空を飛びたいウマ娘と山奥の装蹄師の話   作:小松市古城

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38:シリウスの蒼炎

 

 

 

「……シリウスシンボリさんは今回の、史上初となるウマ娘の鳥ニンゲンカーニバル参戦について、どれくらいの自信をお持ちですか?」

 

「飛ぶ、飛ばないという次元でじゃない。飛んで、どれだけ記録を伸ばすか、だ」

 

 

 

 …シリウスシンボリがTVカメラを前に、現役時代もかくやというような気迫を湛えてインタビューに答えている。

 

 

 

 作業着でもスタイリッシュかつ清潔感を兼ね備え、生来の顔の良さに加えて気迫というよりは気合のこもったシリウスシンボリは、並みのインタビュアーならば圧倒されて言葉も出ないだろう。

 

 しかしどういう手回しがあったのか、今回の媒体はテレビだというのにインタビュアーを担当しているのは、ウマ娘界隈では名前も実績も轟いている乙名史記者である。

 

 彼女はシリウスシンボリの迫力をものともせず、瞳を輝かせて好奇心を表情に丸出しにしている。

 

 そうだ、もっともっと興味を持て。我々に光を当てろ。

 

 シリウスシンボリはそう念じつつ、乙名史の興味を惹くように敢えて現役時のように挑発的な雰囲気を醸し、テレビ映えしそうな、記事になりそうな言葉を選んで紡いでいく。

 

 

 

 シリウスシンボリと装蹄師の男との交流は、1年に満たない期間であるにも関わらず、彼女の内側を大きく変化させてしまっていたことを、取材を通じて改めて自覚していた。

 

 

 切っ掛けは全くの偶然だった。気まぐれにただのしょぼくれたオッサンに声をかけたことだ。

 

 その人物が元・学園お抱えの装蹄師だったという奇跡が重ね掛けされたことは、彼女にとって良いことだったのかどうかは分からない。

 

 その人物を自らの不注意で傷つけてしまったのは忸怩たる思いがあるが、ゴールドシップが企図した鳥ニンゲンカーニバルのプロジェクトにかかわりを持つことができたことは結果として運が良かったと今では思っている。

 

 装蹄師の男には悪いが、それがあったからこそ傍でプロジェクトの進行を見ることが出来、生活を共にしていたからこそ気紛れに装蹄師の男が蹄鉄を打ってくれ、それによりシリウスの内心に火が灯った。

 

 自分の求めに応じて彼が誂えてくれた蹄鉄は、現役への未練をはっきりと自覚させるに相応しい出来のものだった。

 

 だが、現役時代に彼の蹄鉄があったなら、と思わされるほどの代物に出会ってしまっても、時が戻るわけでもないことはシリウス自身、痛いほどに理解している。

 

 しかし幸運が繋がったのは、その時に既にそこにプロジェクトとして聳えていた鳥ニンゲンカーニバルというイベントであり、競技は違えど再びウマ娘と競えるという機会をもたらし、彼女の内心に再び闘志という燃料を注いだ。

 

 ウマ娘としての現役を引退していくらかの時間が経って再び灯された火は、往時のことを懐かしく顧みると同時に、その頃とは質的な変化を伴った炎だった。現役時代が赤く激しい橙色の紅炎だったとすれば、今は火柱そのものは大きくないが青白く、鋭い。温度とエネルギー密度の高い蒼炎だった。

 

 それは満足のいく成績で終えられなかった現役時代という不完全燃焼要素を、今度こそ完全燃焼させようとするシリウス自身の無意識な復讐の成分を含みながらも、それと同じか上回るくらいの、装蹄師の男と共同所有する会社の船出、その先触れとしての取材への意気込みとして、態度に表されていた。

 

 

 シリウスシンボリはこの時、間違いなく気負っており、かつ掛かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 装蹄師の男は取材の光景を煙草を銜えたまま遠巻きに眺めつつ、己の鳥ニンゲンカーニバルへの認識を修正しなければ、と考えていた。

 

 インタビュアーが乙名史であることが、彼の苦々しい記憶を呼び起こす。

 

 彼女が原因ではないのだが、装蹄師の男がトレセン学園の装蹄師を辞することになった騒動の発端は今回の大会の主催者たるメディアであることを改めて思い出したのだ。

 

 シリウスの取材光景を見ながら、自らが取材された時のこと、そしてその後に巻き起こった騒動について顧みる。

 

 自らの学園からの放逐、その顛末についてすべてを知らされたのは、だいぶ時間が経ってからだ。

 

 後輩の手回しによりこの山奥の工房に居を移してそれほど間もない頃、URAそのものがメディアのスクープを発端に大炎上した。装蹄師の男が学園を放逐されるに至った経緯の報復として、その着火を後輩と樫本理子が行ったとだいぶ後に知った時の震撼は彼の人生の中でもトップレベルの忘れられない出来事である。

 

 そこから得た教訓を下敷きに物事を考えるのならば、所詮は、今回の大会はテレビ番組の企画なのだ、ということを意識せざるを得ない。

 

 ウマ娘の可能性を拡げる挑戦的な試みではあるが、それをテレビ番組というパッケージ、しかもお茶の間が楽しめるバラエティに落とし込んで成立する番組である。

 

 そう考えると今回の鳥ニンゲンカーニバルはURAの掲げる理想や建前とは別に、最初から商業主義全開で行われるテレビ番組、しかもドキュメンタリーではなくバラエティであるから、レースに挑むウマ娘たちのように公正明大は建前に過ぎず、主題として「面白く」なくてはならない。

 

 そのためには視聴者にストーリーを共有してもらう必要があり、即ち、ただ飛ぶだけではなくそれに至る物語が重要となる。

 

 結果としてアウトプットされ、世間を楽しませるということについては鳥ニンゲンカーニバルもウマ娘たちのレースと変わらないが、その成立過程や動機は大きく異なる。

 

 鳥ニンゲンカーニバルに参加する我々は、そこをはき違えてはならないと思うのだ。 

 

 

 つまりなにが言いたいかといえば、この挑戦を行うことはいいとしても、許容できるリスクを超えれば撤退することも選択肢ということ。

 

 メディアはアクシデントすら美味しく料理し、消費者に提供してしまう悪食だ。

 

 この場合、我々は消費される側であり、消費される材料を提供する役者になるならまだしも、材料そのものになってしまうことは許容できない。

 

 装蹄師の男は取材されるシリウスシンボリを眺めながら、うっすらとそうした自覚を持った。

 

 

  

 

 乙名史は時折、カメラフレームの外で様子を窺っている装蹄師の男に視線を寄越しながら、取材を進行していた。

 

(少し、お疲れの様子ですが…あの頃とあまりお変わりがないようですね…)

 

 乙名史は視界にとらえた装蹄師の男の姿を見て、そのような印象を抱いた。

 

 装蹄師の男と乙名史は以前、彼が学園の装蹄師だった最後の頃に少しだけ、個人的に言葉を交わしたことがある。

 

 その時、乙名史はサイレンススズカの怪我に発するメディアからのバッシングを一身に受ける彼に、烏滸がましいとは思いながらもメディアで禄を食む人間として頭を下げた。

 

 その時の彼は、穏やかに、ただあるがままを受け入れていたように記憶している。ただ、ウマ娘のより良き未来を希っていたことだけが印象に残った。

 

 その後、彼は学園から姿を消し、同時に蹄鉄やシューズに関するレギュレーションががらりと変わり、彼と関わりのあったウマ娘は蹄鉄の質問がNGとなる不文律ができた。

 

 正確には質問NGになったのではなく、その手の質問をすると酷く不機嫌になり、ノーコメントを連発するウマ娘が一定数、現れたという形であったが。

 

 

 今現在、遠くから取材風景を見守る装蹄師の男から乙名史に対し、疎ましく思われているような雰囲気は感じられない。

 

 しかし、装蹄師の男の弔い合戦を企図した樫本理子からある種の劇薬を握らされた時、彼の引力に引き寄せられたウマ娘やヒト娘・息子等からの並々ならぬ熱量の産物がそれであると理解できたことを忘れてはいない。

 

 つまり装蹄師の男は彼・彼女らから相当に大事に思われていた人物なのだ。

 

 それはきっと、今回の鳥ニンゲンカーニバルというイベントにあたってゴールドシップの発案を形にし、シリウスシンボリの無理に応えて2機体制を創り上げたという働きでも証明されていることだろう。

 

 

 乙名史はうっすらと装蹄師の男を意識しながら、取材を進めていく。

 

 シリウスシンボリは乙名史を誘うように工房の奥へと進んだ。

 

 そこには最終調整もほぼ済んだ機体が、整備用の治具に支えられて座している。

 

 先尾翼推進式という異様な雰囲気と、元々は蹄鉄工房である周囲の雑然としアナログ感満載の雰囲気が不思議なミスマッチを起こしていた。

 

「随分と個性的な機体ですが…」

 

 乙名史は多少困惑したような声音でシリウスシンボリに問いかける。

 

「…王道では、面白くないだろう?」

 

 シリウスシンボリはそう呟いて不敵に微笑むと、遠巻きに眺める装蹄師の男に視線を送り、それを見た乙名史はあぁ、また彼女も彼の沼に嵌りつつあるあるのだな、と胸が生暖かくなる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「なぁゴルシよ」

 

 装蹄師の男はシリウスと視線を交わらせつつ、傍らで大人しく取材の様子を眺めているゴールドシップに声をかける。

 

「なんだおっちゃん。あ、わかったゾ☆今から取材に乱入してひっかきまわして来ればいいのか?」

 

 ちげえよ、とゴールドシップの頭にチョップをくれてやる。

 

「例えば、だけど…大会当日に何らかのトラブルがあったとして、だ。俺がお前が飛ぶことを止めたらどうする?」

 

 ゴールドシップは「は?」というような表情を一瞬した。

 

「それは飛ぶ前から棄権するとか、そういうことか?」

 

「そういうことだな」

 

 これから本番へ向けて緊張感と期待が高まっていくという時に、そこに冷や水を浴びせるような質問だな、と言葉を発した後に装蹄師の男は自嘲する。

 

 しかし彼女はごく自然に、意外なほどあっさりとした答えを返してきた。

 

「おっちゃんがそう判断するなら、それでいいんじゃね」

 

 返答に驚いた装蹄師の男は、それでも表情を変えずに彼女のほうを見た。

 

 男はてっきり、問いかけにゴールドシップが腕を組んで唸りながら悩むものと想像していたのだ。

 

「…何不思議そうな顔してんだおっちゃん。あったりめーだろ、おっちゃんに飛行機作ってもらうって決めた時から…アタシの命はおっちゃんに預けてるんだぜ」

 

 ゴールドシップはそう言うと仄かに赤らんだ表情を隠すように、ぷいと反対側へ顔を向けた。

 

「あ、でも勘違いすんなよ。もともとおっちゃんとトレセン学園で絡んでいた頃からアタシは…」

 

 ゴールドシップの声のトーンがいつになく下がり、小声でごにょごにょと何かを呟いていたが、装蹄師の男は彼女の最初の回答にただ衝撃を受けているばかりで、耳には入っていない。

 

「…あ、でも」

 

 ゴールドシップは正気に戻り、何か思い出したように言葉を継ぐ。

 

「…シリウスはどーだろーな。アイツの熱量を納めるのに、飛ばずに済ませるってのはちょっと難しいんじゃねーか?」

 

 ゴールドシップの視線を追えば、乙名史に機体の解説をするシリウスシンボリが目に入る。

 

 普段、あまり言葉数が多いほうではないシリウスが、得意げな表情で嬉々として解説するその姿は、確かに一種の異様さがある。

 

「…やっぱり、お前さんもそう思うか…」

 

 不思議そうな表情でこちらを眺めるゴールドシップの視線を感じながら、装蹄師の男は心の片隅で幾ばくかの不安を抱かざるを得なかった。

 

 

 

 

            




とんでもなく時間開いてしまいまして大変申し訳ございませんでした。
今後も気長にお付き合いいただけますと幸いです。

いやぁ時間が過ぎるのが早い早い…いつのまにかウマ娘3期始まってるし…

昨日のゴルシ回、涙無しには見れませんでした…
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