脳依紫那は天才である   作:緑川翼

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雄英体育祭編 本戦④(第2回戦・第2~第4試合 準決勝・第1~第2試合)

「くっ…」

 

 轟は素早く横に跳んで、己へ一直線に放たれた業火を避ける。この数分で何度も繰り返されたこの攻防。嘲笑う様に、右腕に炎を纏った物間が言う。

 

「ナアナアナアナア! 逃げ回ってるだけじゃあ勝負にならないんだぜ!! 攻勢に回らないとさァ! 知らないのかい?!」

「うるせぇ…!!」

「ハハハ!! 口だけはァ! 元気だねぇ!!」

「チッ…」

 

 轟は脚から生成する氷を動力源に高速移動して物間の裏を取る。そこから氷の塊を撃ったが、物間の振り向きざまの炎1発で氷塊は水になった。

 その上その炎は轟が移動補助に生成した足元の氷を溶かし、轟の高速移動は止められる。

 

 

『──立て! こんなもので倒れていてはオールマイトはおろか雑魚ヴィランにすら…』

『やめてください!まだ5つですよ!』

『──もう5つだ!邪魔するな!』

 

 

 親父を嫌い、炎に関する一切の訓練を怠ってきたのが(あだ)となった。明らかに、《コピー》して数分の物間の方が炎の扱いが上手い。

 技術の他に、炎への強い嫌悪感も関係しているのだろう。物間が炎を放つのを見るたびに轟の憎悪が滲み出て、動きが鈍る。

 

 

「ほうら! のんびり考え事してる暇があるのかい!?」

「ッ…!!」

 

 轟と同じ氷による高速移動を行った物間が轟に急接近し、その勢いのまま轟の頭を掴んでグラウンドへ叩き付ける。

 咄嗟に腕で頭をガードしたが、また()()()()()。《コピー》が何分持続するのかは分からないが、これで時間制限は再びリセットだ。

 

 

「──ッ!? いつの間にッ…!」

 

 起き上がろうとした轟は、自身の左腕が氷の枷によって地面に縛られている事に気が付いた。氷を使った小細工も、物間はこの数分で覚えたらしい。腕に力を籠める。だが、氷の枷は壊れそうにない。

 

『──立て、焦凍。お前はこの技を習得しなければならない。俺から逃げるな。お前から逃げるな』

『──燈矢は惜しかった。俺以上の火力を備えているのに、冷の体質を持ってしまって…。あいつは惜しかった』

『──お前だ焦凍。ようやく、お前だけがこの技を! 俺の野望を完遂できる!』

 

 

 一瞬、躊躇する。この拘束から逃れるには、(親父の力)を使うしかない。だが強烈な嫌悪感が、その一手を拒絶する。

 

 

 そんな轟の逡巡(しゅんじゅん)を見透かしたかの様な、左腕に纏った炎とは対照的な物間の見下した冷たい視線が轟に突き刺さる。

 

「君、こんな状態になってもまだ全力にならないのかい? 君みたいな半端物を蹴落としすのはムカつくんだけど…、まァ仕方ないか」

「……炎を使わせようってか? クソ親父に金でも握らされたか…? イラつくな…!」

「……イラついてるのはどっちだ、って話でさァ」

 

 轟の苛立ち混じりの煽りに、物間は炎を滲ませたまま想像以上の怒りを籠めて言葉を返す。

 

「……使ってみて分かった。本当に、良い“個性”だよ。高低温共に出力は高く、合わせて使えば体温調節も可能で弱点らしい弱点もない。……だからこそ、()()()()()()

 

 左腕に纏う炎により揺れて見える物間の顔には、先ほどまでのわざとらしい笑みも嘲笑もなく、ただ轟への怒りのみが浮かんでいた。

 

「君にとっては、『勝負に負ける事』よりも『“個性”を使わない事』の方が重要なんだろう? ……君、プロになったら被害者に言うのかい? 『()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()』ってさぁ! ハハッ、ふざけてるね!! 」

『……』

 

 正論だ。間違っているのは明らかに自分で、物間の言っている事は正しい。押し黙る轟に対し、物間の口は止まらない。

 

「1回戦で敗れた拳籐も塩崎も! 第1第2種目で負けた皆も! 当然、僕も心操だって!! ()()()()()()()()()()()?! なのに君は全力を出さない! イラつくよ!」

「うるせぇ…。何も知らねぇ癖に…!」

 

 間違っているのは自分だと理性では理解しつつも、物間の出し続ける炎が冷静さを頭から奪い、ガキの様な反論を口にさせる。

 

「俺はッ…、右側の力(母さんの力)だけで、No.1にッ…!」

「そんなこと知らないね! 炎系の“個性”1人に完封される程度の実力しかない君がさぁ! そんな地面に拘束された無様な体勢のまま何と言おうとも! 何の説得力も無いぜ!?」

「ッ…!」

「本気で来いよ! 僕みたいな《コピー》した借りモンの“個性”じゃない。その炎は…君の“個性()”じゃないか!」

「──ッ!? 俺の……、“個性”…?」

 

 

 その言葉は不思議な程すんなりと轟の胸に落ちら轟の中にある()()を刺激した。

 

 

『いいのよ。おまえは──…』

 

 

 その思い出を否定する様に、轟は首を振る。

 

 

「違う! 俺は親父を──…」

「ナァナァナァ! さっきからさぁ、どこ見てるんだい?! 君の対戦相手はこの僕だぜ!? 何で僕を見ない?」

「ッ…!」

「あァ本当にイラつくよ。ここまで来た僕の過程を虚仮にされた気分だ。なりたい自分になる為の、僕の過程をさぁ!」

「──ッ!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()。その言葉を、轟は以前聞いた事がある。父への憎悪に溺れて、いつの間にか忘れてしまっていた。

 

 

(──そうだ、あの日…)

 

 轟は思い出す。幼かった頃、テレビに映るオールマイトを見ながら母と交わした会話を。

 

『──でも、ヒーローにはなりたいんでしょう? 』

『──いいのよ、おまえは。血に囚われることなんてない。

『──なりたい自分に、なっていいんだよ』

 

 

 そして思い出す。轟自身の原点(オリジン)を。

 

 

「そうだ…、俺だって…! ヒーローに…!!」

 

 

 ゴオっと、物間により高まっていた会場の温度が、更に上げられる。他ならぬ、()()()()()()炎によって。

 

「──…!! ハハッ! 遅いんだよ…!!」

 

 

 氷の枷から脱出した轟が、笑みを浮かべて立ち上がる。遠くからエンデヴァー(クソ親父)の騒ぐ声が聞こえるが、轟はそれを無視して冷えた身体を左側の炎で温めながら、物間に問う。

 

「……止めを刺さないで、わざわざ敵に塩を送る様な真似をしやがって。結局、何がしたかったんだよ」

「君の舐めた態度にイラついてただけさ。だから絶対優位な状態で煽っていたら、君が勝手に立ち直った。いやぁ、予想外だね」

「それだけか?」

「……はぁ。君は、僕に似ている」

 

 轟の質問は純粋な興味であり、身体が完全に温まるまでの時間稼ぎでもある。それを分からぬ物間ではないだろうと奇妙な信頼を持つ轟に対して、少し嫌そうな顔をしてから炎を纏ったまま物間は語る。 

 

「この“個性(コピー)”が発現してから、友達や教師に何度も言われたよ。『その“個性”じゃトップヒーローにはなれない』ってね。だからいつの間にか、僕の中でトップヒーローに成ることは目的になっていた。周りを見返す為のさ」

 

 でも違うんだと、素直に聞く轟に物間は続ける。

 

「心操…、僕の友達に言われてようやく気が付いた。雄英に入学するのも、プロヒーローになるのも、友達や教師…、クソ親父を見返す為の目的じゃあない。手段だ。この生まれ持った“個性”で()()()()()()()…、っさ」

 

 物間は思う。心操と出会わなければ、きっと自分は手段と目的を履き違えたまま体育祭に出場していた。もしかしたら、ヴィランの襲撃で目立ったA組へ過剰な嫉妬も抱えていたかもしれない。

 

 メディアがA組ばかり注目する事に思う所が無いと言えば嘘になるが、A組を目の敵にするのではなく正規の手段で注目を得ようとする程度には、今の物間は冷静だ。

 

「僕は友達(心操)によって救われた。君にはそんな友達はいなかったみたいだし…、()()()()()()()()()()()()()()()。君を、救けたいと思った。よく言うだろ? 『ヒーローの本質は余計なお世話だ』って」

「……ハッ! そうかよ…!」

 

 

 物間の話は納得出来る形で終わった。そして轟の身体も、充分に温まった。轟は氷と炎両方を放出しながら、物間に言う。

 

「ここまで世話焼いてもらって悪ぃが…、勝たせてもらうぞ!」

「……ハハッ! 僕がただ君に説教をしていただけだと思っているのかい?!」

 

 そう言う物間は左腕から、今まで以上の炎を放出しながら構えを取る。それを見て、轟は驚きで目を見開いた。轟にとってそれは、良くも悪くも見覚えのある構え方。

 

「──ッ!? テメェ!!」

「昔から観察と物真似は得意なんだ!熱エネルギーを一点に溜めてから一気に放出する! それがこのの“キモ”だろう?!」

 

 物間の構えは即ち、轟焦凍の父であるエンデヴァーの技、≪赫灼熱拳≫の構え。挑発的な笑みを浮かべる物間に対し、轟は敢えて笑みで言葉を返す。

 

 

「上等!! ……ありがとな」

「……さて、何の事だか」

 

 お互い、考える事は一緒だった。──ありったけの全力を籠めた一撃で決める。だからこの試合の勝敗は、この攻撃で決まる。

 

 何か合図が有った訳ではない。だがしかし同時に放たれた、物間の“真似技(コピーアーツ)≪赫灼熱拳・ジェットバーン≫と轟の≪まだ名のない大技≫が、グラウンドの中央で激突した。

 

 超高温まで高められた炎と、散々に熱された空気を急激に冷やした事による熱暴走の衝突により、グラウンド全体を包み込む程の土煙が巻き上がる。

 

 

 そして土煙が晴れた時──

 

 

「轟くん……場外! 物間くん──準決勝戦進出!!」

 

 グラウンドに立っていたのは、物間だった。白線ギリギリに氷の壁を張り、そこにもたれる様に何とか場外を免れたのだ。

 氷での防御が出来ずにグラウンド外へ吹き飛ばされながらも何処か晴れやかな顔をした轟を横目に、物間は言う。

 

「まぁ僕から煽ったんだし、負ける訳にはいかないよね。……次は例の脳依さんか…」

 

 

 そう言ったタイミングで、氷の壁を作った右腕から力が抜ける。あぁ5分経ったんだなと、物間は疲れた頭で気が付いた。

 

 

 

 

 ──第2回戦 第3試合

 

「ふっ!」

「ハァッ!!」

『尾白(バーサス)砂籐!! 技(バーサス)力!! 1年生とは思えないこの戦いを制するのはどちらだー!!?』

 

 尾白が砂籐のパンチをいなして蹴りを入れれば、それを受け止めた砂籐が力任せのヘッドバットを喰らわせる。

 空手と尻尾による攻防一体の尾白に対し、“個性”により肥大化させた筋肉による攻撃と防御を行う砂籐。

 

 

「くっ…」

 

 強大なパワーをいなしきれない分、尾白が多くのダメージを負っている印象を与えている。観客席で観戦していた紫那が感心したように呟いた。

 

「……これは、大いに観察の意義のある試合ね」

「んー?」

「プレゼント・マイク先生の言う通り、1年生同士の試合でここまで()()()()試合は滅多に観られないわよ。みんなも、良く観戦しておく事ね」

 

 尾白と砂籐。紫那が騎馬戦で組んだあの2人は、今年入学したばかりの高校1年生としては異常な程に自身を鍛え上げている。雄英に入学した以上その内埋まる差だろうが、今その差は大きい。

 

 戦闘経験の不足を自覚する紫那にとって、そんな彼らの試合はとても参考になる。砂籐のパワーが尾白を翻弄すれば、尾白がテクニックで砂籐の裏を取る。

 

 

 そしてこのまるで対照的なこの試合を制したのは──

 

「せいっ…ヤァッー!!」

「──ッ!? がッ…ハ…」

 

 

 ──尾白であった。

 

 回転による遠心力を交えた尻尾の攻撃が砂籐の防御を越えて直撃し、砂籐は気絶した。

 

 

『尾白のテクニックが砂籐のパワーに打ち勝ったァー!! 尾白準決勝進出!!』

『テクニック…と言うよりは、隙なく攻める事で砂籐に糖分補給の間を取らせなかったのが功を(そう)したな』

 

 プレゼント・マイクの雑な実況に、相澤先生の解説が入る。

 

 

 ──砂籐の《シュガードープ》は少量の砂糖摂取で5倍のパワーを与えるが、糖分低下と共に脳機能が低下する強烈な副作用を持っている。

 

 砂糖の再摂取である程度は抑えられる副作用だが、尾白は敢えて不利な戦闘を継続する事で砂籐にその隙を与えなかったのだ。

 

 

「興味深い試合だったわね」

「ん~、そうだったの?」

「まあ、雄英に通っているのだし貴女もその内分かるわよ。さて…」

 

 空手の試合終了後の様に十字を切って一礼してから大きく息を吐く尾白を横目に、紫那は席から立ち上った。

 

「あっ、次終わったらシーちゃんの試合か! ガンバってね!」

「ええ、もちろん」

 

 紫那の相手は物間だ。“個性”との相性的にはまず負けない勝負だが、油断ならない相手なのは既に分かっている。紫那は作戦を反復しながら、控え室に向かった。

 

 

 

 

 ──続く第4試合の対戦カードは瀬呂 対 爆豪。爆豪の圧勝だろうと言う観客の下馬評に反して瀬呂はかなり善戦したものの、最終的に僅かばかり力及ばず爆豪が勝利。

 

 そして準決勝へと進み…

 

 

「なッ、に…?!」

「貴方の実力は理解している。下手に勝負を長引かせるのが危険な事も。だから少しだけ、()()を出させて貰うわ」

『脳依は一体何をしたァァー!!? 物間動けない!!』

『……』

 

 

 ──物間には勝ち筋が見えていた。

 

 紫那の防御技(パワーアーマー)の弱点は心操が見つけてくれた。“個性(コピー)”に頼らずとも物間にはかなり武道の心得がある。

 それに加えて今までの試合を観るに、紫那の能力は驚異だが攻撃は直線的だったり防御をし損ねたりと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

  故に観察を得意とする自分ならば、紫那の隙を突けるという確信があった物間には、勝ち筋が見えていた。

 

 

 しかし…

 

(──ここに来てッ…、まだ使っていない伏せ札が…!!)

 

 スタートの宣言と共に、()()()()()()()()。物間に分かったのはそこまでであり、次の瞬間には膝を着いていた。もうすぐ気絶するだろう事を、物間は察する。

 

「どうにも…、“個性”の相性運が、良くなかったな…」

「──物間君、気絶! 脳依さん決勝戦進出!!」

 

 戸惑いを感じさせる歓声の中、紫那は意識を落としてバタリと倒れた物間から背を向けた。

 

 

 

 

──準決勝 第2試合

 

「最ッ高だな地味(ヅラ)ァ!!」

「地味って…」

 

 圧倒的な戦闘センスを持ち《爆破》による高火力の攻撃と三次元的な動きを得意とする爆豪と、幼少期から培った空手の技術ともう一本の脚とも言える《尻尾》を持つ尾白の試合。

 

 戦闘経験だけで言えばクラス随一の尾白には爆破による乱暴なフェイントや投げ技が通用せず、今まで意識を向けてこなかった意外な強敵に爆豪の顔が凶悪に(ほころ)ぶ。

 

 

 ──≪爆風地雷≫!!

「ッ!! あっぶな…」

 

 爆風が広範囲に広がる地面に向けての大爆発。安定性の高い尾白攻略の為に即興で放ったれたこの技を、尾白は尻尾で宙高くまで跳ねる事で回避する。

 

 当然そこを爆豪は狙うだろうが、強靱(きょうじん)な尻尾を持つ尾白は空中でもそれなりに動ける。着地するまで耐え凌ぐ自信が尾白にはあった。……が、

 

 

「甘ェ!!」

「なッ…!?」

 

 尾白よりも高く跳躍した爆豪により、尾白は地面へうつ伏せに叩き付けられる。

 

「……俺の動きを先読みしたのか…!」

「尻尾がありゃそう動くだろって動きなんだよテメェの立ち回りは! さァ、詰みだ」

 

 爆豪は凶悪な笑みを浮かべたまま立ち上がれぬよう左腕で尾白の背中を抑え、脅す様に空いた右腕で小規模の火花を鳴らす。

 

 

「……まいった…」

 

 少しの躊躇の後、尾白は大人しく降参した。

 

「尾白くん降参! 爆豪くんの勝利!!」

『よって決勝は、脳依 対 爆豪に決定だあ!!!』

 

 

 プレゼント・マイクの実況が響き渡る。グラウンドで尾白から手を離して息をはく爆豪と観客席で微笑む紫那との視線が一瞬、交差した。




【第2回戦 準決勝 結果(太字が勝者)】
・第1試合
脳依紫那VS心操人使
決め手≪テスラ・ショック(天才の衝撃)
・第2試合
轟焦凍VS物間寧人
決め手≪“真似技(コピーアーツ)”赫灼熱拳・ジェットバーン≫
・第3試合
尾白猿夫VS砂籐力道
決め手 尻尾による打撃
・第4試合
瀬呂範太VS爆豪勝己
決め手 爆破による場外
 
・準決勝第1試合
脳依紫那VS物間寧人
決め手 ≪???≫
・準決勝第2試合
尾白猿夫VS爆豪勝己
決め手 尾白の降参
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