空を飛びたいウマ娘と山奥の装蹄師の話   作:小松市古城

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35:魔女の一撃

 

 

 

 

 

「ん゛ん゛……」

 

 装蹄師の男はコクピット奥、無茶な姿勢をしても手の入りづらい箇所へ、製造を依頼していた町工場から先ほど持ち帰ってきたばかりの交換部品を些か以上に無理をしながら組み付けようとしていた。

 

「う゛…」

 

 北海道から帰ってきてしばらく経ち、鳥ニンゲンカーニバルの開催もやや焦りを感じ始めるほどに近くなってきた、という時分である。

 

 機体の最終仕上げのスケジュール進行も佳境に入っていた。

 

 装蹄師の男は北海道から戻って以来、装蹄師としての仕事の帳尻合わせと、並行して向こうでため込んだテストフライトのデータをもとに機体のアップデート部品を設計、製造し、組み付ける作業に追われている。

 

 その日も朝からシリウスを連れて都心で蹄鉄メーカーとの打ち合わせをこなし、試作品や素材に関するあれやこれやを済ませた後、シリウスに試作品の蹄鉄を持たせてトレセン学園へ向かわせ、男はそのまま機体の部品を発注している大田区の町工場へ出向いて改良部品の相談や出来上がった部品の受け取りをこなした。

 

 山奥の棲み処に戻ってきたころにはすでに陽も暮れかけていたが、休む間もなく午前に蹄鉄メーカーで請け負ってきた宿題に着手し、どうにかオーバーホール中の機体に改良部品を取り付ける時間を捻出した。

 

 これが無事組みつけられれば、2機の機体の主要コンポーネントは揃う。現在バラバラになっている主要部品が順次組み立てられるようになり、本番の鳥ニンゲンカーニバル工程を少しだけ前倒しで進行することができる。

 

 スケジュールに対するそのような焦りが、装蹄師の男に無意識のうちに無理な姿勢での作業を強いていた。

 

「よーしよしよし」

 

 なんとか部品とフレームを締結するボルト穴が合わさり、締結用のボルトを通してラチェットで回し始める。工具を通すにも知恵の輪をくぐらすような工夫が必要な空間で、いつもならば極力このような無理は避けるのだが、今は無意識な焦りが無理を押し通している。

 

「もう…ちょっと…」

 

 キリ…キリ…とゆっくり、しかし確実にボルトが締まっていく。

 

「あとちょっとで…」

 

 ラチェットで本締めするわけにもいかないが、仮締めというにはいささかトルクがかかっている状態まで持っていくべく、指先に力を込める。

 

「あと4クリック…」

 

 ある程度締め付けてしまおうと欲を出したのが、装蹄師の男の失敗だった、と後に思うことになる。

 

「…っ……あ゜」

 

 かちり、というラチェットの音がした瞬間、スイッチが入ったかのように男の身体に電流が走った。

 

 男は無茶な姿勢をしたまま、動かなくなった。

 

 正確には、動けなくなったのだが。

 

 

 

 

 

 装蹄師の男の頭の中は注意報を飛ばして警報、それも特別警報レベルのアラートが鳴り響いていた。

 

 思えば北海道から戻ってからこちら、日頃の無茶な仕事ぶりがさらに加速していた。

 

 頭の傷が治ってもここに居続ける理由を見出したシリウスによる健康的な三食付きの生活は今も続いていたから、生活面での憂いを感じることなく目の前の課題に邁進できたことは大きい。

 

 しかし没頭できる環境であるがゆえに働き過ぎている、と自覚する程度には体の疲弊を認識していた。

 

 そしてそれが今、このような形で爆発したのだ。

 

 やってしまった、というのが冷静な頭の一部分で理解できている。

 

 しかし今さらこれまでのことを逡巡しても仕方がない。

 目下の問題は今、どうやってこの窮地を脱するか、だ。

 

「く…うう゛…」

 

 身体を動かそうとすると激痛が走る。

 

 今の姿勢でいることもかなりの苦痛だ。

 

 意を決して一時の痛みの増大を許容してでも今の姿勢を脱するべきだろうが、その決断をためらうほどに、痛い。

 

 機体に半分食われたかのような姿勢でうんうん唸りつつこの危機について考えていると、足先にふわりと体温を感じ、男はびくりと身体を震わせる。

 

「オッサン、何やってんだ」

 

 様子を見に来たシリウスが、装蹄師の男の足もとにまとわりつくように身体を添わせて覗き込んでいた。

 

 揶揄い半分、興味半分といった様子で声を掛けてくる。。

 

「お、おう…シリウス…」

 

 男の首筋に冷や汗が伝う。

 本来ならばシリウスの高めの体温を感じたがためのものであろうが、残念ながら今は違う。 

 

「なんだぁ…?作業に手間取ってるのか。オッサンらしくねえな…ちょっと貸してみろ」

 

 シリウスが男の腕に添わせるように自らの手を伸ばす。  

 

「いや…ちょっ…シリウス…」

 

 シリウスはコクピットの隙間に、男とぴったりと身体を重ね合わせて柔らかく滑り込むと、男の手先にある工具へと手を伸ばす。

 

「このくらいやってやるから、場所を譲れ」

 

 鼻先が触れ合いそうな間合いでシリウスは男に告げる。いつもならドギマギしてしまいそうな距離。

 

 シリウスは意図的に身体を密着させ、なんなら自慢の胸部装甲を押し付けてもいる。

 

 しかし男が動く気配はない。

 まるで石像か何かのように固まったままだ。

 

 さては今の密着度合いに、さぞや男も困った表情をしていることだろうと作業の手先から男に視線を戻してみれば、目を瞑って大量の脂汗を浮かべ、僅かに眉間に皺を寄せている装蹄師の男。

 

 それはシリウスのぬくもりを堪能しドギマギしている男の表情とは思えなかった。

 

「…おいオッサン…アンタ…」

 

 シリウスが恐る恐る状況を確認しようと声を掛けると、男は観念したように口を開いた。

 

「シ…シリウス…助けて…」

 

 

 

 

 

 シリウスシンボリは装蹄師の男を出来るだけ痛みが少なく運ぶことを悪戦苦闘した結果、やや歪なお姫様抱っこで男を運ぶことになった。

 

 そして間の悪いことにそれをゴールドシップに見つかり写真を撮られ、仲間内に拡散されるという羞恥プレイがあったものの、装蹄師の男はそれどころではなかった。

 

「酷いぎっくり腰、だな」

 

 工房の片隅にある、普段は休憩スペースとしてつかわれている畳の間に布団を敷いて安置されていた装蹄師の男は、横向きになり、少し背中を丸めて胎児のような寝姿を取りつつ、シリウスシンボリの見立てを聞いた。

 

「シリウスのせいじゃねえからな…むしろあのタイミングで来てくれて助かったんだ…一人で作業中に、動けなくなって…」

 

 呻きながらもひと心地ついた男が事情を話した。

 悪戯が見つかった子犬のようにしょぼくれている装蹄師の男の姿にシリウスシンボリの内心はずきりと疼く。

 

「学園で見かける笹針師を呼んでもいいが…それでよくなるかは五分五分…いや、贔屓面に見ても打率三割がいいところだな」

 

「あーあの、あーんしん☆ってやつか?」

 

 ゴールドシップがシリウスシンボリに問いかける。

 

「ソイツだ。私は頼ったことはないが…お前はどうだ?」

「ねえよあんなあぶねえ奴。あいつに針打たれてマックちゃんは一時期甘いモノしか食べられなくなってエライことになったんだぜ」

 

 あの時は大変だったんだぜ…というゴールドシップの溜め息が重い。

 

「仕方ねえな。しばらくは要介護、だ」

 

 シリウスはそう断定する。

 

「いや…今はそんな余裕は…ない」

 

 装蹄師の男はそう呟いて身を起そうとするが、呻くばかりで上手くいかない。

 

「おいおい無理すんじゃねーよおっちゃん。ここは大人しくしとけって」

 

 ゴールドシップは身じろぎする装蹄師の男を落ち着かせ、シリウスに目配せをする。

 

「そうだな。ここは時間薬って奴だ。大人しくしててもらおう」

 

 そういうとシリウスシンボリは軽々と男を持ち上げ、母屋に連行した。

 






すごく時間があきまして大変申し訳ございませんでした。
時間が過ぎるのが、はやい……
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