脳依紫那は天才である   作:緑川翼

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天才対談

  ──脳依(ノウイ) 紫那(シナ)は"天才"である。

 

 

 現15歳(中学三年生)にして世に認められた論文や特許は数知れず、小学生の内に自らの資産だけで研究所を建てたのは彼女だけだろう。

 

 

 特に優れた生物(サイボーグ)工学の分野において世界的ブレイクスルーを引き起こし、国内外のメディアから()()()()()()()()とまで称された天才。

 

 

 

 その少女は入試試験の終わった今日、再び雄英高校を訪れていた。 

 

 

「よく来てくれたね、脳依君。時間を取らせて悪かった」

 

「ええ。お互い忙しい中で設けた時間、有意義に使いましょう」

 

 

 雄英高校の面談室の1つに、ネズミなのかクマなのか、謎の生物である根津校長と対面して、紫那は座る。

 

 

 紫那は学会や授賞式の場で根津校長と会った事はあれど、対面で談話をした事はない。故に“個性”教育の権威である彼を、些か紫那は警戒していた。

 

 

「飲み物はどうだい? 紅茶? コーヒー?」

 

「では、コーヒーを。アイスで、砂糖は…6つで」

 

 

 紫那は穏やかにそう答えるが、その声は何処か冷酷な印象を周囲に与えていた。

 

 

「じゃあボクは紅茶にしようかな! もちろん、無糖でね! よろしく!」

 

 

 根津校長の声に反応して、部屋の端に設置された装置が動き出す。ウィンウィンと音を立てたかと思えば、瞬く間にアイスコーヒーと紅茶を淹れ、マジックアームがそれぞれの前に所望の飲み物を差し出した。

 

 

「いただこうか! メーカーの中じゃ、これが最高の味なのさ!」

 

「ええ。存じていますとも」

 

 

 というか、存じていない筈がない。なにせ、このコーヒーメーカーは紫那が設計したのだから。

 

 まあ、その事をこの校長が知らないとも思えない。紫那は社交辞令として受け取った。

 

 

「まず始めに、入学おめでとう! 既にホログラムレターは届いているだろうが、改めて祝辞を述べさせてくれ。我々(雄英高校)は君を歓迎するのさ!」

 

「‥‥ええ。ありがとうございます」

 

 

 偏差値が80近かろうと、倍率が300倍を越えようと、紫那にとっては大した問題ではない。紫那は世界最高峰の知能が集う《I・アイランド》の大学で、()()()()()()()()天才なのだから。

 

 

「さて、祝辞はここまでにして、本題に入ろうかな!」

 

 

 一口二口と器用にクマだかネズミだかの様な口で紅茶を飲み、根津校長は話を切り出した。

 

 

「今回の本題はもちろん君の入学についてのことさ! 君との対話には当然興味は引かれるけれど、本当に残念ながらお互い多忙な身。なら優先度の高い重要な事柄から済ませた方が合理的さ。そう合理的と言えばこのキューティクルな毛並みを維持する為の──」

 

 

 成る程、これが噂に聞く根津校長のお喋りかと、紫那はジャリジャリとコーヒーを飲みつつ、延々と続く信じられない程につまらないお喋りを聞き流す。

 

 

 本題に入ると言いながらまったく本題に入る様子がない。紫那はカチャリと、わざとらしく音を立てながらカップを置く。

 

 

「──おっと! すまないね、ついつい夢中になってしまった」

 

「いえ、お気になさらず」

 

 

 本当は気にして欲しかったが、今更気にして直せるならとっくに直せているだろうから、言うだけ無駄だと紫那は言わなかった。

 

 

「さて、それじゃあ‥今度こそ本題に入ろうか」

 

 

 ピリッと根津校長の纏う空気が変わった事を、紫那は察した。

 

 根津校長の"個性"は《ハイスペック》。人間以上と称されるその知性は、天才たる紫那でも侮れない。

 

 

「私の入学について、でしたね。まさか‥書類に何か不備でも?」

 

 

 そんな筈が無いと分かっていながら、紫那は校長に問う。

 

 

「HAHAHAまさか! 君がミスするなど、それこそ飛行機が墜ちるよりも低い確率だろう?」

 

「フフ‥ええ、そうでしょうね」 

 

 

 そのお世辞(事実)に、紫那はコーヒーカップを持ちながら相づちを打つ。

 

 見え透いたおべっかは聞き慣れているが、紫那は()()()()()()相手からの誉め言葉は嫌いではなかった。

 

 

「本題‥つまり相談したい事は、君の()()()()()についてさ」

 

「‥‥へぇ」

 

 

 上向きだった紫那の声が少し低くなり、バチッと音が鳴ったのを、根津校長は聞き逃さなかった。

 

 

「単刀直入に行こう。君の目的については…、おおよその予想は付いているつもりさ。機械による“個性”の否定…違うかい?」

 

「……言い方は気に入りませんが、まぁそんな所ですわ」

 

 

 紫那の研究内容から、学者や政治家には紫那の目論見の大約(たいやく)は露呈している。

 

 

 勿論、それを止めようとする各国の政府や公安から圧力を掛けられているが、紫那は企業やメディアを味方につける事でそれを凌いでいた。

 

 

 ……しかし、今回の件に限っては、最後の判断は雄英しだい。もし公安委員会の圧力に雄英が負ければ、紫那にはどうしようもない。

 

 

「なる程…。我々教師には生徒の夢を否定する権利など持っていないのさ。

 しかし、我々は()()()()として、社会の秩序を乱す者は止めなくてはならない」

 

「……それで?」

 

 

 怪しい雲行きだが、紫那は落ち着いたまま相づちを打つ。

 

 

「ヒーロー公安委員会からも『脳依紫那を入学させるな』と告達(こくたつ)が来ている。恐らく、そうする事が正しいのだろう」

 

「では、私を入学させない、と?」

 

 

 紫那は周りを底冷えさせる恐ろしい笑みを浮かべ、根津校長に聞く。

 

 

 

 

H()A()H()A()H()A()()()()! 試験の結果以外で合否を判断するなど、ボクが最もしてはならない事だろう?」

 

 

 根津校長は先程のジョークと同じ様に、紫那の質問を笑い飛ばしてみせた。

 

 

「フフ‥ええ、そうでしょうね」

 

 

 そして紫那もまた、根津校長に釣られるように微笑む。

 

 

 そもそも、根津校長は最初の祝辞の時から「雄英高校は紫那を歓迎する」と言っているのだ。つまり今のやり取りは紫那への警告であり…ただのジョークだ。

 

 

 ついでに、紫那の底冷えさせる笑みや冷たい声はただの地である。

 

 

 

「牽制して済まなかったね。一応、公安への義理は通さなくてはならない」

 

「構いませんわ。私を受け入れてくれること、感謝します」

 

「それこそ構わないのさ!雄英高校は公安委員会の下位組織ではない。要請を承諾しても命令に必ずしも従う義務は無いのさ」

 

 

 それに! と根津校長は続ける。

 

 

「将来的な不安の種が有るならば、それは蓋をするのではなく更生させるべきだ。それが教師の仕事であり、ヒーローの役目だからね!」

 

「フフ…更生する…と、あなた方に私が直せますか?」

 

「出来るさ!」

 

 

 自信を持って言う根津校長に、紫那は笑う。

 

 

 紫那は小中学校に通っていない。公安の勧めた学校に入学し、一応卒業はしているが、最低限の出席しかしていなかった。

 

 研究に忙しかったのもあるが、紫那は義務教育を態々受ける意義を感じていなかったからだ。

 

 

 しかし、この高校は違いそうだ。もしかしたら何か学ぶ事が有るかもしれないと、紫那は少し期待した。

 

 

 

「そうだ! 今日の用件は以上なのだが…1つ個人的な疑問を(てい)しても構わないかい?」

 

 

 紫那がコーヒーを飲み終わり、砂糖の塊が底にこびり付いたカップを置いた時、根津校長がそう尋ねた。

 

 

「ええ、どうぞ」

 

「ありがたい! では……君は何を作って…()()()()()()()()()()()()()()? それが知りたい」

 

「……まあ、いいでしょう」

 

 

 少々意外な、鋭い問いだったが、紫那は答える為に()()()()()

 

 

 紫那の突然の奇行に、根津校長は何も言わない。おかしな事はしないと信用されているのか、単に人外の根津校長は人間の少女に何も感じないだけなのか。

 

 

 なんにせよ話が早いと、紫那は()()()()()()()()()

 

 

 胸の中に有るのは当然心臓。さらけ出されても、ドクンドクンと脈うっている。違うのは、()()()()()()()()()()()()()()()のみ。

 

 

「これこそ、私が世界を変えられる事を確信した根拠。天才たる私の最高傑作」

 

「──!!! それは?」

 

「【生きた中核(リビング・ハート)】。簡単に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 計算上、牛20頭分の鼓動があれば…国1つの電力を賄える、正に夢の機械。

 

 

 生きた中核(リビング・ハート)の規格化に成功すれば、“個性至上主義”など過去の遺物になる。それだけの電力を生み出す事ができるのだ。

 

 

 問題があるとすれば、執刀の難易度が紫那以外に出来ない程に高すぎる事と、1ヶ月健全に維持するのに火力発電所3基分と同等のコストが要る事か。

 

 

 そのデメリットをどうにかできなければ、一般に広める事などできないが、紫那は3年あればどうにかなると予想していた。

 

 

「……なる程。それが君の自信の根源か」

 

()()()()()()()()ですが… 兎に角、私はこれを使ってNo.1ヒーローになる」

 

 

 ──そうすれば、誰にも“無個性”だなんて言われなくなる。

 

 

 紫那は胸の底に湧いたコンプレックスを押し殺し、胸部を締めて上着を着る。

 

 

 教育者として、紫那が僅かに見せた感情を見逃さなかった根津校長は、天才と言えど紫那がまだ15歳の少女である事を改めて理解した。

 

 

「……ありがとう。確かに君を教育するのは中々に大変そうだ。だが! ヒーローとは困難な程に燃えるのさ!」

 

「フフ…愉快で歓楽で待望ね。どんな指導をなさるのか…楽しみにしてますわ」

 

 

 2人は別れを言い、紫那は面談室を退出した。

 

 

 

 

 

 

「~~♪」

 

 

 常に冷静な紫那にしては珍しく鼻歌を歌いながら、紫那は最近本格的に一般化した自動運転車(ドライバーレスカー)で高速を走る。

 

 

 この車種の制御システムの設計には紫那も関わっており、目的地を設定すれば操縦要らずで走る優秀な性能を持っている。当然、事故を起こす可能性などほぼ(ゼロ)だ。

 

 

 目的地を自宅である研究所に設定し、紫那はタブレットでリビング・ハートの規格化に関するレポートを纏めていく。

 

 

 紫那の集中力ならば、ほぼ時間を感じずに家に着く─

 

 

 ──コンコン

 

 

 ─筈だった。

 

 

「やあじょーもんさん(お嬢さん)。ご機嫌いかと?」

 

「……たった今、不快で立腹で最低の気分になった所よ」

 

 

 紫那は叩かれた窓を見ないまま答える。見ずとも、ヘラヘラと笑いながら高速道路で時速70km/hで走る車と併走できる知り合いなど、紫那には1人しかいない。

 

 

「何しに来たの、鷹見(たかみ)クン」

 

「……今はホークスって呼んで欲しか、紫那チャン」

 

 

 ウイングヒーロー《ホークス》。ビルボードチャート4位の速すぎるヒーローが、そこにいた。

 




【リビング・ハート(生きた中核)】
・天才少女 脳依紫那の最高傑作
・心臓に取り付ける事で心臓の鼓動で莫大な電力を発電する(紫那のギミックの動力はすべてこれで賄っている)
・紫那の目的はこの装置の一般化(装置を付けるだけで誰でもNo.1ヒーローと同等の力を持てるようにすること)
・欠点は“取り付ける手術が難し過ぎる”点、“維持費が掛かりすぎる”点。またその他の問題点として、“感情が昂ぶり心臓の鼓動が速まると電力の一部(静電気程)が漏電する”問題がある。
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