空を飛びたいウマ娘と山奥の装蹄師の話   作:小松市古城

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5:スルメを飲み込むタイミング

 

 

 

 

「…なんだこれは?」

 

 アグネスタキオンから渡された紙には、機体の駆動系と思われる図面が描き出されている。

 

「先ほど私も実家の方からいろいろ話が来ていると言っただろう?私の性格上、納期を切られて慌てるというのも嫌なのでねぇ。とりあえずの機体設計はもう済ませてあるのだよ」

 

 アグネスタキオンはそう言うと、メガネを外して眉間をほぐすように指を動かす。

 

「その中で、どうしても苦労しそうなのが駆動系の部分なのさ。単純な金物はどこかの町工場に頼むとしても、駆動系はどうにも…発注先の選定から品質管理から、どうしたものかわからなくてねぇ…試作だけでも構わないから、君に頼みたいんだが…」

 

 どうやら自分の専門外のことで困るというのは彼女も事情は同じらしい。

 

「なるほどねぇ…加工条件から何から、面倒なのはわかるが…まぁいいや。引き受けるよ」

 

 一見した図面はさして難しいものを要求していない。しかしこういうものは設計と加工、そして組み立ては別の技術であり、設計はできても工具や設備の関係で作れないモノもある。また、組み立てても意図通りとはならないことあるあるだ。そこを含めて丸っと投げられる相手というのは、確かに多くはないだろう。

 

 彼女の依頼をこなすことで装蹄師の男自身も経験値を積み上げることができる。受けて損はない、と装蹄師の男の脳内は算盤を弾いた。

 

「君も忙しいだろうが、何とか頼むよ。君からの依頼も、早速取り掛かるとしよう…しかし…」

 

 アグネスタキオンは何かを言いかけて一旦言葉を切ると、シートに身を預けてひとつ、長く息を吐く。

 

「…我々も表舞台から退いて久しいというのに、こういう競い合う場があると…なんというのだろう、ワクワクしてしまうね…久しぶりに…」

 

 そう言うと現役時代と何も変わらない、くつくつと忍び笑いをする。

 

 その様子を見て装蹄師の男はおや、といった表情をつくってタキオンに視線を投げた。

 

「…なんだいその顔は。そりゃあ確かに私は競技者としては不真面目だったかもしれないが、競うこと自体が嫌いという訳ではないのは君も知っているだろう?」

 

 心底心外である、という態度でアグネスタキオンは装蹄師の男に抗弁する。

 

「…いや何も言ってないんだけど…」

 

 装蹄師の男はアグネスタキオンの抗弁をかわしつつ、言葉をつなぐ。

 

「…ただまぁ、久しぶりにこういうのでみんなと関わるのは、確かにちょっと楽しいな。昔を思い出す気がする」

 

 装蹄師の男はそう言うと新たな煙草に火を点ける。男の言葉を聞いて、今度はタキオンが目を丸くした。

 

「君も素直になることがあるんだねぇ…まぁ、そう思うならゴールドシップ君に感謝するべきだと思うよ。それに、陰に日向に今も大活躍している元、生徒会の彼女たちにも」

 

 アグネスタキオンは優し気な表情を浮かべてそう言い残すと、少し名残惜しそうな視線を装蹄師の男に送る。

 

「え、それはどういう…」

 

 男の問いかけには応えずに、アグネスタキオンは男に薄く笑いかけると、助手席のドアを開けて降りた。

 

「じゃあくれぐれも、頼んだよ。こちらの依頼も進めておくから」

 

 それだけ言うと、彼女はドアを閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴールドシップが無事フライトを終えたのち、山奥の工房に帰ってきたころには、すでに夕方近くになっていた。

 

 傍らには一旦は家に送り届けたはずのゴールドシップ。

 

「お前ホントにしばらくここに住むんか」

 

 装蹄師の男の問いにニコニコしながらゴールドシップは応じる。

 

「おう!しばらく厄介になるぜ、おっちゃん!」

 

 眩しいばかりの笑顔で返されれば、許可したとはいえ迷いがあるとも言い出せない。

 男は改めてここまでの経緯を思い浮かべた。

 

 

 

 

 モーターグライダーを体験したゴールドシップはひどく上機嫌で、自力で飛ぶのが待ちきれないと語った。これからしばらくはあの飛行場にあるクラブに通い、経験を積むことにしたらしい。彼女のことだからこのまま自家用の免許くらいは取得してしまいそうな勢いであった。

 

 装蹄師の男はゴールドシップに、自力で飛ぶことになるのだからそれなりに脚力を取り戻しておくように念押しをした。

 

「それじゃーよー、しばらくおっちゃんとこで合宿させてくれよ。工房のまわりの林道走って脚鍛えなおして、おっちゃんの仕事も飛行機つくるのも手伝うからさー」

 

 テンション高めに、「どうだ、名案だろう」と言わんばかりの表情で突拍子もなくそう言われた男は、虚を突かれ二の句を継げずにいた。

 

 たしかにこれからは本業を行いながら飛行機製作という大きな代物に取り組むとなると、人手が欲しいという気持ちはなくもない。

 

 それがゴールドシップであるなら、気心も知れているうえに器用な彼女であるから、装蹄師という職人の立場からすると願ったり叶ったりである。

 

 しかし、1泊や2泊ならまだしも、期限を決めずに絶対的美ウマ娘が同居するというのもどうなのだろう、と考えずにはいられない。

 

 尤も彼女はすでにトレセン学園を卒業した成人でもあり、倫理的道義的問題は依然として存在するのは確かではあったが、ひとつ屋根の下に居ること自体に法的な問題はなさそうな気はする。

 

 数瞬のうちにこれらのことを並列で思考したのち、装蹄師の男が出した答えは、 

 

「まぁ…いいか…」

 

 消極的な追認だった。

 

 

 

 帰り道でゴールドシップの自宅に立ち寄り、煙草3本分ほどの時間を待機していると、彼女はスーツケース数個にまとめられた荷物をハイエースに積み込んだ。

 

 そのまま工房へ到着すれば、彼女は勝手知ったる我が家とばかりに自らの巣を設営し始めた。

 

 

 元々は体育館のような広さを誇る工房の中に装蹄師の男が生活するだけのワンルームのようなプレハブがあったのだが、最近はここに訪れる者のためにもうひとつ、男の生活用の者とは別にワンルームタイプのプレハブが増設されていた。ゴールドシップにはそちらに住んでもらうことになる。

 

 いわば体育館の中にアパートの部屋が二つあるような構造であるので、ゴールドシップの突拍子もない申し出を消極的に追認する下地はすでにあったという訳だった。

 

 

 

 

 ウキウキで営巣するゴールドシップをよそに、装蹄師の男はアグネスタキオンに託された駆動系の試作に早速取り掛かる。

 

 細かな部分は工房の在庫資材では作れないため、今日のところは資材の発注に留め、在庫資材で作ることのできるギアボックスのケースの資材の切り出しから始めた。

 

 アグネスタキオンから渡された図面は駆動系だけだが、これだけでも彼女の設計した機体のだいたいのイメージはつけることができる。

 

 おそらく彼女は比較的保守的に、過去の鳥ニンゲンカーニバルで実績のあるデザインをベースに設計しているであろうことが理解できた。

 

 さらに図面を解釈し、形にするために手を動かしていくことで、彼女が何を意図しているのかが伝わってくる。

 

 なかなかに思慮深いつくりを考えていることがわかってくると、学生時代のアグネスタキオンを知る装蹄師の男は、彼女の成長ぶりに思わず口元が緩んでしまう。

 

「…なーに金属撫でまわしながらニヤニヤしてるんだ、気持ち悪い…」

 

 不意にそう声を掛けられ、装蹄師の男は我に返る。

 

 気が付くと工房に沖野が姿を現していた。

 

「おお…来てたのか…」

 

 気づかぬうちに来ていた沖野は、コンビニの袋をがさりと作業台に置いた。

 

「ほれ、差し入れだ。今日はゴルシが世話になったみたいだからな」

 

 トレードマークの飴を銜えつつそういうと、作業台横の椅子に腰をおろした。

 

「今日は、というか、今日からしばらく、という感じみたいなんだが…」

 

 装蹄師の男がぼそりと、奥歯にものが挟まったような言い回しをする。

 

「…は?」     

 

「おぉートレーナーじゃねぇか!ひっさしぶりだなぁ!」

 

 沖野の反応を遮るように姿を現したのは、シャワー上がりと思しきゴールドシップだった。

 

 沖野も装蹄師の男もその姿と見て目を見開き、そして顔を逸らす。

 

 彼女に割り当てられたプレハブの中から男たちの話声を聞きつけ、サンダルで出てきたゴールドシップ。

 

 しかしその姿はバスタオルを身体に巻き付けた、あまりにも肌色の多い姿であった。

 

「…服を着ろ…服を…」 

 

 装蹄師の男は全力を使って表情を無にしてそう呟くと、くるりと背を向けて煙草を吹かす。

 

「いっけね!」

 

 ゴールドシップは自らの姿に気が付いたのか、はたまたわざとかはわからないが、すぐに自室へ引っ込む。

 

 その様子を一通り目撃することになった沖野はため息をひとつ吐いた。

 

「…前途多難、だなぁ…」

 

 そういって装蹄師の男の肩にぽん、と手を置く沖野。

 

 弱々しくその手を振り払いながら、

 

「…外でこの話するんじゃねえぞ」

 

 装蹄師の男は沖野に釘を刺す。

 

「…俺が言わなくてもすぐにバレんだろ」

 

 沖野の言葉に、装蹄師の男は煙草を深く吸い込んで、応えた。

 

「…ま、そうですね…」

 

 おそらく明日か、遅くとも明後日か。

 

 装蹄師の男はその、間違いなく訪れるであろう未来を想像する。

 

 その想像を察したかのように、沖野がぼそりと呟いた。

 

「…お前、ほんとにそのうち刺されそうだな…」

 

 装蹄師の男は沖野のその言葉に反応し、工房を見回す。

 

 ここは蹄鉄の工房兼、今はなんでも屋の様相を呈している。

 人を刺せそうな道具、工具はいくらでも転がっていた。

 

「…まぁそんときは骨拾ってくれよ」

 

 やれやれ、といった表情で沖野は再びため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 




皆さま長らくのご無沙汰失礼いたしました。
仕事の多忙さもありつつ、ここのところ絶不調で筆が進みませんでした。
いやぁなんでなんでしょうか…ビジョンなく書いているので詰まってしまってるんでしょうね。

こんな調子で恐縮ですが、気長にお付き合いいただければ幸いです。
今後ともよろしくお願いいたします。
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