空を飛びたいウマ娘と山奥の装蹄師の話   作:小松市古城

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4:3日目の佃煮くらいの仕上がり

 

 

 

 装蹄師の男は悩んでいた。

 

 人力飛行機という未知のモノを造るにあたり、手あたり次第に調べ、あれやこれやと知識を吸収してはいた。

 

 もともとメカオタクという資質も手伝い、知識の吸収自体は特に苦も無く行えるのであるが、実際に創るとなるとそれはまた別の思考回路が必要となることを踏まえながらとなる。なにせ扱う素材に関しても普段馴染みがないだけに、どのような段取りを踏むかも探っておく必要を感じていた。

 

 そしてウマ娘一人を空に押し上げるのであるから、ただ飛ぶだけでは十分とは言えない。

 装蹄師の男の信条からしても最優先には安全性を求め、徹底的に検討されたものでなくてはならない。それがさらに考えるべきことを増やしていた。

 

 先日工房をたずねてきた東条ハナからもあれやこれやと連絡が入っている。

 

 おハナさんは解散したリギルの名を、鳥ニンゲンカーニバル限定で復活させることを決めたという。それにともない早速必要な工数と人員の計画を練り始めたらしく、それらの手配に関しての相談が矢継ぎ早に送られてくるのだ。

 

 ただの相談であれば対処も簡単であったが、相手はあの東条ハナである。

 

 彼女から送られてくる資料は装蹄師の男がぼんやりと考えていながらも形にできていない部分を彼女なりに具現化しており、的確にポイントを絞って装蹄師の男の意見を求め、投げかけられていた。

 

 彼女が送ってきた資料には機体設計、制作からフライトまでのプロセスと、それと並行しての人員計画、役割分担やパイロットの訓練計画など、プロジェクトに関するあらゆる要素がマネジメントのお手本のようなガントチャートで記されている。

 

 その出来はなんだかんだで装蹄師の男自身の考えの整理にも非常に有用な代物である。男がこれまで吸収した知識とこれまで蓄積してきている工業的な知見を組み合わせてブラッシュアップすれば、さらに有効なものとなるであろう。

 

 期せずして東条ハナの本気を改めて見せつけられつつあり、相談という体であるにせよ、彼女の能力に付き合っていくのであれば、装蹄師の男もいよいよ本気にならざるを得ない。

 

 装蹄師の男はそうして腹を括りなおすことになった。

 

 

 

 とりあえず装蹄師の男はなにはともあれ、人力飛行機についての情報を集める。

 

 幸いにして鳥ニンゲンカーニバルはテレビ番組として継続して年に1回のペースで大会が開催されており、毎年アマチュアが大挙して出場しており、大会自体の歴史も長い。それゆえにWEB上にもそれなりに情報が多くあるのが助かった。

 

 しかしそれはあくまで動力が人間であった場合の情報である。

 

 色々と検討を進めた結果、一旦考えを纏めると、身体能力において人間とは比較にならないウマ娘が動力源となれば、基礎的な部分は参考になりはすれど、そのまま流用できる、というわけにはいかないであろう、という結論を導くことになった。

 

(こりゃあ、こっちも他所の知恵を借りなきゃどうにもならんか…)

 

 装蹄師の男は一応大学は出ていたが文系学部出身であり、さらに言えば大学で何か学問を修めたという自覚もない。

 

 社会に出るまでのモラトリアム期間として目いっぱい自動車レースという趣味に費やし、ほぼ偶然といっていい経緯で装蹄師の師匠に弟子入りし、職人となった。つまり基本的には自らの手で体感したことをベースに経験値を積み上げ、理屈は後付けで組み立てるタイプだ。

 

 勢い、空を飛ぶ飛行機を現象として理解できても、ゼロからイチを創り上げるように理論を駆使して設計し、ロジカルに最適解を導けるタイプではない自覚がある。だからこそ、東条ハナが来訪していたときも模型飛行機を手にして、少しでも体感的な経験値を増やす行動を無意識に行っていた。

 

(つまりは俺も餅屋に頼らんことにはどうにもならん、ということか…)

 

 装蹄師の男はしばし煙草を吹かして考えを整理するとスマホを取り出し、自らの狭い交友範囲の中で助力を請えそうな相手を思い浮かべてメールを打ち始めた。

 

 

 

 

 

 

「…で、おっちゃん、今日はなにするんだ?」

 

 装蹄師の男は早朝から、工房のハイエースの助手席にゴールドシップを乗せて、関東平野を北上していた。眠そうに目をこするゴールドシップであるが、今日も今日とて見目麗しい。

 

「まぁ、宇宙を目指す前段階として空を飛びたいと思うなら、まずは体験してもらおうと思って」

 

 そういってゴールドシップとともにたどり着いたのは、関東平野を挟んで反対側、千葉と茨城の県境、利根川の河川敷にあるグライダーと軽飛行機を専門とする飛行場であった。

 

 装蹄師の男はまずはゴールドシップに空を飛んでもらい、どんなもんか把握させるとともに経験を積ませることにしたのだ。

 

「とりあえずお前はモーターグライダー乗って、空を飛ぶってのがどんな感じなのか体感してきてくれ。その間、俺は機体をどうするか考えておくから」

 

 ここへの来訪目的をそう語る装蹄師の男に、ゴールドシップは目を輝かせた。

 

「さっすがおっちゃん!話がわかるぜ!3日目の佃煮くれーの仕上がりだな!」

 

 3日目の佃煮のイメージがつかめずに装蹄師の男はとりあえず流す。

 

「話は通してあるから基礎的な座学受けたら教官役のヒトがグライダーの後席にお前を乗せて体験飛行してくれるってよ」 

 

「おっしゃ!とりあえずひとっ飛びしてくりゃイイんだな!任せろ!ゴルシちゃん天才だからすぐに乗りこなしちゃうZE☆!」

 

 そういうと、ゴールドシップは自らの豊かな胸を張って自信を示し、

 

「ウマ娘は度胸だーっ!」

 

と気勢を上げながら飛行場事務所に駆け出していった。元気そうでなによりである。

 

 ここのスタッフには事前に話を通してあるし、ゴールドシップの名も出して、鳥ニンゲンカーニバル出場検討中の素人に稽古をつけてやってほしいと伝えてあったから、彼女自身のコミュニケーション能力も含めて、あとは放っておいて問題ないだろう。

 

 装蹄師の男はゴールドシップを送り出すと、早起きした反動で眠気を感じ、あくびをひとつすると、スケッチブックを取り出した。

 

 

 

 

 

 

 ゴールドシップを送り出した装蹄師の男は、ハイエースの中から遠くに並べられているグライダーや軽飛行機を眺める。

 

 煙草を横銜えにしながら、実機を目の前にして浮かぶアイデアを取りとめもなく書き留める。

 

 早朝の飛行場はあちこちからクルマと人が集まってきて、今日のフライトへ向けて各々があれやこれやと忙しく立ち働き、準備している様子が伺えた。

 

 

 

 小一時間も思いつくままにデザインを描いたりうとうとしたりと夢と現をいったりきたりしていると、こつんこつんと窓を叩く音がした。

 

 いつのまにか男のハイエースの隣に一台のクルマが音もなく止まり、そこから降りた人物が車中を覗きこみながら、ぐるりと回りこむ。

 ほどなく助手席のドアが開き、音を立てた主が乗り込んでくる。

 

「全く、久しぶりに連絡が来たと思ったらこんなところに呼び出すとは…君も相変わらず人使いが荒いねぇ…」

 

 ぼやきのような調子は以前と全く変わることのない、アグネスタキオンであった。

 

「悪いな。そっちに行くのは気が引けたもんでね。相変わらず忙しそうじゃないか」

 

 そう男は応じると、こんな場所に呼び出したというのに白衣を纏っているタキオンを見る。

 

 照りの無い瞳の下にはクマをつくり、およそ徹夜明けのようなボサボサな髪の毛。

 

 現役を引退してからというもの、自らの研究に没頭できる場所を探して転々と居所を変えていた彼女だが、最近になって新たに創設されたURAの研究所に正式に所属した、という話を風のうわさで聞いていた。

 

「まぁ君に頼られるのは悪い気はしないがねぇ…大方、こんなところに呼び出したところを考えるに、最近界隈で話題になっている鳥ニンゲンカーニバルの絡みなのだろう?」

 

 照りの無い瞳に好奇心の色を浮かべ、現役時代にはかけていなかったメガネをきらりと光らせてアグネスタキオンはにやりと笑う。

 

「さすがに耳が早いな。ゴールドシップが飛行機作ってくれってさ」

 

 装蹄師の男はさらりとコトの次第を説明する。

 

 色々考えてはいるが、どうも人力飛行機をモデルにしても参考程度で、ウマ娘のパワーならもっと違った形になるのではないか、ということをつらつらと述べた。

 

「…さすがに鋭いねぇ。出力が違うからね、我々は。実は私の方にも実家のほうから鳥ニンゲンカーニバルの話は来ていてねぇ…いろいろと下調べはしていたんだ」

 

 どうやらウマ娘界名家のひとつであるアグネス家も動き出しているらしい。

 

「私も人力飛行機をモデルにちょっといじって…ということでお茶を濁そうかと思っていたんだ。しかし人間とウマ娘の動力としての出力を比較検討していた時に、最適化を考えるとちょっと厄介だな、とは思っていたのだよ」

 

 どうやら装蹄師の男が直観的に捉えていたことを、アグネスタキオンは既に理屈としてある程度見通しをつけていたらしい。

 

「さすがはアグネスタキオン博士だなぁ。俺はカンでそう考えていただけで、裏付けはないんだよ。そこがちょっと困ってたところでなぁ」

 

 装蹄師の男は開け放っている窓から煙草の煙を逃がす。

 

「まぁ君は職人だし、得てしてそういうモノだろうさ…で、私に何を頼みたいんだい?」

 

 装蹄師の男はそれまで書いていたスケッチブックにさらにいくつかの事項を書き付け、アグネスタキオンに提示した。

 

 それは装蹄師の男が考えている機体デザイン、そのたたきのようなものに、数値での裏付けが必要なポイントを書き込んであった。

 

「ほう…こりゃまた革新的なデザインだね…もっとコンサバティブなモノを考えていると思ったんだが…」

 

 スケッチブックを見て、アグネスタキオンは思わず瞳を細める。

 

「ちょっとカッコイイだろ。ただまぁ、これを最適化して必要な強度を出しながら効率的に飛べるかってぇと、俺一人では検討しきれないんでね。ここはタキオン博士に頼らせてもらおうかと思ったわけだ」

 

 ふぅン、とタキオンが唸る。

 

「…まぁ…いいだろう。ほかならぬ君からの依頼だ。私の人脈も使って解析してみよう。で、こちらも君に頼みたいことがあるんだが…」

 

 そう言うと、アグネスタキオンは白衣のポケットから一枚の紙を持ち出した。

 

 

 

 

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