「オイ…オイオイオイふざけんじゃあねぇよ。負けてんじゃねぇかロボブレイン!! 最高傑作じゃ無かったのか!?」
何処かの貯水タンクの上で、目玉型の盗撮機である
映像では、KL-E-O会心の作品である筈のロボブレインが、ホークスとKL-E-Oに瓜二つな脳依によって破壊され、いけ好かない“ヒーロー殺し”が学生如きに倒された光景が映し出されている。
KL-E-Oが、呆れた様子で言い返す。
「仮にもトップヒーローを、たかが突発的な襲撃で討てる訳がないでしょう? えェ、そんなに甘くないわ。……ロボブレインには高度な学習機能がある。まぁ、その内殺せるわ」
それにしてもと、KL-E-Oは言葉を続ける。
「ホークスにくっついて
「ッ…!! テメェ…」
あからさまに馬鹿にされた死柄木が殺気を放つが、ステインを捕縛した学生達に関心が移ったKL-E-Oは歯牙にもかけない。
死柄木は怒りに任せてKL-E-Oを五指で掴んだが、やはり《崩壊》は起こらない。これならば、ナイフでもちらつかせた方がまだ脅しとしては効果的だろう。
「あァでも… 」
KL-E-Oがポツリと呟いた。
「このまま何ごともなく大団円ってオチも…、腹が立たない? えェ、本当にムカつくわ」
そう言ってバチンと、黒電を纏った指を鳴らした。見る者が見れば、ロボブレインへ向かって密かに電気信号が飛ばされた事に気付いたかもしれない。
「さ、やる事はやったわ。もう帰りましょう。そろそろここもホークスの
何をしたのか一切説明する事なく、KL-E-Oは黒霧に撤退を指示し、黒霧が展開したモヤの中へと消えていった。
死柄木は顔を覆う手の下から苛立ちの表情を浮かべていたが、鉄の虫から送られてくる映像の中にここへと向かっているホークスのサイドキックを見つけ、渋々殺気を収めた。
今の死柄木に、
「ハァ…、帰ろ」
「満足いく結果は…得られましたか? 死柄木 弔」
「バァカ。そりゃ明日次第だ」
そう言いつつも、ロボブレインがトップヒーロー相手にあれだけの騒動を起こしたのだから、メディアは“ヒーロー殺し”の事など明日には忘れる事を、死柄木は確信している。
■
「……なるほど?」
“江向通り4-2-10の細道”。
緑谷から突如送られてきた住所へとホークスを連れられた紫那が到着した時、そこにいたのは、荒縄で縛られた“ヒーロー殺し”ステインに、ホークスの要請で先んじて来ていたプロヒーロー達、そして…疲労困憊といった様子の
プロヒーローの中には脳無襲撃時にはいなかった黄色いコスチュームを着た老人ヒーローの姿もあり、彼は緑谷の職場体験先のグラントリノだろう。
オールマイトの師匠だというグラントリノには興味が尽きないが、紫那が視線を学友3人にやれば勝手に持ち場から離脱したその3人は皆等しく傷を負っており、1番の重傷らしい緑谷などはプロヒーローに背負われている。
紫那はそれだけで、ここで何が起こったのかを把握した。
「……
紫那の呟きで、学生3人が居心地の悪そうな表情をした。どうやら学生3人が…、“個性”を使ってステインを捕らえて
「ッ…!! 彼らがいなけりゃ、ステインに俺は殺されてた。規則違反なのは分かってる。だけどヒーロー候補生は人命より規則守れって教わってんのかよ?!」
「ムッ…」
ただの事実確認でありクラスメートを批判する意図は無かったのだが、緑谷を背負うネイティブアメリカンを模したコスチュームのヒーローに強く反論された紫那は、少しばかり意気地になった。
「救ける為なら法を犯していいと? それならヴィジランテと同じ理論武装をした犯罪者よ」
「今してんのはヒーローなら人命救助と遵法のどっちを優先すべきかって話で──」
「ハイハイ! 政治家とメディアが延々と繰り返してきた新鮮味の無い議論はそこまでにして、情報を共有しなきゃ。クラスメートが心配だったのは分かるけどね」
「ムッ、……そうね」
ホークスに窘められ、行方不明になっていた飯田や緑谷が無事だったと判明した事で少し気が抜けてしまい、紫那は自分が些か過敏になっていた事を自覚した。
ホークスに視線を向けられ、言いにくそうに、飯田が最初に喋り出す。
「……まず、私怨に囚われた俺がマニュアルさんの元を離脱した後、ネイティブさんと交戦中のステインと接敵した。そのまま戦闘へ移行し…」
「窮地に陥った所を、緑谷クンと轟クンに
「……その通りだ」
「ハァ…」
「マジかぁ…」
正直な飯田の自白に、思わず紫那とホークスはため息をついた。お手本の様な“個性”の違法行使である。目撃者のヒーローも多い。裁判沙汰になれば、弁護はかなり難しいだろう。
それは、彼らに強い興味を持つ紫那にしてもとても困る。
「ホークス…」
「……現場が裏路地だったから一般市民の目撃者はないし…、保須警察の署長を通して全体の口を塞げば、何とか…」
ホークスとしても、この無謀ながら実力を示したヒーロー候補生達の道を閉ざしてしまうのは不本意の筈だ。
紫那が目で嘆願すれば、ホークスは首をかしげながら本気で隠蔽の方法を画作する。
「──…!! 皆…、僕のせいで多大な迷惑を掛けた。本当に済まなかった…。復讐の念に駆られて……何も…見えなくなってしまっていた……!」
傷付いた緑谷と轟、そしてその後始末をする紫那やプロヒーロー達を見て、飯田は頭を下げた。
「へぇ…?」
その眼は短慮を恥じて涙ぐんでいるが、職場体験前に見せていた無鉄砲な視野の狭さは無くなっている。きっと、彼もまた良いヒーローになるだろう。
「……僕もごめんね。君があそこまで思い詰めてたのに全然気付いてなかったんだ。友達なのに…」
「しっかりしてくれよ。委員長だろ」
「……うん…!」
紫那が興味を深め、飯田が友達の言葉に励まされてコスチュームの裾で涙を拭った、その時──
──ドオォォン…!!
「──ッ!? 今のは爆発音?! いったい何処から…」
「この方向は…エンデヴァーさんが脳無の引き渡しをしてたはず…。ヴィラン連合か!?」
「学生共は伏せろ! 来るぞ!!」
街中に響き渡る程の爆発の後、路地を裂いて飛び出して来たのは…、2体の、
即座に、紫那は絡繰りを察す。
「しまった…! 頭部の脳が破損した際に起動する予備NPCが他にもあったのね…!! KL-E-Oの奴…!!」
同じ脳を持つ紫那ですら見抜けないほど巧妙に隠された、保険の機能。
“個性”は使えないようで、頭部を無くした2体の脳無は明確に紫那達を狙ってただ突撃している。
狙っているのは紫那たちを巻き込んでの自爆だろう。脳無の身体が、内部から漏れ出るように発光している。紫那の瞳には、脳無の体内でエネルギーが急激に高まっているのが見えた。
音から仮定するに、爆発の規模はそこまで大きくない。だが、紫那以外がもろに直撃して耐えきれる威力なのか。
「チィ…! ≪
一瞬の逡巡の上で、紫那は防御を得意とするプロヒーローと共に全身を鋼鉄化させて矢面に立つ。巨体の脳無と翼を持つ脳無が、同時に突っ込んできた。
直後、爆発。かなりの威力で、直撃した紫那が爆風により少し後ずさったほど。だが、想定よりかなり規模が小さい。
「緑谷くん!!」
「えっ、ちょ…」
「ッ……!? しまった…ホークス!!」
爆発跡が、1つしかなかった。そして紫那がそれを認識した瞬間、紫那の上を、翼の生えた影が緑谷を掴んで飛び去った。
ここにいる誰もが完璧に引っ掛かった。巨体の脳無による、ブラフと目眩ましである。緑谷を掴んだ翼の脳無は既に空高くまで滑空している。
1人でも多く殺そうという、
他のヒーローでは届かない。そう判断したホークスの動きは早かった。即座に羽根を操り自身も飛んだが、脳無の自爆に間に合うかは、五分五分。
──ホークスが羽根を広げた、その直後。唐突に脳無が落下した。
「ハァ…」
「ッ!? 何ッ!!」
どんなヒーローよりも…、ホークスすら置いて最も速く行動したのは、縄に縛られたステインだった。
ステインは隠し持っていたらしいナイフで縄を解き、緑谷を掴みながら落下する脳無へ向かって跳躍する。
「偽物が蔓延るこの社会も、いたずらに力を振るう犯罪者も──」
自由落下する緑谷を抱え、動きの止まった脳無の身体に何度も執拗にナイフを突き刺しながら、ステインはうそぶく。
「──粛清対象だ……。すべては、正しき社会のためにっ!」
そう叫んだステインの身体は、限界のはずだ。改造された紫那の瞳には、折れた肋骨が肺に突き刺さっているのが見える。しかし、ステインは動いた。
“意志の力”
紫那が雄英高校で研究しているそれを、ステインの執念に染まり静かに燃える瞳から見出さない訳にはいかなかった。
そしてホークス曰く、意志の堅いヴィランはそう容易く気絶しない。
不味い戦況だ。ステインは緑谷を人質に取った。このままでは逃げられる。
あのタイミングで即座に動き、見事に起死回生の一手を打った行動力は感嘆に値するが、クラスメートの命とヴィラン連合の情報が掛かっている。そう褒めてもいられない。
「何故固まって突っ立てるいる!!? そっちに2体逃げた筈だが!!? ホークスは何をしている!?」
「エンデヴァーさん!!」
硬直した戦場に裏路地を通って現れたのは、土埃で汚れたエンデヴァーだった。置いてきたのか、
「そっちでの爆発は大丈夫でしたか!?」
「ファントムシーフが直前に気が付いた。死傷者はいない。して…、そのボロ布を纏った男が…ヒーロー殺しか──!!!」
「待て、轟!!」
即座に状況を理解したエンデヴァーが構えるが、何かを察したグラントリノがそれを止める。その声に反応したのか、ステインは緑谷を解放して立ち上がり、幽鬼のようにフラフラと動き出す。
「
目元を隠していたマスクが外れ、唸るステインの素顔が見える。目の周りが焼け爛れていてその上、後天的に鼻を削いだのが見てとれるの面貌は、彼の狂気を更に際立たせている。
ゾクッ…と、紫那は自身の身体が強張ったのを感じた。
「正さねば──…誰かが…血に染まらねば…!」
ここに来て、紫那は自分の推測が的外れであった事を察した。ステインは逃走しようともせず、瀕死の身でありながらも尚、エンデヴァーを殺そうと渾身の力で一歩踏み出した。
その威圧に紫那は冷や汗を流し、エンデヴァーやホークスすらも
「来い。来てみろ贋者ども。俺を殺していいのは──
ドサッと、紫那の隣で音がした。
ステインの狂気にたじろいたプロヒーローの1人が、腰を抜かして尻餅を付いた音。しかしその音が、紫那とホークスをいち早く正気に戻した。
「メカニスト!!」
「ッ…!! Mr.Device・≪ジェットパック≫!!」
《剛翼》を2本の刀にしたホークスが上から、両腕に紫電を纏わせた紫那が正面からステインに突撃した。が、
「……!」
「気を、失っている……!?」
紫那の拳とホークスの刃がステインに当たる直前、2人は気付く。立ったまま、白目をむき、ステインは気絶していた。
「……流石に限界だったのか…。兎に角、拘束して警察に引き渡そう。細かい話は、その後で」
「……正直、助かったわね。了解よ」
刀を解いて翼に戻したホークスが、緑谷達3人を見ながら、紫那にそう指示を出す。紫那は大人しく従い、所持していた拘束具でステインを捕らえる。
──こうして、幾つもの疑問を残しながらも、保須市襲撃事件は一先ずの幕を下ろしした。
■
「あら?」
「ん? あぁ、脳依か。奇偶だね、キミも見舞いかい?」
「ええ、クラスメートだもの」
ヴィラン連合による保須市襲撃事件が起きた翌日の昼前。ステインとの戦闘で負傷し、ここ保須市総合病院入院した学友3人を見舞いに来た紫那は、同じく見舞いに来ていた物間と遭遇した。
エンデヴァーもホークスも報告書の作成や
守秘義務もあり、いくら優秀と言えども職場体験の学生はいるだけ邪魔なのだ。紫那や物間が見舞いに来ているのには、そんな理由もある。
「脳無の自爆、貴方が最初に気付いたんですってね? お手柄じゃない」
脳無の自爆特攻では、エンデヴァーがグラントリノと共に捕らえた脳無がまず突発的に爆発したらしい。物間が直前で気付き、エンデヴァーが守った事で死傷者は出なかったが、それを機に2体の脳無が逃げ出したとの事だ。
紫那の元へと来たのは、十中八九、KL-E-Oの手引きだろう。証拠隠滅を兼ねてか、脳無は肉片も残さずに爆発した為、皮肉な事に解剖出来るのはステインがめった刺しにした1体だけだった。
「気付けたのは偶然さ。もしくは、見えていた角度の問題だよ。……ところで、彼らの容態はどんな感じなんだい?」
「それなりに重傷だったけれど、ちゃんと手術すれば後遺症は遺らない程度らしいわ。まあ、傷跡は遺るかもしれないけれど、それは自業自得で自縄自縛で因果応報ね」
「ま、その通りだ。法を破って私闘に走るだなんて…、まったく、
「……ええ、その通りね」
物間はそう辛辣に言い放ったが、紫那は彼がエンデヴァーに減刑を求めて直談判した事を、ホークスを通して知っている。
口では何だかんだと言いつつもこっそり学友を助けようとする辺り、物間はヒーローだった。そして、ひねくれた性格である。
「へぇ、結局心操クンはあそこのヒーロー事務所にしたのね」
「君がアドバイスしたのかい? ネットで検索したけど、情報もほとんど出てこないし、ほぼ無名の事務所じゃないか」
「ああ、あそこは──…」
受付で尋ねた所3人まとめて1つの病室に押し込まれているとの事で、紫那と物間は雑談を交わしながら廊下を歩く。
「ッ…!! この犬面──」
「やめたまえ! もっともな話だ!!」
「……あらぁ?」
病室に到着する直前、その病室の中から、そんな怒鳴り声が聞こえてきた。病室のドアが開けっぱなしで、声が外に漏れているらしい。
「まったく、キミのクラスメートは何時でも騒がしいね」
呆れながら物間がそう言うが、紫那には返す言葉もない。フロア中に轟と飯田の声が響き渡っていた。病院で何をやっているのかと、紫那も呆れた。
「邪魔するわよ」
「何やら騒いでいるようだけれど、人の話は最後まで聞いた方が良いんじゃあないかい?」
「脳依さん! 物間君!?」
堂々と病室に割り込んだ紫那と物間に、あからさまな反応を見せたのは脚を負傷しベッドに横たわっている緑谷だけだったが、犬の頭をした保須警察署長に詰め寄る轟とそれを止める飯田も驚いた表情をしている。
かなり、混沌とした状況である。
病室には怪我人3人の他に保須警察署長の面構氏と、グラントリノとマニュアル(飯田の職場体験先のヒーロー)も在席していた。もう1人の関係者であるエンデヴァーは、多忙ゆえに不在だ。
ぺこりと彼らにお辞儀だけして、紫那は轟らに目を向けて口を開く。
「轟クン、貴方が何に憤っているのかは予想が付くわ。その上で、署長の話は最後まで聞きなさい」
「ッ…!」
今回彼らがやらかした、資格未取得者による保護管理者の指示なく“個性”を使用した戦闘行為は、法に則ってもかなり重い罪である。事の次第によっては、高校退学からの刑務所送りとなってもおかしくはない。
この超常社会のモラルやルールを否定し、ヒーローの信頼を揺らがしかねない行為なのだから、当然の事だ。それを分かっていてなお、救える人命を無視出来なかったからこそ、轟は憤っているのだ。
それを紫那が黙らせて面構署長に視線で続きを促せば、彼は鼻の頭をポリポリと掻いきながら厳粛な空気を吹き飛ばすような口調で言う。
「処分云々はあくまで公表すればの話だワン。汚い話、公表しない場合、ヒーロー殺しの火傷痕から、エンデヴァーを功労者として擁立してしまえるワン。幸い目撃者は極めて限られている。この違反はここで握りつぶせるんだワン」
そう、エンデヴァーやホークスが動いた結果、──もしくはそれが無かったとしても、面構署長はこの件を揉み消す判断をした。
先ほど物間が憤慨していたのは、規則違反に対して小言だけで済まされると判決を聞いていたからだ。物間は物言いによらず、
だが、と署長は続ける。
「キミたちの
「まあ監督不行き届きで俺らは責任取らないとだしな」
「──申し訳ございません…」
「よし! 他人に迷惑かかる。わかったら二度とするなよ!!」
グッドサインを取る面構署長と肩を落とすマニュアル。そのマニュアルさんに飯田が駆け寄って、頭を深々と下げながら謝罪すれば、マニュアルは飯田の頭にチョップを加えながらも笑って許した。
「そもそも! 轟、キミはメールが来た時点で事情をエンデヴァーさんに相談するべきだったんだ。エンデヴァー自身が動けなくとも、サイドキックは動けたんだ。バーニンさんやオニマーさんは、キミよりも頼りないのかい?」
「……そうだな。俺の判断が間違ってた」
「緑谷クン、貴方もエンデヴァーに会ったら誠心誠意お礼をしておきなさい。
「え、あっ、うん! もちろん!!」
マニュアルとグラントリノには、情状酌量込みで半年間の教育権剥奪を含む活動制限と減給、その立場上活動を制限し難いエンデヴァーには1年間の減給が命じられている。
過去にはヒーロー免許没収の事例もあった事を考えればかなり緩い処分だが、それでも笑って許せる彼らの器は大きかった。
現状の把握ができたところで3人ともマニュアルさんと面構署長に頭を下げて謝罪した。
「
そう言って深々と頭を下げた面構署長が大人としての矜持を貫けば、轟たちもようやく、もっと大人を頼るべきだったのだと理解したのだった。