「おーし、じゃーチェックするぞー」
エプロンに並べられた機体からメディアたちが遠ざけられ、再びフライト前のチェックに入る。
フライト用のG1勝負服に顔が見えるジェットタイプのヘルメットと無線機を付けさせ、装蹄師の男もヘッドセットを付ける。
「右…左…」
無線で指示を出しながら動作チェックを行う。
「上…下…」
指示すると先尾翼、いわゆるカナードがひょこひょこと動く。主翼でコントロールするのはロール方向だけで、それも大きな運動性が必要な機体ではないので主翼側はごくごく控えめなエルロンが動くだけだ。
ゴールドシップは機体正面に居る男としっかりと目を合わせ、真剣な表情で指示通り操作してくれている。
「よーし。じゃあゆっくりペラまわしてみてくれ」
「あーいよっと」
ゴールドシップがペダルを漕ぎだすと、推進式に取り付けられたプロペラがゆっくり回りだす。
「メーターちゃんと動いてるか?」
操縦席には水平儀とプロペラの回転を示す計器のみ備え付けられてる。
「バッチリ」
ゴールドシップは親指を立ててニヤリと笑いながら、徐々に回転数を上げていく。
輪止めをしてあるために動き出しはしないが、外せばすぐにでも勢いよく走りだしそうなほど、推力は十分に出ているように見えた。
「おめーさんの脚なら自力で離陸できそうだなぁ…」
手を振ってゴールドシップの脚を止める。
プロペラは素直にその回転スピードを下げていった。
ここまでのところで、問題は特に見当たらない。
「まーとりあえず滑走路走らせてみるか」
装蹄師の男は、次のステップである地上滑走にテストを進めることにした。
◆
「しかし、飛ばすためにこうも手順が必要だとは…頭では理解していたが、難しいモノだな」
シンボリルドルフはこの小規模な飛行場の管制塔の役割を果たしている櫓から、各チームの動きを観察していた。
「そりゃあ、移動手段すらお仕立ての皇帝サマには物珍しかろうさ」
シリウスシンボリは傍らで、駐機場にずらりと並べられた飛行機たちの管制業務を請け負いつつ、皮肉っぽくルドルフの言葉に甘噛みをしてみせる。
大半のチームは大学や民間で鳥ニンゲンカーニバルに参加している団体と提携しているから、準備もそつなくこなしている。
それでも彼らはこれが本業というわけではなく、いわゆる同好の集いであるから、動きが洗練されているところもあればなんとなくバタバタしているところもあり、レベルは玉石混交といったところだ。
その中でもメジロ家のチームは地の利もあるのだろうが、スタッフの役割分担もしっかりしておりテキパキと準備が進んでいるように見受けられる。
一方で、なんだかわちゃわちゃしているサクラ軍団、安全祈願の祝詞を上げるマチカネ一族などが賑やかにしている。そしてゴールドシップと装蹄師の男しかいない機体の周りは、ひと気がなさすぎることとエンテ型という機体の奇抜さで、また違った趣の異彩を放っている。
ルドルフが彼らを双眼鏡を覗きこんで観察していると、なんらか少し作業してはゴールドシップといちゃつき…否、打ち合わせをし、さらにチェックをしてはゴールドシップと打ち合わせをし、といった様子で準備を進めている。余程完成度が高いのか、ここにきてジタバタ慌てて作業をするという様子は見られない。
「先生のチームは流石ですね。すべて先生が行っている分、管理が行き届いている、ということなのでしょうか」
ルドルフの傍らに立つエアグルーヴが、同じように双眼鏡を覗き込みながら呟く。
「…それはそうなんだろうがな。なんでも一人でやってしまうのは兄さんの悪癖でもある、と私は思うよ」
ルドルフはややしっとりとした声でエアグルーヴに応じる。
「能力が高いことは間違いないけど、今回のような労働集約型のチーム戦となると、一人でできることには限界がある。すべてが順調に行っているうちはいいのだけどね…」
二人の後方に立ち、そう呟いたのは東条ハナだ。
東条ハナ率いるチームリギルは今回は機体が間に合わず、とりあえず東条ハナだけが視察に来たのだった。
「まったく、あの歳になっても学習しないで、一人で抱え込んで無理するんだから。苦労性ね」
東条ハナが装蹄師の男を指して苦労性と称するところに、彼女のワーカホリック具合を知り抜いているシンボリルドルフとエアグルーヴは苦笑を浮かべるしかない。
「…メジロ家とマチカネ一族はいよいよ飛ばすみたいだな」
管制塔としての役割も備えている櫓で無線機にとりついているシリウスシンボリが呟く。
彼女が二、三言無線で応答してしばらくの後、メジロとマチカネの機体はチーム員の手押しで滑走路への誘導路を移動し始めた。
◆
「なぁおっちゃーん。アタシたちも早く滑走路に並ぼうぜ~」
装蹄師の男は原付二種の郵政カブを駆り、後ろにゴールドシップを乗せて滑走路端に向かっていた。
「まー他の奴ら見てからでも遅くはねぇって。焦んな焦んな」
「そんなこと言って煙草吸いたくなっただけだろ~。そんなんあとでいくらでも吸っていいからさぁ~…あ、アレか?このままゴルシちゃんをどこかの森の中に拉致してくれちゃったりするのか?そんならそれで言ってくれれば…」
装蹄師の男の本音はゴールドシップの言う通り、ただ煙草を吸いたくなっただけであった。しかし臨時とはいえ離着陸場の駐機場は当然ながら火気厳禁である。
そんなわけで、機体の離陸滑走の牽引用にどさくさに紛れてコンテナに積み込んでおいた郵政カブでお散歩に出た。
後部で意味不明の言葉を並び立てるゴールドシップの声を聞き流し、男の腰に回された手と背中に感じる彼女の体温も意識の外に置いて、滑走路と並行する誘導路の端を疾駆する。
「まーここらならいいだろ」
短いとはいえ800mほどもある滑走路の端から少し外れた草地にカブを停め、遠く反対側の滑走路端で準備を整えつつある機体を望む。
「お、マックイーンのとこからみてーだな」
煙草を銜える男を真似てか、そこら辺の草を銜えて傍らに立ったゴールドシップが呟く。
「よく見えるなぁ…俺いっつも手元凝視してるからか、もうあの距離だと良く見えねぇよ」
男の目には霞んだなにかしか見えない。
「そうなのか?まぁおっちゃんいっつもなんか作ってるもんな…あ、プロペラまわし始めて…みんなで押してる…こっち来るぞ」
ゴールドシップの実況により状況を把握する。揺らめく景色の中で、確かに飛行機が動き始めたことがわかった。
「あれ…もう浮いてるんじゃね?」
メジロ家の機体はごく短い滑走でふわりと浮き上がり、ゆっくりとこちらに向かってくるのがわかる。機体と並走して数人のウマ娘がこちらに駆けてくる。
主翼は程よく翼端に向けて上方向にしなり、機体はゆっくりと高度を上げていく。
人間用の鳥ニンゲンカーニバルのレギュレーションと同じく、飛行高度は安全対策として10mに制限されている。そのためメジロ家の機体もテストということもあり、5mほどの高度を保ってゆっくりゆっくりとこちらに向かってくる。
「おおー…すっげーなぁ!飛んでるぜマジで!」
子供のようにはしゃぐゴールドシップを他所に、はっきりと見える距離にまで近づいてきている機体を男は観察していた。
さすがにメジロ家というだけあって、綺麗に仕上げられている機体はびしっと安定し神経質な挙動は微塵もないように見える。
それに、ごく低速といっても30km/h程度は出ているであろう機体を苦も無く地上を走ってついていくウマ娘という種族に改めて身体能力の差を感じる。
滑走路端で見物している二人まであと200mというあたりで、機体はプロペラを止めてしばし滑空したのち、ふわりと地上に舞い降りた。
「へぇ。着陸までうまいもんだな」
基本的には琵琶湖に着水することを前提としている機体であるため、着陸についてはあまり重視しない機体設計が多い中、メジロ家の機体はパイロットの技量もあるのだろうが、実に綺麗に機体を降ろして見せた。
それはおそらくここで何度も飛ばしている実績の高さを窺わせる。
「おいおっちゃん、アタシ飛ばせるけど、あんな綺麗に降ろせねーぜ」
ゴールドシップも見ていて同じことを思ったのだろう。突然、不安なことを言いだす。
「…お前、壊したらその時点で合宿終了だぞ」
「え、多少壊しても直してくれんだろ?」
「まぁ、スペアパーツで直せるようなもんならな。フレームとかプロペラはスペアねえから、やっちまったら終わりだ」
「うぇっ!?…やっべ。なんか緊張してきた」
苦い表情で舌を出すゴールドシップの肩を、男は後ろから揉んでやる。
「ま、そんなわけだからひとつひとつだ。まずは一本、滑走路走ってみるぞ。そんで問題なければすこーしだけ浮かしてみる。高度取るのはそこまでできてからだな。まぁ焦んな。固くなるな」
男はそう言うと銜えてた煙草を携帯灰皿に収めてからカブに跨り、ゴールドシップに後ろに乗るように促した。