空を飛びたいウマ娘と山奥の装蹄師の話   作:小松市古城

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32:夢想

 

 

 シンボリルドルフはメジロ別邸で宛がわれた個室でベッドに横たわり、まどろみの一歩手前というところでとりとめのない思考を弄んでいた。

 

 それは、久しぶりに装蹄師の男とまみえることができた充足感と、一方でそれによって惹起された様々な感情が渦巻いていた。

 

 

 

………

 

 …久方ぶりにまみえることのできた兄さんは、小脇にゴールドシップを抱える形になってはいたが、それ以外は相も変わらず、といった様子だった。

 

 いつもと変わらず飄々として掴みどころがなく、それでいて向かい合っている課題にはどこまでも実直。そして少しの遊び心も忘れてはいない。

 

 ウマ娘に対しては公平で、ちょっと色恋の絡んだ迫り方をすれば無表情の中に僅かな困惑を浮かべつつ右往左往して、最終的には煙に巻く。

 

 その煙幕を、私は何度受けても慣れず、視界を喪い、狼狽え、結局、いつも兄さんを手中に収めることはおろか、一定以上に距離を詰めることすらもできないでいる。それは今日も同じだった。

 

 

 

 …それにしても、あの峠の軽トラックが兄さんの運転だったとは。

 

 こちらは些か鈍重とはいえ馬力に勝る最新のセダン、あちらは古びた軽トラック。

 

 いかにドライバーの腕ががあろうとも、本来であれば勝負にもならない道具の差が存在しているはず。

 

 それでも私は兄さんに追いつくことすらできず、華麗に逃げ切られてしまった。いかに運転歴に差があろうとも、私は現役を退いたとはいえ元アスリートだし、兄さんに影響されていくらかはドライビングというものを学んだのだ。それに加えて圧倒的な道具の差というハンデを得てもなお、一太刀掠らせることすらできない差というのは、一体何なのだろうか。

 

 …助手席のシリウスはさぞ怖い思いをしたことだろうと思うが、同時に兄さんの隠れた才能に慄いたに違いない。

 

 

 …そう…そうなのだ。

 

 

 装蹄師として、おそらく頂点の域にいる兄さん。

 

 かと思えば、ゴールドシップに付き合って、飛行機を造ってしまう。

 

 

 

 もちろん兄さん自身がそのような工作が得意であることは理解しているし、彼にとっては実現可能だからこそ挑戦したのだろうとは思う。

 

 それでもそれを実現してしまうという部分には、類稀なるものがあると考えざるを得ない。

 

 

 つまり、兄さんには才能があるのだ。

 

 

 おそらくは鉄などの素材を直観的に理解してしまう才、それらを組み合わせてなんらかの機能を発揮することを構想する才、それらの要素から生起する素材を加工する才、目的のもとに機能を構築する才…。

 

 工学的、工業的才能とでもいうのだろうか。

 

 おそらく、運転技能もその才能に含まれた余技のひとつなのだろう。

 

 そして兄さんが常に纏う、とっつきづらそうな雰囲気とは真逆の、頼まれたことは無下にはしないあの性格だ。

 

 それは、ゴールドシップのような奇天烈な発想の才を持ったものと一滴、混ざり合えば、今回のような方向へ化学反応を起こすのも頷ける話だ。

 

 なにせ「ないものはつくればいい」という精神で兄さんがこれまで創り出してきた数々の蹄鉄やシューズは、レースの世界での成績のみならず、脚が弱かったり、ある時には怪我をしてしまったウマ娘に再び希望を持たせることすらあったのだ。

 

 あのアグネスタキオンが兄さんと交流を重ねた結果、彼女なりの方向性を見出して、ただの狂気の研究者から、ベクトルこそ違うが有用なものを創り出す学究の徒となったのも、化学反応の結果といえる。

 

 

 そんな兄さんを世間から遊離してしまった存在にした事件のことは忘れたくても忘れられるものではない。

 

 世が世であれば兄さんは稀代の装蹄師として、ウマ娘のレース界に燦然たる伝説を遺したはずだ。

 

 

 

 しかし、一方でこうは考えられないだろうか。

 

 

 

 あの学園を期せずして離れることになったからこそ、今、兄さんは飛行機を造ることが出来た、と。

 

 兄さんを学園から自由にしたからこそ、様々な化学反応を得ることができている、と。

 

 

 それは確実に、私の志向する世界をよりよく構成する要素のひとつとして、機能しているのではないか。

 

 

 ここ、メジロ別邸で自由に過ごす兄さんの表情はいつもよりも柔らかで、ゴールドシップとシリウスシンボリに振り回されている様子も吝かではないように見える。

 

 たぶん、それは見間違いなどではあるまい。

 

 なにより今、兄さんは自らの腕で稼いで生活し、さらに自らの才能を自由に振るえる位置にいる。

 

 

 彼がライフワークとしている蹄鉄の開発は、現場から離れたとはいえいくつかの蹄鉄メーカーを動かし、全体の底上げや時代の変遷といった形で実を成しつつある。

 

 

 

 …学園時代から時間が経ったのだ。

 

 

 

 私も、兄さんも、平等に歳をとった。

 

 私はURAにおいての業務に邁進し、いつの間にかそれなりの立場にもいる。

 

 時間の経過とともに居場所を変えることは当然のことでもあり、寂しく思うこともある。

 

 本当は…本音では…兄さんは常に、私の隣に居てほしい存在だ。

 

 残念ながらそれは叶ってはいないが、さりとて存在が感じられぬほど遠く離れるわけでもない。

 

 会えば昔のように笑い合い、他愛のない話に興じ、それは癒しと新たな視点を私に与えてくれる。

 

 

 

 …十分ではないか?

 

 

 

 今は、空を目指すウマ娘を支える兄さんと、空を目指すウマ娘たちの舞台を支える私。

 繋がりを保ちながら異なる目的へと進み、達しながら…更なる高みへ…。

 

 

 

 時代は、時間は前へと進んでいる。

 

 

 私も、前へ進まねば。

 

 私も、前に…

 

 

 

 

………

 

 

 その夜シンボリルドルフは久方ぶりに、じっくりと熟睡することができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…というようなことを昨夜、考えていたんだ。まぁ、だからといって何があるという訳でもないんだが」

 

 翌日、シンボリルドルフは滑走路脇でテスト飛行を眺めつつ、エアグルーヴに昨夜の思索を語った。

 

「…なるほど…だからあっさり引いたんですね」

 

 エアグルーヴは不思議そうな面持ちでそう呟くと、形の良い顎に指を添えて考え込んだ。

 

 

 

 

 昨夜、シンボリルドルフはゴールドシップに対し啖呵を切り、今日一日の装蹄師の男のスケジュールをこちらに明け渡してもらうつもりでいた。

 

 しかし今朝、シリウスシンボリから物言いがついた。

 

 曰く

 

「皇帝サマは人から自由を奪うのがご趣味なのか?」

 

 昨夜、「装蹄師の男は自由になったからこそ今があるのではないか」と考えたルドルフには、シリウスの言葉は深く刺さった。

 

 結果として、今日は元の予定通りに彼らは彼らのスケジュールをこなし、シンボリルドルフとエアグルーヴはそれに帯同する、という形に落ち着いていた。

 

 

「参加するチームの出来を見るのも業務の参考にはなる。ましてや兄さんの手仕事だ。エアグルーヴも興味はあるだろう?」

 

 そう言って笑うシンボリルドルフの表情に、昨日までの憂いは見られない。

 

 エアグルーヴは、たった一人の男と会っただけで憑き物が落ちたようにすっきりとした表情を浮かべるシンボリルドルフに、何らかの魔術か手品を目の当たりにしたような驚きを感じていた、

 

「まぁ…興味がないと言えば嘘になりますね。最初期に見たものよりも洗練されてきているようですし」

 

 エアグルーヴは先ほど格納庫で見た機体の様子を思い浮かべる。

 

 最初の頃はいかにも手作り感のある、あちこちにうまく処理できていない細かな部分が見受けられた。

 

 しかし開発期間を経たゴールドシップとシリウスシンボリの乗機はそれらが見当たらなくなり、代わりにテストを重ね、最適解を見出しつつあるかのように整然とした鋭さをみせるものへと変化していた。

 

「これを、たった一回の本番フライトで終わりにしてしまうというんですから、なんというか…勿体なく感じてしまいますね」

 

 エアグルーヴは空をゆっくりと飛ぶゴールドシップの機体を仰ぎ見ながら呟く。

 

 その飛行は些かの不安感もなく、まるでそこにいるのが当然と言わんばかりの安定した飛翔だ。

 

「翼とコクピットの外皮は着水すれば再使用できないようだが、それ以外の部品はオーバーホールを前提に再使用可能だそうだ」

 

 シンボリルドルフはエアグルーヴと同じように空の一点を見つめ、眩しそうに瞳を細めながら語る。

 

「もしかすると、あの機体自体も次世代に引き継がれていくかもしれんな。兄さんが創り出している新時代の蹄鉄のように」

 

 シンボリルドルフの言葉に、エアグルーヴは最近URAの技術委員会で取り扱われている新しい蹄鉄レギュレーションについての議論内容を思い起こしていた。

 

 これまでの鉄製の蹄鉄のグリップ力はそのままに、脚にかかる衝撃を軽減しようと樹脂素材を組み合わせて靴底と一体設計とするもので、ある程度規格化することで蹄鉄のメーカー間競争はそのままにレースでも採用できないか、という企画がURAの装蹄所と各メーカーからの共同提案という形で審議にかけられている。

 

 もちろんその仕掛け自体に装蹄師の男の後輩が関わっており、彼を隠れ蓑にした本当の仕掛け人は装蹄師の男だ。

 

 発想自体は過去にイクノディクタス用に創り出したトレーニングシューズの構想に近く、あの時には素材やレギュレーションの制約で取り得なかった手法を現代の素材や技術で自由に再構築し、あの時とは違う体制の元でレギュレーションから手を入れてしまおうという、今の状況を最大限活用した試みだ。

 

「時代は進んでいくんですね。我々が学園にいた頃には考えられないような話です。これが実現すれば怪我に泣くウマ娘はまた、減るでしょう」

 

 エアグルーヴは感嘆して言う。

 

「…兄さんが学園にいたら、ゴールドシップは空を飛んでいなかったかもしれないし、そのような蹄鉄も生まれなかったかもしれない」

 

 そう語るシンボリルドルフの声音はどこか、己の心情を上回る現実認識のもとに、彼女の抱える想いを新たなステージへと押し上げているように、エアグルーヴには聞こえた。

 

 

 

 滑走路端ではシリウスシンボリの機体が離陸前のチェックを行っているのが見える。

 入念に可動翼の動作をチェックし、それが終わると二、三言、装蹄師の男を言葉を交わして拳を合わせて男が機体を離れる。

 

 それを再度二人が手信号で確認し合い、シリウスはペダルを漕ぎだし、プロペラが回り始めて滑走を始める。

 

 シンボリルドルフとエアグルーヴはそれを遠目に認めて、揃って溜息を吐いた。

 

「…なんだか、妬けますね」

 

 エアグルーヴが心情を代表するように呟いた。

 

 シリウスと男のやりとりはまるで映画の一シーンのように、お互いが信頼し合っている様子がありありと浮かんでいた。

 

 機体はふわりと浮かび上がり、ゆっくりと、しかし確実に高度を稼いでいく。

 

 シンボリルドルフとエアグルーヴは、頭上を飛び行く機体の中に、真っ直ぐに前を見つめてペダルを漕ぎ続けるシリウスシンボリの真剣な表情を認める。

 

 それは自由に、殊更真摯に、真っ直ぐに未来を見つめる視線に映った。

   

 

 

 







本編のアフターの話を書いて、自分で自分を焚き付けて、こっちでの心情の推移を作っていくネタ自己錬成システムですがなかなか進まないなぁ…笑
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