空を飛びたいウマ娘と山奥の装蹄師の話   作:小松市古城

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37:シリ×ゴル

 

 

 

 ある朝、早く目が覚めたゴールドシップは工房隣の宿舎、その共有スペースで寝起き姿の黒Tシャツにハーフパンツというラフな格好でソファにぐたりと身を横たえていた。

 

 正直なところ、ここのところ寝つきが良くなく、朝も早く目がさめてしまう。

 

 それは、もうしばらくすれば鳥ニンゲンカーニバルの本番を迎えるという事実が、ゴールドシップの心をざわつかせていたからだ。

 

 

 

 

 元はといえば、これはアタシがおっちゃんに無理を言って始めたこと。

 

 始めたこと、なのだ。

 

 始めたからには、いつかは終わりがくる。

 

 本番についてなにか懸念があるわけじゃない。それを目指してやってきたし、これまでこなしてきた数々のテスト飛行から、実績は十分だと思っているし、飛ぶことに対す自信もついてきている。アタシの無茶な話に、おっちゃんはよくよく付き合ってくれたものだと思う。

 

 問題はそのあと。

 

 鳥ニンゲンカーニバルが終わり、打ち上げをやって、後片付けも終わってしまえば。

 

 アタシはここにいる理由がなくなる。

 

 この刺激的な日常も、居心地のいい居場所も喪う。

 

 そうなれば、アタシはアタシの家に戻る。

 そこにあるのは暗い部屋で一人、膝を抱える生活。

 

 

 ここに居れば、シリウスシンボリもいる、仲間も定期的に訪ねてくる。

 

 なにより、装蹄師の男がいる。

 

 近いうちに確実に来る、アタシがここに居られなくなる時。

 

 それを思うと、今から寂しさが募ってしまう。

 

 

 

 

 ゴールドシップは眉間に皺を寄せてクッションを抱きしめつつ、早朝のソファでじっと自分の内側と対峙していた。

 

 

 

◆ 

 

 

 

 そうしてゴールドシップがひとり悶えていた共有リビングに、シリウスシンボリがいつもよりも眼をギラつかせ、勝気な笑みを浮かべてツナギ姿で現れた。

 

 それを一目見たゴールドシップは、鳥ニンゲンカーニバルについて装蹄師の男からシリウスシンボリに無事、主導権が引き渡されたことを理解した。

 

 与えられるのではなく、自ら主体的にコトを進める立場となったシリウスシンボリは、ゴールドシップの目から見ても、とてもいい顔をしていると思う。

 

「…シリウス、おっはー…」

 

 ソファでぐたりながら朝の挨拶を気怠けに投げつけたゴールドシップに気付いたシリウスシンボリは、表情をそのままにつかつかと歩み寄り、右手を差し出してきた。

 

「どしたんだ?シリウス…」

 

 ゴールドシップはソファに寝そべったまま、差し出されたシリウスの右手に自らの手を伸ばす。

 

 刹那、シリウスに伸ばした手をがっちりと握られ、リアクションをする間もなく力強く引き寄せられて身体を起き上がらせられる。

 

 シリウスはそのまま、力の入らないゴールドシップの身体を引き寄せ、しっかりと抱きしめた。 

 

 訳も分からずぬいぐるみのように抱きすくめられたゴールドシップは、頭にはてなマークを5、6個は浮かべながら顔をシリウスの肩に乗せられていた。

 

 ゴールドシップは近すぎて見ることのできないシリウスシンボリの表情を回らぬ頭で想像しようとしたが、それもうまくいかず口を開いた。

 

「…おいおいなんだよ朝から…あ、アレか?ゴルシちゃんの魅力についに我慢できなくなっちゃったとかか?」

 

 ゴールドシップのややローテンションな軽口に、シリウスは抱きしめる力をぎゅっと強めることで応えた。

 

 ごくり、とシリウスが唾を飲み込む音が伝わってくる。

 

「…ありがとう、ゴールドシップ」

 

 シリウスシンボリはいつもよりさらに低音の、しっとりとした落ち着きと柔らかさを同居させた声で、ゆっくりと、しっかりとそうゴールドシップの耳に囁く。

 

「へぁ?……っわぁっ!」

 

 唐突な行動と囁かれた言葉に思考が追い付かないゴールドシップの反応を待つことなく、シリウスは手荒くソファに放りだすと、踵を返してキッチンへと向かう。

 

 

 朝から刺激一杯の展開にさすがのゴールドシップも目を白黒させることしかできず、放り出されたソファでしばらく茫然としていた。   

 

 

 

 

 

 

 夕刻、工房の入り口にある木箱の上に座って足をぶらぶらさせていたゴールドシップは、その傍らのパイプ椅子で煙草に火をつけようとしている装蹄師の男に何の気なしに話しかけた。

 

「なぁ…おっちゃん」

 

「なんだ?」

 

「ウマ娘ってのは、因果な存在だとは思わねーか?」

 

「なんだ、藪から棒に」

 

 装蹄師の男は火をつけた煙草の一服目を深く吸い込み、吐き出した後に応えた。

 

「だってよー…走りたくてたまらなくて、勝ちたくてたまらなくて、歌って踊って、それでも本能的な渇きがおさまらねーってのは、一体どうしたもんだと思わねーか?」

 

 思いのほか根源的な話に、男もしばし黙考する。とはいえなにか思いつくわけでもない。そもそもこの世の大きな謎のひとつなのだから。

 

「うーん…でもまぁ、そういうもんなんだから仕方なくねえか?本能なんだろ」

 

「そう言われたらそうなんだけどよー…」

 

 ゴールドシップはたまに取り留めのない話をしてくる。今回の話もその類なんだろうが、暇つぶしにしてもスケールの大きな話に、男はこの話題を持ち出したゴールドシップの心中を推し測ろうとぼんやり考えていた。

 

「なんだ、なんか不満なのか?」

 

「そういう訳じゃねーよ。だけどさー…なんかこう、もっと面白いことがあるんじゃねーかって。もっといろんなことができるんじゃねーかって思ったり…」

 

「…それこそ人それぞれ、個性ってやつだろ。ルドルフはそのエネルギーをウマ娘全体の幸福ってテーマで燃やしてるし、タキオンは種族の限界を超えるってテーマで研究って形で昇華しようとしてるし、シリウスだって、ほれ」

 

 装蹄師の男が顎で示した先には、生き生きと機体の整備に勤しむシリウスシンボリの姿がある。

 

「みんなそれぞれの道があっていいよな…シリウスなんかおっちゃんに道筋まで付けてもらってさー。正直羨ましいぜ…」

 

 そういうとゴールドシップは黙り込んでしまう。

 

「…なんだゴルシおまえ、本番近いからって緊張してんのか?」

 

 装蹄師の男の言葉に、ゴールドシップは当たらずとも遠からず、といった印象を抱く。もっとも緊張している対象を見誤っているよな、とは思った。

 

「そうじゃねーんだけどさ…いや、そうなのかもしれねーけど…」

 

 ゴールドシップは言い淀む。

 

 彼女のその声音を聞いて、装蹄師の男はいつもと違う雰囲気を感じ取り、ゴールドシップの横顔を見詰めた。

 

 耳はへたり込み、長い睫が伏せ気味に形の良い瞳を覆っていて、憂いを帯びているのがわかる。

 

 快活でも物憂げでも絵に美人だよなぁ、と益体もない感想を抱きつつ、装蹄師の男はふと思いついたちょっとした悪戯心で、ゴールドシップのへたりこんだ耳の先端に息を吹きかけてみた。

 

「…っ!!」

 

 びくりと身体を震わせたゴールドシップは一瞬の間があって、少し怒り気味の表情で装蹄師を睨んでくる。

 

「へへっ…らしくねえ雰囲気出しやがって」

 

 男は意地の悪い薄笑いを浮かべながらそう述べると、ゴールドシップは無表情のまま男の脇腹をガツっと掴んだ。

 

「あがっ!…っくぅぅぅ」

 

 不意に脇腹を刺激されたことで、今度は装蹄師の男がびくりとし、その不随意運動で治っていない腰にも激痛が走る。反動で椅子から転げ落ちないようになんとか踏みとどまった。

 

「…お…おま…なにしてくれてんだ…」

 

 息も絶え絶えに恐ろしいモノでも見るかのような装蹄師の男の怯えた表情に、ゴールドシップは満足そうに笑って人差し指で鼻の下をごしごしする。

 

「へへっ…おっちゃんがらしくねーこと言うからだゾ☆」

 

 先ほどの物憂げな表情はすっかりと霧消し、いつもどおりの悪戯っ子な笑みを浮かべたゴールドシップ。

 

 腰の痛みに苛まれながらも、やはりコイツには今みたいな屈託のない笑顔が似合うな、と男は思う。 

 

 そこまで装蹄師の男は思い至って、ゴールドシップがなぜこのような話題を持ち出したのか、彼女の心中がうっすら推測できそうな気がしたその時、二人を呼ぶ声に思考はあえなく中断された。

 

「おまえらイチャつくのはそのくらいにしてくれねぇか。最終チェックがまだ残ってるってのに」

 

 一人黙々と作業していたシリウスシンボリが、冷めた目でレンチを手に腕を組んでこちらを睨みつけている。

 

「おうシリウス!おめーもゴルシちゃんに脇腹くすぐられて―のか?寂しがり屋ちゃんだなぁ~このぉ」

 

 ゴールドシップが楽しそうにシリウスシンボリに絡みに行く。

 

「オイ!ちょ…やめ…ウッ!」

 

 

 

 

 装蹄師の男は椅子にもたれ掛かり、彼女たちを呆気にとられたように眺めた。

 

 そして、目の前の光景が微笑ましく、満ち足りたものであることに気付き、温かい溜息をついた。

 

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