空を飛びたいウマ娘と山奥の装蹄師の話   作:小松市古城

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7:つかない既読

 

 

 

 

 装蹄師の男は夜、工房で作業を続けていた。

 

 ゴールドシップの作ってくれた夕食は独り身では味わうことのできない満足感を得られた。その恩に報いるべく、という訳ではないのだが、いつもよりやる気が増進していた。

 

 日中のトレーニング量を考え、ゴールドシップはすでに部屋に戻らせた。ここからは正真正銘、ひとりの作業だ。

 

 黙々と手を動かし、仕事の為の脳を活動させながら、一部に残る冷静な個人としての頭脳は昼間のやりとりを反芻していた。

 

 昼間、装蹄師の男はゴールドシップには何故、鳥ニンゲンカーニバルを目指すのか問うた。

 

 曰く、インスピレーションだと彼女は言った。

 

 彼女の性格を知る人間であれば、また突拍子もないことを言いだしたと納得することは容易い。

 だが、ゴールドシップの人となりを他者とはまた違う面で知る装蹄師の男としては、彼女の言うインスピレーションの中には様々な要素が内包されているのだろう、と捉える。

 

 そこまでは理解できても、結局のところ彼女の内心を推し測ることは難しい。しかしそれをすべて詳らかにする必要を、装蹄師の男は感じなかった。

 

 なにせ、ゴールドシップと出会ってからというもの、折に触れて彼女の閃きに助けられてきたし、それによってさまざまに展開が開かれてきた。

 一時、課題に対して折れそうになった時に、彼女のアドバイスによって切り抜けたことすらあった。

 

 つまり装蹄師の男にとってのゴールドシップはまごうことなき天才ウマ娘であり、彼女の思い付きは信じるに値するモノであるという信頼がある。

 ならば彼女の思い付きに従って悪いということはないのだ。

 

 装蹄師の男自身、流れに身を任せてここにたどり着いた帰結を嘆くこともなく受け入れてきた。

 ならば今回も、その流れを否定する理由などない。ましてや、陰に日向に彼を支えてくれているウマ娘たちの望むことであるならば。

 

 装蹄師の男はそう考えながら、機体製作に必要になるであろう各種治具の設計作業をPC上で進めていた。

 

 いつもの作業台の定位置に置いていたスマホがメッセージの着信を告げて静かに震えていることには気が付かなかった。 

 

 

 

 

 

 

  

 ゴールドシップは夜、工房の自室で睡眠の支度を終え、ベッドの中に身を埋めていた。

 

 半ば以上思い付きで転がりこむように、或いは押し掛けたような形で工房で暮らすことにしてみたが、なかなかどうして良い感じである。

 

 装蹄師の男と時折訪れる訪問者と絡みながら、自らも目的をもってトレーニングを積んでいく今の生活スタイルは、一人暮らしの家で寂寥感に包まれながら膝を抱くという心持ちに陥ることもなく、肉体、精神の両面において健康的だ。

 

 これまでも思い付きでメジロ家の屋敷に居候したり、ナカヤマフェスタとギャンブルの旅に出たり、それこそなにかを究めんがために放浪、住み込みなどをしてきたが、そのどれよりもしっくりくる。

 

 今現在も部屋の外、工房の中からは装蹄師の男がなにやら仕事を続けている音がうっすらと聞こえてくる。その気配を感じながらベッドの中で瞳を閉じて思索に耽るのはとても心地が良い。

 

 まるで、ここが自分の居場所だと本能が告げているかのようだ、とゴールドシップは思う。

 

 しかし自分が転がり込むことができた理由は鳥ニンゲンカーニバルに参戦するという名目あってのこと。これを恒常的な日常とするには些か理由が足りていないのも事実だ。

 

 ましてや、装蹄師の男の隣というポジションはトレセン学園時代から競争率が高い。それはゴールドシップ自身、身を以て知っている。

 

 なにせ彼をめぐって、今や半ば伝説となっているようなウマ娘たちがレースで雌雄を決しようとしたことすらあるのだ。

 

 あの時のレースでは装蹄師の男を1日自由にできる権利をかけて、有馬記念もかくやというような優駿たちが競い合った結果、権利を勝ち取ったのはマルゼンスキーだった。権利を手にした彼女の思い付きで、さらに楽しい思い出をつくることもできた。

 

 自分はレースに負けてしまって悔しい思いをしたことも確かだったが、それも含めてあのような日常そのものこそが、かけがえのない大切な日々だったと思い返すことができる。

 

 結局、ゴールドシップ自身が鳥ニンゲンカーニバルに出ようとし、さらに多くのウマ娘たちを巻き込もうとしてウマ娘たちに話を拡散したのも、あのときの思い出が原体験となっているからだった。

 

 それからというもの、聞こえてくる話をゴールドシップなりに分析するに、おそらくは相当数のウマ娘たちがそれぞれ徒党を組んで、カーニバルに参加してくると思われる。

 それはきっと、アタシに新しい挑戦と新しい体験、そして大切な思い出をもたらしてくれる。

 

 そう考えれば、自らの思い付きに端を発した鳥ニンゲンカーニバルへの参加表明は、結果はどうなるにしろ今の時点で成功と言えるだろう。

 

 つまりはアタシ自身は今を存分に楽しみ、その結果から得られるもので次に進めばいい。

 

 今の自分の立ち位置に納得と満足を得つつ、ゴールドシップはゆっくりと意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 シンボリルドルフは夜、その日の業務を終えて現在の棲み処がある府中まで戻ってきて、行きつけのバーでグラスを傾けていた。

 

 ここのところ業務は多忙を極めており、さすがのシンボリルドルフでもかなり堪えている。それでも週に幾度かはこのバーに顔を出すのは、多忙な彼女の精神的支柱とでも言うべき時間がここで実現できるからだ。

 

 カウンターに腰掛け、自らの好みに合う琥珀色の液体を少しずつ味わいながら、静かにスマホのメッセージアプリを介し、兄と慕う装蹄師の男とやりとりをする至福の時間。彼女はその時間をかけがえのないものとして大事にしていた。

 

 しかしここのところ、その至福の時間に些かの変化が起こっていた。

 

 

 

 

 シンボリルドルフと装蹄師の男の繋がりは長い。

 

 それこそ、彼が駆け出しの装蹄師見習いだったころ、シンボリルドルフがまだ幼名のルナと呼ばれていた時代からであるから、ざっと人生の三分の二ほどの時間にもなる。

 

 装蹄師の男がまだ半人前であった頃、彼の師匠格の装蹄師に連れられてシンボリ本家を訪れた時が最初の出会いだ。

 

 ルナと呼ばれていたシンボリルドルフは来客で手持無沙汰にしていたところを装蹄師の男に連れ出され、一緒に遊んだ。それからというもの、顔を合わせれば遊んだり話したり。装蹄師の男は彼女の兄のように振舞い、可愛がってくれた。

 

 しばらく断続的に交流が続き、装蹄師の男が独立してトレセン学園の装蹄師となったところで一旦交流が途絶え、その数年後にルナはシンボリルドルフとなってトレセン学園に入学、再会を果たした。

 

 その頃には、彼女は装蹄師の男に対し兄のような存在として接しながらも、明確な初恋の相手として認識していた。

 

 

 

 

「…既読が…つかないな…」

 

 いつもであればこの時間帯、少し間隔は開き気味でもぽつぽつとやりとりが続く。

 しかしここのところはそのやりとりがあまりスムーズではない。特に今日は、最初に送ったメッセージすら既読がつかない時間が続いていた。

 

 シンボリルドルフは氷が僅かに融けた琥珀色の液体を呷り、物言わぬバーテンダーにおかわりを促すと、小さなため息をついた。

 

「…隣、よろしいですか?」

 

 不意に背後から声がかかる。

 

「あぁ…今日もお疲れ様、だな」

 

 シンボリルドルフは柔らかな声で返す。

 

 隣に座ったのはスーツ姿、ルドルフと同じく仕事帰りのエアグルーヴだった。

 

 シンボリルドルフを追ってURA職員となった彼女だったが、今のところ配属部署は異なっており、本部内や会議で顔を合わせることはあったが、今時点では生徒会時代のようにコンビで普段の仕事をしているわけではない。

 

 そうであるがゆえに、仕事帰りの行きつけのバーは、二人にとって公私を切り替え、安らぎを得る格好の空間となっていた。

 

「溜息なんかついて…どうしたんです?まさか会長に限って、仕事がうまくいっていないなんてことはないと思うのですが…噂に聞いている会長の評判はすこぶる高いですし…」

 

 エアグルーヴは未だにシンボリルドルフのことを会長呼びする癖が抜けていない。

 

「…つかないんだ、既読が」

 

 憂いを帯びたシンボリルドルフの声音に、エアグルーヴは察する。

 

「…装蹄師の先生、ですか…」

 

 エアグルーヴはバーテンダーの差し出したいつもの一杯目であるスパークリングワインをくっと一口飲むと、ふっと息をついた。

 

「…例の件かもしれませんね、先生が忙しいのは」

 

 エアグルーヴは落ち着いた声で告げる。

 

「例の件、とは?」

 

 シンボリルドルフは問い返す。

 

「鳥ニンゲンカーニバルです。ウマ娘部門が出来るとかいう…我々と同世代の娘たちも出るような噂が聞こえてきます。先生を巻き込んで、という娘がいてもおかしくはないかと…」

 

 シンボリルドルフの耳がすっと立ち上がる。

 しばし黙考し、耳を無意識に揺らしながら琥珀色の液体を一口。

 そして耳はまたへにゃりとへたりこんだ。

 

「…我々が出る、というわけにはいかないのだろうな…」

 

 シンボリルドルフは僅かな間に、その頭脳で様々な可能性を模索した。

 

 しかし今の自らの立場を考慮した結論は、私人の立場で関わることはできず、良くて仕事として運営支援に関われるかどうか、というところだった。

 

 二人揃って深い溜息をついたところで、二人の背後から新たな声がした。

 

「…私は出るわよ。リギルの名を冠して、ね」

 

 そこに立っていたのは二人の師匠ともいえる女傑であり、蹄鉄のピアスを耳に煌めかせた東条ハナだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





投稿間隔が適当で申し訳ないです(前からですが)。

年度変わってからこっち、業務体制が変わりバタバタが続いております。昨今の世界情勢のあおりも受けることが多く…現実は非情ですね。

元々現実逃避にこういうものを書き始めたので、細々と続けていきたいと決意を新たにしております。
 
今作今回を書くに当たり読み返した前作のルナちゃんの初出演はこちらです。
https://syosetu.org/novel/260592/7.html
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