「おいおい4月も折り返したってのに寒いじゃねーかよ」
「今の北海道は関東の2月くらいじゃないか」
「おい、停止するまでキャノピーを開けるな」
ゴールデンウィークより1週早い4月下旬、ようやく桜の開花も目前という北海道にゴールドシップ、シリウスシンボリ、装蹄師の男の3人はメジロ家の臨時飛行場に降り立った。
テンションの上がったゴールドシップは誘導路を格納庫前の駐機場に向かってトコトコと進むうちにキャノピーを開けてしまい、機長であるシリウスに窘められている。
「シリウス、操縦お疲れさーん♪」
駐機場に停止した機体からゴールドシップはひらりと飛び降りた。
「たまには遠征も良いモンだ。ゴールドシップ、あとでコイツの整備に付き合ってくれ」
シリウスはメインスイッチを切り、パーキングブレーキをかけたことを確認してインカムを片付けながら告げる。
「それはおっちゃんに頼むんだな~。アタシは早速ひとっ走りしてくるZE☆」
さっさと宿舎に向かって駆け出すゴールドシップをシリウスは機体に輪止めを掛けながら、装蹄師の男は凝り固まった身体を伸ばしながら見送った。
視線を移せば、格納庫の中には数日前に工房から送り出した2機分のパーツが木箱に収められて既に届けられている。
「シリウス、こいつの整備を先にやって、一休みしたら届いてるパーツを組み立てようか」
「ああ。世話になるな」
「なにを今さら。もう一蓮托生だわ」
装蹄師の男の何気ない一言に、シリウスシンボリは無意識に尻尾の振幅を大きくしていた。
◆
過日、鳥ニンゲンカーニバルに出場させる機体をゴールドシップだけでなくシリウスシンボリにも供給すると装蹄師の男から伝えられた時、ゴールドシップは上機嫌であった。
シリウスと一緒に工房で過ごすうちに、彼女自身もシリウスについて思うところがあったらしい。
「まさか慎重派のおっちゃんがアタシとシリウス、2機まとめて世話するとは思わなかったけどな~」
あっけらかんとそう言って彼女は笑う。
「…俺もそんなつもりはなかったんだけどな。お前の機体改良しまくってたからパーツは丸々4機分はあったし、部品だけあいつに託すのもなんか違うだろ」
工房の作業机で煙草を吹かしながら相対していたゴールドシップはにやりと笑う。
「まぁどうしてもって言うならアタシのを譲ることも考えてたんだぜ」
「またまた御冗談を」
「あ、言ったな~ゴルシちゃんの本気の告白を流すとはなんたる無礼!」
わざと芝居がかった台詞回しでコントを仕掛けてくるゴールドシップを苦笑いでいなしながら、装蹄師の男は言葉を繋ぐ。
「まぁそういう訳だから、お前のほうにかかりっきりってわけにもいかなくなった。ついてはお前さんのお手伝いを期待してるよ」
「おぅ任せとけ!早速次のテストの準備しようぜ!」
豊かな胸を強調するかのように張り出したゴールドシップは、様々な改良が加えられた自らの機体で空を飛ぶことが待ちきれない様子で尻尾を揺らしていた。
◆
テスト飛行は順調に進んでいる。
それにはゴールドシップがいつも以上に協力的であったことも要素としてあったが、それ以上にシリウスの加入が好影響を与えていた。
現役時代に自家用免許を取得し、趣味とはいえそれなりの飛行時間を重ねていた彼女の経験値は大きく、これまで手探りで「飛ぶ」「飛ばす」を行ってきたゴールドシップと装蹄師の男にとっては大きな力となっていた。
シリウスシンボリはいつもの挑発的な言動が鳴りを潜め、極めて真摯に向き合ってくれていたし、ゴールドシップはゴールドシップで普段の破天荒さはそのままだが、シリウスがもたらす経験値を受け止め、自らに活かしている。
そうして今も、一日のスケジュールを終えた二人は装蹄師の男に割り当てられた部屋で、フライトデータを眺めながらああでもない、こうでもないと議論を交わしていた。
「…自分たちの部屋でやってくんないかなぁ…」
「なんでだよ。おっちゃんが作った飛行機なんだからなんか気になることがあればすぐ聞ける分、ここでやった方が効率良いだろ」
「そうだぞ。特にゴールドシップの方の機体は操縦系統も繊細だ。そこの面倒を見るのはオッサンの仕事だろうが」
「こっちも本業があるんでねぇ…今から蹄鉄メーカーの研究開発部隊とWEBミーティングあるからおとなしくしててくれよ」
二人から少し離れたところで男はノートPCを開き、イヤホンマイクをジャックに差し込み、本業のミーティングのためにWEB会議システムを起動する。WEBカメラの位置は背後にウマ娘たちが映りこむことがないように向きを配慮しておく。
そう待つこともなく仮想の会議室への接続が完了すると、技術アドバイザーとして契約している蹄鉄メーカーの研究部長とそのスタッフ数人、そして仲立ちと素材供給を担う後輩の男とそのスタッフ数人の姿が画面に映し出された。
[先生、お忙しいところお時間いただいてありがとうございます]
既に契約して長く、ある程度打ち解けた関係である研究所長が口火を切る。
「先生はやめてくださいって言ってるじゃないですか研究部長…」
様式美となっているやりとりを一通り繰り広げた後、ミーティングは本題に入っていく。
内容は現在開発中の蹄鉄の進捗状況と解決すべき課題への対処の検討、そして現在メーカーとしてサポートしているウマ娘たちの蹄鉄のカスタマイズについての相談などが主となる。
必然的に、ほとんど聞き役に回ることが多いミーティングであり、装蹄師の男はイヤホンから流れる先方の研究者たちの発表に聞き入りつつ、時々意見を求められたときに発言をするような展開だ。
「…目標の性能を満たす要素はよく詰まっていると思いますが、装着感については…」
「…そのやり方ですと蹄鉄としての機能は向上しますが、脚の負担が増大してしまうので、その方面での配慮を…」
「…サイズ展開を考える上で、この構造で製品化すると一定以上の大きさになると性能にばらつきがでてしまう。そうなるとウマ娘たちの期待を裏切ることになりませんかね」
装蹄師の男は助言を求められる度に的確な回答と、対応策について複数案を提示していく。
不意に男が話し出す状況に、部屋の中ではそのたびにゴールドシップとシリウスシンボリが耳をぴくりと反応させていた。
「…なぁ、シリウス」
「なんだ?」
ゴールドシップは真剣な表情をつくり、シリウスシンボリに顔を近づける。
「…おっちゃんの仕事、手伝ってやったらどうだ?」
「どういうことだ?邪魔になるだけだろう」
シリウスシンボリは怪訝な顔でゴールドシップに返す。
「たぁ~…にっぶいなぁシリウスちゃん…。さっきからおっちゃんのコメント、聞いてんだろ?」
「それは…聞こえてくるからな」
「おっちゃんが話してることになんか、共通点あると思わねぇか?」
「…共通点?」
シリウスは少し考え込む。
「…蹄鉄を使う側のことを意識した発言をしてる、ってことか?」
「おお!わかってんじゃねーかよシリウスぅ。今もトレセン学園で走って教えたりしてんだろ?だったら役に立つこともあるんじゃねーか?」
背後では、装蹄師の男が開発の方向性についてディスカッションしているのが聞こえてくる。
先方の発言内容は男がイヤホンをしているためにわからないが、確かにゴールドシップの言う通り、蹄鉄そのものの性能にこだわるよりも、装着して走る側のことをもっと意識すべきだ、というような趣旨の話をしているようだ。
シリウスは意を決して立ち上がると、画面に向かっている男のデスクに歩み寄る。
シリウスは男の前に仁王立ちで立つと、驚いた表情でこちらを見上げる男に構わず、ジャックを引き抜く。音声はスピーカーに切り替わり、そのまま部屋に流れ出た。
[…まずは蹄鉄の性能を目標値まで持って行って、それから装着感などをテストすれば…その、契約しているG1クラスのウマ娘さんたちにそうそう仕様違いのテストをさせるわけにもいきませんし…]
先方はどうやら、ウマ娘たちに対する遠慮から、できるだけ自分たちの目標をクリアしてからウマ娘たちに試させることを企図しているらしい。
「それではおそらく開発の手戻りが大きくなってしまいます。早めにフィッティングから詰めていかないと…」
装蹄師の男はシリウスの行動に慌てながらも、議論を続けている。
シリウスは溜息を吐くと、男の背後に回り込んで、WEB会議画面に映りこむ。
「ちょ、シリウスおま…今は仕事ちゅ…」
「なぁ、困ってるんならとりあえず、私と私の手伝ってるチームでテストするのはどうだ?」
画面の向こうのメンバーが一様に驚いた顔をしている。
約一名、装蹄師の男の後輩だけは頭を抱える仕草をしながらも、口元はにやけ笑いを抑えきれないようだった。
「…さっきから方針が対立してるみたいだが、使うのは我々ウマ娘だろう?契約してるG1ウマ娘にテストさせるのに遠慮があるんだったら、引退した元G1ウマ娘とG2クラスの現役ウマ娘だったら用意できる。不満か?」
[い…いえ、決してそのようなことはありませんよ。むしろ願ったり叶ったりで…]
装蹄師の男の画面に突如乱入したウマ娘にしどろもどろの研究所長の様子が画面に映り、議場がざわつく。
[…皆さんご存知かもしれませんが、今画面に映っている彼女こそダービーウマ娘、シリウスシンボリさんです。シリウスさん、最近蹄鉄の重要さに改めて着目されたみたいでして…]
後輩の男が先日の装蹄師の男が作った蹄鉄を履いたシリウスシンボリのエピソードを披瀝し、目を白黒させるばかりの装蹄師の男を尻目に手早く話を纏めていく。
[じゃあ細かな調整はこちらでやりますんで、一度今の開発品をテストしてもらう方向で進めましょう。引き続きよろしくお願いいたします]
後輩のその言葉をしおに、会議は終了した。
装蹄師の男は、ふうっと息をつくと、煙草を銜えて火をつける。
「シリウスお前…いいのか、そんな安請け合いして」
煙を吐きながら、装蹄師の男はシリウスに向かいなおす。
シリウスは意味ありげに笑うと、装蹄師の男にぐっと顔を寄せた。
「…私たちは一蓮托生、なんだろ?」
シリウスシンボリは装蹄師の男の耳元でそう囁くと悪戯っぽく勝気な笑みを浮かべて、驚いた表情で見返す男と視線を交わらせた。
ゴールドシップは息をひそめ、ニヤニヤとした表情でその様子を見守っていた。
大変ご無沙汰致しております。
今年もなんとか続けて参りますので、引き続きよろしくお願い致します。
しかし忙しい…