安定した定職を求めて   作:ごすろじ

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誤字報告助かります!ありがとうございます。
書いている内は気づかなくても、指摘されて見てみると違和感ありまくりですね。




4

うぉえ、気持ち悪い。

この時代の船って結構揺れるんですね…知りませんでした。

 

現在、数日掛け南連合諸国の沿岸を補給を繰り返しながら跳ねるように渡り、北東戦域で北側の船とバチボコやりあってきた帰り道です。

 

船酔い以外は楽な戦いでした。

まぁ…当然と言えば当然ですね、海上で私に出来ることなんて何もありません。

流石に荒れ狂う海を泳いで船を沈めるなんてパワープレイなど、ちょっと力が強いだけの私に出来る筈もありません。

 

精々が港の漁師さん達から頂いた漁業用の銛を甲板からブン投げるくらいでしたね、それも飛距離が短く戦闘機を追い払う程度の威嚇行為にしかなりませんでしたが。

 

酔いのせいで私のフィジカルパワーも半減どころの騒ぎではありません。

海上での私は無力です、終盤はほとんど大佐達頼りでしたからね。

 

 

そうして結果的に、なんとか勝利を収めることが出来ましたが、海上での無理な挙動が祟ってかエンジンに動作不良が起こってしましまいました。

今は北東戦域内部にある無人島に一時停泊させメンテ中です。

 

海上ではなにかと新鮮で気も紛れていましたが、徐々に精神状態がまた機関車暮らしをしていた頃のブラック社畜精神に戻ってきてしまいました。

 

世界が灰色に色褪せていきます。

聞こえてくる波の音も壊れたスピーカーみたいでなんだかおかしいですね。

青い海も灰色に見えて…あぁ、これは…自分で実感しているよりも精神的にかなりキてるみたいです。

 

身の毛もよだつ前世の恐怖。

ブラック労働は死よりも恐ろしい人間が生み出した悪しき文明です。

このままでは肉体的では無く精神的に確実な死を迎えます。

低賃金のやり甲斐搾取許すまじ。

 

前世での私はどう対応していたでしょうか…。

天涯孤独の身で休日といえば…夕方までひたすら眠ってましたね。

そこから自己嫌悪で床に伏せて、気づいたら朝で…貴重な休日終了、会社へGO!…無限地獄の始まりです。

 

社会はなぜ私達に二連休というものを許して下さらないのでしょう。

有給は吐いて捨てる程ありますよ、何なら毎年消えていた筈です。

 

はぁ~…えぇと他には、お酒…お酒は、もう飲めないんでした。

いくら好きだったとはいえ、吐血してでも飲み続けたいアル中でもありません。

 

後は…

嗚呼…そうでした、過労で死にかけ寸前だった私の前に…あの子が来てくれたでした。

 

薄汚れてて、毛並みもゴワゴワした愛らしい一匹の野良犬。

捨てられたのか警戒心が強くて懐いて貰えるまで苦労したものです…。

手に噛みつかれて骨をへし折られたのも良い思い出ですね。

そう…私の何より大切な家族、私の命よりも大事な生きる希望。

 

そうでした、それで随分長生きしてくれて…長生きしてく、れて…それで…少しずつ動けなくなって

 

――ぅ゛、ぉえ゛

 

これ以上は止めましょう…生死感ガバった私でも…かなり、真面目に死にたくなります。

船酔いも相まって吐き気が凄いですし。

 

べ、別のことを考えなくては…。

 

見渡す限り海と島しか見えず人影一つ見当たりません。、

 

ディートフリート大佐を除いた数名のクルーの方々は無人島に降りて休んでいる様です。

護衛でなければ私も行きたい。

はぁ…大佐は私を避けているようですし、どうにもなりませんね。

 

 

 

おや、何やら大慌てで船員の皆さんが帰ってこられました。

急いでどうしたのでしょうか?

成る程遭難者を保護したらしいと…あぁ、それで大佐に許可を取りに来たんですね。

 

私は急ぎ甲板上で寝そべる大佐の元に直行し耳元に声を掛けます。

 

すると大げさな程肩を震わせ驚くディートフリート大佐。

出航初日からずっとこんな感じです、表面上変わりありませんが私に対して幽霊と遭遇したみたいな異常なオーバーリアクションをしてきます…。

面と向かって嫌味を言われるよりも、余程ダメージが来ますね。

私の顔って可愛いですよね…笑顔も絶やしてませんし。

 

ニコっ――

 

どうです美少女のキラースマイルですよ。

あら、顔が真っ青ですね…横になっている様でしたし具合が悪かったに違いありません。

巫山戯過ぎました、これは真面目に反省しないといけません。

 

いらぬ心労をかけぬように端的に用件を伝えます。

意外とあっさり了承を頂けました。

それを伝えると、船員さん達が大急ぎで森林の中に入っていきます。

 

それにしても災難ですね…こんな無人島で遭難だなんて。

大の大人でも生き延びるのは難しそうですし、私なら確実に餓死してますね。

 

あ、クルーの皆さんが帰ってきましたね。

胸に抱えた子が遭難者でしょうか。

 

小さな女の子ですね可哀想に…こんなに汚れて…綺麗な金の髪はこんなにゴワゴワになってて………………なんでしょう、この感覚……嗚 呼…そうですね…どこか…とても……とても…

 

――似 て い ま す 。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

日に照らされる甲板の上、海軍大佐ディートフリートは顔面蒼白になりながら手で顔を覆っていた。

天候は一面に柔らかな日差しが降り注ぐ大快晴。

しかしそんな思わず気分も晴れやかになりそうな太陽の下、ディートフリートは正反対のやつれた顔をしていた。

 

長く伸ばされ艷やかだった濡羽色の髪はくすみ、三つ編みに纏められた後ろ髪は所々ほつれその多大なる心労具合が伺える。

 

(あの女、これで何度目だ。銛で戦闘機を貫通させた事といい…いい加減にしろ)

 

原因は勿論、護衛と言う名の背後霊と化しているアレイダのせいである。

まるで感知出来ない気配が四六時中背後についてまわり、ふとした瞬間振り返れば悍ましい能面と目が合うホラー体験。

不意打ち気味で声をかけられた日など全身が硬直し悪寒で震え上がらずにはいられない。

 

 

どれだけトゲトゲしい態度を取ろうとも一向に離れる素振り一つ見せないのだ。

アレイダに対して深めのトラウマと恐怖を抱いているディートフリートにとって、意識外から何度も何度も不意打ちを決めてくるその姿はまさしく悪霊そのものであった。

 

もはや護衛というよりも祟り殺す気満々の怨霊である。

 

胃がキリキリと痛む…正直色々と限界であった。

 

身体を起こし溜息と共に立ち上がる。

 

(遭難者か…会話が出来る状態であれば補給地点の港に送り届け、それで終わりだ)

 

心臓に拳を叩き込まれるような不快感が全身に這いずり回る。

ただでさえ感情の抜けたアレイダの顔、その更に上から不気味な作り笑いが貼り付けられていたのである。

それを間近で見たディートフリートは金縛りにあったように数秒間呼吸を忘れ、身動き一つ出来ず硬直した。

気分はまさに肉食獣に睨みつけられた草食動物であった。

 

先程の一連の出来事を思い出したディートフリートは、気を紛らわせるようにガシガシと後頭部を掻き毟る。

 

(くそッ…少し様子を見てくるか)

 

船内から慌ただしい足音が聞こえてくる。

大方遭難者が運び込まれたのだろうと当たりをつけ、ディートフリートは音の聞こえる方へと歩みを進める、すると一箇所に集まった船員達の姿が見えてきた。

 

そして、遭難者と思わしきベッドに横たわった小さな影に目をやる。

 

(なんだ、コレは…子供か?)

 

言外に面倒事を抱えてしまったと言いたげに顔を歪める。

遭難者相手にコレ扱いである。

しかし次の瞬間、そんな憂鬱な気分を吹き飛ばす衝撃がディートフリートを襲った。

 

アレイダがいた。

 

それも普段の無味乾燥な気配とは段違いの存在感を放っていたのだ。

薄っすら開かれた目は自然体に開かれ、光すら映さない瞳には横たわる少女を確かに写していた。

 

今にも涎が口から溢れ落ちそうな程惚け、少女をただジっと見つめていた。

アレイダを知らない人間からみれば、さぞやマヌケなアホ面に見えただろう。

 

しかしディートフリートは違う、その異常性を理解していた。

アレイダという化け物は生死の中であろうと表情一つ崩さない女だ。

 

そんな女が普通の人間のような表情を浮かべ少女を見つめていた。

とんでもない異常事態である。

ディートフリートの脳内には大音量の警戒アラートが鳴り響く。

 

(何が起こった…この女の変わり様はなんだ…?)

 

ハッキリと見える情動の一端…ディートフリートはこれがこの女の本性であるならば…まだ感情のない機械であってくれた方が遥かにマシだと思った。

 

不快感どころではなく、ディートフリートはアレイダが心底気色悪くて堪らなかった。

 

人並みの温かい感情が宿った、などという甘っちょろい表現では決してない。

芯まで冷え切った金属だったモノが、次の瞬間には内側から火を吹き、原型を留めていないレベルでドロドロに融解して燃え上がっているのである。

 

控えめに言って意味不明な程劇的な変化を起こしていた。

ディートフリートの精神に最早何度目かわからない未知の恐怖を刻み込まれる。

 

貼り付けた笑みは消え、口元はだらしなく開ききっており、全身からは生への活気が満ちていた。

だが、しかし…その目に宿るドロドロとした感情に気づかずにはいられない。

 

執着、歓喜、愛憎、大凡好意と表現できる言語、感情を纏めてごった煮にしたような狂気の光を帯びていた。

一人の人間に向けるには度を越した膨大な感情の波が渦巻き、コロコロと瞳の中で移り変わる。

 

ディートフリートにはこの禍々しい鈍光に見覚えがあった。

それは死兵の目…国の為に死すら躊躇わない狂信的な愛国者の目。

目的の為なら喜んで命を捧げるイカレタ奴らの目に似ていた。

 

(ちっ…面倒事ばかりが増える!)

 

ディートフリートは出会った頃以上に今のアレイダを恐れた。

命令に従うだけの殺戮兵器が、突如として理由も分からず明確な意思を持った殺戮者へと変貌したのだ。

最早自身の命もアレイダの気まぐれ一つで消される可能性すらある。

 

そして同時に、寝息を立てる少女にも仄暗い恐怖と恨みを抱いた。

 

(一体ナニがこの女の琴線に触れた)

 

機械が如きアレイダの感情を引き出し、あんな目を向けさせる少女を恐れた。

同時に、後数日で終わる筈であった地獄を更に悪化させた少女を憎んだ。

 

 

ディートフリートは逃げるようにアレイダから視線を逸らすと、スヤスヤと眠る少女を忌々しげに見下ろした。

 

 

☆☆☆

 

 

少女は孤児だった。

 

少女には文字も言葉も物事の分別すら分からなかった。

 

しかし、獣のように俊敏な身体能力と天才的な殺しの才を有していた。

 

少女は碌な教育を受けることなく、傭兵として買われた。

 

まるで動物に芸を仕込むように、殺しの合図だけを教え込まれた。

 

少女の掌は未だに他者の命で汚れていない。

 

そして、その掌を汚すため戦場へと送り込まれることとなった――

 

 

 

少女が目を覚ました瞬間、そこには大人達がいた。

囲むように見下ろしていた、しかし敵意は感じなかった。

少女に教え込まされていることは二つ、殺しの合図と飼い主の分別だけだ。

 

鼻を鳴らす、ただソレだけで誰に従えば良いのかがわかった。

周りを囲む大人達からは濃い血の香りがした。

そしてその中の一人である女性は、鼻が曲がるような濃密な死と血の異臭を放っていた。

 

開かれた目には赤黒い血の沼を渦巻かせ、ドクドク煮え立たせていた。

野生の本能が、この女性は危険だと告げてくる。

しかし、少女は恐れなかった。

 

あの瞳の奥に見える温かいなにかを知っているような気がした。

 

少女は立ち上がると再び鼻を鳴らす。

 

そして、見つけた。

 

この中で一番血の香りが薄い人。

少女に芸を教え込んだ男、戦上で指揮を執る筈であった男…その共通点は総じて血の香りが薄いことだった。

指揮官は前線に出ず指揮をするのが仕事、だとかそんな難しいことは少女にはわからない。

ただ教え込まれた芸に従うだけの条件反射で動いていた。

 

そこに意思は無く疑問も無く感情も無い、ただそうあれと躾けられた。

他の判断基準など持ち得ない。

 

だから少女は思う、この人が飼い主なのだろう。

 

エメラルドの瞳に長髪の髪。

少女は海軍大佐ディートフリートの前に立つと、その目をジっと見つめ微動だにしなかった。

 

――命令を下さい。

 

言葉は無く、ただただその碧眼の瞳でじっと見上げ続けた。

 

☆☆☆

 

数日後、エンジントラブルも無事復旧した船はライデンシャフトリヒの首都ライデンの港を目指し運航していた。

 

天候は雨、暗雲が立ち込め、甲板に降り注ぐ雨水が飛沫を上げる。

そんな雨風吹きすさぶ露天艦橋で艦長であるディートフリートは操艦指揮をとっていた。

その顔には色濃く疲労の色が見え、苦虫を噛み潰したようなイラついた表情で指示を飛ばす。

 

その原因は絶賛ディートフリートの背後で物言わぬ像と化し佇む二名にあった。

 

一人は先日、北東戦域の無人島で拾った小汚い少女。

ボロ布一枚を纏い、雨風に打たれながら立ちつくしていた。

ひたすらディートフリートを見上げ、ソレ以外の反応を一切示さない。

 

本来であれば近場の港に押し付けてくる予定であったが、その肝心の少女はディートフリートから一切離れようとしなかった。

結果、なし崩し的に連れてきてしまった…しかしそれがディートフリートにとって最大の失敗であった。

 

少女は何処に行くにもディートフリートの後をついて回った。

扉を隔てても永遠に扉の前に居座り、就寝時であろうとお構いなし。

就寝するディートフリートの横に立ちガン見してくる有様である。

 

これだけなら、まだ我慢のしようもあっただろう。

しかし問題はそれだけに留まらなかった。

 

更にその後ろ、少女の背後に控える女を見る。

当初とはまるで別人の様に生き生きとしている、少なくともディートフリート目線ではそう見えた。

足音一つせず、気配も感じ取れない程希薄な存在感には変わりはない。

アレイダを知る他の人間が見ても、何一つ変わっていないと断言するだろう。

しかし、ここ数週間アレイダに纏わりつかれていたディートフリートにはハッキリと感じ取れていた。

近くにいなければ気づけなかった微細で大きな変化。

虚無しかなかったアレイダ内面に灯る狂気の熱。

ディートフリートは自身に向けられていないにも拘らず嫌でもソレに対し反応してしまうのだ。

 

そう、ディートフリートは少女の視線だけでなく、気づきたくもなかったアレイダの気配と視線にまで晒され続けていた。

背後に感じる二つの視線と気配。

どちらも無機質で、絶賛視線に敏感になっているディートフリートをノイローゼ一歩手前まで追い込むのに十分だった。

 

少女の視線には何かを待つだけで何の感情も宿しておらず、アレイダの視線からは護衛対象以外の何も感じ取れない。

あの狂気を宿した玉石に写るものは少女の姿だけだ、それ以外は何も写していなかった。

 

そうして重度のストーカー被害で精神錯乱寸前のディートフリートはついに爆発する。

 

「…タオルを持って来い、このまま入れる訳にはいかない」

 

ディートフリートは少女に目配りをしアレイダに命令を飛ばす。

常につかず離れずで護衛をしてくるアレイダだが、こと少女に関わることは例外であることを知っていた。

 

「畏まりました大佐様…ふふ、お優しいですね」

 

唯一アレイダがディートフリートから離れる瞬間である。

 

アレイダが船内に消えるのを確認したディートフリートは周りにいる船員達に大きな声で命令を飛ばす。

 

「こいつを俺から引き剥がして、閉じ込めておけッ!」

 

船員達は少女を取り囲み逃げ道を塞ぐ。

唯一邪魔になる可能性のあったアレイダは既にいない。

 

(一人でも減れば多少マシにはなるだろう…)

 

船員達の大きな手が少女を取り囲み、少しずつ迫っていく。

 

 

☆☆☆

 

 

少女は獣であった。

 

人間として秩序はなく野生動物のようにしか行動出来ない。

 

飼い主には逆らってはいけない、それだけは知っていた。

ただそれだけしか知らない。

 

幼少期に同じ歳の子供と遊び、会話し長い年月経て少しづつ組み上げていく人間関係の土台というべき部分がそもそも存在していなかった。

 

だから逃げる。

本能に従い、本能だけで行動する。

 

近づいてくる大人をすり抜け飼い主の元に向かう。

捕まえようとしてくる、だから逃げる。

 

しかし、どんなに逃げ回っても空腹からは逃げ切れない。

無人島とは違いここは船内だ、自力ではどうしようもない。

 

気がつけば辺り一面は暗くなっており、少女は飼い主の部屋の前で身を丸め眠っていた。

 

少女にとって飼い主の言うことを聞けた時だけが食事にありつける瞬間であった。

だから、お腹が鳴って苦しくても飼い主の部屋の前で身体を丸めて耐え忍んだ。

 

しかし飼い主は出て来ない。

代わりに足音が聞こえてくる、それは少女の待ち焦がれていたものでは無かった。

 

月明かりが差し込む通路から人影が近づいてくる。

 

気がつけば少女は獣のように警戒し、腰を屈め今にも走り出しそうな構えをとっていた。

 

少女はその人物を知っていた、薄く開かれた光すら飲み込む赤黒い瞳。

見上げれば、その目に少女を写していた。

鼻につく…皮膚の深部にまで染み付いた乾いた血の香りを纏う女性。

 

女性は少女が後一歩踏み出せば逃げ出していたであろう場所で立ち止まると、その場に屈み込んだ。

 

女性は無言で袋からパンや干し肉に水と様々な食料を取り出していく。

少女は思わず喉を鳴らした。

 

その音を聞いた女性はニコリと微笑みハンカチを地面に敷く。

取り出した食料をそこに置き、何も言わずに立ち去った。

 

食料が目の前にあるのなら食べない理由はない。

少女はガツガツとパンクズを地面に撒き散らし、干し肉を噛みちぎり、水を飲み干した。

 

お陰で飢えは満たされた。

彼女がした行動の意味を少女は理解できない。

だが、少女は彼女からナニカ凄く昔の…とても懐かしいものを感じたような気がした。

 

 

☆☆☆

 

 

ディートフリートの命令により船員達が少女を取り囲む。

今までの手を抜いたものではなく、力付くでも取り押さえてやろうジリジリと距離を詰めていく。

そしてついに船員の一人が少女の腕に手を伸ばした瞬間…

 

――どッごぉ!

 

少女は船員の懐に素早く潜り込み鳩尾を殴りつけると、くの字に曲がった船員の顔面に回し蹴りを叩き込んだ。

 

「ぐ、ほぉ゛ッ」

 

少女の踵が男の顔面を抉り、錐揉み回転しながら吹っ飛ぶ。

 

ディートフリートは数秒間放心していた。

すばしっこいだけで、囲めば取り押さえられると踏んでいたのに、箱を開ければコレだ。

少女は身長差をもろともせず大の男を殴り、蹴りとばしていた。

 

(なんだ今の動きはッ!?まさか…こいつも化け物か!)

 

恰幅のいい男を足払いし、躊躇なく顔面にスタンピングする容赦の無さで乗組員の顔面を変形させていく。

 

簡単に終わると思っていた。

これで、残り数日間の航海も多少マシになる程度に考えていた。

 

ディートフリートは焦った。

 

もはや時間が無い。

此処まで騒ぎを起こせば何時異常を感知したアレイダが駆けつけてきてもおかしくない。

この現状を見てアレイダがどういう行動に出るかまるで予測が出来なかった。

 

ディートフリート追い詰められた末…とうとう()()()()()()()

 

「何をやっている!?構わん()()()

 

ディートフリートの怒号が空気を震わせ辺り一面にビリビリと鳴り響く。

 

その瞬間…少女は耳をピクッと動かした。

唯一知っているソノ言葉に反応を示したのだ。

 

少女の纏う空気が変わる。

碧いその瞳には炯々とした光が灯されていた。

 

上官から命令が下されたのであれば船員達も一人の軍人と最早止まる事は出来ない。

船員達は各員、銃やナイフといった武器を取り出し少女に対し確固たる殺意を向ける。

 

 

――バッン!!

 

先に仕掛けたのは船員達であった。

少女の背後で銃を構える男が躊躇なくトリガーを引き、銃口から鉛玉が放たれる。

 

その玉は少女の脳天に目掛け高速で接近していくが、血の華を咲かせることなく空を切る。

そして着弾することはなく地平線へと消えていった。

 

少女は上半身の重心を少し動かし、飛来する銃弾を躱していた。

 

そうして火薬の炸裂音が未だ残り続ける中。

 

――チリン

 

薬莢が落ちる音を合図に、少女は駆け出す。

最短距離で突き進み、銃を放った男に飛びかかった。

拳に全体重を乗せて顔面を殴りつける。

 

「ぐぅ…こんなもんで…ッ」

 

想像よりも遥かに重い拳に男は数歩後ずさるようにして怯んだ。

 

少女に銃に関する知識はなく、使い方など分からない。

しかし鈍器としては最適だと瞬時に理解した。

 

少女は怯んだ男から素早く銃を奪いとると銃身を両手で握り込む。

そしてフラついた男の顎下を銃床で掬い上げるように振りかぶった。

 

「ぐ、き゛ィ!?」

 

歯と歯が強制的に打ち鳴らされ、男の全身が一瞬だけ空に浮かび落下する。

男は死んではいないものの、意識はなく完全に再起不能となっていた。

 

そして一息つかない間に次の得物へと狙いを定め走り出す。

船の手摺、高低差などを利用し銃口を絞らせない立体的な動きで船員へと襲い掛かかる。

 

「気を抜くな!普通の子供じゃない!」

 

ナイフを持った男は少女を迎え撃つようにカウンターの突きを繰り出し、油断なく連続で斬りつける。

しかし少女は何でもないように全てを躱し、男の頬に銃床によるフルスイングをお見舞いした。

 

「ぐぅ、はぁ゛…ッ」

 

その衝撃で男の手からナイフが溢れ落ちる。

 

少女はナイフを拾い上げると、得物をより殺傷力の高いものへと切り替える。

手にしていた銃を次の獲物に投げつけ、少女は再び走り出す。

 

「く゛ぁ!?――ま、マズいッ!?」

 

銃は放物線を描き命中、獲物は既に隙だらけだった。

 

――ギュゥ…ッ!!

 

少女は力強くナイフを両手で握り、速度を維持したまま船員の一人へと突き立てた…

 

 

 

――ザくぅッ゛

 

雨が降り荒ぶ海上に静かに肉を裂く音が木霊する。

 

 

 

――ぴちゃ…ぴちゃ…

 

少女の掌を伝い…地面に熱い鮮血の赤が滴り落ちていく。

初めて感じる自分のものではない、他者から滲み出る血液。

 

少女は驚いた様に目を見開く。

 

誰かを害したことに驚いたのではない。

 

余りにも熱い命の熱に驚いたからではない。

 

 

 

ナイフを突き立てたその先に

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

その瞳は少女を真っ直ぐ写し出していた…それも瞳の中に写る少女と目が合う位に鮮明に。

 

お日様のように温かい光を帯びた目が…少女を優しく見下ろしていた。

 

「間に合ってよかったです…怪我はございませんか?」

 

それはアレイダだった。

血を吹き出す腹部など気にもせず少女の頬に手を添えると、安心したように微笑む。

 

その姿を見て少女はなんだか…とても胸の奥が熱くて、むずむずするような気がした。

 

「………」

 

しかし少女には結局の所、何もわからなかった。

現状、状況、言葉、感情、この場を渦巻く全てが分かない、唯一理解出来るものは命令だけ。

 

ただ愚直に飼い主からの命令に従う、それしか知らないのだから。

 

 

――ブ、スゥ

 

 

少女はナイフを抜き取ると、再びアレイダの腹部へと突き立てた。

肉を抉り溢れた鮮血が少女の顔へと飛び散る。

 

アレイダは一切抵抗せず、少女を抱きしめた。

 

「ふふ…元気一杯でございますね。私は…とても嬉しいです」

 

少女には何を言っているのか理解できない。

ただ、耳元で響く優しい音が心地よくて…少し眠くなった。

 

 

――ド、すゥ゛、どゆぅ゛、ぐさぁ゛

 

 

少女は何度も何度も腹部にナイフが突き立てる。

血が吹き上がり、少女の全身を赤く染め上げていく。

 

アレイダは少女を抱きしめる力をそっと強めた。

ぎゅう、と優しく包み込む様に抱き込み、少女の後頭部を甘やかすように丁寧に撫でる。

血と潮風でボサボサになった髪を梳かすように手を這わせ決して離さない。

 

「おや…お眠のようですね…大丈夫です、安心してお休み下さい」

 

少女は自分の意識が少しずつ遠のいていくことに気が付いた。

 

とても懐かしい陽だまりのように温かい手。

昔、とても小さい頃に確かに感じたことがあった気がする温もり。

少女は不思議と…凄く安心出来た。

 

少女の身体から力が抜けていく…。

 

 

カラン――

 

 

ナイフが少女の手から地面に落ちた。

 

少女は徐々に瞼が閉じていくのを感じながら、最後の力を振り絞って上を見上げる。

 

そこには先程と一切変わることなく赤黒い瞳を輝かせた優しい笑みを浮かべる女性がいた。

 

慈愛の籠もった瞳に見守られながら、少女は深い眠りへと旅立った。

 

 

 

――おやすみなさい。

 

 

 




ディートフリート君の胃は爆発寸前!、一人でも耐えきれないのに二人も耐えきれる筈がなかった。

原作開始まで後4年もあるので、色々飛ばし気味でいきます。
具体的にはディートフリート君が活躍する海上戦を考えたけどバッサリカットしました。


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