空を飛びたいウマ娘と山奥の装蹄師の話   作:小松市古城

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31:シンボリルドルフのまなざし

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…なんだあの軽トラックは」

「…結局、メジロの敷地内へ消えていったようですが…」

 

 メジロ別邸、その入り口でクルマを止めたシンボリルドルフとエアグルーヴの息は荒い。

 結局、峠では前方の軽トラックを急ぐ道中の邪魔だとばかりに追い立てたものの、軽トラックの方もスピードを上げてひらりひらりと峠を駆け下り、一定距離以上に近づくことはできなかった。

 

 スローペースに巻き込まれなかったため、結果的に予定より幾分か早くメジロ別邸には辿り着いた。 

「本当に速いのは道を知った地元民なんてことはよくある話です。今回もその手合いでしょう」

 

 エアグルーヴは振り切られたくやしさを隠さないシンボリルドルフをそれとなくフォローした。

 

「…そういうことにしておこうか。とはいえこういうことで後れを取るのは本能的に堪えるものがあるな」

「会長くらいのお方が戯れとはいえ地元民に公道で競りかけるほうがどうかと思いますがね…」

 

 エアグルーヴはシンボリルドルフを諫めることも忘れない。

 その意図を間違わずに受け取ったシンボリルドルフは、肩を竦めてそれを受け入れた。

 

「まぁまずはメジロの当主に挨拶だな。ついでに相手のドライバーの素性も聞けるかもしれないしな。競りかけた詫びのひとつもいれようじゃないか」

 

 息を整えたシンボリルドルフは、改めてクルマをメジロの敷地内へと進めた。

 

 

 

 

 

 

「まぁ!シリウスさん…!おいたわしい姿で…」

 

 ゴールドシップにダル絡みされていたメジロマックイーンがその軛からするりと抜け出て、装蹄師の男の肩に担がれているシリウスシンボリに駆け寄る。

 

「すまん。ちょっと横にして安静にしてやってくれ」

 

 ややバツの悪そうな表情で装蹄師の男はシリウスシンボリの身をメジロマックイーンに託した。

 

「おいおっちゃん…シリウスに何ヤったんだ…?」

 

 白く映える肌にビキビキと青筋を浮かべたゴールドシップが男ににじり寄ってくる。

 

 ゴールドシップの怒り顔というのも比較的珍しいものではあるのだが、外見だけで言えば正統派な美人であるだけに、その表情たるや装蹄師の男といえども無意識に後ずさるほどの迫力がある。 

 

「いやぁ…なんかちょっと…地元の走り屋っぽいのに追いかけられたから…ね…ちょっと千切ってやろうと」

 

 どうしてこういう状況になると事実を述べているのに言い訳っぽくなってしまうのだろう、と男は内心冷や汗をかく思いを抱きながら答える。

 

「…はぁ…なんでそういう面白いヤツにゴルシちゃん連れてってくんねーんだよ…」

「偶然だから、偶然」

 

 理由を理解したゴールドシップは怒り顔から落胆した表情に切り替わり、そして真剣な表情で男との間合いを詰めて人差し指を突き出し、言った。

 

「明日はアタシを連れてけよな!約束だぞ!」

「いいけどさぁ…本来は鳥ニンゲンカーニバルのテスト合宿だからね?」

「そっちもそっちでちゃんとやるから!おっちゃん最近シリウスに構いすぎだってーの!」

 

 ゴールドシップは耳をピンと立て、いつになく余裕のない表情で嫉妬剥き出しの言葉を男に投げつける。

 

「わかったわかった…ごめんな」

 

 苦笑いを浮かべて、男はゴールドシップの頭をわしゃわしゃと撫でてやる。

 

「わかれば…わかればいーんだ…よ…」

 

 急にしおらしくゴールドシップを、シリウスシンボリをベッドに横たわらせて戻ったメジロマックイーンが「あらあら」といった表情で微苦笑を浮かべていた。

 

 

 

■ 

 

 

 

「…で、こういうわけだよ」

 

 シンボリルドルフとエアグルーヴはメジロ別邸の応接室で、久しぶりに対面していた装蹄師に男にそう言い放たれた。

 

 装蹄師の男の左腕にはゴールドシップが半泣きの顔でしがみついている。

 

「…こういうわけ、と言われても…」

 

 エアグルーヴは苦悶の表情を浮かべて眉間を押さえている。シンボリルドルフは苦笑いを浮かべたまま凍り付いている。

 

「…まぁ、気が逸って前走車に競りかけるようにしてしまったのは反省しているが…まさか兄さんだったとはね」

「俺だってまさかお前さんだとは思いもしなかった。いつの間にそんなに速くなったんだ?」

「引退したとはいえ、鍛練は欠かしていない。スピード勘は鈍っていないつもりだよ。尤も、クルマを教えたのは兄さんだろう?」

 

 ゴールドシップを脇に抱えた状態の装蹄師の男は少しだけ肩を竦めた。

 

「公道で無茶はするなよ。建前はまあ、色々あるが、お前さんは背負って立つ立場ってものがあるんだ」

 

 男の言葉に我が意を得たりとエアグルーヴは頷いたが、シンボリルドルフはその言葉に妖しく目の色を変え、反論を試みた。

 

 

「私に背負って立つ立場があるのは私が望んでそうしていることだが、一方で私個人の幸せも考えるべきだといったのも兄さんだ。そんな兄さんが私の手の届かないところに長く逗留して、あまつさえ私ではないウマ娘とべったり。それが峠を法定速度一杯で走ることになった原因なんだよ。それについて何か申し開きはないのかな?」

 

 ルドルフはそう言って、美しく年齢を重ねた者にしかできないある種の妖艶さを湛えた微笑で装蹄師を視線でじっと射る。

 

 男はルドルフから今まで感じたことのない圧を感じ、体温が高めのゴールドシップを脇に置いているにも関わらず背筋に冷たい感触が走っていることを自覚した。

 

「…まぁ、クルマの腕はまだルナに勝ってるみたいで安心したよ。これでそっちも負けるようならいよいよ俺も隠居だわ」

「それはいいな。是非引退してもらって私の家で隠居してもらいたい。そのためなら改めて研鑽を積みなおすのも吝かではないよ」

 

 話を逸らすために男が叩いた軽口を真正面から迎撃したルドルフはそこまで言って、溜息をひとつついて纏っていた圧力を解放し、柔らかな笑みに表情を移した。

 

「…まぁ、今夜のところは幼名で呼んでくれたことに免じて、この辺にしておくよ」

 

 思わず肩の力が抜けた装蹄師の男を尻目に、ゴールドシップが耳元で呟いた。

 

「…なぁ…なんかチョロくないか、カイチョー…」

「ゴルシ…それ以上…いけない」

 

 こっそりとしたやりとりを微笑みは崩さぬまま眺めていたシンボリルドルフはゴールドシップに視線を合わせて告げる。

 

「ゴールドシップ…君に貸していた兄さんを、明日は返してもらうよ。異論はないね?」

 

 

 ウマ娘の耳はニンゲンの耳より良いという。

 自らのチョロさをイジられたシンボリルドルフの視線には、有無を言わさぬ圧力が込められていた。 

 

 

 

 




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