空を飛びたいウマ娘と山奥の装蹄師の話   作:小松市古城

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3:蹄鉄型のピアス

 

 

 

 

 

 

「一体、今度はなにを始めたのよ…?」

 

 とある夜の工房。

 東条ハナは缶ビールを片手に、装蹄師の男の作業机にしなだれかかるように腰掛け、呟く。

 

 日中はトレセン学園での業務をこなしてきたというのに彼女のスーツには皺ひとつなく、なんならちょっと理性を危うくさせるようなイイ匂いすら漂わせている。

 

 

 

 東条ハナとの付き合いはかなり長い。

 

 沖野とともにトレセン学園での数少ない同年代であり、よく三人連れ立って夜明けまで酒を飲んだ。装蹄師の男は下戸であったから、酔いつぶれた彼らの面倒を見るのが決まり相場ではあった。

 

 ふたりがトレーナーとして輝かしい実績を残していくのを学園でただ一人の装蹄師として時には助け、時にはリギルで行き詰っていたサイレンススズカを装蹄師の男が道化を演じて円滑にスピカへ移籍させたことすらある。その見返り、というわけではないが、ウマ娘たちの安全、怪我の防止に装蹄師の立場で尽力していた男にふたりが協力するなど、相互補完の関係でもあった。

 

 数少ない同年代の元同僚として、そして今も同じ業界に居る者同士として、東条ハナと沖野とは装蹄師の男が学園を離れた今でも、付き合いが続いている。

 

 

 

 ほろ酔いの東条ハナが醸し出す妖艶な雰囲気をつとめて気にしないようにしながら、装蹄師の男は手元の竹ひごをアルコールランプで炙りながら曲がりを調整していた。

 

「んー…まぁ新しい趣味、ってとこかね…」

 

 作業机の上には竹ひごと和紙で構成されたハンドメイドの室内用ライトプレーンがある。

 

「…ひょっとして、貴方も出るの?鳥ニンゲンカーニバル、ウマ娘部門」

 

 おハナさんはぽつりとそんなことを呟く。

 

「…は?ウマ娘部門…?」

 

 装蹄師の男は銜え煙草で主翼の軸を片目で見定めながら、間の抜けた返事を返した。

 

 東条ハナははぁ、と呆れたようなため息をひとつつくと、噛んで含ませるような説明を始めた。

 

「テレビの番組で鳥ニンゲンカーニバル、ってあるでしょ…来年、それにウマ娘部門が追加される、って話があるみたいなのよ。学園からもそれに出て、より一層トゥインクルシリーズをPRしようっていう話が出てるわ。理事長も乗り気よ」

 

「へぇ…」

 

 トレセン学園を離れて以降、元より疎かった世事からさらに遠ざかっている装蹄師の男は、あまり感情のこもらない声で生返事をした。

 

「…メジロ家やシンボリ家、マチカネ一族なんかもOGウマ娘なんかを中心にチームを作って出ようって話もあるみたいね」

 

「…ウマ娘部門云々は初耳だが、俺んところにはゴールドシップがそれに出たいから機体造れって言ってきてんだ…。ってかメジロにシンボリ、マチカネとくりゃメイショウも出てくるだろうし…トゥインクルシリーズ同窓会かなんかか、そのイベント」

 

「…言い得て妙ね。私のところにもリギルのOGの娘からチーム結成と監督の打診が来たくらいだから…相当大きな話になってるわよ、コレ」

 

 

 

 

 東条ハナは昨年、チームリギルを発展的に解消した。主だった教え子たちを育て切った、という理由が対外的には発表されている。

 

 現実には、装蹄師の男がトレセン学園を去らざるを得なくなったトラブルに嫌気が差したから、という話もあったが、装蹄師の男は本人に確認したことはない。

 

 今はトレセン学園で後進トレーナーの育成活動を中心に、育てたトレーナーたちをある程度の緩さで束ね、東条グループと称されるトレーナー集団を形成しているらしい。

 

 第一線のトレーナーとして走り続けていた頃と較べれば業務にもある程度の余裕が出てきたようで、ここのところ割と定期的にこの工房に現れるようになっていた。 

 

 

 

 

「ほーん…で、おハナさんも出るの?」

 

 装蹄師の男は銜えていた煙草を一旦灰皿でとんとん、と灰を落とし、再び銜えて吸い込んだ。  

 

「悩んでるわ。機体も自作ってルールでしょう?私、技術的な知見はないもの。監督って言われても畑が違い過ぎるわ」

 

 東条ハナの形の良い尻が作業机の角で形を変えている様子を視界の端に捉えながら、装蹄師の男はゆっくりと煙を吹き上げた。

 

「餅は餅屋に任せてプロジェクトマネジメントに専念すりゃいいのさ。得意でしょ、そういうの」

 

 人力飛行機を作って飛ばす、というのはもちろん技術は大事だが、到底一人でできるものでもない。それなりの人数が動く労働集約型プロジェクトになるのだ。それを指揮監督する役割としては、東条ハナはうってつけの才能とカリスマの持ち主と言えた。

 

「それは信頼できる各分野の専門家が居ての話よ。せめて貴方が空いていたら良かったのだけど…」

 

 東条ハナは無意識に、耳に着けられた装蹄師の男のハンドメイドになる蹄鉄型のピアスを指先でそっとなぞる。

 

 装蹄師の男はそれにも気づかず、模型飛行機のゼンマイを巻きながら東条ハナのどこか残念そうな声を聴いていた。  

 

「遅かったな。俺はもうゴールドシップに売約済みだ」

 

 そう言いながら装蹄師の男はゼンマイ動力を解放し、プロペラが回りだしたライトプレーンをそっと押し出すように工房の空中に放つ。

 

 イメージよりもゆったりと上昇していったそれは、工房内を大きい弧を描いてゆっくりと二人の上を舞っている。

 

 二人でそれを眺めながら、東条ハナはほう、と溜息をついた。

 

「まったく…相変わらずつれないのね」

 

 東条ハナは耳に心地の良い、しかし憂いを帯びた声音で呟く。

 

 

 

 東条ハナは装蹄師の男が学園を離れる際、ずっと心に秘めていた恋心を多少強引な方法で装蹄師の男に伝えてはいた。

 

 しかしそれは返事を求めるようなものではなく、その後のURAにまつわる騒動などがありゴタゴタした期間が続いた結果、今ではすべては有耶無耶になっている。

 

 装蹄師の男が学園を去った後、しばらく行方をくらませていた時期に送り届けられた、今現在東条ハナの耳元を飾るピアスのみが、彼女の告白があったことを現在に証明していた。 

 

 

 

「そんな冷たい人間でもないぞ。おハナさんが本気でやる気になるんなら、機体制作を請け負ってくれるとこくらいは後輩に見繕わせる。まぁ格好をつける手伝いくらいはやるさ」

 

 そういうことじゃない、と東条ハナは再び重々しいため息を吐くと、缶ビールをぐっと干す。

 

 徐々に高度を下げた模型飛行機は二人のまわりをゆっくりと飛翔し、やがて装蹄師の男が伸ばした手にすっと収まった。

   

「…まぁ俺もゴールドシップが動力の飛行機なんてまともに完成させられるか、自信はねえんだけどな」

 

 男はライトプレーンを作業台に置くと、銜えたままにしていた短くなった煙草を灰皿でもみ消した。

 

「…決めた。格好つける手伝いしてくれるって約束、忘れないでよね」

 

 東条ハナは腰掛けていた作業机から立ち上がると、形の良い胸を誇張するかのように背筋を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

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