー志向かと思えばそうでもなく、その分翼面積がちゃんと増やされていたり、余すところなくパワーを生かすために6翅式のプロペラを採用していたりと工夫が凝らされている。

 

「…はい、では撮影班の方はこちらにお願いします」

 

 男が機体をあちこち眺めていると、メディアの一行を引き連れたエアグルーヴがやってきた。

 

 男は撮影の邪魔になってはいけない、と偵察を中断しメディアの集団の後ろへ身を引く。

 

 メディアたちはまず機体を撮影し、続いてサクラ家のパイロットであるサクラバクシンオーとサクラチヨノオーが現役時代の勝負服で姿を現し、歓声が上がる。

 

 エアグルーヴはメディアたちが騒ぎ過ぎないように、フレーム外で相対して睨みを利かせていた。

 

 メディアの集団の最後方で様子を見守る装蹄師の男とふと、視線が合う。

 

 男は片方の口角を上げ、にやりと合図を送ると、エアグルーヴ何故かは顔を赤らめて顔を背けた。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 





「ゴールドシップさん、この機体は一見、とても奇抜なように思えますが、本当に飛ぶんでしょうか」

「同志チーフデザイナーの仕事です。私は彼に全幅の信頼を置いていましてよ」

「ゴールドシップさん、この機体で勝てますか?」

「おめぇGⅠ6勝舐めてんのか?ゴルシちゃんの本気の脚で勝てねーわけねーだろ!」

…とか取材にテキトーに答えておっちゃんとエアグルーヴがそれぞれ頭を抱えている気がする。

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