脳依紫那は天才である   作:緑川翼

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通常より4,000字ほど多いです。お気を付け下さい。


雄英体育祭編 本戦①(第1回戦・第1~第2試合)

 

「あっ、シーちゃん! ココここ!!」

「もう戻ってきた。思ったより早かったじゃん」

 

 心操との会話を終えた紫那が食堂に着いた時には、芦戸らは既に昼食の置かれたお盆を持って席に向かっていた。

  

「その…脳依さん、思考や記憶などに異変はございませんか? 何か違和感があれば、至急先生方に報告された方が…」

 

 芦戸や耳朗と一緒にいる八百万は紫那が《洗脳》の“個性”を持つ心操と1対1で話していた事がよっぽど気に掛かってるらしく、サラダだけが乗ったお盆を持ったまま調子を尋ねてきた。紫那は苦笑交じりに答える。

 

「心配し過ぎよ。種目外で何か脳に細工されていれば《アイボット》が警報を鳴らすし、そもそも私に精神系の“個性”は効きづらいもの」

 

 学校のいたる所をパトロールしている球体型監視用ロボットのアイボットには、紫那が発明した簡易脳波測定器が組み込まれている。

 

 ──現在確認されている『他者の意志や記憶に干渉する』タイプの“個性”にかかった人間の脳波は、異常に乱れるか停止状態になる特徴がある。アイボットのカメラは、それを見抜くのだ。

 

「私はここ(食堂)に来るまでに数台のアイボットとすれ違っているけど、一度も警報を鳴らされなかったわ。つまり、私の思考には何の問題も無い」

「ふーん? 相変わらず凄い自信。てか、葉隠が席取っといてくれてるから脳依も配膳の列に並んでくれば?」

 

 生徒だけでなくアメリカから招致されたチアリーダーなどの学校関係者もいるために列は段々と長くなっている。耳朗の言うとおり、早く昼食を買いに行った方がよさそうだった。

 

「そうした方が良さそうね、行ってくるわ」

「ええ、席で待ってますわ…」

「なあ八百万!」

「──! 峰田さん?」

 

 紫那たちに声を掛けてきたのは、同じく昼食を持っている峰田と上鳴だった。峰田が列に並ぶチアリーダーを指差しながら、言う。

 

「福委員長だしもう聞いてるだろうけどよ、午後は女子全員ああやって応援合戦しなきゃいけねえんだってさ!」

「はい? 私は何も伺っておりませんが…」

「信じねぇのも勝手だけどよ、これは相澤先生からの言付(ことづて)だぜ?」

 

 峰田だけでなく上鳴にもそう言われ、八百万はこの突拍子のないこの話を信じる気になったらしい。見ていられないと、紫那は口を出す。

 

「峰田クン、上鳴クン…」

「えっ、お、おう何だよ脳依…?」

「私の瞳は()()()()()。それで…、応援合戦がなんだって?」

 

 そう微笑みながら紫那が帯電させた手を2人の頭の上に載せれば、バイブレーション機能でも起動したかの様に2人は震え出す。

 

「イ、イヤ…、なんかオイラの勘違いだったかも!」

「そ、そう勘違い! 忘れてくれ!! じゃあ俺らもメシ食い行くから!!」

 

 2人は青ざめた顔のまま、紫那の手に怯えて逃げ去っていった。その様子を見て、耳朗が呆れを見せる。

 

「上鳴は電気効かないだろ…。てか、脳依がいなかったら騙されてたね…」

「あぁウソでしたのね…。何故こうも峰田さんの策略にハマってしまうの私は…」

「でも、チアリーダーはやってみたかったかも!」

「さて、危機は過ぎ去ったし私も食事を取ってくるわ」

 

 落ち込んだりはしゃいだりと三者三様の反応を見せる3人と別れて、紫那は行列に並んだ。

 

 

 

 

「ようやく、買えたわね…」

 

 長々と列に並んだ末に、紫那はようやく昼食を買うことができた。紫那が大きめのお盆を持って友だちの待つ席へと向かおうとした、その時──

 

「や、()()()()()。ご機嫌いかと?」

 

 人混みの中で、聞き慣れた声に話しかけられた。

 

「……相変わらず耳敏いわね、ホークス。シーちゃんだなんて…、どこで仕入れてくるの? そんな情報」

 

 紫那が振り返れば、そこにいたのはお忍び姿のホークスであった。彼はサングラスと帽子を身に付け、巨大な翼も器用に折り畳んでいる。ファンでも、一目では彼と気付けないだろう。

 

「別に聞き耳立ててたワケじゃないんやけんね、たまたまシーちゃんがオトモダチと話してるのが聞こえったい、真似てみた」

「……貴方の羽、また精度を上げたようね」

 

 ホークスの“個性”《剛翼》は翼による飛行能力だけでなく、羽による振動探知も備えている。公安所属のヒーローとして鍛え上げてきたホークスの探知能力は、食堂の雑多な人混みの中から紫那の会話を聞き取る事すらも可能とするらしい。

 

「それで、今度は何の用?」

「や、この前に紫那チャンて公安委員会に例の脳無に関するレポートを送ったでしょ? 体育祭の観戦ついでに、それ関係の質問を押し付けられたんよ」

「ふぅん?」

 

 いくらかは興味深そうに、紫那は相づちを打つ。デリケートな話題だが、食堂の混雑は逆に個々の会話を打ち消している。周囲の耳を警戒する必要性は薄かった。

 

 ──対オールマイト用人造人間、脳無。(ヴィラン)連合によるUSJ襲撃の際に確保されたそれは、紫那による解剖の結果、能力は複数人のDNAと多数の“個性”因子を持っている事が判明していた。

 

 紫那をしても“個性因子”の移植方法は不明だったが、かなり法や倫理から外れた研究の為された痕跡も残っており、公安としては捨て置けない問題であるらしい。

 

「とはいっても個性科学は私の専門外だし、回収した脳無から解析できる事はすべて共有しているわ。新たに判明する事はないと思うけれど」

「公安もそこは重々承知しとるよ。ただ科学者の視点から()()()()()()()の手掛かりが欲しいんと」

「あぁ、なるほどね…」

 

 以前、雄英の会議にて紫那が指摘したヴィラン連合の指導者(バック)的存在を、公安も懸念しているらしい。紫那は少し考えてから、己の推測を口にする。

 

「脳無は『個性科学』と『生物工学』を利用して作成されていたわ。その上で、製作者の()()は恐らく『個性科学』よ」

 

 天才である紫那ですら検討のつかない“個性”の移植技術に対して、DNAの配合施術や皮膚移植など、生物工学の技術が問われる技術は些か粗雑であった。その事を根拠に、紫那はそう推量する。

 

「……個性科学、か…。となるとやっぱり…」

 

 アゴに手をやり、何かを考え込んだホークスは紫那に1つの質問を投げかける。

 

「紫那チャンは、『()()()()()()()()()()』って知ってる?」

「……皆は1人のために(オール・フォー・ワン)? ダルタニャン物語(三銃士)の? それともスイスの標語の?」

「いや…。一昔前の、とあるヴィランの名前だよ 」

 

 一瞬、紫那の脳裏をオールマイトと緑谷の“個性”がよぎったが、関係ないだろうとその思考を打ち切った。そしてその他には、1つだけ思い当たる節がある。

 

「……ネット上の『都市伝説』で、その名を見た覚えがあるわ。そう確か…、超常黎明期(ちょうじょうれいめいき)に、裏社会の全てを支配していた“闇の帝王”だとか…」

 

 ありきたりな陰謀論と俗説が入り混ざった都市伝説。気にする価値もないと紫那は記憶の片隅に追いやっていたが、ホークスの表情を見て考えが変わる。

 

「まさか…、実在したの…?」

「……今から数十年前、オールマイトとその協力者たちにより、死闘の末に討たれたらしい。俺も詳しい事は知らないけど…、そんな闇の帝王が実在したのは確かで、そいつの“個性”は『()()()()()()()()()()』モノだったんだと」

「──! “個性”を…? それは…、衝撃的でショッキングで驚天動地な話ね」

「実際、社会の根底を引っくり返しかねない危険なヴィランだったらしいよ。それが理由で、オール・フォー・ワンは歴史から存在を抹消されてるし」

「なるほどね…」

 

 それにしても、オール・フォー・ワン(皆は1人のために)とは。どちらも不変である筈の“個性”を譲渡を可能とする“個性”とくれば、《ワン・フォー・オール(1人は皆のために)》との関係を疑わずにはいられなかった。

 

 しかし、今しているのはその話ではない。この疑問は後々オールマイトにぶつけるとして、紫那はホークスに続きを促した。

 

「紫那チャンにすら分からない技術が使われているとなると、それは“個性”によるモノと考えた方が良い。()()でも残っているのか、()()が死んでないのかまでは分からないけど…、オール・フォー・ワンが関連しているのは間違い無い」

「オール・フォー・ワンは個性黎明期の頃の人間なのでしょう? 生きているはずが…、いや、“個性”を奪えるのだったわね」

 

 “個性”とは基本的に何でもありだ。それを自由に取り渡しできるというのなら、人間の寿命から逸脱していたりとどんな可能性だってあり得る。

 

「この話、早めにお偉いさんと情報の擦り合わせをしておいた方がいいな…。紫那チャン、情報ありがとね」

「あら、体育祭の観戦はもういいの?」

「まー後でネットで見るよ。ならね~(じゃあね)

 

 そう言って、ホークスはさっさと食堂から出て行った。相変わらず、行動の早い男だ。

 

「……さて、さっさと戻らないと」

 

 食事を取りにいっただけにしては、かなり時間が掛かってしまった。料理も冷めてしまうし、皆も待たせているだろう。紫那は少しだけ駆け足で、皆の元へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

──昼休憩終了

 

 

『最終種目発表の前に予選落ちの皆へ朗報だ! これはあくまで体育祭! ちゃんと全員参加のレクリエーション種目も用意してんのさ!』

 

 プレゼント・マイクの実況を浴びながら、1年生全員が再びグラウンドへ集合する。プロヒーローに見て貰おうと意欲の高いA組B組(ヒーロー科)の生徒に対して、ヒーロー科編入の芽がほとんど潰えたC組などはあからさまにやる気を失っている。

 

『それが終われば最終種目…、進出4チーム総勢16名からなるトーナメント形式!! 1体1のガチバトルだ!!』

 

 ついに最終種目が発表された。去年はスポーツチャンバラだったが、今年は単純明快なトーナメント式バトル。

 

 如何なるルールだろうと構わないが、この形式が最もやりやすい。当たり年だと、紫那はほくそ笑んだ。周囲のクラスメートも興奮している。

 

「今年はトーナメントか…!毎年テレビで見てた舞台に立つんだな…!」

「去年もトーナメントだったっけ?」

「形式は違ったりするけど例年サシで競ってるぜ」

「それじゃあまずトーナメントの組み合わせ決めのくじ引きをしちゃうわよ! 組が決まったらレクリエーションを挟んで開始になります!」

 

 壇上に立つミッドナイトが『Lots』と書かれた箱を手にそう宣言する。まさかと思うが、その箱でくじ引きをするのだろうか。

 

 紫那の心配を他所に、ミッドナイトの進行は進められる。本戦進出者に関してはレクリエーションの参加は任意らしいので、紫那は参加せずに()()()()()の摂取に時間を使う事にした。

 

「んじゃ、1位から順番に引いていくわね!」

 

 案の定ミッドナイトは手に持つ箱に手を突っ込み、クジを引く。そして…

 

「組はこうなりました!」

「──! へぇ…」

 

 電光掲示板に、トーナメント表が表情される。紫那の試合は1回戦目。その相手は─

 

「──!! 脳依…、さん」

「ざっと計算して、約1.5%の確率か…。縁があるわね、緑谷クン」

 

 ──因縁深き、緑谷出久であった。

 

 

 

 

 

 

 大玉転がしや借り物競走といった体育祭らしいレクリエーションが行われた後、ついにプログラムは“トーナメント”へと移行する。

 

「オッケーもうほぼ完成」

『サンキューセメントス!』

 

 セメントス操るコンクリートにより、戦場となるグラウンドが瞬く間に作られた。観客のテンションがこの上なく高まる中で、最終種目が始められる。

 

『ヘイガイズアァユゥレディ!? 色々やってきましたが!! 結局これだぜガチンコ勝負!! 頼れるのは己のみ! 心技体に知恵知識!! 総動員して駆け上がれ!!』

 

 気合いの入ったプレゼント・マイクの声を聞きながら、紫那と緑谷は舞台に上がる。

 

『1回戦!! 成績の割に何だその顔ヒーロー科、緑谷出久!! (バーサス)! 既に超有名人! 宣言通り1位取れるか同じくヒーロー科、脳依紫那!!』

 

 ガチバトルトーナメントと題されたこの勝負のルールは簡単。相手を降参させるか、場外させるかすればいい。プレゼント・マイクの実況は続く。

 

『ケガ上等!! こちとら我らがリカバリーガールが待機してっから!! 道徳倫理は一旦捨てておけ!! だがまぁもちろん命に関わるよーなのはクソだぜ!!アウト! ヒーローはヴィランを捕らえる為に拳を振るうのだ!』

「……緑谷クン貴方…、緊張しているだけではなさそうね。何か考え事?」

 

 紫那と対面する緑谷の顔は、緊張でカチコチに固まっているがそれだけではない。何か、決意の様な物が見て取れる。

 

 紫那にそう指摘され、緑谷は1度息を吐いてから紫那に言う。

 

「脳依さん、僕と…()()()戦ってほしい!」

「──! へぇ…」

「特訓の時に何度か戦ったけど…、脳依さんは1度も本気にならなかっだろ? だから…」

 

 予想外の言葉に、紫那は一瞬驚きを顔に出した。出会った頃であれば、けして言わなかっただろう台詞。緑谷の成長に、紫那の頬も緩む。《ワン・フォー・オール(オールマイトの個性)》との戦闘もまた、紫那の望む事。

 

 返答を待つ緑谷に、体操着のスソを(めく)りながら紫那は答える。

 

「えぇ、構わないわ。見せてあげる。私の…“ ()()”を」

「──!!」

「出し惜しみすると思った? なに、私が見せるのは隠すほどのものじゃない…、なんて事ない単純な力よ」

『レディィィィィイ…』

 

 ミキミキと、紫那の腕が変異する。しかしそれについて問う時間は、もう緑谷には残されていなかった。

 

 

START(スタート)!!』

 

戦術変形(バトルモード)──≪強化外骨格(パワーアーマー)≫!!

「金…、属!? ─ナァッ!!?」

 

 スタートと同時に、鈍色(にびいろ)に輝く紫那の腕が緑谷の腹部を直撃した。前屈みに腹を抑える緑谷に対して、紫那の猛攻は止まらない。

 

「人類の発展において…金属の重要性は語るまでもないわ」

 

 左脚を刃物状に変異させ、回し蹴りの要領で緑谷を斬りつける。緑谷は何とか斬撃を回避したが、初擊のダメージが抜けきっておらず、その隙を逃す紫那ではない。

 

「合金と細胞の結合技術など、この私はだいぶ前に完成させている!」

「ぐうっ…!!」

 

 首元から徐々に身体を金属化させつつ、紫那は既に金属化させてある右腕で再び緑谷を打つ。

 緑谷は咄嗟に腕を挟んでガードするが、衝撃は防ぎきれない。メキメキと、緑谷の腕から()()()が鳴った。

 

「最も硬く、最も軟らかく、最も強い金属と…、数万回の実験の末に完成した変異細胞のハイブリッド! 頂点を取る為に…これ以上の小細工はいらないでしょう?!」

 

 そう言う紫那の身体は、ついにすべてが金属に包まれた。一切の柔軟性を失わず、己の身体を金属へと変異させる。

 これこそが、紫那の“()()”である《強化外骨格(パワーアーマー)》。観客席の何処からか「「また被った!」」と嘆く声が聞こえたが、緑谷に気にする余裕はなかった。

 

「クッ…!」

「あら…」

「ワン・フォー・オール≪フルカウル≫…8%!」

 

 紫那から何とか距離を取り、緑谷はワン・フォー・オールを発動させた。今出せるありったけ、掛け値なしの全力。緑谷が、気を引き締め直した瞬間──

 

「まだ、甘いわね」

「──ッ!? なっ、に…」

 

 瞬きの内に緑谷の後ろへ回った紫那が、緑谷の慢心をせせら笑った。

 

──≪テスラ・ブレイサー(科学者の電撃手甲)≫!!

「グアァッ!?」

『脳依の強烈なパンチが緑谷にクリーンヒットォォッ!! このまま決まっちまうかぁ!?』

 

 電気を纏った紫那の左腕が緑谷に突き刺さる。《ワン・フォー・オール》を発動していたお陰で電流が体内を駆け巡っても気絶する事はない。だが、何故。

 

「私がスピードで上回った理由が気になる? 言ったでしょう…、私の()()を見せると!」

「──ッ…!」

 

 拳を握って振り向いた緑谷の更に後ろに回った紫那が、脚による斬撃で緑谷の背中を切り裂いた。そして倒れる緑谷に追撃として、金属化した(かかと)を落とす。

 

 地を這う様に跳び、紫那から再び距離を取った緑谷はようやく納得がいったと、苦々しそうに口を開く。

 

「そうか…。君も…、()()()()()()()()()()()()()()のかッ…!!」

「フフッ…、流石に理解が早いわね、緑谷クン。その通り、私の身体はオールマイトの()()()を模範して製作(デザイン)した。そしてその結果…、私は自分の知性ではオールマイトを制御できない事を理解した」

 

 何処か自嘲する様に、紫那は正解だと笑う。

 

 

 ──紫那の変異細胞では、オールマイトの全力(ワン・フォー・オール100%)に耐える事が出来なかった。

 

 もしOFAの出力100%と同等の力を得ようとすれば紫那の身体が爆散するのは確実で、出力40%前後のパワーを振るう程度が限界だ。

 

 その40%すらも、身体の再生と崩壊を繰り返しながら繰り出す正真正銘の限界値。紫那では、緑谷出久(オールマイト)のパワーに勝つことは出来ない。

 

この状態(パワーアーマー)であれば、()2()0()()()()()()()()()()()()()()()。尤も、最大値から見れば誤差の様な上昇だけれども」

 

 それでも、と紫那はバチバチと興奮による放電をしたまま、笑う様な息づかいで言葉を重ねる。

 

「貴方の()()はとても興味深かったわ! 貴方の肉体は…、その“個性”(ワン・フォー・オール)をコントロールできるように進化しているのだから!」

 

 彼との特訓中、つぶさに観察していた紫那だからこそ気付いた変化。緑谷本人も“個性”を譲渡したオールマイトすらも、勘違いしていた事象。

 体を鍛えたから“個性”をコントロール出来るようになったのではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、制御できるようになったのだ。

 

 紫那の見立てでは、《ワン・フォー・オール》はその所持者を自身の莫大なエネルギーを御する事が可能な肉体に進化させ、その後に更なるエネルギーを蓄積する性質を持っているのだ。

 

 “個性”とは身体機能だ。爆豪がいくら爆破しようと腕を火傷せず、芦戸がどれだけ酸を放出しても自身の体が融解しないように…、すべての“個性”持ちは同じ容姿であっても、己の“個性”で傷付かないように各々変化している。《OFA》は、その変化を短時間で引き起こす。

 

 

 ──だが、今はそんな事どうでもいい。

 

 重要なのは、肉体が変異しているという点。例え筋繊維を増やそうとも、骨密度を増そうとも耐える事が出来なかったオールマイトのパワー。

 

 それを克服した緑谷の肉体を完全に模倣すれば、()()()()()()()()()()ということ。到達点が同じであれば、それを“個性”で成そうとも“変異細胞”で成そうとも変わらない。

 

「だから! もっと私に見せてちょうだい! 貴方の()()を!!」

「──ッ!? グッ…!」

 

 回復する時間は与えたと、紫那は飛び出して緑谷を打つ。防御した緑谷だが、重量化し電気を纏った紫那の腕はその上から緑谷に確実なダメージを喰らわせた。緑谷は後ろに跳んで追撃を回避して、人差し指に力を込めた。

 

「≪デトロイト──」

「ええ! そうくると思ったわ!!」

「スマッ…?! なっ、うっ…!?」

『オォッと脳依!! 緑谷渾身の反撃をいとも容易くいなしてみせたァーー!!』

『……インパクトの瞬前に計算ずくで衝撃をずらしたな。動体視力と暗算に長けた脳依だから出来た技だろう』

 

 指一本を粉砕して緑谷の放った≪デトロイトスマッシュ≫は、発動の間際に紫那が腕を弾いた事により、紫那に一切のダメージを与える事なく無駄打ちとなった。

 

 そしてまた重い追撃、しかし緑谷は後ろに倒れず、逆に前に一歩出て紫那の腕を掴む。少し想定と違う行動だが、紫那に焦りはない。

 

「……フフ。必死の思いで接近したというところかしら。…でもそれは緑谷クン。手を離すまで(なぶ)ってくれと言っている様なものよ」

 

 肩で息をして何も言わない緑谷に対し、紫那は激しく放電しながら禍禍しい笑みを浮かべる。

 

「あぁ弱ったわ。そんな健気な事をされると‥、私の脳が疼いてしまう」

「……たんだ」

 

 そして放たれる一撃。それは緑谷の鳩尾(みぞおち)に刺さり、ドシュッと人体からまず響くことのない音を響かせる。緑谷は吐血しながらも手を離す事なく、次々に打たれる紫那の連撃を体で受け止める。

 

 それに困惑したのは、紫那だった。うめき声を上げながらも、緑谷はいまだに手を離さない。

 

「……その朦朧(もうろう)とした意識では≪フルカウル≫の維持すら難しいのでしょう? とっくに気絶していてもおかしくない。なのに何故、貴方はまだ私の腕を離さないの?」

「約束…、したんだ。オールマイトとッ…!」

「──ッ!?」

 

 緑谷が項垂(うなだ)れていた頭を上げた事で、彼の…紫那を掴んでいない、人差し指の壊れた右腕が赤く発光している事に、紫那はようやく気が付いた。

 

「オールマイトとッ…、僕がここに来たってことを世間に見せつけるって…、約束したんだ!!」

 

 この位置は、マズい。だが、腕を掴まれているから逃げられない。ならまた弾くか。無理だ、弾けるようなパワーではない。

 

 無為に思考を回して紫那が対策の取れない内に、100%の《OFA》が放たれる。

 

「君に勝つぞ!! 脳依さん!!」

「ッ!! 来なさい、緑谷クン!!」

 

 ──≪デトロイト・スマッシュ≫!!!!

 

 轟音と共に繰り出された強烈な一撃。余波だけで砕かれたコンクリートの地面からも、異常な威力は察す事ができる。

 

 

 ──だがしかし、抉れたグラウンドに立っていたのは紫那であった。

 

 紫那は、内蔵も骨もグチャグチャになった自身の体を再生しながら、右腕を突き出したまま白目をむく緑谷に言う。

 

「……人差し指を負傷していたせいかしら…? 最後の最後で…、拳を握る力が緩んだわね。……全力で殴られていれば、結果は逆だったかもしれない。でも──」

「緑谷くん気絶!! 脳依さん、二回戦進出!!」

「──勝ったのは、私よ」

 

 バタリと緑谷が倒れ、爆音の様な歓声がグラウンドを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっ」

「……今日はよく会うわね、心操クン」

「次、俺の試合だからな」

 

 選手の控え室とグラウンドを繋ぐ通路で壁にもたれかかりながら紫那を待っていたのは、心操だった。第2試合は心操対八百万の試合である。ここにいてもおかしくはない。

 

 紫那のボロボロになった体操着や砂埃で汚れた顔を見ながら、心操は尋ねる。

 

「アンタの相手、あの身体強化のヤツだろ? 勝てたのか?」

「ええ、何とかね。彼もかなり強かったわ」

「へぇ…! ちゃんと評価するんだ。アンタ、もっと敗者を見下した態度をすると思ってたよ」

「まさか! 私は科学者よ? 評価すべき物事は、客観的に見るわ。さて…」

 

 そろそろ、緑谷の破壊したグラウンドが修復された頃だろう。紫那は端へ寄って道を開ける。心操が八百万に勝てば、二回戦の相手は彼の望む紫那だ。

 

「私に勝ちたいと言うなら…、ここで頑張りなさい。彼女の“個性”は強いわよ?」

「まァ、やれることはやるさ。……二回戦でまた会おう」

 

 そう言い残して、心操はグラウンドへ向かった。紫那の印象に残ったのは、控えめな言葉に対して強い()()の籠もった目。

 

「フフッ…。八百万サンには…、厳しいかしら?」

 

 八百万も友達だから頑張って欲しいが、心操からはどんな事でもやろうという“意志”を感じた。箱入り娘故に搦め手に弱い彼女には、やりづらい相手だろう。

 

 どちらが勝つのか。紫那は様々な想定をしながら、観客席へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

──第2試合

 

「貴方の“個性”発動条件は返答! 申し訳ありませんが、以後会話する事なく場外を狙わせていただきます!」

 

 わざわざ律儀にそう宣言してから、八百万は大きな盾と槍を《創造》する。しかし心操は焦ることなく自然体で構えている。そして──

 

 

「──ッ!!? ≪あそこにUFO≫が!!」

「えっ、何処に……あっ」

 

 この上なくしょうもない手で、八百万を《洗脳》した。仕掛けた本人もまさか引っ掛かるとは思っていなかったのか、心なしか呆然とした様子で意志の抜け落ちた八百万に命令する。

 

「……よし、振り向いてそのまま場外まで歩いていけ」

「……」

『ああーー!! 八百万! ジュージュン!!』

 

 そして《洗脳》が解ける事なく八百万は場外の白線を踏み越えた。

 

「ええーと、八百万さん場外! 心操くん二回戦進出!」

 

 戸惑いを見せる拍手の中、洗脳を解かれて状況を理解した八百万は膝から崩れ落ちた。

 

 





技解説
強化外骨格《パワーアーマー》
・紫那の戦術変形(バトルモード)シリーズの代表作
・全身の変異細胞を柔軟性を保ったまま合金に変異させる。
・紫那の眼球や歯なども変異細胞で構成されている為、露出している部分で金属に変異出来ない所はない。
・身体が頑丈になる事でOFAの出力20%同等の力を発揮できるようになる。
あそこにUFO
・物間の考案した心操の技。
・迫真の表情と声色で空を指差しながら「あそこにUFO」と叫ぶ。
・意外と馬鹿に出来ない成功率で、返答をしない事ばかりに気を取られるほど引っ掛かりやすい模様。
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