A組B組の垣根を越えた乱戦の中で、緑谷の騎馬と心操の騎馬が対峙する。心操の口元は不敵な笑みを浮かべているが、目は一切の油断なく緑谷を見据えており、逃げる隙は窺えない。
「──ッ…!!」
ズキリと、身体が痛む。緑谷は歯を食いしばって無茶をした反動の激痛を耐えるが、顔に出ていたらしい。目敏くそれに気付いた心操は皮肉げに笑いながら言う。
「あんたの“個性”…自傷ダメージありで身体能力の
「……」
「返事をしない…ってことは、やっぱ気付いてんのか。俺の“
心操の自嘲じみた響きを持った言葉に、緑谷は言葉を詰まらせる。
「中学時代、散々ヴィラン向けの“個性”だって暗に言われたよ。
緑谷の騎馬と対峙した体勢のまま、心操は言う。心操の騎馬をしている3人は、放心した目をしたまま動かない。
それどころかよく周囲を見てみれば、何組かの騎馬が奇襲への防御壁になる位置で静止している。全員、“個性”で洗脳しているのだろう。
「おまえは…恵まれてて良いよなァ、緑谷出久。身体を壊す程の超パワー? ストレートな“強個性”だ、羨ましいよ」
(──僕もそれ、昔思ってた)
「俺はこんな“個性”のおかげでスタートから遅れちまったよ。恵まれた人間には分かんないだろ」
(──わかるよ。でもそうだ。僕は恵まれた)
「お
(──人に恵まれた!だからこそ僕だって!負けられない!!)
負けられない。だから決して口を開かない。だがしかし、緑谷は視線だけで心操の必死の
「…チッ」
「みんなっ、
「何?! ツルがッ!?」
「避けます!!」
──地中から現れた大量の
『コイツは
『騎手に意識を向かわせてから地中に潜伏させていたツルで奇襲か…。悪くない手だったが…』
「あァクソッ!! ここまでやって駄目なのかよ!?」
心操が、苛立ちげに頭を掻き毟る。それでも尚、騎馬の影から
緑谷は素早く指示を出し、心操の騎馬と一定以上の距離を取る。決して自らは攻め込まず、1000万Pを死守する堅実な構え。
「《洗脳》は攻略した! 身体能力の向上する“個性”じゃないし、ツルも《
──そこまで言った途端、緑谷の脳裏を、強烈な違和感が襲った。
……何故、第1種目で心操はA組の生徒を洗脳した? 自身の順位を上げるのが目的でも、あんな大々的に動く必要はなかったはずだ。
……何故、この第2種目で洗脳にかかった騎馬がいる? 周囲を見れば、洗脳されていまだに動けない騎馬が何組もある。 人を洗脳する“個性”だと判明しているのに、うっかり返事をしてしまった生徒がそんなにいたのか?
その違和感に、緑谷がメンバーに忠告しようとした、その瞬間──
『またツルが来る!! みんな避けてくれ!』
──
「えっ、また!? あっ…」
「分かりましッ…?!」
カクンと、偽りの呼び掛けに返事をした麗日と発目の意識が、まるで電源を切ったかの様に落ちた。まさしく、《洗脳》されたかの様な反応。
「……
心操チームの前騎馬を担っている、洗脳されていた筈の細い目をした金髪の男がそう笑った。状況を顧みるに、麗日と発目を《洗脳》したのは、彼だ。
どうやって?しかしそんな事を考察している暇など緑谷にはない。後ろ騎馬2人が洗脳され機動力を失った事で、心操の騎馬が突撃してきた。
「クッ…、ダークシャドウ!」
『マカセロ!』
「へぇすごい! 良い“個性”だね! でも…」
『ギャン?!』
「ダークシャドウ!?」
「僕の方が良いんだけどさ」
人を沈静化させる上に手を巨大化させる“個性”? そんなハズがない。
「《コピー》の……、“個性”?」
「正解! まぁ、馬鹿でも分かるよね。──心操!!」
「ああ!!」
心操と金髪の男の、息の合ったコンビネーション。心操の右手が、緑谷のハチマキに伸びる。咄嗟に緑谷はフルカウルを発動しようとし、激痛に身を悶えさせる。
「──ぐうッ…!」
「緑谷!?」
その隙に心操は難なくハチマキを奪い取り、そのまますれ違っていくように緑谷の騎馬から距離を取った。
「よッし! 心操、能力を解除しよう」
「分かってる」
「……、!! アレッ、作戦成功したの?!」
「嗚呼…、
「そこは策略と言ってほしいね」
心操が《洗脳》を解除すれば、洗脳されていた後ろ騎馬の女子2人は素早く状況を把握する。明らかに、無理やり従わされていた人間の反応ではない。
「友達がいないとかっ…、勝手に洗脳したみたいな態度も…、ブラフだったのかッ…!!」
心操ではなく金髪の男が種明かしをするかのように揚々と答える。
「正解! 2人は洗脳されてる
第1種目で心操が1人目立つ事で、他のB組生徒への警戒が薄くなる。全て計算尽くだと、金髪の男は得意気にそう言った。
『やりやがったぜ心操チーム!! 1000万P奪取で一気に1位へ躍り出たァ!!』
『第1第2のプランが失敗する事を前提に、本命の罠を仕掛ける…。俺好みの、合理的な作戦だった訳だな』
緑谷は軽く衝撃を与えて麗日と発目の意識を覚まさせるが、既に心操の騎馬は背を向けて遠ざかっている。
「追い掛けよう!!」
「《大拳》の“個性”持ちがいる以上攻めでは不利だ! 他のポイントを狙いに行く方が堅実では……」
「ダメだ!! ポイントの散り方を把握出来てない! 最終種目に出るには、取り返すしかない!!」
逃げの一手を取り続けていた事が災いして、現在緑谷チームのポイントはゼロ。何とか1000万Pを取り戻さなければ最終種目への出場は叶わない。
「よっしゃ! 取り返そうデクくん!!」
騎馬3人が緑谷の指示に従って、逃げる心操チームの背を追い始めた、瞬間──
「クゥソデクゥゥッッ!!!」
「かっ、かっちゃん?!!」
──怨嗟にすら聞こえる怒号を上げた爆豪が
「……ん? 待て爆豪! 緑谷の奴、ハチマキ持ってねぇ!!」
「ア゙ァ゙!? 取られてんじゃねえよクソザコが!!」
「み、身勝手…」
《爆破》の反発力による飛行を行っていた爆豪は緑谷の頭部にハチマキが無いことを確認すると、瀬呂の射出したセロハンに巻き取られて騎馬に戻る。
そして爆豪は素早く指示を出し、芦戸の《酸》と瀬呂の《テープ》をテクニカルに組み合わせた急加速を行って、爆豪の騎馬は心操の騎馬に追い付いた。
「寄越せやモブ共!!!」
「コイツは…、A組の爆豪か!?」
「偵察通り……、粗暴な戦い方を……ッ!!」
空中を舞う爆豪に対し、巨大化させた拳やツルの髪で心操を守るB組の騎馬は、1対4でありながら五分の闘いを繰り広げる。
『残り3分を切った今なお超混戦! 現在心操チームがハチマキを5本所持して1位!! 上位4チームこのまま出揃っちまうかァ!?』
「……そろそろ、取るぞ」
「──ッ!! A組推薦の…」
爆豪の強襲によって足止めされている心操チームの逃走経路を塞ぐ様に、轟の騎馬が現れた。
「飯田、前進」
「ああ!」
「八百万はガードと電導を準備」
「ええ!」
「上鳴は…」
「いいよわかってる!! しっかり防げよ!」
──無差別放電 130万
八百万が騎馬全体を覆える程大きな絶縁体の布を《創造》したのと同時に、莫大な電流がフィールドを覆った。
「~~~ッ!!?」
「えっ、何だ痛ってえ?! つか、冷てェ!!?」
「残り数分、後は退かねぇ。悪いが、我慢しろ」
「グッ!?」
フィールド上で、上鳴が眩いばかりの放電を行い、確実に動きを止めてから轟は足元を凍らせたのだ。
心操チームも爆豪チームも電気を通さぬツルで騎馬を被ったり爆破で上に逃げたりと瞬間的に可能な防御をしたが、ノーダメージとはいかなかったらしい。どちらの騎馬も凍らされ騎手も苦々しい表情をしている。
ギリギリ、電撃が緑谷の騎馬に届かなかったのは幸運だった。
轟はツルで騎馬を囲って防御を固めている心操チームではなく、動けるのが騎手のみの爆豪チームを狙っている。爆豪チーム騎馬の芦戸が《酸》で必死に氷を溶かしているが、溶かしきるにはまだ時間が掛かりそうだ。
しかし心操も、轟に意識を向けていて後ろへの注意が薄い。今が、好機。
「ハチマキッ…、よこせぇぇっ!!」
「──!? 緑谷ッ…!」
「まさかッ…!?」
左手の指一本でOFAを100%で発動し、騎馬を覆うツルを吹き飛ばす。痛むが、指は壊れてはいない。そして右手で心操の首に垂掛けられた最も手前にあるハチマキを、奪いとった。
『残り45秒! 緑谷怒りの奪還だー!!』
「とった! 取ったあああ!!」
「待って下さいそのハチマキ…、違いませんか!?」
「──?! やられた…!!」
緑谷の手にあるのは、1000万Pではなく数百Pのハチマキ。氷を巨大化させた拳で破壊して素早く距離を取った前騎馬の金髪男子が、誇る様に言う。
「単純だって言っただろうA組! 万が一に備えてハチマキの位置を変えるくらい誰でもやるさ!」
現在緑谷チームは5位。本戦に出場するには、ポイントが足りない。緑谷がもう一度突撃の指示を出そうとした、その時──
「楽しそうね、私も混ぜなさい!」
「なッ、脳依さん!!?」
「──ッ!? しまっ、このタイミングでッ……!?」
───天才が、乱入する。
前騎馬の砂籐が《シュガードープ》を発動させている。5倍の身体能力で侵略してきた紫那が、緑谷を退けた事で油断していた心操から首に掛けた全てのハチマキを強奪してみせた。
そして──
『
騎馬戦が、終了した。
■
『試合終了だー!! 早速上位4チーム見てみようか!!』
「よし! 上手くいったな!」
「ええ、成功ね」
《シュガードープ》を解除した砂籐が、息を整えながらグッと親指を立てた。そして紫那もまた、それに答える様に握った大量のハチマキを掲げてみせる。
『──1位、脳依チーム!!』
そのハチマキの中には…、1000万Pのハチマキも混ざっていた。
「ギリギリ…、終了30秒前まで息を潜めて
「私の作戦にミスがないのは灼然で瞭然で歴然の事でしょう? すべて計算通りよ」
2位から4位が次々と発表される最中に、尾白がホッとした表情で胸をなで下ろし、紫那は不服だと言葉を返した。
紫那の立てた作戦とは、単純に言えば『奪い返される心配のないタイムアップ直前にハチマキを奪う』という至極単純なモノ。
だがしかしそんな雑な作戦も、紫那がその頭脳で仕掛けるタイミングから襲撃経路までを緻密に計算すれば、最高の策となる。見事に、最高のタイミングでハチマキを奪ってみせた。
『4位、心操チーム! 以上4チームが最終種目へ進出だああーー!!』
紫那に1000万Pごと手に入れたハチマキをすべて奪られた心操チームだが、ギリギリ頭に巻いていたハチマキ(最初から持っていたポイント)で4位に滑り込んでいた。命拾いした心操らは少々悔しそうに息をはいている。
実況のプレゼント・マイクが順位を発表し終えた。1位が1000万Pを手にした紫那のチームで、その後ろに轟チーム、爆豪チーム、心操チームと並ぶ。
「ッ…! みんな、ゴメン…。本当に……」
ハチマキを奪られたチームは概ね諦めた表情をしているが、ギリギリで作戦負けした緑谷はかなり悔しそうな顔をしている。勝者の紫那には緑谷へかける言葉はないが、チームメンバーが逆に慰めるほどに気落ちしている。しかし──
『ここで5位の緑谷チームに
「代表者は好きに決めなさい! 決められないのなら、完全に公平を期したクジなんかも用意できるわ!」
「「───ッ!?」」
まさに青天の霹靂といった様子で、降って湧いたチャンスに緑谷チームは目を見張らせる。しかし、そのチャンスの恩恵に預かれるのは1人。一瞬、冷たい空気が流れた。
「……俺は辞退する。そして…、本戦への出場には緑谷を推薦しよう」
そんな中、スッ…と手を挙げたのは鳥の頭をした常闇であった。
「えっ…! 常闇くん…!? なっ、なんで…?!」
「元々緑谷の
「なら、ウチも辞退する! そもそもウチがB組の作戦に引っ掛からなきゃ勝てた試合やもんね!」
「ここで退かないと逆に悪目立ちしますね。出場は
「麗日さんッ…、発目さん…!」
感涙極まった様子で、緑谷が目を潤ませる。
「ンン~青春ね! というワケで、緑谷クン本戦へ進出!!」
緑谷が堪えきれずに流した涙が、彼自身の足元に水たまりを作った。
■
『1時間程昼休憩挟んでから午後の部だぜ! おいイレイザー飯行こうぜ!』
『寝る』
『ヒュー!』
愉快な実況を後に、生徒たちは解散の流れとなった。友人の芦戸や八百万と共に食堂へ向かう紫那を呼び止めたのは、心操だった。
紫那は盤外戦術の可能性を心配する友人らに食堂へ先に行くよう言って、心操と対面する。
「悪かったな。トモダチと一緒だったのに、呼び止めて」
「別に構わないわ。それで、私に何の用かしら?」
「……ハッ。
何が面白いのか、何処か皮肉気な笑みを浮かべて心操はそう言ったが、紫那は当然そうに言葉を返す。
「貴方が本気で、
「──ハハッ! ……あぁクソ、色々言おうと思ってたんだけどさ、伝えるのは1つだけでいいや」
心操は覚悟を決める様に息を整えて、しっかりと紫那を見据えて宣言する。
「さっきの戦いでは負けたけど、次は
そう言った心操の眼には
「フ…フフ…。ええ、いいわ。全身全霊を掛けて挑みなさい。貴方が全てを観せてくれれば…私が直接、
そう笑いながら、紫那は思う。……そうだ、私には彼の様な眼が欠けている、と。
──脳依紫那は天才である。彼女は人生であらゆる勝負に勝ってきた。研究の世界でも会う敵全てを蹴落としてきた。
……だが紫那には情熱が欠けていた。彼女はそれを自覚している。
優れた者が必ず勝つとは限らない。高等生物が下等生物に殺される事などいくらでもある。
強烈な情熱で一直線に突っ込んでくる野蛮人がいたら…、果たして紫那は蹴落とされずにいられるだろうか?
情熱の欠如。つまりそれは、才能と知性であらゆる敵を倒してきた紫那にとって明確な弱点。
「貴方の様な『熱』を私の中に取りこめば、私の欠点を埋める栄養になるかもしれない。せいぜい、頑張ってちょうだい?」
「……まぁ、アンタがやる気になってくれたんなら言って良かったよ」
友だち待たせてるから。そう言って、心操は去って行った。
「フフッ…、アハハッ!」
緑谷に続いて、いい
「ええ、楽しみね」
紫那は食堂へ向かいながら微笑んだ。
【本戦出場選手】
1位 脳依チーム
脳依紫那 尾白猿夫 砂藤力道
2位 轟チーム
轟焦凍 飯田天哉 上鳴電気 八百万百
3位 爆豪チーム
爆豪勝己 切島鋭児郎 芦戸三奈 瀬呂範太
4位 心操チーム
心操人使 物間寧人 拳藤一佳 塩崎茨
5位 緑谷チーム(人数不足での繰り上がり出場)
緑谷出久