カンカンカンカン……
冷たく固い床を叩く様な足音が聞こえる。
その足音は4つ……その音からも、焦っている雰囲気を感じ取れた。
「葉加瀬さん、急いで下さい! 連中に追いつかれる!」
「社長! もう限界だよー……足が縺れちゃって……」
足の運びが遅くなっている葉加瀬を気遣い、夜見が通路の端を確認し追手がいない事を確認する。
「社長! 後どのぐらいの距離があるの? って言うか、まだ気付かれてないんじゃ……」
「夜見さん、それはない。機密事項を守るファイヤーウォールが突破されていたんだ。連中がそれを見逃すとは思えない。とにかく、黛さんのセキュリティーが破られたんだ。急がないと!」
加賀美インダストリアルの開発部門の施設に、4人はいた。
にじさんじがCZAに接収された後、それぞれのライバーが所有している施設はCZAの管理下におかれた。
加賀美インダストリーも例外ではなく、各戦場に売る兵器などを強制的に造らされている。
CZAに接収されたとはいえ、Vtuber活動自体は以前と大して変わらなかった。
CZAの開発した戦争系のFPSゲームの配信を必ずやる……それ以外は……
だが、世界は変わった。
世界各国で、リアルの戦争が勃発し始めたのだ。
始めは、それが配信と関係あるとは思っていなかった。
給料も待遇も良くなったライバー達は、普通にCZAゲームのシェア拡大の為だと思い、積極的に配信を行った。
世界的企業に駆け上がっていたCZAのゲームが発売前に配信出来るメリットもあり、登録者数も再生数もとれる。
配信しない理由がなかった。
しかし唯一人、その異変に気付いた人物がいる。
黛灰である。
戦争孤児達を引き取り生活を支援する施設を経営していた黛が、戦争が拡大していく世界の歪みを調べ、そして辿り着いた。
ゲームの中に巧妙に隠された、脳内に刷り込まれるデータを……
戦争で英雄になり、人々の注目を集め高揚感を植え付けるデータを……
FPSのゲームで高ランクに達した者は、意気揚々と戦場に出て死んでいく。
高ランカーが次々と戦場に出ていく為、ゲーム内の順位変動は激しくなり、更に新たなゲームも発表されるので早く循環していた。
ゲームも兵器も飛ぶように売れ、CZAは成長を止めない。
気付いた時には、もはや誰にも止められない程の大企業に成長していた。
それは、国家ですらもモノ言えない状況である。
それでも、黛は抗った。
加賀美インドダストリアルと協力し、開発したタイムマシン。
CZAと協力して開発したアーマード・モジュールのデータ。
この2つを持って、CZAの呪縛から逃れる。
過去の自分達に、反撃の狼煙を上げてもらう為に……
「加賀美さん! 追手の足音が……このままじゃ、追いつかれる!」
「くそっ……葉加瀬さん! キツいだろうが、頑張って走るんだ!」
加賀美の言葉を、葉加瀬は首を横に振り否定する。
そして額の汗を拭うと、葉加瀬は苺水晶の様な大きく綺麗な瞳を細め笑顔を見せた。
「社長と夜見は行って! 走るの飽きちゃった。それに、足止め役は必要でしょ? 私の力なら、命を奪わずに足止め出来る!」
「ちょっと、何言ってるの! 冬雪も一緒に! 皆で一緒に逃げるって約束したじゃん!」
叫ぶ夜見を一度抱いて……そして葉加瀬は、その身体を加賀美の方に優しく押し出す。
「大丈夫だよ、夜見。私は死ぬ気なんてない。足を休めて、直ぐに追い付くから。CZAの雑魚なんて、薬品を放り投げて火をつければ立ち止まるでしょ。その間に足を休ませれるから、一石二鳥。ね……社長、夜見を連れて早く行って!」
「すまない葉加瀬さん! 必ず追い付いてくれ! 夜見さん、行くぞ!」
加賀美は夜見の腰を持ち、その小さな身体を持ち上げると走り出した。
暴れる夜見を抱えながら走る3人の後方から、激しい爆発音が聞こえる。
「冬雪!」
「くっ! だが、戻る訳にもいかない。夜見さん、走るんだ!」
暴れて加賀美の腕から逃れた夜見は通路を戻ろうとするが、その手を加賀美に引っ張られた。
「夜見さん! 私達が失敗したら、この世界は続いてしまう! こんな世界にしてしまったのが……こんな世界にする片棒を担いでしまったのが私達なら、その過ちを正すのも私達だ! 過去の仲間に、未来を託す……それだけ出来れば……いや、それだけはやらなくてはいけないんだ!」
強い意志の篭もった加賀美の言葉に、傍らにいた純白の女性も頷く。
「分かってる……冬雪だって、分かってた。でも……だから絶対に許さない! こんな世界も、CZAも!」
流れる涙を1回だけ腕で拭った夜見は、足を前に出す。
その視線に飛び込んだのは、加賀美達の目の前に現れた武装したCZAの私設部隊……
「社長!」
夜見は叫びながら指を鳴らす。
激しい銃声が響くが、その弾丸は目標を失った。
加賀美達2人の姿は消え、武装した兵士の背後まで運ばれる。
「夜見さん!」
「行って社長! ここは私が!」
脳内で夜見の声が響く。
「しかし……」
「伝えなきゃいけないんでしょ! 過去の私達なら、未来を変えられる! 真実を知ったなら、こんな未来にはしない! 社長、必ず伝えて……」
そこで、夜見の言葉が途切れた。
加賀美は首を横に振ると、涙が流れそうな感情を抑えて走り出す。
タイムマシンが見えてきた……その時、背後から銃弾が飛んできた。
「ぐはっ!」
その銃弾は、無情にも加賀美の腹部を貫いていた。
腹部から、大量の血が流れていく。
「く……そ……キミだけでも、タイムマシンに……」
「残念だが、それは無理だな。もはや手遅れだ。貴重なライバーを3人も失ったんだ。責任はとってもらうぞ」
連れて行かれる女性を見ていた加賀美の瞳は、徐々にその光を失っていった……