空を飛びたいウマ娘と山奥の装蹄師の話   作:小松市古城

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26:決意

 

 

 

 

 

「先輩…一体どうなっちゃってるんですかこれは」

 

 とある日の夕刻。

 久々に工房を訪ねた装蹄師の男の後輩は、工房内の状況に、一歩踏み入れるなり声をあげた。

 

「…まぁちょっと凝り出したらこの有様でな…」

 

 一目見て、工房内はおよそ悲惨と形容してもなお控えめな状態であった。

 

 体育館ほどの広さがあり、半分ほどは元々ガラクタ置き場のような有様であったが、今ではそこに単管パイプが組まれて天井までのスペースを多層的に使えるようになっており、飛行機の主翼そのほかが何枚も納められ、他にもパーツと思われるものが保管されている。

 

 そこでも収まりきらぬ小さな部品はそこら中にある程度は規則的に棚に収められてはいるものの、ところどころでは棚からあふれ出して管理不能一歩手前という状況だ。

 

そうして無理やり捻出されたスペースでは組み立て途中の機体が1機、解体途中の機体が1機、天井から吊るされている完成機が1機。

 

 もはや何の工房であるのかわからない。

 

「完全にドツボにハマっちまってな。手ぇ動かして試作を繰り返していたらこのザマだ」

 

 雑然とした工房の奥にかろうじて維持されている作業台で煙草を吹かしながら、装蹄師の男は苦笑していた。

 

「まぁ別にここをどうしようがかまわないですし、先輩の好きなようにやってもらったらいいっスけども…あんまり無理はしないでくださいよ」

 

 後輩の男は作業机の横にパイプ椅子を引っ張ってきて座ると、自らも煙草に火を着ける。

 

「…そういえば、久しぶりに蹄鉄打ったとか聞いたんスけど、マジな話なんスか?」

「ん?あぁ…打ったけど、どこで聞いたんだそんな話」

「いやぁ、なんか引退ウマ娘がトレーニングで現役を纏めて撫で切って潰したとかなんとか…で、そのウマ娘が履いていたのが先輩の蹄鉄だって話をエアグルーヴさんが」

 

 はて、とすっとぼけた表情で男は煙草をゆっくりと吸う。

 

「…あぁ!打ったねぇ、シリウスの蹄鉄。あいつ、アレでそんな爆走したって話はフィードバックもらってないが…今まで付けてたやつが今のアイツに合ってねえから、少し寄せてやっただけだぞ。出来は8割もいってねぇ」

「あぁ…」

 

 後輩は眉間をおさえて呻きながら俯く。

 

「…またひとつ、罪を重ねてしまわれましたか」

「どういう意味だよ。俺の本業だろうが」

 

 装蹄師の男の言葉は正論ではあったが、本質はそこではない、と後輩の男は首を振る。

 

「ここまで鈍いと救いようがありませんわ。あの娘たちにとって走りを支える足許、我々が思ってる以上に敏感なんですよ」

「おめぇ、それは自分で言うのもなんだが釈迦に説法だろう。そんなこたぁ良くわかってるよ」

「いいや、分かっちゃいませんね。先輩はモノとしては蹄鉄を誰よりも理解してるんでしょうが、それが彼女たちに与える心理的影響をまるで理解しちゃいないっス」

 

 そこまで言われて装蹄師の男はぐうの音も出ず、押し黙る。

 

「…思い当たるフシ、あるんじゃないっスか?」

 

 後輩は自らの優勢を確信してほの暗さを湛えた笑みを浮かべて装蹄師の男を詰める。

 

「…関係ないと思うが…言われてみれば、あれからなんか飯がちょっと豪華っていうか手が込んだモンになった気がすんな…」

「ぶっ!…あっはははははははははははは!ほらーやっぱやっちまってるっスよ!もういろいろ諦めて年貢を納めるしかないんじゃないっスかね!」

「誰になんの年貢を納めるってんだよ全く…」

 

 極めて愉快そうに笑う後輩を眺めながら、装蹄師の男は2本目の煙草に火をつけた。

 

「…はははははっ…はぁ…まぁ年貢の納め方は自分で考えてもらうしかないっスね。誰にナニを納めても血の雨が降るのか血涙が流れるのか…想像するのも恐ろしいッスけど」

 

 落ち着きを取り戻し、今週イチ笑わせてもらいましたわ、とのたまう後輩に装蹄師の男が改まって問う。

 

「まぁそれは置いておくとして、例のものは手配できたか」

 

 この人はいつまでとぼけ続ける気なんだろう、と後輩の男は空恐ろしいものを感じながら、既に装蹄師の男の興味がそこにはないことを察して、質問に答えた。

 

「ああ。それならなんとか。明日納品させますよ。しかしちょっと先進的すぎやしませんかね」

「その言い分ももっともなんだがな。ゴルシの奴にはできるだけいいもんで応えてやりてぇんだよ」

「まーた罪深い言葉を…まぁでも、こういうとこで妥協しないのは先輩らしいっスね」

 

 後輩は装蹄師の男の旧来から変わらぬ「男の子」としての一側面が健在であることを再認識し、企みを共有する同志として嬉しくなった。

 

 

 

 

「で、こうなった訳だが、どうだ?」

 

 数日後、後輩経由で届けられたパーツを組み込んで完成させた機体にゴールドシップを座らせる。

 

「なんか前のと操縦桿とかが全然違ぇんだけど…おっちゃんこれ一体どうなってんだ?」

「操縦系統はそこの手元のジョイスティックとレバーに集約して、そっから無線でそれぞれの動翼についたサーボモーターを動かして操作する。まぁ要は動翼のラジコン化だな」

 

 ゴールドシップが手元のジョイスティックを引くと先尾翼がサーボの「キュイッ」という鳴き声とともに瞬時に上を向く。

 

「おおっ。すっげぇ反応良いな」

「これの良いところは、速度とかに応じて、反応速度や舵角なんかを調整できるんだ。だからこないだみたいな微妙な速度域とかでも最適な操縦フィーリングだったり、舵角だったりをプログラムできる」

「おお!面白えなコレ!」

 

 ゴールドシップがジョイスティックの下側につけた小さなレバーを動かすと、主翼端の方向舵がレスポンス良く向きを変える。

 

「プログラムはテストしながら詰めないとならんけど…この間みたいな繊細な機体特性もこれならある程度フォローできるはずだ」

「おおー助かるぜ!いかにゴルシちゃんでも、合宿中のフライトはなかなかの恐怖体験だったからな…」

 

 ゴールドシップの言葉に装蹄師の男も苦笑で返さざるを得ない。データが足りないとはいえ、自らの力が及ばずにかのゴールドシップに恐怖心を抱かせたということに対しては責任を感じていた。

 

「…まぁ、次の合宿でデータ取ってなんとか仕上げよう。機体そのものもだいぶマイルドになってるはずだ」

 

 火のついていない煙草を銜えたままそう告げる装蹄師の男と、嬉しそうにニコリと笑うゴールドシップ。

 

 

 

 その様子を工房の入り口の物陰からじっと見詰める視線があることを、二人が気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

「お、今日の晩飯は豪華だな」

「これが豪華だなんて、アンタはどんだけお子ちゃま舌なんだ?」

 

 ゴールドシップが用事があるからと自宅に帰ったその晩、シリウスが用意した食事は手造りのハンバーグであった。

 

 装蹄師の男はシリウスの作るそれを好んでいる。

 

「元々ハンバーグは好きだけど、お前さんの作るハンバーグは特に好きなんだよ」

 

 装蹄師の男は手を合わせていただきます、と告げると食べ始める。

 

「うん。いつもどおり旨い」

 

 時折シリウスの作ってくれるハンバーグはなにが特別、というわけではなかったが、粗く切られた玉ねぎの甘みと粗く挽かれた肉のバランスが独特で、どちらの個性もうまく活かして肉汁が閉じ込めるために低温でじっくり焼かれた、手間暇がかけられた逸品である。

 

 シリウスは、いつもよりやや緩んだ表情で食べ続ける男の正面に座り、自らも食事を進めながら男を観察していた。

 

 そして、無意識に男に声をかける。

 

「…なぁ」

 

「ん…なんふぁ?」

 

 男は無防備に食事を続けながら応じる。

 

 シリウスはこれまで心の中で温め、膨らませ続けていた思い付きに突き動かされるように無意識に声をかけ、それに気づいて内心慌てて、どのように自分の用件を切り出すべきか、必死に考えていた。

 

「……?」

 

 声をかけておきながらそのまま、焦点の定まらぬ風で自分の箸先を見つめているシリウスに異変を感じ、男は口内のものを飲みこむと茶を一口飲み、シリウスに向かいなおす。

 

「…どうした?」

 

 シリウスは箸先を見つめたまま、尻尾を僅かに揺らしている。耳は曲がり、いつもの勝気な表情は鳴りを潜めていて、無表情に近い。

 

「……?」

 

 男はシリウスのややつり上がった形の良い瞳をじっと見詰める。

 それに気づいたのか、シリウスははっとして視線を合わせてきた。

 

「……頼みごとが出来る立場じゃないのはわかってるんだが、それでも頼みたいことがある」

 

 シリウスらしくもない殊勝な言葉が真剣な眼差しとともに向けられれば、男はそれに気圧されてしまう。

 

 もとより目力が強いシリウスシンボリの視線を、男は内心のざわめきを年の功でぐっと抑え込んで受け止めると、鷹揚に頷いた。 

 

「…今さらなにを遠慮してんだ。言ってみろ」

 

 蹄鉄の出来を詰めてほしいとかそんなことかな、と内心でアタリをつけながら、男は応じる。

 

「…工房にある飛行機の部品、使わせてもらえないだろうか」

「………はぇ?」

 

 男は、不意な申し出に間の抜けた声を絞り出した。

 

 

 

 

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