空を飛びたいウマ娘と山奥の装蹄師の話   作:小松市古城

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27:決断

 

 

 

「…工房にある飛行機の部品、使わせてもらえないだろうか」

「………はぇ?」

 

 シリウスの唐突な申し出に、装蹄師の男は戸惑った。

 

「…使って、どうする気だ?」

「私も…自分の脚で、飛ぶ」

「鳥ニンゲンカーニバルに出る…と…?」

 

 食後のコーヒーを啜りながら、男はシリウスを無表情に眺めている。

 

「…それは…どうだろうな…」

 

 シリウスは男に問われて曖昧な返事を返しつつ、改めて自らの欲求を整理していた。

 

 

 

 自分の脚で飛びたい、という欲求が第一にあるような気がしているが、果たしてそうだろうか。

 

 装蹄師の男の蹄鉄を着けて走ったことにより顕在化された欲求であることには自覚がある。しかし飛びたいという欲求との間にはかなりの隔たり、飛躍があることは自身でも認識している。

 

 それは自分の走りが蹄鉄というパーツに底上げされたことによる「自分はまだやれる」という自信の目覚めによって惹起された「自分も自分の脚で飛びたい」という欲求だからだ。

 

 冗談のように話していた現役復帰がよもや叶うはずもないからこそ「飛びたい」という欲求に置き換えたのであり、代償としての欲求である、という自覚はあった。

 

 シリウス自身、彼女自身の能力を他者との競争の上で示すことを望んだが故に「飛びたい」と願ったのだ。

 

 

 

「…出たいな。私も鳥ニンゲンカーニバルに出たい」

「そんなら今からでも後輩に飛行機拵える先見つけさせるか…お前には世話になってるからそのくらいの労は惜しまんぞ。自分で言うのもなんだが、あんなリスキーな機体を使う必要はないだろうし」

「…っ…そういうことでは…」

 

 

 

 装蹄師の男の言葉に、シリウスは敢えて考慮の外に追い出して無視していた要素について強く意識する。

 

 同時に、今まで自分の中で整理した考え、欲求はあくまで建前に過ぎないことに慄然とした。

 

 シリウスの脳裏に、エアグルーヴと肩を並べて酒を呑んだ時の、彼女の言葉が蘇る。

 

 

(…私のことだけを考えて打たれた蹄鉄、というマテリアルは、想いを力に変えて走るウマ娘としてこれ以上ないほどのパワーを与えてくれる…そう思わないか?)

 

 

 …彼の蹄鉄を履いて現役時代に競走することができたエアグルーヴやシンボリルドルフが羨ましいわけではないと思いたい。

 

 いや、とシリウスはかぶりを振り、思いなおす。

 

 出来る限り自分に素直に、正直に考えるべきだ。

 

 私は、正直に心底、羨ましいと思ってしまった。

 

 しかもそれは、良いものを見せつけられて欲しがる子供のような条件反射的なものではない。

 

 自分がこれまでの人生の過半を掛けて取り組んだ「走り」というものに対して、実際に彼の蹄鉄を履いて走って実際に体験し、過ぎてしまった時間をも含んで実感を伴った形で、羨望を抱いてしまった。

 

 そのうえで、私は願いを抱いたのだ。

 

 私は私のことだけを考えて、造られた飛行機で飛び、勝負したい。

 

 ゴールドシップという先約がいて、それが叶わぬとなれば、せめて彼の手による飛行機で。

 

 そうすれば、エアグルーヴやシンボリルドルフたちが装蹄師の男から味わった蜜の味が、彼の蹄鉄を履いて走ったあの甘さが、よりはっきりと自分にも感じられるのではないかと考えたのだ。 

 

 ひとつ、深呼吸をした。

 

 我ながらあさましい考えだとは思う。

 

 過去の私なら、それを求める自分を自覚しつつも、らしくない考えだと突っぱねて、格好をつけてみせただろう。

 

 しかし現在は、意地を張るほど自分に確たる何かがあるわけでもない。

 

 引退したウマ娘として過去の栄光と後悔に身を揺蕩わせているだけだ。

 

 ならば、己の欲求に素直になっても良いではないか。

 

 

 シリウスと相対していた装蹄師の男は、あやふやな答えと共に長考に入った彼女を眺めながら煙草に火を着け、食後の一服に入っていた。

 

 シリウスはたっぷり煙草1本分ほど目を瞑って腕を組んで考えていた。

 

 そして男が煙草の火を灰皿でもみ消したタイミングで瞑っていた目を開き、装蹄師の男と視線を合わせてはっきりと言った。

 

 

「…オッサンの造ったものじゃないと、意味がない」

「…えぇ…?…しかしもう1機作る余裕は…」

「だから、ストックのパーツで構わない。あれだけあればもう1機くらいはでっち上げられるだろうが。それに私は自家用の免許を持っているくらいには飛ぶことに関して精通している。オッサンに迷惑はかけない」

 

 有無を言わさぬように言い切るシリウスシンボリは、トレセン学園在籍時のような勝気な笑みを浮かべ、自信に満ちた表情をしていた。

 

 装蹄師の男は無意識に次の煙草を箱から取り出して銜え、火をつけぬまま眉間に皺を寄せて考えていた。

 

 やがて、ふうと一際大きな溜息を吐き、改めて銜えていた煙草に火をつけると一服吸い込んで吐き出し、じっと答えを待っているシリウスに視線を合わせた。

 

「…そこまで言うならまぁ、いいだろ。但し、条件がある」

「なんだ?」

 

 シリウスは条件と聞いてやや身構える。

 ある程度の条件が付くことは想定していたが、正面切ってそれを宣言されるとやはり緊張はする。

 

「パーツは貸す。機体も1機、でっちあげてやる。組み立ては手伝え。テストもゴルシの飛ばすときに一緒に来て、ちゃんとやってくれ」

「…なんだ、そんなことか」

 

 シリウスは身構えた緊張が一気に解けるのを感じた。

 

 彼女のその様子を見て取った装蹄師の男がふと、思いついたように口を開く。

 

「あとな…これは条件というよりお願いなんだが」

 

 緊張が抜けてへにゃりとしていたシリウスの耳がびくんと立ち上がる。 

 

「…週に一度はハンバーグとカレーを食べさせてくれると嬉しい」

 

 

 

 男のどさくさに紛れた子供のようなリクエストに、シリウスの心はずきりと疼いた。

 

 

 

  

 

 

 

 

「アホなんですか先輩」

「私の依頼は断ったのにシリウスの願いは聞くのね」

「あーうるせーうるせー」

 

 数日後、シリウスシンボリは事務局へ予備エントリーの申請を提出した。その情報を間髪入れずにキャッチした東条ハナは、装蹄師の男の後輩を伴って工房を訪れていた。

 

 男は工房内のストックパーツから比較的出来の良い予備パーツを選び出し、組み立てている最中の来襲であった。

 

 

 装蹄師の男にしても、シリウスシンボリの願いを何の目算もなく了承したわけではない。

 

 手作りのパーツの集合体である機体は、それぞれの部品の寸法公差内の僅かなズレにより、組み付け時のフィッティングで精度をさらに上げるための追い込みが必要で、慎重かつ難易度の高い作業が必要だった。

 

 その精度を彼女に求めて組み立てを行わせるのは総体としての飛行システムの完成度という点で懸念があったし、装蹄師の男の仕事に対する主義にも反する。

 

 幸いにしてゴールドシップの機体は新機構の搭載も終わっており、改良も一巡して次のテストを待つばかりという状態であったから、シリウスの機体に振り向ける時間をつくれる状況ではあったのだ。

 

 

 

「まぁやたらと部品も量産してて目途も立つ話だったんだ。おハナさんには悪いけど、タイミングが良かった」

「それにしたって本番で2機面倒見きれるんスか?」

「シリウスは自家用免許持ってるだけあって機外点検や調整くらい自分で出来る。ゴルシもあれで勘所は外さないやつだから戦力として読める。俺一人で1機抱えるよりもシリウスを戦力に加えて3人で2機を見たほうが、むしろ負担は減るかもしれんよ」

 

 装蹄師の男は饒舌に説明する。その説明が机上の空論、ただの詭弁に過ぎないことも分かっているから、余計に口数が増えてしまう。

 

 いつもよりよく喋る男の言葉を聞いても、後輩の男も東条ハナも呆れた表情を隠さなかった。

 

「…まったく、ヒトが好いんだかバカなんだか…」

「今回ばかりは東条サンに全面的に同意っスね」

 

 もちろん二人も男の詭弁には気づいている。

 酷い言われようではあるが、男もそれがコミュニケーションであると理解していたから、ただ苦笑いを浮かべてやり過ごす。

 

 特に東条ハナは辛辣な言葉とは裏腹に、不安そうな視線を男に向けていた。

 

「…心配かけてすまんな」

「別に私は心配なんかしてないわよ。アンタの後輩くんが紹介してくれた団体はいい仕事してくれていて、順調だしね」

「俺も別に。かかった費用は先輩のギャラ口座から差っ引いてるだけですしね」

 

装蹄師の男は苦笑いを浮かべたまま溜息を吐き、煙草に火をつけた。

 

 正直ではない、という点においては東条ハナも後輩の男も同類であった。

 

「ここしばらくシリウスに面倒みてもらっててな…ちょっと思うところがあったんだよ」

「どういうことなのか、聞かせてもらおうかしら」

 

 3人は車座になって会話を続ける。

 

「…なんていうのかな。ゴールドシップと比較するのもちょっと違うんだが…シリウスは、不完全燃焼のまま、今まで来ちまってるんだと思うんだよな。おハナさんならわかるだろう?」

 

 東条ハナは作業椅子に座ってパンツスーツの美脚を見せつけるように足を組んでいる。

 

 思案顔の横顔は、リギルの闘将時代と何ら変わらず、冷たく、厳しく、美しい。

 

「仮にも彼女、ダービーウマ娘よ。だけど…その後の戦績を考えれば、ね…」

「…確かそのまま海外出て、あとは引退まで一勝も出来ず…っスか」

 

 装蹄師の男はこくりと頷く。

 

「なんていうのかなぁ…ルドルフやエアグルーヴ、タキオンだったりスズカだったり…みんな、競走ウマ娘として一線を退いた後も続いていく人生を生きてるだろ」

 

 男は火のついた煙草をじっと眺めながら呟く。

 

「みんなが日々迷いながらも見ているのは未来のカレンダーだと思うんだ。だけどシリウスだけは、ずっと過去の日記を見返してるような気がしてな」

「お、銀英伝の某少将の言葉っスね」

 

 オタク気質を共有する後輩の男が反応する。が、本質はそこではない。

 

「…言いたいことは分かるような気がするわ。でもそれと今回の件の繋がりは?」

「だからまぁ、あいつがやりたいって自分から言ってきたことに応えてやらにゃあ。それが未来へ視線を移すきっかけになるかもしれんだろ」

 

 東条ハナは深い溜息を吐いた。

 

「まったく…そういうところ、かわらないのね」

 

 東条ハナはそう言うと薄く笑った。

 

「でも、無理はしないでよ。手が足りないなら手伝いでも寄越すわ」

「あぁ。その時は頼むわ」

「ちょっとは素直になったじゃない」

「おハナさんとこのスタッフなら鍛えられてそうだからなぁ」

 

 心温まるやり取りを繰り広げる二人を他所に、後輩は暗澹たる表情だ。

 

「…そんなこと言ってまた先輩…ルドルフさんやエアグルーヴさんには、どう説明を…」

「ん…まぁわかってくれるだろ…」

「そりゃ建前はそうですけど…心情的には…」

 

 後輩はちらりと東条ハナを見やる。

 

「ライバルがまた一人増えるのね…まぁ、今更よ」

 

 耳元の蹄鉄のピアスをきらりと光らせた東条ハナは、少しだけ寂しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 






今年も一年、私の妄想にお付き合いいただきありがとうございました。
ペースは落ち気味ですが続けてまいりますので、来年も引き続きお付き合いいただければと幸甚です。

皆さまよいお年をお迎えください。
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