脳依紫那は天才である   作:緑川翼

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奇跡的に筆が乗ったので、早めの投稿です。


期末テストに向けて

 職場体験の終わった、翌日の月曜日。教室にて、皆思い々々に自身の経験したヒーロー活動を語り合っている。

 

 基本的には1週間パトロールに付き添っただけだった様だが、蛙水や耳朗などは立て篭もり事件や密猟など実際の事件に遭遇したらしい。他には八百万はCM撮影に参加したとかで、自身のヒーローとしての在り方に悩んでいた。

 八百万にも色々と思うところがあるようだが、あんなヒーロースーツでTV出演する勇気があって何を悩む事があるのかと、紫那には本気で疑問だった。

 

「マジか! マジか爆豪!!」

「ひーー!!」

「笑うな! クセついちまって洗っても直んねえんだ…。 おい笑うなやブッ殺すぞ…!!」

「やってみろよ8:2(ハチニイ)坊や!!」

 

「そういや砂藤は何処の事務所に行ってたんだっけ?」

「俺か? 俺は“BMIヒーロー”の…」

 

 爆豪が《爆破》しながらキレているにも関わらず、普通に雑談を続けているA組の順応力は流石である。

 

 そうする内に、話題はいつの間にかヒーロー殺しへと移っていた。自然と、クラスの視線が紫那達4人へ向けられる。

 

「俺もニュースとかで見たけどさ、ヒーロー殺しってヴィラン連合とも繋がってたんだろ? もしあんな恐ろしいやつがUSJ来てたらと思うとぞっとするよ」

「でもさあ、確かに怖ぇけどさ。尾白は動画見た? あれ見ると一本気っつーか、執念っつーか、かっこよくね? とか思っちゃ──」

「──格好いい? ジョークとしては三流で下等で悪質ね」

 

 黙って聴いていた紫那が、上鳴の言葉に突然口を挟んだ。少し苛立っているのか、バチンと紫電が弾ける音が、教室に響く。

 

「いい? この世のあらゆる理屈は、その主張を暴力に頼った時点で暴力以外の説得力を失うの」

 

 それは、紫那自身のモットーでもある。容易く人を害せるだけの技術力を持つからこそ、紫那はそれに頼り過ぎる事をしないよう心掛けているのだ。

 

「世間に訴える手段として暴力を選び、それ以上の暴力に敗北した時点で、ステインの言葉に説得力などないわ」

 

 そもそも、ステインの行動はどれも突飛過ぎるのだ。“ヒーロー観の根本的腐敗”とやらに失望するのは勝手だが、何故高校を中退して街頭演説に走ったのか。

 オールマイトの言葉が広く受け止められるのは、彼がNo.1ヒーローだからだ。紫那の妄言が公安にマークされるのは、紫那がそれを可能にする技術力があるからだ。

 だが、高校中退のガキの言葉に何の重みがあろうか。それを理解せずに「言葉に力は無い」などと断定して殺人技術を会得し、ヒーロー殺しとなった結果ステインの思想として影響力が生まれたのだから皮肉なものだ。

 

「うっ、飯田…、ワリィ…」

「いや…、いいさ」

 

 上鳴の不躾な言葉を許せる飯田は器の大きい男だと、侮辱されれば相手が泣くまで許さない紫那は思った。

 

「さァそろそろ始業だ! 席につきたまえ!!」

「なんか…、すいませんでした…」

 

 

 

 

 午前の通常授業が終わり、昼休憩を挟んでヒーロー基礎学がぬるっと始まった。今日の講師はオールマイト1人である。

 

「職場体験直後ってことで今回は、遊びの要素を含めた救難訓練レースだ!!」

 

 オールマイトがルールを説明する。

 

 複雑に入り組んだ密集工業地帯を模した“運動場γ”の何処かからオールマイトが救難信号を発信し、それを追って最初にオールマイトの元へ辿り着いたヒーローが勝利だ。

 

「レースかぁ。ウチの“個性”じゃ大分不利だな…」

「……まァ、耳郎サンなら情報収集なりで補うしかないわね」

 

 ()()()()()()()()()は最初に辿り着いたヒーローにだけ与えられるのだから、このレースは合理的ではある。機動力の低い生徒には死活問題だろう。

 

 第1レースに選ばれたのは、瀬呂、尾白、飯田、緑谷、紫那と、クラスでも上位の機動力を持つ生徒達だった。オールマイトが紫那を指差して言う。

 

「脳依少女! 今回は、そのサポートアイテム(シナプス・トーチャラー)は無しで挑んでくれ!」

「……道理で自明で当然ね」

 

 今回のフィールドの様に複雑な地形においては、高速で空を飛べるのは大きすぎるアドバンテージとなる。1人だけ飛べてはレースとして成立しないので、オールマイトが制限するのは当然のことだった。

 

 

 5人は街外に並び、オールマイトの合図を待つ。飯田は先日のステイン戦でスーツを破損させた為、体操着だ。

 

『用意は良いか有精卵ども!! ──START!!』

「──飛びなさい、ED-Es(エディズ)!」

 

 スタートの言葉と同時に、紫那は6機の小型ドローンを飛ばして地形を把握する。紫那の頭脳は即座に最短経路を計算し、改造した身体能力で走り出した。

 

 中空移動が可能な瀬呂と緑谷は素早く上に行き、飯田は愚直に走り出す。チラリと紫那が後ろを見れば、尾白が新たなサポートアイテムらしき鉄棒を構えている。

 

「よし…! 伸びろ、如意金箍棒(にょいきんこぼう)!!」

 

 尾白のかけ声とともに、手に持つ鉄棒が70㎝(バトン並)から5m50㎝(棒高跳び棒並)まで伸びた。なる程、孫悟空(セイテンタイセイ)の名に相応しいサポートアイテムだ。

 

 尾白は素早く長さを調整し、壁の突起や配管の隙間に如意棒を嵌めて上へ駆け上がった。

 紫那が見るに、尾白は《尻尾》を持つ分、不安定な状態でのバランス感覚に優れているらしい。見事に如意棒を駆使している。

 

 ED-Eを通して他の生徒の動向を確認しながら、紫那は走る。

 

 現在の順位は緑谷と瀬呂がトップ争いをしており、その直後を尾白が追い、紫那がその真下にいる形だ。飯田は…何を間違えたのか、ゴールの斜め向こうへ向かって突き進んでいる。

 

 

「……あらぁ?」

「今回のステージ…、うってつけ過ぎる! 修行に!」

 

 緑谷の、スピードが落ちない。

 ≪フルカウル≫の出力が8%で安定している。グラントリノ(オールマイトの師匠)の元での職場体験を経た事で、何かをつかんだらしい。

 

 緑谷は屋根や排気管の上を器用に跳ねて進んでいる。紫那も同じ様に走りたいが、今紫那の質量は500㎏を超えている。下手に真似をすれば、足場が崩れての落下は免れないだろう。

 

「仕方…、ないわねッ! ──≪変異新人類(スーパーミュータント)≫!!」

 

 このままでは負けるだろうと計算した紫那は、全身の細胞を触手へと変異させ、OFA40%並みのスピードで走り出した。

 

 5mを越えた巨体に変異したが、紫那の触手は器用に小道をすり抜け、壁や地面に一切の損害を与える事なく走って行く。

 

「ッ…?! 脳依さん!?」

「マジか、決勝のヤツじゃん!!」

「流石に…、速いな!」

 

 一気に全員を抜き去り、紫那が1位に躍り出た。そしてそのまま…、紫那はオールマイトの元へゴールした。

 

「フィニーーッシュ!」

「よしッ!!」

 

 オールマイトの判定を聞きながら、紫那は触手を解いて人型に戻る。オールマイト直々に『助けてくれてありがとう』と書かれたタスキを掛けられ、紫那は冷静を装いながらも頬が緩ませる。

 

 瀬呂、尾白、緑谷、飯田とゴールし、オールマイトが総評に入る。

 

「1着は脳依少女だったが、みんな入学時より“個性”の使い方に幅が出てきたぞ!! 尾白少年の如意棒はおニューのサポートアイテムかい?」

「はい! 職場体験前にサポート科に申請して…、今日が初運用です」

「そうか! それを自在に操れるようになれば出来る事も大幅に広がるぞ! みんなこの調子で期末テストに向け準備を始めてくれ!!」

「そっか。期末がもうすぐか…」

「ベンキョーしてねー」

 

 後2週間程で期末試験が始まる。当然、天才である紫那は筆記試験の心配などしていないが、実技試験は手持ちの情報が少ない。何かしら、対策しておくべきだろうか。

 そんな事を考えながら、紫那は残りのヒーロー基礎学を過ごした。

 

 

 

 

「疲れた~!」

「やっぱウチはフットワーク重いわ。情報収集でカバーするにしても出遅れちゃうし…」

「自分の手で何とかする事だけがヒーローじゃないわよ。サポートアイテムで間に合わせるか、機動力が高いサイドキックを雇うのも一考の余地はあるんじゃない?」

「あー尾白みたいに?」

 

 女子更衣室で制服に着替えながら、雑談に興じる。話題はやはり、今日のレースの事だ。

 

 計4回行われた救難訓練レースの勝者は、紫那、爆豪、蛙水、砂藤であった。

 

 意外にも八百万の成績が振るわず、爆豪に負けたのはこの際いいとして、何と機動力が皆無に近い青山と最下位争いをしていたのだ。

 どうにも八百万は体育祭のトーナメントにて心操に下らない方法(≪あそこにUFO≫)で負けた事が未だに尾を引いているらしく、恵まれた“個性”でありながら全く活かせていない。

 

 八百万は友達である。どうにか慰められないものかと、畑違いながらも紫那が天才的頭脳を回していると──

 

「──オイラのリトルミネタはもう立派なバンザイ行為なんだよォォ!!」

 

 壁に空いた穴を通じて峰田の声が響いてきた。女子全員、隣の男子更衣室で何が起こっているのかを察する。

 

「八百万のヨオヨロッパイ!! 芦戸の腰つき! 葉隠の浮かぶ下着! 脳依の美乳! 麗日のうららかボディに蛙吹の意外おっぱァァァイ!!!」

 

 下品な事を叫ぶ峰田(エロ葡萄)に耳郎が《イヤホンジャック》による制裁を行おうとしたが、紫那がそれを止める。わざわざ、耳郎が手を下すまでもない。

 

「──≪催眠音波砲(メスメトロン)≫!!」

「あああァァッ!!!!」

 

 紫那の指が変異した目とも口ともつかない触手が壁の穴に差し込まれ、その器官から放たれた音波と光が、覗き込もうとしていた峰田(助平ブドウ)の目を焼いた。

 

 バタリと、壁の向こうで人が倒れる音がする。

 

 ≪メスメトロン≫は本来、接近してきた敵の視覚を奪う技だ。至近距離で不用意に喰らった峰田(変態ブドウ)が気絶したのだろう。数日は後遺症で目が眩むだろうが、自業自得だ。

 

「ありがとシーちゃん!」

「何て卑劣…!! すぐに塞いでしまいましょう!!」

「そうね。総務課には私から伝えておくわ」

 

 ちなみにこの後気絶した峰田は放置されてHRに遅刻した。峰田は理由を知った相澤先生に驚くほど冷たい目で睨まれていたが、心底どうでもよかった。

 

 

「えー、そろそろ夏休みも近いが、もちろん君らが1ヶ月休める道理はない」

「まさかッ…」

「──夏休みに林間合宿をやるぞ」

「知ってたよやったッーー!!!」

 

 HRでの相澤先生の言葉に、クラス中が湧いた。1人風呂ッ!風呂ッ!!と不純な騒ぎ方をしているエロ葡萄がいるが、まだ懲りていないのか。

 

 ただし、と相澤先生が水を差すように言う。

 

「その前の期末テストで合格点に満たなかった奴は…学校で補習地獄だ」

「みんな頑張ろーぜ!!」

「……ふぅん?」

 

 先ほどとは180度真逆の意味で、切島や上鳴が騒ぐ。学力に自信の無い連中には一大事だろう。だが、紫那の反応は違う。隣の八百万に呟くように、言う。

 

「久々に、相澤先生が嘘をついたわ」

「あら? と言う事は…」

「学校で補習地獄…、は嘘ね。全員合宿に行けるみたいよ」

 

 紫那の瞳は身体反応から嘘を見抜く。相澤先生お得意の、合理的虚構である。生徒に本気を出させたいのは分かるが、嘘はいかがなものか。

 そんな事を紫那が考えていると、相澤先生に睨まれた。真実を広めるな、と言いたいらしい。紫那は肩をすくめて返事とした。

 

 自信を喪失している八百万を励ますつもりで伝えたのだが、もしかしたら逆効果だったかもしれない。やはり人を元気づけるのは苦手だと、紫那は苦笑する。

 

 

──そんなこんなで1週間が経過した。

 

 

 

 

 6月最終週。期末テスト1週間前。教室に上鳴の絶叫が響き渡る。

 

「全く勉強してねーー!! 体育祭やら職場体験やらで全く勉強してねーー!!」

 

 前期筆記テストでクラス最下位を記録した上鳴は案の定と言うべきか、試験対策を怠っていたらしい。上鳴の隣で開き直ってあっはっはと笑う芦戸(19位)も、同類だろう。

 

「なぁ頼むよ脳依天才だろ!? 助けてくれ!!」

「あっ、私も~!」

 

 クラスメートに勉強を教えるのはやぶさかでもないが、何故1週間前になってから言い出すのか。

 

「手遅れとは言わないけれど、1学期分の総復習を1週間で行うのは、()()()()()()じゃまず無理よ?」

「最低限でいいから! 赤点さえどうにかなればいいから!!」

「でもねぇ…」

 

 天才の紫那には、常人の基準が分からない。よって、この程度の内容の最低限が何処なのかも良く解せないのだ。紫那が渋る理由は、それである。

 

「……そんな事言ってぇ…、実は怖いんじゃないの~?」

「──? 何が?」

「“天才”だからって勉強できるとは限らないもん。高校レベルの問題が解けないのが怖くてぇ…、理由つけて断ってるとか?」

 

 そう挑発ぎみに笑みを浮かべた芦戸が机から取り出したのは、国語の問題集である。煽って、良い返事を引き出そうという魂胆だろう。

 

 芦戸の意図に感づいた上鳴が乗っかった。

 

「感情の機微が掴めないから心情問題が苦手だって言うもんな!」

「そうそう!」

「ふぅん。なるほど?」

 

 それはAIとかの話だと思うのだが、ここまで煽られては仕方ない。芦戸から問題集を受け取って、紫那はサラサラとペンを走らせる。

 

「ほら。これでもまだ言う?」

「……うわ全問正解!! ……やっぱり!」

「私を誰だと思っているの? 現代の一般的な学問……特にその程度であれば、当然十二分に理解しているわ」

 

 天才としての自負。その自信を感じ取ったのか、芦戸と上鳴は唸る。紫那がため息を1つついて、言う。

 

「……まァ良いわ。放課後私の家に来なさい。教えてあげる」

「えっ、いいの!?」

「今進めているプロジェクトも一区切りついているし講演の予定もないから、暇はあるわ。その隙で良ければね」

 

 考え直したのだが、どうせ(研究所)に帰ってもやることはほぼ趣味と化した生きた中核(リビング・ハート)の研究か片手間のレポート作成だけなのだ。なら、友達を招いた方が有意義だろう。

 

「女子ン家へ家庭訪問!? オイラも混ぜてくれ!!」

「貴方は勉強より先に欲望を制御する事から覚えなさい」

 

 横で話を聞いていた峰田(欲情ブドウ)がヨダレを垂らしながらグへへへと気持ち悪い笑みを浮かべて挙手してきた。紫那は今日初めて、気色悪いという感情を理解した。

 

「まったくあの出歯亀ブドウは…。この前の覗き未遂といい体育祭の時といい……」

 

 呆れるようにそこまで言ってふと、紫那は体育祭で紫那を騙そうとしていた2人への()()()を済ませていなかったな、と思い出す。

 

「そこの色狂いブドウ。予定が変わったわ。貴方も来なさい。あァ御免なさい芦戸サン。貴女は八百万サンの所へ行ってくれるかしら? 巻き込みたくないの」

「えっ、いいケド…」

「さっ、そうなれば話は早いわ。そこの2人はこの契約書にサインしてちょうだい。まァ何か害を与えるような内容ではなから。……多分ね」

 

 上鳴は良く分かっていないままに、峰田は欲望に背を押されて、紫那の取り出した怪しい書類の内容をよく読まずにサインした。

 

「うわぁ…」

 

 紫那に小声でグループからの離脱を唆された芦戸は困惑していたが、紫那が上鳴と峰田に何か怪しい書類にサインさせているのを見て、行かなくて良かったかもな、と思い直した。

 

「安心してちょうだい? 貴方達の学力向上()保証してあげる」

 

 紫那は妖しく邪悪に、微笑んだ。

 

 

 

 

 

──そして訪れた、期末テスト当日。

 

「うぅー、アー…」

「3.1415926535897932384626433832795028841971693993751058…」

 

 紫那に引き連れられ教室に入ってきたのは、焦点の合わない白目で言葉にならないうなり声を呻いている上鳴と、充血した目をして震えながら小さな声で何かを呟き続けている峰田であった。

 

 満足げな顔をした紫那に、ああ改造したんだな。とクラスの全員が察した。




如意金箍棒《にょいきんこぼう》
・尾白のサポートアイテム。
・簡単な操作で自在に長さを変化させられる。変化スピードは速いので、突き技としても使用可能。
・尾白はこのアイテムと尻尾によってより三次元的な動きが出来るようになった。

≪催眠音波砲(メスメトロン)≫
・紫那の技。強い光と音で接近してきた相手の視界を奪う。
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