空を飛びたいウマ娘と山奥の装蹄師の話   作:小松市古城

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39:本番前でも気は抜けない

 

 

 

「ほぉー…」

「でっけぇ…」

「…高いな…」

 

 琵琶湖の岸辺から鳥ニンゲンカーニバルのプラットフォームを眺める一人のヒト息子と二人のウマ娘。

 

 琵琶湖の岸壁から出島のように設えられた空への玄関口は、仮設とはいえその高さと大きさは偉容といっていいスケールで、挑戦者を睥睨するかのように聳えていた。

 

 人間部門の鳥ニンゲンカーニバルは明日明後日の二日間で開催され、ウマ娘部門は一日空けてその翌日に開催される。

 

 装蹄師の男とゴールドシップ・シリウスシンボリの3人は、どうせなら人間部門から観戦しようと早々に琵琶湖へと移動してきていた。

 

 機体の方は最終調整を済ませて分解・梱包し、大会事務局手配の一括運送便へ託してしまったから、三人は身軽なものである。

 

 現在、プラットフォームが繋がる岸辺では鳥ニンゲンカーニバルの人間部門に参加する団体が、それぞれ割り当てられた作業エリアで機体の組み立てを行っていた。

 

 明日は滑空機部門、明後日は動力機部門が開催されるため、すでに岸壁に特設された作業エリアでは関係者がバタバタと行き交い、せわしない様子。

 

 その近くではテレビ中継用の様々な設備や特設スタジオのようなステージも整えられ、そこに隣接した大会本部のテントの中にはシンボリルドルフやエアグルーヴといったURAサイドの見知った顔も見られた。

 

「皇帝サマはお忙しそうだな。まったくご苦労なこって」

 

 装蹄師の男の目線の先にいるのがシンボリルドルフであることを察知したシリウスシンボリが揶揄うような言葉を放つ。

 

「…運営側はいつだって大変だよな。上手くいって当たり前、何かトラブれば被らにゃならん。苦労を買うのも性格なんだろうが」

 

 装蹄師の男はそう言ってシンボリルドルフとエアグルーヴを慮る。

 

「そりゃーカイチョーはずっとウマ娘みんなの幸せのために頑張ってくれてるからな。ありゃーもう聖人かなにかの域だぜ」

 

 ゴールドシップはいつもの調子だが、しかし揶揄う訳ではなく心底感心といった様子。

 

「まぁ、うちは飛ぶことは実証済みだ。あとは淡々と本番をこなし、記録をどこまで伸ばすかが焦点。そのために、エンジンたる我々はきちんと調整しておかないとな」      

 シリウスはそう呟いて傍らに立つゴールドシップの肩にポンと手を乗せる。

 

「よっし!そうと決まればランニング行こうぜ!」

 

 ゴールドシップはシリウスシンボリに応えるように気勢を上げると、二人は揃って投宿予定のホテルへ足を向けた。

 

 

 

 取り残された装蹄師の男は、湖面に屹立するプラットフォームを眺めながら、少しの不安とともに空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…で、どうなんだ、見通しは」

 

 装蹄師の男は投宿先のホテルの部屋で荷解きもそこそこに、後輩に電話をかけていた。

 

『うーん…まぁ詳しいことは運営本部へ提供してる気象会社のデータ回しますけど、ざっくり言えば「まだわからない」ってとこですかねぇ』

 

 いつもは快活な反応を返してくる後輩の男は、今回はなんとも奥歯にものの挟まった様子の反応を示した。

 

「…まぁ焦っても仕方がないか…保険の作業場のほうはどうだ?」

 

『そっちは今夜から使えますよ。米原にちょうどいい工場がありましてね。オーナーと話をつけてあるんで、工作機械とオペレーターをセットで、どうとでも』

 

「ありがとう。助かる」

 

『世話が焼ける先輩っスよ、まったく』

 

 いつもと変わらぬ気楽な声音で後輩はそう話を締めくくり、電話が切れる。

 男はホテルの部屋の机にノートPCを引っ張り出して後輩から転送されてきたデータを眺めた。

 

 男の懸念材料は近づきつつある台風であった。

 

 今現在、日本のはるか南方に台風がひとつ、台風の卵のような熱帯低気圧がひとつ、確認されている。

 

 鳥ニンゲンカーニバルの人間部門が開かれる明日、明後日はほとんど影響はない見込みとなっているが、その後の予報はまだ漠然としている。

 

 今のところは予報円が大きすぎ、どこに行くかもわからない。しかし直撃されるのでなくとも風に脆弱な大会用の飛行機では飛行に影響が出る。

 

 一応、大会の安全基準では風速その他気象条件による基準で飛行の一時取りやめや延期、中止判断なども盛り込まれている。

 

 機体設計もその基準に沿って作られてはいるが、いつもの装蹄師の男が理想とするような安全率を高めに取り、構造的余裕を持たせて製作できるほど重量的、技術的な余力はなかった。

 

 これまでのテストフライトもまず安定して飛ぶことを優先してきたから、機体の気象的な限界点、いわゆるどのくらいの横風に耐えられるか、などといったデータは限定的にしか取れていない。つまり極端な気象条件下での飛行など、とても許容できる状態ではない。 

 

 男は煙草に火をつけながら考えを整理した。

 

 台風の進路いかんによっては大会の開催可否や飛行の許可に関わらず、自ら出場辞退することすら考慮の内にある。

 

 自らの造ったものでウマ娘が怪我をするなど男としてはもってのほかである。それこそ今更思い返すまでもなく、この大会にも関係している後輩の男の脚を見れば今でも胸が痛む程度には良心の呵責を感じ続けているのだ。

 

 煙草の煙を深く吸い込み、吐き出しながら短くなったそれを揉み消し、すこし頭を冷やす。

 

 個人的な理由はともあれ、一方で、競技の世界に関わる者として、挑戦がいつでも安全に行われるものではないことも理解はしている。挑戦とリスクの天秤は、そうそう釣り合うものではないことも。

 

 今後の気象状況によっては、難しい判断を迫られるだろう。

 

(まぁ最悪、シリウスに一発二発殴られるくらいの覚悟でもしておくか…)

 

 男は天気図を眺めながら、二本目の煙草に火をつけ、PCの画面を切り替える。

 

 そこには、これまでとは違う新たな主翼の図面があった。

 

 

 

 

 

 

「とうとうここまで来てしまったわね」

「あぁ」

 

 東条ハナと沖野は鳥ニンゲンカーニバル×ウマ娘部門前夜祭と銘打った関係者だけのパーティー会場のテラスで、中の喧騒から離れ、二人でシャンパングラスを傾ける。

 

 テラスからは暗い琵琶湖が眺められ、その中にライトアップされた鳥ニンゲンカーニバルの離陸プラットフォームが浮かびあがっている様子がよく見えた。

 

「まぁ、お祭りみたいなもんだからな。肩肘張らずに楽しめればいいだろ」

 

 沖野は既にいくらかほろ酔い加減であり、それに伴い言動もいつも以上にリラックスしたものとなっている。その様子をみた東条ハナは軽い溜息を吐いた。

 

「俺はチーム代表っていってもお飾りみたいなもんで、実質オールメジロチームみたいなもんだし。気楽なもんだよ」

 

 軽い口調とは裏腹に、どこか寂し気な気もする沖野のトーンに東条ハナは先ほどとは意味合いが違う溜め息をもう一つつくと、口を開いた。

 

「…それは私も一緒よ…まったく、みんなたくましくなっちゃって」

 

 東条ハナのチームリギルはシンボリルドドルフとエアグルーヴという二枚看板がURAサイドで運営に回ってしまったため、チームの体裁こそ彼女自身があちこちに根回しして整えたが、運営自体は面倒見の良いヒシアマゾンとフジキセキが切り回している。

 

 二人とも寮長からそのままトレセン学園の職員に転じていた為、環境さえ整えてしまえば様々なことに通りがよく、東条ハナ自身が何かをする必要はほとんどなかった。

 

 二人がいるテラスをふと、強めの風が吹き抜ける。

 

「ただまぁ…予報じゃ明日の大会ができるかどうかはちょっと怪しいけどなぁ」

 

 気象予報は明日の天気について、なんとも玉虫色の予報をしていた。近づいている台風の勢力はそれほど強くはなく、当地の予報としては明日は荒天というほどではないが、風は徐々に強まるだろう、という具合だ。

 

 明日の大会の実施については流動的に対応することになるだろうと予め大会本部から通達が流されている。

 

「ところで、ひとり…ふたりかしら…私たちの知己が見当たらないようなのだけれど。貴方、どこに行ったか知らない?」

 

 メディアと往年のスターウマ娘たちがひしめく会場を一通り眺めた後、東条ハナが沖野に訊ねた。

 

「あぁ…あそこはシリウスシンボリが代表に変わったんだと。アイツは公の場に出てくるの嫌がるからな。大方どっかで遊んでんだろ」

 

 沖野の示すアイツ、即ち装蹄師の男はパーティー会場には姿を見せていない。

 

「ゴールドシップも居ないのは解せないわね」

 

「…大方、アイツと一緒だろ。旧友とつるむのは明日でもできるが、今ならアイツを独占できる」

 

 曰くありげなニュアンスを声音に含ませてそう述べ、こちらに視線を寄越す沖野に、東条ハナは思わず顔を赤くする。

 

「…もうあの娘たちも子供じゃないものね…まぁ私たちも歳を取ってしまうわけ、ね」

 

 かろうじて内心の邪な想像を取り繕いつつ、自分の想像とは違う何かが起きているような予感を東条ハナは感じていた。

 

 会場内ではシリウスシンボリがチーム代表として正装を纏い、ソリが合わない筈のシンボリルドルフと談笑している。

 

「そうさ。皆歳を取って、変わっていく。結構なことじゃないか。さ、タダ酒を楽しまないと損だぜ、おハナさん」

 

 沖野はシャンパングラスを呷って空にすると、含蓄のありそうな言葉を吐いたにもかかわらず台無しにする後段をとってつけて彼らしさを保ちつつ、会場内に戻っていった。

 

「全く…デリカシーってものがないのかしら、あの男は…」

 

 東条ハナは全く女性的な心持ちで、沖野の現状を要約した言葉を受け取った。

 

 

 

 

 

 

「なぁ、私をどこに連れていこうというんだい?」

 

 アグネスタキオンは放り込まれたハイエースの後列座席に座り直し、呆れたため息とともに問うた。

 

 

 

 

 白衣姿が自らの正装と信じて疑わないアグネスタキオンは、その姿のままウマ娘たちが集結している鳥ニンゲンカーニバル会場近傍のホテルの一室に陣を構え、研究に勤しんでいた。

 

 しかし、部屋に突如として現れた前夜祭向けにドレスアップされた姿のゴールドシップに麻袋に入れられ、気が付けばハイエースの2列目に転がされ、そのままクルマは走り出した。

 

 麻袋を抜け出てみれば、運転席で装蹄師の男がステアリングを握り、ゴールドシップは朗らかな表情で座っている。それを認めて、アグネスタキオンは何となく事情を察した。

 

「…別にセンセイの頼みなら、麻袋に入れなくても普通に来たというのに…」

 

「わりーわりー。急いでたからな」

 

 そう言って自らの悪戯を悪びれもなくニカニカと笑い飛ばしているゴールドシップの表情から、アグネスタキオンは彼女のしてやったりという心持ちを見て取った。

 

「急に連れ出して悪い。ちょっと協力してほしいことがあって。さっきタキオンのPCに図面が送ってある」

 

 装蹄師の男の言葉に呼応して、ほいよ、とゴールドシップからアグネスタキオン愛用のノートPCが手渡される。

 

 メールを確認すれば、確かに男からのメールが届いていた。

 

 内容をざっと一覧する。

 

「はぁ…一体センセイは、どこまで…」

 

 過保護なんだい、という言葉を飲み込んで、アグネスタキオンのPCに映し出された新しい主翼の図面を見た。

 

 これまで装蹄師の男が設計し、シミュレーションを依頼されてきたこれまでの主翼とはコンセプトが全く異なるものであることがわかる。

 メインフレームはそのままに、緩やかな三次元曲面を纏う翼桁と、翼端が下方向に反り返るような形状が特徴的だ。

 

「この翼は一体…」

 

 図面を見ながら呟くと、それまで大人しくしていたゴールドシップが応じた。

 

「おっちゃんと話したんだけどよ、たぶん明日、飛ぶのも難しいくらいの天気じゃねーかって、天気予報で」

 

「あぁ、台風の影響が出そうな予報はあるね。米軍の気象予報も調べたが、ちょっと楽観はできない状況だね」

 

 アグネスタキオンは気象予報を見て、大会レギュレーションを確認していた。風速が規定値を超えた場合には飛行見合わせ、平均風速が規定値を2時間連続して上回った場合は大会中止だ。

 

「んでな、おっちゃんが危ないからやめとけって言ったら、アタシはいい子だから素直に撤退するんだけどよ、シリウスはそうじゃねーよなって話になって」

 

 タキオンが知るシリウスの気性から言っても、可能性はかなり高そうに感じる。特にシリウスはこのフライトに賭けていると言っていい。 

 

 それはこの間放映された鳥ニンゲンカーニバルの煽り番組で、シリウスシンボリが機体を紹介するパートでも感じられた。

 

「でもホラ、おっちゃんはトラウマがあんじゃん?」

 

 ここまで話を聞いて、アグネスタキオンはゴールドシップの装蹄師の男への理解度の高さが極まっていることに恐懼した。

 

「なるほど…それならば、この主翼で飛べば安全というわけかい?」

 

 装蹄師の男は煙草に火をつけながら返答を返す。

 

「安全とまでは言わないが、高度を取って飛ぶよりはいい。タキオンも現象自体は知っているだろう?いわゆる地面効果を最大限に狙った仕様だ」

 

 地面効果翼か、とタキオンは合点がいった。

 

 地面すれすれを飛行すると翼と地面の間で空気が圧縮され、また翼端が渦を巻いて抵抗になる現象が抑えられることもあり、飛躍的に飛行効率が改善することがある。

 

 問題は水面だが、飛行する場所は湖であり、外海とは違い台風の影響でうねりが出ることはない。多少風が強くても上空よりは水面と翼の間の空気がクッションとなり、安定した飛行が可能だろう。

 

 しかし、そこまでしてシリウスシンボリの行動を肯定しようという気概は、やはり感想として出る言葉はひとつしかない。

 

「どうしようもなく、過保護だねぇ…」

 

 アグネスタキオンは今度こそ言葉を飲み込むことなく、素直な気持ちを口にした。

 

「…そう言われるのもわからんでもないがな、別にシリウスの為ってだけでもないんだ。俺のトラウマへの対処法、ってとこだな」

 

 紫煙を窓から吐き出しながら、男は独り言のように呟く。

 

「…センセイがそういう気構えであれば、事情を知る者として協力しないわけにはいかないじゃないか」

 

 装蹄師の男はミラーをちらりとアグネスタキオンに合わせ、それに気づいたタキオンもミラー越しに視線を合わせる。

 

 装蹄師の男の目は笑っていた。

 

「タキオンならそう言ってくれると思ったよ。わりぃな。今日は徹夜だ」

 

「望むところだよ。そもそもぎっくり腰上がりのセンセイに無茶させるわけにもいくまいしねぇ。で、作業場所や段取りは?」

 

「後輩がすぐそこの、米原にあるレーシングチームの工場に話をつけてくれてな。オペレーター付きで借り上げた。移動中にタキオンが諸元をシミュレーションして形状調整の提案をくれたら、すぐにプロトタイプをつくる」

 

「プロトタイプ?」

 

「工場に50%スケールの風洞があるんだ。クルマ用だけどな。タキオンがシミュレートして形状調整したものをすぐ3Dプリンターで出力して、スケールモデルのプロトタイプで確認テストをやる。時間がないから翼の製作も並行して、風洞テストは操縦特性の把握だ。シリウスにフィードバックするためのな」

 

 装蹄師の男が淡々と語る手順は、まるで予め全てがプログラムされていたかのような精緻さ、手回しの良さを感じさせる。

 

「…技術の暴力、だねぇ…」

 

 半ば以上呆れた口調でアグネスタキオンは呟いた。

 

 

 

  







 なお、ゴールドシップは二人のやりとりを眺めながら思っていた。

(これ、おっちゃんをうまいことコロがし続けていったら宇宙にもいけんじゃね…?)
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