勇者を訪ねて三千里   作:ぺぺろんちーの

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言い忘れていましたが、すごく遅筆です。


1(裏)

 

ポツリ、と顔に何かが落ちる感覚で、目を覚ます。

 

 重い瞼を何とか持ち上げると、飛び込んで来るは一面の(にび)の空。……ただ、それは決して嘗ての様な暗雲では無く。薄く集まった雨雲を退かしてみれば、きっとそこには元通りの青空が広がっている事だろう。

 

 ポツリ、ポツリ。……俺を起こした雨粒は、その勢いで砂を濡らし、やがては木々を揺らす程に勢いを増して降り続く。

 

 最悪の目覚めだ。野晒しのまま、雨を受けて起きるなど。かれこれ18年生きてきた中でも、こんなに具合の悪い目覚め方は……いや、よくよく思い返せばひとつだけあったが、それを除けば他に無かった。

 けれど、それと裏腹に不思議な程心は軽やかで、徐々に暖かな熱を帯びていく。

 頭に血が通い、同時に染み渡る、生の実感。両足も、左腕も、首も、両眼も。全てが俺の思うまま、疲労やダメージによる若干の遅延はあれど、動いてくれる。

 そこまで確かめて漸く、俺はあの分の悪い賭けに勝ったのだと、そう実感する事が出来た。

 

 

 

 

 

 そもそも何故あんな勝ちの目の薄いギャンブルをしなければならなくなったのかと言うと、それは偏に魔王の諦めの悪さが原因だった。

 

 魔王という存在は、所謂不死存在。何度、どの様にして殺しても、数十年、或いは長くとも百年もすれば蘇る。

 裏を返せば、「魔王にはそういう性質がある」と判明する程度には奴は幾度となく殺されている、とも捉えられる。

 だがしかし、魔王という奴は一向に、一度の生の比重を軽くしない。最期まで生にしがみつき、プライドなど擲って、一縷の希望にまで縋り────そして、遂に駄目だと悟ると、相対峙する勇者という存在を巻き込んで朽ちる事を選ぶ。生き延びる事を最優先に、それが無理なら爪痕を遺す。それを徹底する。

 ただの一人も、生きて帰った勇者は居ない。魔王の諦めの──否、往生際の悪さに、数多くの勇者が犠牲になった。……そう、聖剣の記憶は物語る。

 

 その誰も回避できなかった「足掻き」に抗う為、俺は賭けに出なければならなかったのだ。

 

 魔王は心臓部ただ一箇所のみが弱点。即ち、そこを一突きにしてやらねば、奴は死なない。

 それそのものが至難であり、そこに至る為に己が生を擲たねばならなかった勇者も多く居る。

 

 そして、その関門を超えたとて。

 魔王の心臓は、己を貫いたものを強く繋ぎ止め、そして自らを省みない最大出力で以て自爆する。即ち、勇者も結局は死ぬ様に出来ているのだ。

 

 それに抗いたいのなら、爆風に耐える算段を付ける必要があった。

 そして何代か前の勇者は、それを結界魔法に見出した。

 しかし結界魔法というのは、己をすっぽりと覆う様に空間の四方を囲ってやらねば効果がない。しかし、魔王に縛られた──つまり、魔王と繋がった状態でそれをしても、爆発源と己を切り離せないのだから意味が無い、という訳だ。

 故に、自らの手で、己と魔王との繋がりを断ち切ってやらねばならなかった。

 

 しかしその策を見出した勇者も、伝承が確かならばそのまま死んでいる。結界が不完全だったか、或いは俺の様に、吹き飛ばされた先で誰に見つかる事も無く死んだか、それは分からないが。

 

 故に、「分の悪い賭け」。未だ嘗て成功者の居ない賭けなのだ。

 

 勿論、先人の失敗をそのまま受け継いだ所で、失敗者の数が増えるだけ。故に自分なりにプランを修正はした。しかしそれでも、依然成功の見込みは薄いままだ。

 

 「自爆される」という結末(みらい)を予期している。それは非常に大きなメリットの筈。だがしかし、それを最大限に利用し、万全を期し。知恵を振り絞って、入念に仕込みをして──それで尚、勝率は漸く2割が精々。つくづく救いが無い。

 

 

 

 

 

 改めて考えると、我ながら良く生きているものだと思う。

 右腕こそ失ったものの、他は以前のまま、変わり無く。心臓も、目も、腕も脚も。全て生きたままだ。

 一見して、何の問題も無い。

 俺の目論見は──賭けは、勝利に終わったのだ。

 

 けれど、たった一つだけ、俺には誤算があった。それは、即ち────

 

「……どこだ、ここ?」

 

爆風に乗った結界が外海にまで吹き飛ばされ、そのまま何処とも知れぬ場所まで流された事だった。

 

 魔王討滅の旅に際し、俺は世界中、様々な場所を巡ってきた。海辺に限ったとしても、両の手では数え切れない程の街を巡り、離島だって6つ、いや7つは踏破した記憶がある。

 けれど、そんな俺ですらこの光景に見覚えは無く、この植生、この潮の匂いにも、覚えは無い。似た様な所すら、言った事があるとは思えない。それ程の未知が、眼前には広がっている。

 どちらへ行けば良いのか、それすらも見当が付かない。何せこの曇り空、この雨だ。方角が分からないのはもちろんの事、なんだか景色がぼやっとしていて、この海の向こうに陸があるのか、はたまた地平線が広がっているのかすらも定かでない。

 

「参ったな。こんなの初めてだ」

 

 勇者になる前は言わずもがな、見知った土地で小さく暮らしていただけだ。勇者になってからも、聖剣の記憶が進むべき道を示してくれていた。手がかりのひとつすら無い状態で放り出されるのは、本当に初めての事。

 それ故に、どうして良いのか、困り果てる。

 

 それに。

 

「腹も減った……」

 

 正直、洒落にならないレベルで腹も減っている。これもまた生を実感させる要因の一つではあるものの、しかし同時にこれを放置していたら死ぬだろうという予感もある。

 

 ここがどこだか探らなければ行けない。腹も満たさねばならない。……やるべき事は多いのに、それを悪天候が阻む。

 八方塞がり、という言葉が正に当てはまると、朧気にそう思った。

 

 

 

 

 

 雨が止むのを待って、木陰から顔を出す。……薄曇り。けれど先刻よりは明るくなって、所々日も差している。なら、そろそろ動かないと。腹の減り具合も限界近いし、島の探索や、ここから見える景色も把握しておきたい。

 のろのろと立ち上がって、そのまま砂浜の方を目指す。浜の方なら多少は腹にたまりそうな物も見つかるだろうし、探索するにも景色を見るにも、鬱蒼とした場所よりは開けた場所の方が良い。

 

 ふらふらと、身体を揺らして砂浜を闊歩する。ジメジメとした、雨上がり特有の空気、香り。それを一身に受けながら、ただひとり、砂浜をさ迷っている。

 目に付いた生き物を、片っ端から魔力で熱して食べる。苦ければ吐き出して、そうでも無ければ呑み下して。大して腹にはたまらないけれど、しかし全くの無と、無に近い有ではやはり違うのだろう、段々と視界が澄んできた。

 

 曇りの取れた視界に入るのは、一面の海。遥か遠く、地平線近くに僅かな凹凸は見えるけれど、それ以外には何も無い。絶海の孤島。……その言葉が良く似合う。そう思った。

 そのあまりの遠さに、気が滅入ってしまう。何故って、助けが……と言うより、人がこの辺りを通るとすら思えない程、ここが人里離れているからだ。

 遠洋で漁をするにしても、ここまで遠出はしないだろう。何せここまでの遠出は極めてハイリスクだ。如何なリターンがあろうと、そうそう釣り合うものじゃない。そして漁が目的でもなければ、それこそここまで遠出する用事などありはしないだろう。

 故に、もう一度彼女らに会いたいのなら、俺は自力でこの島を脱しなければならない。……その事実を、この光景は暗に俺に突き付けていた。故にこそ、気が滅入る。

 

 まともな船は作れない。精々、少し大きな筏が限界。そしてそんな船で陸を目指すともなれば、一体何日掛かるか、そもそも辿り着けるのかどうかだって、分からない。

 

 となればそれもまた、生死を分つ大博打。

 しかし正直、博打はもう懲り懲りだ。あの一回きりで、もう十分。

 ならば。

 このままこの島に骨を埋めるというのも、ひとつ、選択肢であるのかもしれない。

 

 幸いにして、と言って良いのか分からないが、俺は彼女の中で死んだ事になっている筈だ。そういう内容の手紙を残して来たのだから。

 なら……ここから先は飽くまで俺の自己満足の為の博打だ。打たなくても、別に死期が早まる事もないし、誰に迷惑を掛ける事もない。

 打つも、打たぬも、全て俺次第。

 

 

 

 ──やっと、平穏な人生を送れると思ったんだ。

 

 聖剣に選ばれて、あれよあれよと旅に出て。死線を幾つ潜っただろう?幾つの消えない傷を己が身に刻んだだろう?

 

 剣どころか、斧すらもろくに振るったことが無かったんだ。農仕事で足腰はそれなりに鍛えられていたけれど、所詮そこ止まりだった。体力面で多少他に勝ろうと、技術も無く判断も鈍いのでは話にならない。その程度のアドバンテージは無に帰すほど、過酷な戦場だった。

 

 死に物狂いで鍛え上げた。何故って、死にたくなかったから。……後々、死なせたくないっていう理由も増えたけれど、しかし結局、根本はそこにあった。

 

 そうして鍛え上げたとて、余裕のある戦いなどひとつとして無かった。全ては死と隣り合わせ、死神の鎌は常に己の首に掛かっている。

 それでも目に見える死に抗いたくて、戦って、戦って、戦って、戦って、戦い続けて────

 

 ────右腕という安くない代償まで支払って、漸く俺は生き残って。

 

 聖痕は右腕ごと灼け落ち、勇者たる資格は失せ。奇跡の力を失って、代わりに俺は、「普通の人間」に戻った筈だった。

 普通の人間が、わざわざ見えている死地に飛び込むか?……有り得ない。死地が進む先に見えたなら、それを避けて通るのが道理というものだろう。

 しかし。死地の先に、大切な何かが見えた場合。……普通の人間は、どうするのだろうか。立ち向かうか?それとも、目を瞑って、見なかった振りをして、忘れるか?

 その問答に、きっと果は無い。不正解なんて無くて、どちらを選んだとしても、その意見は等しく尊重されるべきなのだと思う。────だが、少なくとも俺は、忘れたくないと思った。

 本当に女々しい話だが、彼女を忘れて眠りにつくなんて、俺には到底出来そうもない。

 ならば端から、採れる選択肢はひとつだけだったのだろう。

 

 ひとたび目を瞑り、見開いて、頬を張る。

 なまっちょろい事を言うのはナシ。俺は何としても、あの遥か大陸を目指す。

 ……必ず生きて、彼女に会うんだ。この先に例え、どんな苦難が待っていようと。

 

 決意を新たに、空を仰ぐ。いつの間にか雲は疎らとなり、そこには一面の青が広がっていた。

 まるで空に背中を押された様だ、と言うと自意識過剰と笑われるだろうか。

 

 前途多難ではある。やるべき事、やらねばならない事。……あまりにも多い。

 それでも、ひとつ、またひとつと片付けて行けば、いつかは。……期待と決意に胸を膨らませ、遥かな先を眺めた。

 





勇者:普通の農民で在りたかった元一般人。博打打ちの才能は無いが、一世一代の大勝負にだけは勝った。

聖剣:右腕ごと魔王への手向けとされた。

聖女:???

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