「ってな感じでやってきました!」
「県内最多店舗数を誇るナウでヤングな最先端! 木椰区ショッピングモール!」
林間合宿に向けた必要物資の買い出しと称して休日にA組が訪れたのは、そんな大型のショッピングモールだった。
デザインの多様性がウリなこの南国風ショッピングモールには、友だちとやってきた学生から子連れの親まで、多くの人々が訪れている。
「お! アレ雄英生じゃん!? 1年!? ドンマーイ!!」
「うおお、まだ覚えてる人いるんだぁ…!」
「久々に言われたぜドンマイコール!!」
「最高視聴率30%越えたのよ。去年より6%も高いのだし、その分知名度も上がってるわよ」
そしてその高視聴率には、“No.1ヒーロー”オールマイトの就任と“天才”紫那の入学が絡んでいるのは間違いないだろう。
「とりあえずウチは大きめのキャリーバッグ買わなきゃ」
「あら。では一緒に回りましょうか」
「俺アウトドア系の靴がねえから買いてえんだけど」
「あー! 私も私もー!」
「2人は靴を見に行くの? なら、私も同伴していいかしら?」
「おー、モチよモチ!」
紫那が持っている靴は式典にも履いていけるような革靴ばかりであり、山道や森など自然豊かな場所を歩くのには適していない。アウトドア用の靴など作ろうと思えばいくらでもデザイン出来るが、店で買うのも良い思い出になるだろう。
そう思って紫那が上鳴と葉隠に靴屋への同行を申し出た所、飯田や芦戸も目的地は同じらしい。全員で向かう事になった。合計5名の、結構な大所帯だ。
「目的バラけてっし時間決めて自由行動すっか!」
「それなら、2時間くらいあれば足りるよな? 」
「いいんじゃない? 待ち合わせ場所は──」
そうとんとん拍子に話がまとまり、小さなグループに固まってそれぞれの目的地へと向かっていった。流石は雄英生、即断即決が板に付いている。
■
「シーちゃん、この靴ってどうかな?!」
芦戸が試着しているトレイルランニングシューズは、彼女のピンク色の肌とマッチした良いデザインだ。靴を手に吟味したまま、首元から新たな瞳と口を生やした紫那が答える。
「貴女の雰囲気によく合っているわよ。ただ、その靴は耐酸加工出来ないタイプだし、貴女が履くと変色するんじゃない?」
「あっ、ホントだ! またやるトコだった!!」
「《酸》系の“個性”は大変ね……。芦戸サンが履くなら…、あの辺りのシリーズがお勧めかしら」
“個性”の出現により多様性の幅が広がった現代において、衣服や装飾品の耐火、耐電加工などは一般にも普及したが、耐酸加工は取り扱っていない事も多い。これも、“強個性”故の悩みの1つだろうか。
紫那が指差したシューズを一足手に取って見ながら、芦戸が言う。
「これもイイね! なんでオススメ?」
「紫はカラフルでピンクと相性が良いわ。貴女の肌色に似合ってるでしょう? それにそのシリーズ、私がデザインしたのよ」
「シーちゃん靴まで作ってるんだ!?」
「フフ…、“天才”でしょう?」
紫那は仕事を選ばない。日夜様々な企業や団体から商品の開発依頼を受ける紫那は、その内容に興味が湧けば畑違いの分野だろうと手を出して発明を行う。
画期的な品をいくつも作り出して、時にはその分野でのイノベーションをも引き起こしている紫那だが、業界の
「シーちゃん私のも選んでくれない?!」
「……流石に透明人間をコーデするのは初めての経験だわ。私の美的センスが問われるわね」
紫那が首元に生やしていた瞳と口を葉隠に向けて新たな靴を手に取った所で、靴を持った上鳴と飯田がやって来た。
「よお、オレと飯田は決まったぜ。そっちは?」
「もう少し掛かりそうね。葉隠サンも私もまだ決めていないし…──ッッ!!?」
「えっ、ナニッ!?」
上鳴との会話中、突如紫那は振り返って中央の吹き抜けを見つめ、紫那の瞳はそこの一角…、柵に腕を乗せて下の階層を覗いている1人の人間に突き付けとなっていた。
「間違いない。アイツは…
帽子を被ってピンクとダークブルーの特徴的な髪を隠しているが、紫那の瞳が因縁の相手を見間違える筈がない。
「えっ、ナガンってあの元ヒーローの…。どこに!?」
「私が行く! 皆は警察に通報して!」
「なっ、待ち構え!」
「御免なさい飯田クン…。でも、アイツは私の手で捕まえる必要があるの!!」
そう考えて、止めようとした飯田の手を振り切り紫那は飛び出した。
■
(──面倒くせぇな…)
吹き抜けの柵に寄り掛かりながら、ナガンはそうため息をつく。
面談中に癇癪を起こして出て行った死柄木を追い掛けてみれば、何を思ったのか彼が向かったのはこの大型ショッピングセンターだった。
2、3人殺せば満足して帰る気になるかとナガンは離れた場所から見守っていたが、またもや何を思ったのか、死柄木は雄英の1年生と肩を組んでベンチに座り、呑気にお喋りを始めてしまった。
彼の他にも大勢の雄英生が来ているのは確認している。ヒーローの卵など束になろうが負ける気はしないが、こんな下らない理由で大量虐殺を行う気になるほど、ナガンは社会性を投げ捨ててはいない。
「ああ…、何かスッキリした。点が線になった気がする。なんでヒーロー殺しがムカつくか…、なんでお前が鬱陶しいか…、分かった気がする。
──全部、オールマイトだ」
何を話していたのかは知らないが、ナガンの眼下で雄英生と話していた死柄木は何かしらを悟ったらしい。良い顔で、雄英生の首を締め上げている。
気分が落ち着いたなら騒ぎになる前にさっさと殺して撤退してほしいが、死柄木はまだ雄英生とお喋りに興じている。
(……チッ、マズいな。そろそろ
ナガンも死柄木もフードで顔を隠した所でどちらも指名手配されている身。いつ目聡いヒーローや警備員に身バレしてもおかしくない。面倒事に発展する前に帰りたい所だが──
「──…ッ!!?」
「ナァァァガァァッン!!!」
咄嗟、ナガンは自身の左腕をライフルへ変化させ、頭部をガードする。
その次の瞬間、紫電を纏った拳がナガンのライフルへと振り下ろされた。ギャリギャリギャリと人間の腕がぶつかり合ったとは思えない音と火花を散らし、ナガンが変化させた銃身と強襲した紫那の帯電した拳が交差する。
「おいおい、お前まで来てたのかよッ!? どんな巡り合わせだ?!」
力比べでは分が悪いと判断したナガンは紫那を蹴り飛ばして素早く距離を取り、ライフルを構え直す。
ナガンが“個性”を発動した事で、雄英体育祭で活躍した紫那が襲撃した相手がヴィランだと理解した客達は小規模のパニックを起こす。
我先にと逃げ出した民衆を無視して、ナガンと紫那は対峙する。
「天下の天才サマがこんな所でショッピングかよ。大概のモンは自分で作れるだろうに」
「……そうね。でも、まだ馬鹿に処方する薬は作れていないの。何故よりにもよって、
前公安委員長を殺して逃亡した事については、本気でどうでもいいと紫那は思っている。彼は合理主義を気取っていたが、取る手段は短絡的で思考は保守的過ぎた老害だ。
ナガンがやらなければ、委員長は紫那がその内
だが、KL-E-Oを盗んだのは駄目だ。紫那の脳内には現代社会を滅ぼせるアイデアがいくつも眠っている。そんな紫那と同じ脳を持ちながらも心理的ブレーキは持たないKL-E-Oを、世に解き放つ訳にはいかなかったのだ。
そう憤る紫那を、ナガンは下らないと心底冷めた目付きで睨みつける。
「……さっきから、“アレ”だ“失敗作”だ、それは生きた人間相手に使う言葉じゃあねえだろ」
「アレは人間じゃないわ。
「ハッ! そう言う偉ぶった下らねぇ言葉、公安の連中にそっくりだよ。人類の守護者気取りか? 散々研究だなんだで弄くり回して、いらなくなったら冷凍してポイ捨てとは、血の通った人間のやる事じゃあねぇな」
「……それ、煽ってるつもりかしら? 罵倒としても、幼稚で稚拙で拙劣ね」
意気がっているナガンだが、現在不利なのは彼女の方だ。紫那のクラスメートによって既に通報されている。すぐにでも近隣のヒーローが駆け付けてくるだろう。
多少近接戦闘の心得が有れども、改造人間である紫那や多人数のプロヒーローと戦って勝てると思うほど、ナガンは自惚れていない。
そしてナガンが捕まれば、1階にいる死柄木も無事では済まない。
民衆が逃げ惑う中での、そんなタイミング──
「──“オール・フォー・ワン”は…、何が目的なんだ?!」
「……知らないな。それより気を付けときな。次に会ったら殺すって決めたから」
雄英生に絡んでいた死柄木が、首を絞めていた腕を解いて歩き出した。そのままショッピングモールから出てくれれば黒霧に《ワープ》させられる。
ならば自分がやるべきなのは、それまで現状一番の脅威である紫那を引き付けつつ撤退する事だと、ナガンは即座に行動を起こす。
「悪いな、今日はここまでだ!」
「──ッ!? このッ!!」
ナガンは片腕を変化させたライフル紫那の眉間を狙って弾丸を放ち、鋼鉄化した紫那の目玉を撃ち抜く事は出来ずとも、その衝撃は一瞬の隙を生む。
「借りといて良かったぜ、鉄人777ッ道具…
──≪
「なっ、煙幕…!? 」
その僅か一瞬の隙を突き、ナガンはKL-E-Oから借り受けていた発煙グレネードを地面に叩き付けた。
グレネードから吐き出されるのは当然ただの煙幕ではなく、KL-E-OがUSJ撤退時にも使用した紫那の瞳すら欺く特別製の煙だ。
煙は中央吹き抜けを通じて1階、3階にまで広がり、
「あばよ、
ナガンはその騒ぎの中2階通路の柵に足を掛け、そのまま飛び降りた。混乱に乗じて逃走する作戦。だがしかし飛び降りた彼女を追って、バチバチッ、と紫電の弾ける音が聞こえてくる。
「この私がッ、2度も同じ手法に引っ掛かるとでも!?」
「ハッ、だろうな!」
何かしらの対策を講じていた紫那が、煙幕で白く染まる視界の中ナガンを追って飛び降りてきた。しかしその可能性など、ナガンは予期している。
紫那の拳がナガンに到達するよりも速く、落下するナガンの
「これはヒーローが最も嫌がる事だ…。仲間が己の過失で死なれちゃ、寝覚めが悪いだろ?」
「ッ!! そこまで堕ちたのね、ナガァァッン!!」
ジャムるリスクを取ってまで弾速を上げた銃口が狙うのは、紫那のクラスメートである、緑髪の雄英生。
──ヒーローは、誰かの死を無視できない。
「緑谷クン!!」
「ハハッ。
ナガンの腕から弾丸が飛び出たのと同時、紫那の身体を触手が覆い、足場のない中空にいながら加速する。
「の、脳依さん!? 今の人は…、レディ・ナガン!?」
「デクくんッ!? 今ヴィランに撃たれて…!!」
「説明はあとよ、今は──、チッ!!」
銃弾よりも速く跳躍した紫那により、発砲された弾丸は緑谷に命中する事なく地面に叩き付けられた。
だがやはりと言うべきか、紫那が振り向いた時には、既に煙幕と逃げ惑う人々に紛れてナガンの姿は消えていた。
まんまと、逃げられたらしい。
KL-E-OやAFOに繋がる重要な情報源だったが、人命には代えられない。死柄木やナガンによって直接的な被害が出なかった事を取り敢えずは喜ぶべきだろう。
『──あばよ、フランケンシュタイン博士!』
紫那はそう己を納得させたが、不意にナガンの捨て台詞を思い出す。
「よりにもよって、この私を
私は負けない、負ける訳にはいかないのよ。ようやくやって来た警備員やヒーローを傍目に、紫那はそう憤った。
■
ナガンと死柄木が逃走した後、通報を受けて木椰区ショッピングモールに駆け付けてきたヒーローと警察に保護される形で連行された警察署にて、紫那と緑谷は日が暮れるまで事情聴取を受けていた。
死柄木に生殺与奪権を握られながらも被害者を出さなかったと、緑谷は対ヴィラン連合特別捜査部に加わっていた塚内警部に褒められていたが、まだ学生の身でありながらヴィランに独断で突撃した紫那はこってりと怒られてしまった。
“個性”を使わなかったので厳重注意だけで済んだが、これでステインと私闘を行った飯田や緑谷を笑えなくなったなと、紫那は自嘲する。意外と規律に厳しい物間が知ったら何と言うだろうか。
緑谷が退出してからも、紫那と塚内警部の話は続く。
「ホークスに接触して以降は消息不明だったが…、やはり元公安ヒーローのレディ・ナガンも、ヴィラン連合に加入していたか。あまり考えたくなかった事だな…」
「……笑いながら人間を撃てる程、彼女の精神性はヴィランに染まっていました。必要ならば、誰でも殺すでしょうね」
「そうだな…」
紫那の言葉に、塚内警部がため息を吐きながら相槌を打つ。
ナガンが2キロ離れた場所から標的を狙い撃てるだけの射撃能力を有しているのは有名な話であり、これから警察上層部は、常に超遠距離射撃による暗殺の可能性を警戒しなくてはならない。
対策を考えるにしても、紫那ですら眉をひそめたくなる難易度の面倒事だ。
「レディ・ナガンに
「加えて、ステインによる
「だが、組織としては堅牢なモノじゃない。緑谷君が交わした死柄木の会話内容から推測するに、そもそも一枚岩ですらなさそうだ」
コーヒーメーカーで作られた珈琲をジャリジャリと飲みながら、紫那は塚内警部の言葉に返答する。
「そうですわね。あの杜撰なUSJ襲撃事件や今日の突発的なショッピングモール侵入から考えると、連合の指揮官はあくまで死柄木であり、あくまでAFOやKL-E-Oはフィクサーに徹しているのでしょう」
「動けない理由があるのか、死柄木の
AFOは以前オールマイトに
“個性”を奪う“個性”である《AFO》がオールマイトや緑谷の《OFA》と同様に
「あの巨悪が死柄木弔に後継者としての素質を見出したとしたのなら…、オールマイトが終わらした闇の時代が再来してしまう。より一層早く捕らえなければ、だな」
かつてAFOと闘った塚内警部の決意がこもった言葉に、紫那は無言で頷くことで応じるのだった。