「リゼ様……でび様……心配かけて、ごめんなさい。でも私は挑戦してみたい。今の私が、ライバーとして相応しいのか……」
お気に入りのジャスミン・ティーを口に含み、貰ったお守りと髪留めを見詰める。
そして……決意を込めて髪留めを結び、お守りを首から下げる。
大切な人達が心配してくれている……自分自身も、嫌な感じがしているのも確かだ。
それでも、心の中のワクワクやドキドキが勝ってしまっている。
負けず嫌いな性格……だからこそ、こんな大きな大会で見ているだけなんて嫌だ。
でも今回は、無理だけはしないでおこう……自分を想って頂いた物を見て思う。
こんな自分でも、傷ついたら悲しんでくれる人がいる。
それだけは忘れないでおこう……そう心に誓い、鈴原るるはフィールドに立った。
相手は一期生の渋谷ハジメ……スラッとした高身長で、薄緑の長い髪の毛を結んでいる。
まるで文学小説に出てくる登場人物の様な風貌な男は、戦闘とは無縁に感じた。
それは、美大生である鈴原るるも同じ……退屈な試合になりそうな雰囲気は会場全体に伝わっている。
お手洗いの為に席を立つ観戦者もチラホラ出始めていた。
「始めまして、鈴原るるさん。観客の皆さんも、退屈な試合になると予想しているのでしょう。前の対戦が巨人とロボットだったのだから、無理もありませんが……」
「はい。でも私は、ライバーの皆さんと真剣勝負が出来る事を楽しみにしていました! 一期生の大先輩である渋谷先輩と戦える……とても光栄です!」
鈴原の無垢で透き通る様な声に、渋谷の顔は思わず微笑んでしまう。
「素敵な声だね、鈴原さん。その声が悲鳴に変わるのを、あまり聞きたくはないが……」
そう言いながらも、渋谷ハジメはサブマシンガンであるトミーガンを構えた。
「降参するなら、撃つ前にしてくれ。撃ち始めたら、止められなくなる」
「戦う前から諦めない。どんな武器でも、どんな相手でも戦うと決めてきましたから!」
鈴原るるは、大きく息を吸う。
「試合、開始!」
合図と共に、渋谷ハジメは躊躇いなくサブマシンガンを乱射した。
元々サバゲーが好きだった渋谷ハジメは、銃の扱いは得意だ。
和服を着た知性のある風貌からは似つかない、的確な銃撃が鈴原るるを襲う。
ベレー帽が弾け飛び、ピンクのカーディガンの下に着ている純白のブラウスが血に染まっていく。
「早く倒れろ! 致命傷にならない様に撃つのも、結構大変なんだぞ!」
その言葉とは裏腹に、渋谷ハジメの目は笑っている。
ライバーになってからはサバゲーをする機会も無くなってしまい、お店で銃を見て思いに耽るだけになっていた。
合法で人に銃を撃っていい機会……楽しくない筈がない。
だが、自分もにじさんじのライバーである。
同じライバーを殺したい訳ではない。
だからこそ、心臓や臓器を腕で守りながら前進してくる鈴原るるに渋谷ハジメは感謝していた。
直ぐに倒れてしまっては、つまらない。
「楽しませてくれる! 助かるよ、鈴原さんっ!」
身体を貫いていく鉛の弾……己の肉が捩り飛ばされていく感覚が断続的に訪れる。
肩に、腕に、足に……
痛い……痛い……
血がフィールドを染め、衝撃で後ろに倒れそうになる。
それでも……一撃でいい。
まずは一発……そこからでいいんだ。
鈴原るるは、強い意志で一歩……一歩……
渋谷ハジメに近付いていく。
そんな鈴原るるの気持ちに応える様に、でびでび・でびるに貰った髪留めが青く光る。
その光が、鈴原るるの傷を癒していく。
「なるほど……対策済みって事か。だが、痛みは感じる筈。どこまで耐えられるかな?」
トミーガンから繰り出される銃声は止まらない。
渋谷ハジメの言う通り、痛みは感じている。
意識が飛びそうになる鈴原るるの頬を一発の銃弾が掠め、血が流れた。
その瞬間、髪留めが赤く……赤く光り、鈴原るるの身体を包み込む。
その光に包まれた時、鈴原るるの心に少しだけの黒い感情が注がれる。
本人では気付けない程、自然に闇に堕ちていける様に……
鋭い痛みの中で、微量に注がれる黒い感情の存在に気付ける筈もなく……与えられた力に手を伸ばす。
治癒されていく身体……そして……
流れた血が弾丸となり、渋谷ハジメを襲い始めた。
渋谷ハジメの射撃スキルを模倣された血の弾丸は、その手足を貫き始める。
「なんだ……人の力じゃ……ない!」
自分の射撃が自分に返ってくる不思議な感覚に、渋谷ハジメは畏怖と恐怖を感じてしまっていた。
自分より上位の力を操る事に気付き圧倒的な恐れを感じつつ、しかし無慈悲に攻撃を仕掛けられる恐れも抱く。
反撃を喰らうなど想定していなかった為か、渋谷ハジメの頭の中は混乱していた。
「くそ……いい加減に……しやがれ!」
渋谷ハジメの言葉遣いが、明らかに変化している。
容姿は変わらないが、無愛想な表情に眉が釣り上がっていた。
「もう容赦はしねぇ! 急所に撃ち込んでやる!」
トミーガンから響く咆哮が、更に早くなる。
「くっ……いったぁ……いぃ」
弾丸が鈴原るるの腹部を貫通し、ついにその膝が折れて歩みが止まった。
腹部を抑える手の平から、抑えられない血液が太股を伝って地面に流れ落ちる。
生暖かい感触が、直感的に死を予感させた。
再び、鈴原るるの足を闇が引っ張る。
少しだけ心に入り込む負の感情……そして、赤と青の入り混じった光が鈴原るるの身体を隠す。
「何をしているか分からねぇが……俺が出てんだ! 勝つために殺らしてもらうぜ! 鈴原るる!」
鈴原るるが纏う光に、何発も銃弾を浴びせる渋谷ハジメ……いや、今は渋谷オワリの命が前に出ている。
体の中に複数人共存している渋谷ハジメは、時折別の人間が出てくる時があり、今は渋谷オワリという人間になっていた。
その為、性格も言葉遣いも変化している。
鈴原るるの得体の知れない力の前に、渋谷ハジメでは勝てないと判断したのだろう。
無慈悲に戦える渋谷オワリの方が、確かに適任かも知れない。
しかしその攻撃が、更なる恐怖の始まりだった。
光の中から飛び出した血の弾丸は、渋谷オワリの頭や心臓……致命傷になりえる臓器を狙っている。
射撃を止めて防御に徹した渋谷オワリだったが、急所を狙う血の弾丸の全てを避ける事は不可能だった。
肩や大腿を貫かれ、着物が更に血に染まる。
「相手の攻撃を完全コピーしやがるのか……コピーされる前に倒せる攻撃じゃねぇと、こっちの身体がもたねぇ……」
渋谷オワリの視線の先で光が弾け、無傷の鈴原るるが立っていた。
「何だか分からないけど……まだ戦える! 流石に強いけど……諦めたくない!」
貫通した腹部の穴は完全に塞がれ、血も流れていない。
「冗談じゃねぇぞ! こっちは満身創痍なのに、敵さんは無敵のスキル持ちだ。なら……チートスキルを使っても文句はねぇだろ!」
渋谷オワリの身体から蒸気なのか……白い煙の様なモノが吹き出す。
その白い煙の様なモノが消えると、今度は容姿をも変わった渋谷ハジメが立っていた。
長い白い髪に、猫の耳と2本の尻尾がある。
開いた瞳は、神秘的な赤色に輝く。
「人間さん、随分と好き勝手やってくれたね。人間さん同士の戦いに、人外の力を使うのはどうかと思うよ……」
静かな口調だったが、会場全体が異様な雰囲気に包まれる程の威圧感が、そこにはあった……