空を飛びたいウマ娘と山奥の装蹄師の話   作:小松市古城

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33:男の頼み

 

 

 

 

 シンボリルドルフとエアグルーヴも立ち会ってのテスト飛行の日の夜。

 

 皆で揃っての夕食の後、いつのまにか姿を消した装蹄師の男を探したシンボリルドルフは、格納庫でひとり、機体の分解をしている男を見つけた。

 

 

 

「これは交換、これも作り直し…こっちは素材を変えてみるか…」

 

 装蹄師の男は部品をひとつひとつ取り外し、状態を確認しながら木箱に収めつつ、独り言をつぶやいていた。

 

「やぁ兄さん、ここにいたか」

「ルナか。こんな時間にひとりで、どうした?」

 

 装蹄師の男は少し驚いたようにシンボリルドルフに応じる。

 

「シリウスはゴールドシップとエアグルーヴを連れて街のプールバーへ繰り出していってね…私は置いていかれてしまったんだ」

 

 それがシリウスなりの心遣いであることには、さすがのルドルフも気づいていた。 

 

「そりゃあ残念だな…旧交を温める機会だったのに」

 

 見当はずれの回答を寄越す装蹄師の男にルドルフは曖昧に微笑を浮かべる。

 

「もうここでの合宿は終わりなのか?」

 

 ルドルフは工具チェストに身体を預けて男の作業を眺めながら、問いかける。

 

「そうだな。そろそろ潮時だとは思ってたんだ。テストもたっぷりできたし、データもしっかり取れて、消耗部品も尽きた。まぁ、どれだけやっても心配の種は尽きないが、よくできたほうだろう」

 

 手早く分解作業を進める装蹄師の男は、迷うことなく器用に工具を操り、無駄のない動きでひとつひとつの部品を丁寧に外していく。

 

 ラチェットのリズミカルな音、迷うことのない手さばき、平坦な口調とは裏腹に隙のない目つき。

 

 同じ空気の中で彼の存在感を感じているだけで、シンボリルドルフは満たされたような気持ちになる。

 

「しかし兄さんは本当に器用だな。こんなものまで創ってしまうとは…」

 

 既に取り外され、ルドルフの傍らに立てかけられている主翼を見れば、桁に穿たれた規則正しい肉抜きの穴が僅かな手仕事の痕跡と共にある。

 

「最初は真似事からだったよ。そこから少しずつ、推測と実験を重ねて改善、改良だ。幸い、この分野には多くの先達がいるから随分と楽させてもらったけどね」

 

 少し前の試作部品に溢れた工房を思い出し、あれで楽をしたと言えるのだろうか、とルドルフは訝しむ。

 

「思えば蹄鉄だってそうだった。弟子入りしてから、同じように少しずつ覚えていったもんだ」

 

 声音にいくらかの懐かしさを含ませて男は語る。 

「兄さんの修行時代、懐かしいな。あのころは私もまだ幼かった」

 

 昔を思い出しながら、ルドルフがくすりと笑う。

 

「幼少期の可愛らしい、負けず嫌いなウマ娘がなぁ…よもや中央で皇帝と呼ばれるようになるなんて、思いもしなかったよ。トレセン時代はなんていうかこう、迫力があったな」

 

 現役を退いた今でこそ、選択した職業の中で揉まれて丸くなったとはルドルフ自身も自認していた。

 

 それでも、現役時代は兄の前では猫を被っていた、あるいは気が抜けていたというのが適切か…とにかくトレセン学園の生徒会長でも、アスリートでもなく、素でいられたほうだと思う。

 

 しかし結局のところ、学生時代の尖っていた私を、兄には見透かされていたということのようだ。

 

「…今の私は、兄さんの目にはどう映る?」

 

 作業の手を止めて、装蹄師の男は宙を見てしばし考え込む。

 

「そうだな…今は社会の酸いも甘いも嚙み分けた淑女…と言いたいところだが…些か貫禄があり過ぎるか」

 

 あまり表情の変わらない装蹄師の男が揶揄うような言葉を付け加え、それに思わずルドルフは苦笑する。

 

 …本当は兄さんの前では可愛くありたい。

 

 そう思いながらも、男とは薄っすらと業務上も地続きの関係であり、それでいて利害の絡まない存在である。さらに自身の来歴や性格上、相談相手を多く持ちにくい身の上であることは自覚している為、ついつい兄に相談してしまうことも多い。

 

 それは可愛くいることとは相反する要素のようにルドルフには思われた。貫禄、という表現には些か引っ掛かりを覚えないでもないが、致し方ないという気もする。

 

「…貫禄か…およそウマ娘に向けるに相応しい言葉とは思えないが、兄さんに言われては仕方ないな。なにより私より私自身のことを理解していそうだ」

 

 ルドルフがそう言うと装蹄師の男は無表情を崩し、脱力したように笑う。

 

「俺よりエアグルーヴじゃないのか、その言葉が相応しいのは」

 

 普段過ごしている時間の多さや領域の広さを考えれば、その通りではある。

 

 だが、エアグルーヴに見せているシンボリルドルフ像は7割が公的な部分、3割が私的な部分といった按配だろう。

 そしてルドルフにとっては装蹄師の男はその逆、私的な部分を7割、公的な部分を3割といった具合で見せている肌感覚が存在した。

 

 私的な部分の全てをさらけ出して受け止めてもらいたいと思う気持ちはあったが、それを決意するには彼我の距離感は未だに微妙なところではあった。

 

「なぁ、ルナ。折り入って頼みがある」

 

 ルドルフが自らの内面に向かい合っている間に装蹄師の男はいつのまにか作業の手を止め、ルドルフを幼名で呼んだ。

 

 火のついていない煙草を銜えて、ルドルフを格納庫の外に誘う。

 

 改まってに幼名で呼ばれてみれば、ルドルフの内心はどきりと跳ね、一瞬にして上がった血圧により顔も赤らんでいるだろう。少なくとも彼女自身は頬が一瞬にして火照るのを感じた。

 

 格納庫裏のほの暗い、消火缶のある一角で男はようやく煙草に火をつけると、一服深く吸い込んで煙をルドルフにかからないように吐き出した後、ルドルフの内心をまるで汲み取る様子もなく、言葉を紡ぎ出した。

 

「今回の鳥ニンゲンカーニバルが上手く行ったら、それを継続してほしい」

 

 ルドルフにとっては装蹄師の男からそのような言葉を聞くのは意外だった。

 

「頼みとは、それか?」

 

 思わず聞き返す。

 一瞬でも私人として何かを期待したことなど既に忘れて、公人としての実務家の脳が蠢動し始める。

 

 装蹄師の男はもう一服、煙を吸い込むと、口元をにやりと歪めた。

 

「察しがいいな。本当の頼みは他にある」

 

 男はそこで言葉を切ると、ルドルフに向き直った。

 

「…元々、今回の話はゴルシの思い付きから始まったことだし、一回参加すればアイツも満足するだろうと思って始めたんだがな」

 

 装蹄師の表情は周囲の暗さではっきりと伺うことができない。時折明るくなる煙草の蛍火が、彼の顔に陰影をつける。

 

「空を飛ぶってのは、やってみれば奥深いし、ここでの合同テストでも多くのウマ娘が楽しんで挑戦してる姿が見える。でも、まぁまぁ参入ハードルは高いし、誰でも気軽に、というわけにもいかない。危険もあるし、ノウハウもヒトもカネも要る」

 

 ルドルフはじっと男の話を聞く。

 

「少し話はズレるが、引退後に燃え尽きてしまうウマ娘も多いだろう?みんなそれぞれの人生を歩めればいいと思うし、その道が多ければ多いほどいいが…まぁ、ウマ娘の場合は落差が激しすぎるからな」

 

 そう言って煙を燻らせながら、話を続ける。 

 

「…ゴールドシップやシリウスほどの戦績があっても、引退後にどう過ごすかを見出せなかったり、迷っちまうこともある。実際、ゴルシもそこにストレスを感じてたみたいだしな。そこにこういうイベントがあれば、トレセン学園卒業後も横のつながりが保てるし、いろんな世界へと関わる窓口にもなるだろ?」

 

 装蹄師の男はつまり、引退後のウマ娘たちの居場所、そのひとつとして鳥ニンゲンカーニバルというイベントを確立してほしい、と希望していた。

 

「バックアップは後輩のところにさせる。大きく儲かる話じゃないが、まぁURAで稼いでいるわけだし文句は出ないだろう。俺もサポートは続ける。そのうえで、シリウスに今回作った機体を託して、仕事として今後出てくる、鳥ニンゲンカーニバルに挑戦したいウマ娘たちの世話を請けてもらう。あいつがどう反応するかはわからないが、趣味と実益を兼ねた話だし、そう無下にもされないと思う。そのためには、URAにも一過性のイベントじゃない形で続けてもらう必要がある。それをルナに頼みたい」

 

 普段あまり多くは語らない装蹄師の男が、意外なほど滑らかに現状を語り、今後の展望を述べた。

 

 シリウスシンボリというシンボリ本家でも扱いかねている放蕩児に対しても気遣いが行き届いている点も含めて、男の腹は既に決まっているのだろう。

 

 それは、私が拒否しないであろうことも含めて。

 

「こうもお膳立てされてしまえば、外堀はすでに埋まっているじゃないか。シンボリ家というしがらみにまで配慮されて、私が邁進する全てのウマ娘の幸福の一助となる話であれば、否応もない」

 

 ルドルフはそう言って苦笑交じりの溜息をひとつつき、依頼を承諾の意を示す。

 

 装蹄師の男の意を受けて、シンボリルドルフの頭脳は猛然と走り始めていたが、一方で僅かばかりに残る、先ほどここに呼ばれた時に火照りを感じた感情の部分はどこか不完全燃焼とばかりに燻っている。そしてそれがぽつりと一言、言葉になって零れ出た。  

 

「…兄さんの前ではもう少し、可愛げのある存在でいたいんだがな…ままならないものだ」

 

 少し気落ちした調子のルドルフの声を耳にした装蹄師の男は、吸い込みかけた煙草の煙をどこか違うところに入れてしまったのか軽く咽て咳をした後、隣に佇むルドルフを見る。

 

 耳はすこし力なく、ややしょんぼりとしているようにも見える。

 

 男は煙草を横に銜え直すと、ふぅ、と一息ついて肩の力を抜き、ルドルフの肩に手を回して抱き寄せる。

 

「…頼ってばかりでごめんな…」

 

 男は贖罪の言葉を口にし、ルドルフの頭を優しく撫でた。

 

   

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