空を飛びたいウマ娘と山奥の装蹄師の話   作:小松市古城

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42:甘やかし

 

 

 

 湖面に聳えるプラットフォームを眺めることのできる湖岸には、特設されたステージと、ターフビジョンもかくやという大きさのLEDビジョン。その隣には小さなブースが設えられ、そこにはマイクを前に、いつもレース場で見かける顔があった。

 

 

『さぁ今年の鳥ニンゲンカーニバル、新たに新設されましたウマ娘部門ですが…画面ご覧の通り、吹き流しがたなびいている状況となっております…』

 

 カメラは空港にあるものと同様の吹き流しを大写しにしている。それを手元のモニターで確認した実況の赤坂は、すこしテンションを落ち着かせて実況していた。

 

『何にせよこの風です…残念ながら大会本部は安全面を鑑みて大会自体は中止、競技としては行わない旨、先ほど通達がありました…』

 

 落ち着いたトーンで状況を説明する赤坂は、収録放送されるテレビの為か編集点を意識するように区切りを入れつつ場内放送と兼ねられているアナウンスを続けていく。

 

『…競技としては中止となった本大会ですが、希望するチームのフライトは大会本部支援の元、参考記録としてフライトすることが許可されることも発表されております。現在のところ数チームがフライトを行う方向で準備中の模様です…』

 

 LEDビジョンのカメラが切り替わる。

 ピンク色の何かを接写しているようだ。

 

『はーっはっはっはっは…!ここは永遠の学級委員長こと私、サクラバクシンオーが皆に手本をお見せしなければなりませんね!』

 

 その台詞と共にカメラが引き、現れたのは現役時代の勝負服を身に纏ったサクラバクシンオー。

 

 現役時代から「まるで将棋の香車のような」まっすぐで、後ろを顧みることのない世代最強のスプリンターは、その気概を今も失わずに飛ぶことに真っ直ぐの様子だ。

 

 カメラが引いてみれば隣には同じく勝負服のサクラローレルを従えている。

 

『ヴィクトリーフライト倶楽部は離陸順番一番手に手を挙げてくれました。このような天候の中でもポジティブに猪突猛進、レースでも実績豊富な二人組で空でも一番手を目指す模様です』

 

 サクラバクシンオーのコメントを実況はうまく引き取り、カメラはプラットフォームへと続く道をチーム員によって運ばれていく機体の様子を映し出した。

 

『ヴィクトリーフライト倶楽部はウマ娘のパワーを十全に引き出すべく、鳥ニンゲンカーニバルではあまり成功例のないタンデム2人乗りで挑みます。バクシンスプリンター・サクラバクシンオー、不屈のステイヤー・サクラローレルというコンビは離陸、巡航ともに安定した飛行を見せることができるか』   

 

 彼女たちの機体はプラットフォーム端に到着し、最終チェック等が行われつつある。

 

 

 

 

 

 東条ハナは関係者用に組まれた特設ステージとプラットフォーム両方を眺めることができる仮設スタンドで、手持無沙汰に場内アナウンスを聞きつつ、LEDビジョンで大映しになるサクラバクシンオーを眺めていた。

 

 ふう、と溜息をつく。

 

 傍らでは同じく手持無沙汰な様子の沖野が、ぐったりと欄干にもたれ掛かっていた。

 

 その二人の様子を見て、傍らで火のついていない煙草を銜えていた装蹄師の男は、徹夜明けでぼんやりとした頭で、どこか懐かしいような感傷に浸っていた。

 

「あんた、こんなところで油売ってていいの?」

 

 東条ハナは普段のレース場で見せる剥き身の刃のような勝負師の雰囲気は鳴りを潜め、どこか気怠そうな様子で装蹄師の男に訊ねる。傍らの沖野はどうやら二日酔いの様子であまり顔色が良くない。

 

 それもそのはずで、この天候を考慮し、東条ハナのチームも沖野のチームも早々に今回のフライトの辞退を宣言していた。

 

「うちはホラ、スタッフが優秀だから」

 

 装蹄師の男は学園に居た時とさして変わらぬ草臥れた作業着姿で脱力したまま、自身のチームのテントのほうを顎で示して見せた。

 

 東条ハナが視線をやれば、そこには組み上がった機体が作業台の上に支持された状態になっている。

 

 ゴールドシップは各部のチェックに機体の周りを忙しく走り回り、コクピットにはシリウスシンボリが、その傍らにはノートPCを片手にアグネスタキオンがおり、真剣な表情で言葉を交わしている。

 

 そこにはテレビカメラが1台貼り付き、必死に撮れ高を確保しているように見えた。

 

「まぁあの状況で貼り付かれちゃ、不用意に映り込むわけにもいきませんやね」

 

 かちゃり、と杖の音を立てて東条ハナの横に立った装蹄師の男の後輩は、仕方がないというニュアンスを声音に込めて苦笑した。

 

「…で、アンタの手に持ってるそれは?」

 

 東条ハナは後輩の男が手に持っている不思議なモノに目が行く。

 

「いや、そこの屋台で見つけたっス。ホラ、先輩、これ被ってたらあっち行っても大丈夫っスよ」

 

 そういって投げるように寄越したものは、ひょっとこのお面であった。

 

「お前なぁ…」

 

 装蹄師の男は呆れたような困ったような、困惑という言葉がぴったりの表情をうかべてそれをしばし眺め、ハッとした顔をした。

 

「…ん…沖野、ちょっと風除けになってくれ」

 

「あぁ…?まぁいいけど…こうか?」

 

 青い顔をした沖野はその長身を少しかがめるようにして装蹄師の男の風上に立ち、覆うように風除けになる。

 

 東条ハナと後輩の男からは沖野に遮られ、その向こうで装蹄師の男が何をしているかは窺い知れない。 

 

「…ぷっ…お前…お前も大概だぞ…」

 

 内幕を見ている沖野が震え、様子がおかしい。

 

 東条ハナと後輩の男は怪訝な顔をしてお互いに視線を交わらせた。

 

「…おし、これでよかろう」

 

 その声と共に沖野の影から姿を現した装蹄師の男は、ひょっとこの面を付けている。

 

 しかし先ほどと何かが違う。

 

 ひょっとこのお面は、その窄まった口に器用に穴を開け、煙草を銜えた状態になっていた。

 

「あんた、もうおしゃぶりでも銜えてなさいよ…」

 

 東条ハナの半笑いと共に述べられた言葉に、装蹄師の男はお面の下で動揺と羞恥により顔に熱を持つのを感じた。

 

 

 

 

 なお、後輩の男は、

(その立派なおしゃぶり差し出したら先輩も陥落すると思うんですがね…)

 などと口にできるはずもない軽口を一人脳内で呟きながら、その光景を生暖かく見守っていた。

 

 

 

 

 

 

「思ったより強いな…」

 

 シリウスシンボリは仲間と共にプラットフォーム上に機体を据えた後、一人その先端に立ち、空気を肌で感じて独り言を呟いた。

 

 頼りにしている装蹄師の男は、シリウスの傍らには居ない。

 

 テレビカメラがつぶさに撮影を続け、コンテンツとされる表舞台には居られない、とは彼の弁。

 

 そうは言うものの、一連の事情からは時間も経っているし、何かあっても今やURAをはじめとするこの業界、何よりこの大会の大スポンサーの後ろ盾が装蹄師の男にはあるのだ。

 

 問題が起こるのならばシリウスとて無策でいるわけでもないし、気にしすぎだと言ってやりたい気持ちはあった。

 

 一方で、社会的な背景はともかく、彼自身がその流れの中で深く傷ついたであろうことも想像に難くない。

 

 身を隠し、世捨て人のような生き様を強いられてきたことはシンボリルドルフからも聞いていた。

 

 そうであれば、シリウスとて彼の振る舞いに盾するわけにはいかなかった。

 

 まぁそもそも、今朝がたのやり取りで

『そこで見ていな、パピーちゃん。アンタの翼で、誰よりも長く飛んでやるよ』

 などとイキがってしまっているが故に、このプラットフォームで装蹄師の男に精神的安定を求めることもできやしないのであった。

 

「なーんだシリウス、せっかくここまできたってのに硬い顔してんなぁ」

 

 ゴールドシップはこんな状況でもいつもと変わらない。

 

 これまで積み上げてきた成果を、シリウスシンボリという横から乱入した横着者に対して差し出しても、飄々とした態度を崩さず、惜しみなくこれまでのノウハウを注ぎ込んでくれている。

 

 不意に、胸の奥がぐっと締め付けられるような気がした。

 

「…悪かったな、ゴールドシップ」

 

「ゴルシちゃん号貸したんだからうまく飛んでくれよな。んで、来年は今よりいいヤツ作ってくれよ。そんでチャラにしてやんよ」

 

 ゴールドシップはいつも通りの天真爛漫な笑顔のまま、シリウスシンボリの背中をパァンとはたいた。

 

「イチャつくのも結構だがねぇ、飛ぶなら早いほうが良いかもしれないよ。なにせ時間が経つほど風は強くなる予報だからねぇ」

 

 その光景を後ろで見ていたアグネスタキオンがそう告げ、シリウスリンボリは手に持っていたヘルメットを被り、顎紐を締めた。

 

 

 

 

 

『さぁ現在プラットフォーム上には往年のダービーウマ娘、シリウスシンボリ率いるチームが機体を据えております。先尾翼と言われる機体デザインは今回唯一。その近未来感が異様な雰囲気を醸し出しております…』

 

 関係者用の仮設スタンドで推移を見守る東条ハナ、沖野、そしてひょっとこ面を装着したままの装蹄師の男は、やや弛緩した様子で見守っていた。

 

 時折LEDビジョンに大映しになるシリウスシンボリは、レース前もかくやというような真剣な眼差しで、それでいて何かを背負っていることを感じさせる緊張感を纏っていた。

 

 ゴールドシップはそれとは対照的に、この曇天では必要のないレイバンのサングラスを掛け、大袈裟な酸素マスク付の戦闘機用パイロットのヘルメットを被り、口元はニヤニヤとしながらカメラに向けてピースサインを出したりしており、一見するとどちらがパイロットかわからない。

 

『本日ここまで3チームがフライトを実施しましたが、いずれも離陸は出来ており、ウマ娘たちのパワーと高い技術力は証明されております。しかし折からの強風にあおられ、距離は伸ばせておりません。今回実施されているエキシビジョンフライト、その最後の離陸となったこちらのチームはどうでしょうか…』

 

「…アンタ、行ってあげなくて良いの?」

 

 東条ハナは気づかわしげに、今日何度目かの言葉を装蹄師の男にかける。

 

「…ウチはスタッフが優秀だから…」

 

 装蹄師の男はひょっとこのお面から突き出した煙草を赤く燃やしながら、今日何度目かの同じ言葉を返した。

 

「そうはいってもお前も心配で仕方ないんだろう?一体さっきから煙草何連荘で吸ってるんだよ…肺がぶっ壊れるぞ」

 

 沖野がさすがに煙たげに心配とも苦情とも取れる様子で突っ込む。

 

「…ウチはスタッフが優秀だから…」

 

 壊れたように同じ言葉を繰り返す装蹄師の男だったが、その緊張ぶりは見ている方を心配にさせるほどだった。

 

 

『…シリウスシンボリとゴールドシップ、そして正式メンバーに名を連ねてはいませんが何故かアグネスタキオンといった伝説の優駿たちが手際よく確認作業を進めています。

 

 なんとこの機体、動翼はワイヤーではなく無線で稼働させるという機体です。フライ・バイ・ワイヤならぬフライ・バイ・ラジオとでも言うのでしょうか。可動域が大きく、また操縦者の負担にならないという特長があるようです。

 

 また、取材によるとこの機体の翼は今日の朝、急遽持ち込まれたものであるということで、他の機体とは一線を画す高度な技術的チャレンジが行われていることが推測されます…』

 

 

「…全く、見てはおれんよ、先生」

 

 ひっきりなしに煙を吐き出す装蹄師の男に声をかけたのは、大会本部の腕章を巻いたエアグルーヴだった。

 

 手に持っていたライフジャケットと大会本部の腕章を投げるように男に寄越す。

 

「これを着けて本部前のモーターボートに乗るといい。腕章を巻いていればスタッフと見分けは付かない」

 

 男はハッと気を取り直し、お面をかなぐり捨て、

 

「エアグルーヴ、恩に着る!」

 

 とだけ言い残すと、ライフジャケットをかかえて装蹄師の男は駆けだしていった。

 

 東条ハナ、沖野、後輩の男、エアグルーヴは。スイッチが突如切り替わったかのような装蹄師の男を呆然と見送るしかない。

 

「…エアグルーヴ、貴方も甘いわね」

 

 東条ハナは嘆息とともに漏らす。

 

「どうでしょうか。ここで先生を心配させておくのも何か違う気がしたんですよ。おハナさんもそう思いませんか?」

 

 エアグルーヴの何かを決意したような怜悧な瞳と、機嫌よく上がった口角は、彼女の心情の複雑さを示しているようだった。

 

「貴方みたいに考えられるのだったら、私はもっと大胆になれたと思うのだけどね」

 

 東条ハナはやや自嘲したような昏い笑みを浮かべる。

 

「私も変わりませんよ。これをしたところで自己満足でしかないですから。それに…」

 

 東条ハナはエアグルーヴの言葉の先を待った。

 

「それに、先生のようなヒトを迂遠に甘やかすのって、最高の贅沢だと思いませんか?」

 

 エアグルーヴの何かを諦めつつも、そこに楽しみを見出すような言葉に、東条ハナは意外そうな顔をした後、破顔一笑する。

 

「間違いないわね。全く…なんて男なのかしら」

 

 今度一杯おごらせて頂戴ね、と東条ハナは自らの恥ずかしい一部を暴露して顔を紅潮させているエアグルーヴの肩を抱き、教え子の意外な成長面を喜んだ。

 

 

 

 

(おい…どうなってんだよこれ)

 その光景の一部始終を目にしていた沖野は、装蹄師の後輩の男の肩を小突いた。

(さぁ…俺にもさっぱり…)

 後輩の男も、今の一部始終を目を丸くし、気配を殺して見守っていた。

(…女って、俺らには分からない領域に生きてるんだな…)

 沖野はため息を吐く。

(…沖野サン…あなたの商売、ウマ娘ありきなのに今頃…?)

 後輩の男は呆けたような顔の沖野に突っ込まずにはいられなかった。

 

 

 

 

    




すいませんリハビリ状態です…!
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