「そのー、なんて言うか…、ドンマイ?」
「うぅ…、峰田さんの時といい、何故私はこうもすぐに騙されるのでしょうか…」
「……まぁ、乗せられやすい性格のせいじゃね?」
「そういうコト言わない!」
耳朗や瀬呂など紫那の近隣に座るクラスメートは、第3試合で轟が対戦相手の上鳴を雑に巨大な氷で制圧してギブアップさせたタイミングで、観客席に帰ってきた八百万を必死に慰めていた。
八百万は負けた事以上に≪
「そうだ! 下手な事言わないよう自分の口塞いじゃうのは?」
「いやいや、ソレ根本的な解決になってないでしょ」
「いえ…! それでも応急処置になるのなら…」
「いやホントにヤバイから! 止めときなって!」
「……こういうトコが乗せられやすい性格なんだよな…」
ヘソ出しレオタードに口枷は絶対にヒーローのしていい格好ではない。芦戸の思い付きに感化してボールギャグを《創造》しようとする八百万を、耳朗たちは必死に思いとどまらせる。
「何をやってるんだか…」
なお、彼女らがそんな漫才を繰り広げている間に第4試合が始まり、物間が≪レシプロバースト≫で短期決戦を仕掛けてきた飯田をそれは見事な一本背負いで場外させたのだが、紫那以外はほぼ見ていなかった。
■
──第5試合
「オォッ!!」
「グッ…」
「ハァッ!!」
《硬化》の切島と《シュガードープ》の砂籐が正々堂々と殴り合いを始めて約5分。現状況で優勢なのは…砂籐であった。
高い防御力を持ち硬化部位が刃物のように鋭利な形状に変化する事を利用した斬撃が可能な切島だが、真っ向勝負となって地力の差が出てしまった。
中学校入学前から地道に肉体を鍛え筋肉をつけ、
そこを理解していなかった切島は正面から砂籐の攻撃を受け続け…、ついに《硬化》の維持すら不安定になる程のダメージを喰らってしまった。
決着が近い。“個性”のデメリットで鈍りつつある頭ながらそれを察した砂籐は、残りの体力を考慮してここで敢えて大技を繰り出した!
「ウォォォッ!!」
『あっあれは!?』
バク転しながら放たれた砂籐の蹴りが、防御の緩くなった切島のアゴを打つ!!
『サマーソルトいや…、≪シュガーソルトキック≫だぁぁ!!』
『何言ってんだお前』
相澤先生の冷静なツッコミを無視して、会場はプレゼント・マイクの実況で大いに盛り上がる。その歓声に応える様に、砂籐は立て続けに技を繰り出した!
「ハァァッ…」
『まさか!! まさかあの技を繰り出すのかァ!? 伝説のあの技をォォ!?』
声を張り上げ5倍となった力を溜めて、砂籐は脳が揺れた事で前屈みになった切島の身体を掴み両腕で持ち上げる!!
そのまま背中を大きく反らせた反動でより高く持ち上げて…切島を地面に叩きつけた!
「ッ!! ぐわァァッ!!?」
『出っ、出たーー!! パワーいや…≪シュガーボム≫が炸裂ゥゥ!! 切島動けないーー!!』
叩き付けられた体勢のまま動かない切島を見ながら、壇上のミッドナイトがカウントを取る。
「スリー…!ツー…!ワン!! 切島くん気絶! 砂籐くん第2回戦へ進出!!」
ウオォォ!と砂籐が吠え、爆発した様に観客が惜しみない拍手と歓声を送った。
「……何でプロレス?」
流されてつい拍手をしていた紫那は、ふと正気に戻ってツッコミを入れた。
■
──第6試合
『6回戦!! 地味な顔だが実力は一流だ! 空手W大会中学生の部
「えっ! 尾白くんってそんな凄かったの?!」
「そうだけど…、逆に知らなかったのね…」
『
「B組にも!?」
尾白と特に仲の良い葉隠が、プレゼント・マイクの煽りによって伝えられた新情報に驚きの身振りを見せる。周囲を見渡せば、上鳴や耳朗も知らなかったらしい。
事実、尾白は体術だけで言えばグラスで1位2位を競う。中学生の内から“個性”を鍛えた生徒は何人もいるが、彼ほど
「あっ、ホントだ。ネットにも載ってる」
耳朗が素早くネットで尾白の名前を検索すれば、そこには前年度のチャンピオンとして道着を着て表彰台の最も高い場所に立つ彼の写真と共に、彼の名前が載っていた。
超常社会になって競技人口が減っているとはいえ、実用性の高い武道は中学生でも習っている学生はそれなりにいる。世界大会で優勝するのは、少なくともヒーローの仮免を取る事よりは難しい。
「知らなかった~。もっと自慢すれば良かったのに~!」
「あんま自分のコト誇るタイプじゃねーしな。『あくまで修行の一環だし…』とか言ってそうじゃね?」
「うわ言いそ~!」
「そろそろ始ますわよ。一意専心、しっかりと観戦しなくては」
観客席で駄弁るクラスメート達の眼下で、尻尾を生やした男子生徒とオレンジ色の髪をサイドテールにした女子生徒の、武闘家2人の試合が始まった。
「まさか、雄英の体育祭でアンタと闘うとは思わなかったよ!」
「俺もだよ!!」
行われるのは、派手さはないが堅実に鍛え上げられた『武』同士のぶつかり合い。歓声は上がらないが、観客は皆高校一年生とは思えない練度の打ち合いに息を呑んでグラウンドの2人を見つめている。
「ハアッ!」
「甘い!!」
先に仕掛けたのは、尾白だった。鉄板をへし折る筋力を持った尻尾での打撃。だがそれを、拳籐は巨大化させた拳で受け止めた。
防がれる事を予想していた尾白による尻尾の連撃を、拳籐は巨大な拳で器用に受け止めている。
その後も攻防入れ替わるって戦いが続くが、どちらも決定的な隙を晒さない。
そうして5分経過。お互い、目立った外傷なし。
均衡している。しかし物を見る目があれば、この均衡が“個性”や才能に任せた圧勝以上に価値がある事が分かるだろう。
「≪
「なんの! ≪
お互い武術の他に必殺技を交えた闘争。雑談していたクラスメートも既に見入っており、爆豪すらも「ケッ!」と悪態をつきながらも真面目な目で観戦している。
だが、この均衡は長く続かなかった。
「くぅ…!?」
『オォッとついに尾白の蹴りがクリーンヒットォォ!! これは拳籐厳しいかァァ!!?』
『マグレに近い命中だったが…、あの均衡の中じゃ、どちらが当てていてもおかしく無かったな』
巨大な拳による叩き付けを避けた尾白の放った横蹴りが、拳籐を吹き飛ばした。拳籐は一歩フラつくもすぐに立て直したが、その一瞬の隙を尾白は見落とさなかった。
「そこだ!!」
「──ッ!! あっ…、くそ…。次は…負けないからね…!」
尾白の正拳突きが、隙を晒した拳籐に突き刺さる。拳籐はふらふらと数歩後ろによろけて、バタリと倒れた。
「……次も、俺が勝たせてもらうさ!」
「拳籐さん気絶! 尾白くん、二回戦進出!!」
大きな喝采の中で、尾白は緊張を解く様に息をはいて汗を拭った。
■
──第7試合
紫那の友人である芦戸と、両肘部分から《テープ》を射出する“個性”の
『優秀! 優秀なのに拭いきれぬその地味さは何だ! ヒーロー科、瀬呂範太!!』
「ハハッ、ひでぇ」
『
プレゼント・マイクの言う通り、テープによる搦め手を得意とする瀬呂に対して、全身から溶解液を分泌できる芦戸はかなり有利だ。実際芦戸も、余裕げな表情を浮かべている。
『
「まァ実際のトコあんま勝てる気はしねーんだけど…」
手から酸を生成しつつ走って向かってくる芦戸に対して、肩を伸ばしながら瀬呂は言葉を続ける。
「つって負ける気もねーんだよ!!」
「えっ! 何、ウソ!!?」
『場外狙いの早技!! この選択はコレ最善じゃねえか!?』
瞬間的に射出されたテープが芦戸の両腕と足を拘束し、更にテープを巻き取る勢いで…芦戸を白線の外まで引きずり出した。
「芦戸さん場外! 瀬呂くん二回戦へ進出!!」
「うっし!」
『……不利な“個性”への対応としては、プロの目から見ても完璧だった。考えてなきゃ取れない手だったな』
相澤先生の解説通り。友人が敗北したのは残念だったが、こうも見事に作戦負けしては仕方ない。1度肩をすくめてから、紫那は立ち上がった。
「どこ行くのっ…て、もうすぐ試合か」
「えぇ。第2回戦の第1試合だから」
この後行われる爆豪とツルの髪を操るB組生徒の塩崎の試合が終われば、第1回戦は終了。ベスト8を決定する第2回戦が始まり、紫那の出番は初戦だ。
「さて…」
控え室に向かいながら、紫那は考える。対戦相手は紫那との戦いを望んでいた心操人使。まさか八百万の時と同じ手は使うまい。何かしら策を用意しているだろうが、一体どんな手で挑んでくるのか…。
様々な可能性を思い浮かべる紫那の口元は、笑っていた。
■
──ふと、思い出す。
『心操の“個性”って《洗脳》~!? すげえ始めて聞いた! うらやまし~』
(──なら、くれてやりたいよ。こんな“個性”)
『
(──恵まれた“個性”だって? なら、なんでそんな目で見る?)
『犯罪やっても足つかないしね~。私ら操ったりしないでよ~?』
(──そりャ、俺も他人が持ってたらまず悪用を思い付く。でも…)
ふと思い出したのは、中学生に入学した時の、初めてのホームルームが終わった後の会話。少し仲良くなって、“個性”を打ち明けて…、それっきり話さなくなったクラスメートとの。
──また、思い出す。
『消しゴム落としたよ』
『えっ、ありがッ…!! あっ、ありがとう…。……ヤッバ、話しちゃったよ…』
『《洗脳》されてないよな? こわ~』
クラスメートも先生も、見知らぬヤツすらも心操へ向けていた、《洗脳》されかもしれない不安と、心操自身への警戒と、自分の“個性”じゃなくて良かったと安堵する感情の入り混じった視線を。
あの頃の自分は、純粋な憧れよりも自分がヴィランではないと証明するために、ヒーローを目指していたような気がすると、心操は思う。
「ふぅ…」
控え室に置かれたパイプ椅子に座って、心操は息を整える。らしくない。過去の事を思い出すなんて。自分に過去を振り返る、
(作戦…、いや今更…。でも…)
かと言って、この後の事が気になって思考はまとまらない。トントンと、控え室の扉がノックされたのはそんなタイミングだった。
「……どうぞ」
「やあ心操。調子はどうだい?」
「……物間。何の用だ?」
控え室に入ってきたのは、金髪とタレ目が特徴的なクラスメートであり、心操の友人でもある物間であった。
「ここから聞こえなかったのかい? 第8試合の決着が着いたから、もうすぐ2回戦の第1試合が始まるぜ。その前に鼓舞の1つでもしてあげようかと思ってね」
「決着が着いた…? 気付かなかったな。結果は?」
第8試合はB組の塩崎とA組の爆豪の戦いだ。塩崎は推薦入学者に次ぐB組の強者だが、観戦した限り対戦相手の爆豪もA組きっての強者だろう。どちらが勝っていても、おかしくはなかった。
「遺憾な事に、塩崎が負けたよ。中盤までは彼女も善戦してたんだけどね…。途中から爆豪のスピードが一段階上昇してさ。彼女は対応できずに懐に入られて、爆風で吹き飛ばされて場外負け」
「スピードが上がった…? 爆豪の奴、中盤まで手を抜いてたのか?」
「そんな感じじゃ無かったね。多分、彼はスロースターターなんだと思う。見た限り、《爆破》してるのは彼の手汗だ」
「ああ…。代謝が良くなって、爆破の威力が強化されたのか」
「その通り!」
物間は“
「彼に長期戦で挑むのはクレバーじゃないな。ただあの戦闘センス…、短期決戦を仕掛けるには……」
「ハッ! お前が爆豪と戦うとすれば決勝戦でだろ? もう作戦を立てるのか?」
「そりゃあ、いま生き残ってるB組は僕と君だけだ。僕はB組のためにも優勝するつもりだからね。というか君だって、何時から
「……」
図星を指される。心操は何も答えない。物間は心操の様子を見て、訳知り顔で頷く。何処となく、ドヤ顔でもあった。
「君、さっきから緊張してるだろ? 第1試合は上手く行き過ぎた。次は失敗するかもって。 それも、相手はあの“百年先を行く”天才だ」
「……」
「アナウンスも聞いてないし、さっきから口数も少ないぜ。適度な緊張感は気を引き締めるけど、過度に緊張して挑むのは賢くないと思うけどね」
心操はやはり何も言い返さない。八百万との試合では、二重三重に罠を張り巡らせる前に小手調べで相手が落ちた。多少は困惑もしたが、結局勝てたならそれでいい。だが、そんな幸運が紫那相手に続くとは思えない。
一応、上手く嵌めれば勝てる
「……相変わらず…、性格が悪いよな、お前。さっきから何が言いたいんだよ…」
「ひどいなぁ。これでも分かってるつもりなんだぜ、君のこと。君は今
「──!!」
そう言われて、心操はようやく自分が酷く緊張している事に気が付いた。指摘されているのに、今の今までまったく気付いていなかった。認識して大きく息をはいたことで、多少なりとも緊張が緩和される。
弛緩した意識で物間に視線を向ければ、心操のすべてを見透かしている様な表情で物間は語る。
「気負いすぎなんだよ、君は。僕らの“個性”じゃスーパーヒーローになる事はできないし、清濁併せ呑んで汚い手を使う必要もある。でも、一人で死にに行く必要はない。そうだろ? もうちょっと僕らを頼ってくれていいんだぜ?」
「……そうだな。ちょっと
「だろ?」
得意そうに、物間が相槌を打つ。『彼女に勝って恩を返す。そして、ヒーローになる』。そんな大元の目的すらも頭から抜けていた。彼女との試合とはいえ確かに気負いすぎていた。
もう一度心操が自戒すれば、狙い澄ました様に選手出場のアナウンスが流される。あまりのタイミングの良さに、二人は少し笑う。心操が椅子から立ち上がって、控え室を出る、直前──
「心操!」
──心操は物間に呼び掛けられた。扉の前で、心操はドアノブに手を掛けたまま振り返る。
「……? 何だ?」
「一緒に、
「……ハハッ! あぁ…、そうだな。人の為に、“個性”を使えるヒーローに」
心操は物間の言葉にそう答えて、今度こそ振り返る事なくグラウンドへ向かっていった。
【第1回戦 結果(太字が勝者)】
・第1試合
脳依紫那 VS 緑谷出久
決め手 ≪
・第2試合
八百万百 VS 心操人使
決め手 ≪あそこにUFO≫
・第3試合
上鳴電気 VS 轟焦凍
決め手 広範囲凍結
・第4試合
飯田天哉 VS 物間寧人
決め手 背負い投げ
・第5試合
切島鋭児郎 VS 砂籐力道
決め手 ≪シュガーボム≫
・第6試合
尾白猿夫 VS 拳籐一佳
決め手 正拳突き
・第7試合
芦戸三奈 VS 瀬呂範太
決め手 テープによる場外
・第8試合
爆豪勝己 VS 塩崎茨
決め手 爆破による場外