脳依紫那は天才である   作:緑川翼

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劇場版『2人の英雄』・前編

『木椰区ショッピングモール襲撃事件』のあとには大きな問題も起きず、つつがなく終業式を終えて雄英高校は夏休みに突入した。8月中盤には林間合宿が控えているとは言え、2週間弱の長期休暇である。

 

 

 そんな学生の特権である長休みに紫那は遊び呆けるのでも宿題に追われるのでもなく……、私有するプライベートジェット機で空を飛んでいた。

 

「わっ、おお…」

「フフ…。期待通りの良い反応ね。その様子だと、小型ジェット機に乗るのは始めてかしら、()()()()?」

 

 食らい付く様に窓から外を眺めている紫髪の少年を見ながら、リクライニングチェアに横たわってタブレットを叩く紫那は愉快そうに尋ねた。

 

 

「そもそも、始めて飛行機に乗った…。足元がフラフラして落ち着かないな……」

「今の時代、国内ならリニアモーターカーで事足りるものね。プロヒーローになれば海外に行く機会も多くなるわ。今の内に慣れておいた方が無難よ」

「ああ。飛行機に乗る機会をくれた事、感謝してるよ」

「フフ…、正直誰でも構わなかったのよ、I・アイランドへの付き添いなんて」

 

 

 世界中の頭脳が集う学術研究都市、『I・アイランド』。

 

 

 日々最先端の研究が行われているその人工島で8月の上旬に行われる“個性”技術博覧会『I・エキスポ』には、毎年多くのヒーローや著名人、資産家が訪れており、“百年先を行く天才”と称され自身の企業すら持つ紫那にも当然、プレオープンの招待状は届いていた。

 

 例年紫那は秘書や助手から同行者を集っていたが、今年に限ってクラスメートでもない同級生を誘ったの事に大した理由はない。ただの気まぐれであり、紫那が誰かを誘おうと思い立った時、廊下で最初にすれ違ったのが心操であっただけだ。

 

 女子友だちや仲の良い尾白や砂藤…、B組の中では仲の良い物間などを誘っていてもおかしくは無かった。

 

「そんな理由だから、私にお礼をする必要はないのよ。素直に自分の幸運を喜びなさい」

「……アンタはいつもそう言うな。渡されるばっかりで、一向に借りを返せそうにない」

「フフ、なら利子は付けないでおいてあげるわ。早くヒーローになってコツコツ返済するといいわ」

「そうだな。さっさと返す為にも、せいぜい精進するよ」

 

 心操がわざとらしく肩をすくめれば、紫那は笑って揶揄い返す。そんなじゃれ合いじみた会話をしばらく続けた後、思い出したとばかりに紫那は本題を口にする。

 

「I・アイランドに着いたら、レセプション前に何人かの()()と会う予定なの。同行者として貴方にも同伴してもらうから、展示会(パビリオン)に行くならその後にしてちょうだい」

「同行は構わないけど…、アンタの友人たちか。どんな変人だ?」

「変わり者揃いなのは否定しないわ。でも、皆優秀な科学者よ。貴方も名前を聞いたことがあるんじゃないかしら」 

 

 そう言って、紫那は友人たちの名前と功績の概要を簡略に説明していくと、その名は心操もニュースやネット上で聞いた記憶のある名前ばかりだった。友人の概説を揚々と語っていた紫那だが、最後の1人を説明しようとして不意に口を閉じる。

 

「全て明かしてしまうのも、つまらないわね。1人くらいは会ってからのお楽しみ…、ということにしましょうか。きっと驚くわ」

「……まァ、楽しみにしとくよ」

 

 何だかんだ言いながらも、紫那の友人ならばおかしな人間ではないだろうと、心操は黙って紫那の戯れを受け入れた。そう飛行機の中で過ごしていると、不意にアナウンスが流れる。

 

『マモナク、当機ハI・アイランドへノ着陸態勢ニ入リマス』

 

「ようやく到着したわね。自動操縦に切り替えてから……、まァ想定通りの飛行時間だわ」

「そう言えば、このプライベートジェットは無人飛行してたんだっけ」

「私が乗っていれば墜落の可能性はほぼ0よ。さっ、心操クンも着替えなさい。ヒーローコスチューム、学校に申請して持ってきているでしょう?」

「ああ、分かった」

 

 

 紫那が機内の別室で紫色のワンピースに素早く着替えて戻ってみれば、心操は既に忍者を思わせる黒装束に身を包み、口元を黒い金属製のマスクで覆っていた。一律して、隠密行動を念頭に置いたコスチュームだ。

 

「それが貴方のコスチュームね。良く似合ってるわ」

「……アンタも、ドレス型のコスチュームがその、似合ってるよ」

「フフ…、ありがとうりそのサポートアイテムのマスクは…、多重プレートの物理的なボイスチェンジャーかしら?」

「流石、その通りだよ。……“もう1つの声帯”≪ペルソナコード≫

 

 紫那が注目したのは口元を隠す金属のマスク。構成するプレートを変形・共鳴させて声色を変える事ができ、声を電気信号に変えると使えなくなる《洗脳》の弱点を克服してるのだと、紫那の瞳と頭脳が見抜く。

 

「あァなるほど。それ1つで初手の奇襲からその後の連携対策まで運用できるのね。良く思考と錯誤と模索がされた、素晴らしいアイテムだわ」

 

 ペルソナコードを装備した心操がフィールドにいるだけで、敵は仲間の声全てを疑うこととなる。集団戦におけるアドバンテージは計り知れない。サポート科が作ったアイテムだと聞き、今まで大した興味を抱いていなかったサポート科にも相当な()()がいるらしいと、紫那は感心した。

 

 

「そう言えば、職場体験先を紹介してくれた礼を言い忘れてたよな。……ありがとう、為になった」

 

 コスチュームを着た心操の脳裏に浮かぶのは、あの珍妙な言動をする公安所属のプロヒーロー。表舞台に立たないが故にマイナーなヒーローだが、彼の元で過ごした1週間は心操に大きな影響を与えていた。

 

「ヘェ。あそこに行ってお礼が言えるなら、彼に認められたのね。良い経験になったでしょう?」

「色々学べたし…、特に俺が進む方向は理解できたよ」

「それは良かったわ。推薦した甲斐があったわね」

 

 直接戦闘向けでない“個性”でヒーローを目指すなら、身体を鍛えるのは最低条件。それを満たしたならば、次の問題はその力の使()()()だ。

 

 

『──我らは共に輝かしき正道ではなく、怨嗟の声響く邪道を強制されし者。故に太陽の如く英雄に身を焦がすのならば、茨の道を行かねばならない』

 

 

 言動も服装も風変わりな人だったが、彼の意志と技術は本物だった。ならば、心操もそれを見習わねばならない。

 

「……俺の力を正しく使う為にも、早くヒーローにならなきゃな」

 

 心操がそう決意を新たにすれば、飛行機はようやくI・アイランドの空港に着陸した。

 

 

 

 

 

 

「プロフェッサー' シナ! よく来てくれた!」

 

 I・アイランドに建設された研究所の一室にて、紫那は入室早々に茶髪の中年男性からハグを受けていた。

 男性からは紫那へ強い敬意と感謝の念が向けられており、紫那もまたそれを不思議には思っていない様だった。 

 抱擁を解いてからも、白衣を着た男性の目には感謝と敬意の念が浮かんでいる。

  

「久しぶりね、()()()()()()()。この間のジャーナルに掲載されていた論文読ませて貰ったわ。随分とアプローチの方法を変えたようね?」

「そうなんだ!君なら気付いてくれると思っていたよ! トリガーと呼ばれる一部の薬物が個性因子へと影響を与えるのは周知の事実だが、実はガンマ線による実験は先行研究が少なくて…、おおっとすまない! そちらの少年は……」

「えっと…、同級生の、心操人使です」

 

 柔和な顔つきのエディ・ソウルと呼ばれた男性もまた、聞き慣れない単語を興奮気味に捲し立てるその様子は興が乗った時の紫那にどこか似ていて、類は友を呼ぶのだと心操はなんとなく納得する。

 

「そうか君が! 体育祭の勇姿、見させてもらったよ。シナ相手によく立ち向かった」

「フフ、心操クンは強いのよ。……そう言えば、貴方の息子さん達の姿が見られないのだけれど?」

「ハハ、下の2人にねだられてパビリオンのアトラクションへ行ってしまったよ。長男も好奇心を抑えきれなかったらしい」

 

 エディの苦笑いの混じった言葉に、先ほどまで柔らかかった紫那の声色は非難するような些か厳しい物に変化する。

 

「子ども達だけでパビリオンへ? いくらここが安全だとはいえ、()()()()があったのに、不用心が過ぎるんじゃないかしら?」

 

「……あんな事?」

 

 紫那の態度からも何か大事らしいことが察せられるが、詳細は分からない。黙って聞き手に徹していた心操は疑問を抱く。

 

「あいや済まない、言葉が足らなかったね。ちゃんと共同研究者のアラン・ケイが付き添いとして着いていってもらっているさ。子どもだけで行動はさせていない」

「……なら、問題はないわね。でも気を付けなさい。ここのセキュリティシステムは強固だけれど、内部からの呼応には滅法弱いわ。過信は禁物よ」

「そうだな…。()()()の残党はまだ捕まっていない。気を抜くには早い」

「……あの。『あんな事』ってのを、訊いても?」

 

 デリケートな話題である事は察せたが、耐えかねた心操は紫那とエディの会話に口を挟んだ。

 

「まァ、貴方が気になるのも当然ね。……エディ、私から話してもいいかしら?」

「ああ。もちろん構わないとも」

 

 当事者であるらしいエディに許可を貰い、紫那は『あんな事』の詳細を語る。

 

 曰く、今はこのI・アイランドで研究者として活躍しているエディ・ソウルは、なんと3年前まで『ヒューマライズ』を名乗る反“個性”を掲げたカルト集団に監禁され、人質として息子たちの命を握られて望まぬテロの協力を強要されていたらしい。

 ヒューマライズにはエディの他にも大勢の科学者が拉致されており、個性科学を利用した生物兵器の研究を行行わされていたそうだ。

 

「ヒューマライズの根は気付かれぬ内に世界各地へ深く張られていた。国によっては、政府や警察組織に手の者がいたほどだ」

「潜伏して虎視眈々とテロを起こす機会を覗っている折に、ヒューマライズはこの私に声を掛けてきたの」

「へぇ…」

 

 “無個性”でありながら“天才”であり、危険思考(現代社会の否定)から各国の政府と仲の悪い紫那を、ヒューマライズは同士と見たらしい。

 ヒューマライズは紫那を“無個性”の救世主として祭り上げようと画策して、失敗した。

 

「あいつら、世界を変えるから発明品を寄越せだなんて言ってきたのよ。よりによって、この、私にッ!!」

 

 思い出しただけで紫那の周りをバチンッと紫電が弾けた。“天才”としてのプライドの高い紫那にとってはそれだけ、腹に据えかねる出来事だったらしい。

 

「ムカついて苛立って激怒したから、ヒューマライズのデータベースに侵入して奴らの情報を全世界へ公開してやったの。捕らえられた科学者達の事を知ったのは、その時よ」

「……なるほど。そこで繋がるのか」

「下らない選民思想にかぶれた連中だったけど、有力な科学者を脅迫して発明したバイオ兵器は本物だったわ。テロが実行されていたら大変な事になっていたでしょうね。だから、公安と連携して末端に至るまで全力で叩き潰したわ」

 

 紫那の手によって、科学者の拉致監禁から国際的テロの準備に至るまで、全ての悪事が露見したヒューマライズは、数人の幹部格を除くトップから埋伏していたシンパまでが瞬く間に逮捕され、組織としてはほぼ完全に壊滅した。

 

 

「その後、解放された私たち科学者を監視と保護の名目でI・アイランドに推薦してくれたのも彼女なんだ」

 

 脅迫されていたとは言え、テロ組織に従って兵器開発を行っていたのは事実であり、エディたち()()()善良な科学者がI・アイランドに移住するのには信用が足らなかった。

 誘拐された大半の科学者が開き直ってヒューマライズに協力していた問題も重なり、エディ達の移住は絶望的だった。そこで紫那が名前を貸し、ようやくI・アイランドへの移住が認められたのだ。

 

 そこまで説明してから、感嘆の目で見る心操の視線に気付いた紫那が恥ずかしげに笑って言う。

 

「放置して折角の才能が腐ったら勿体ないでしょう? 私がしたのは、何枚か推薦状を書いただけだけれどね」

「それで充分さ。そのお陰で、私たちはこんな充実した研究室を持つことが出来た」

「I・アイランドは過去ではなく実力と実績と実利で物を見る。優遇されたなら、それは貴方の実力よ」

「いいや。カルト集団から解放されたのも、まだ幼い家族と再会できたのも、そしてこの場所でまた研究が出来るようになったのも、全てシナのお陰なんだ。だから、彼女には返しきれないだけの恩があるんだよ」

「……なるほど。教えてくれて、ありがとうございます」

 

 そう言えば少し前に、国外のテロ組織が連続して逮捕された事件がニュースで賑わっていた記憶があると、心操は思い出す。それに紫那が関わっていたどころか当事者だった事には驚きだが、エディの紫那へ向けた尊敬と感謝の念には納得した。

 

 

 また会話に花を咲かせて少ししてから、研究室に掛けられた時計を見た紫那が言う。

  

「さて、そろそろお暇するわ。レセプションパーティーまでにまだ何人かと会う予定なのよ」

「そうなのかい? 残念だ、子ども達とも会ってもらいたかったのだが…」

「プレオープンが終わっても数日は滞在するつもりよ。また話す機会はあるわ」

「そうか……。だが、注意してくれ」

 

 先ほどまでの柔らかい表情を引き締めて、エディは忠告する。

 

「ヒューマライズから解放されてこのI・アイランドに移住した科学者の中で、証拠不十分で不起訴になったがヒューマライズに()()()()()()()()()()()()が何か企んでいる様子がある。ここはどこでも監視の目があるが…、それでも注意して欲しい」

「そう、ヒューマライズの残党が…。ありがとう、警戒しておくわ」

 

 その警告を最後に、紫那と心操はエディの研究室から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 エディと別れたのち、奇人変人ばかりを集めたような紫那の友人と心操は出会った。

 各人と長時間に渡って語り合っていたため、朝早くに到着しながらも既に太陽は天高く昇っている。

 少の気疲れを見せる心操を気遣ったのか、次で最後だと紫那は言った。

 

「散々付き合わせて御免なさいね。専門的な内容ばかりで、貴方には退屈だったでしょう?」

「いや…、聞いてるだけでも面白かったよ。本当に」

 

 自分なら段ボールで街を建てられると豪語して愛娘に呆れられる数学者や、元はBio-tec社(紫那の研究所)出身だという緑の巨体した生物学者など。

 紫那が友人と認める“天才”達との出会いは、会話には混ざれずとも心操に見知らぬ世界への新鮮な影響を与えていた。

 

 

 I・アイランドの白く清潔な研究室と研究室を繋ぐ渡り廊下を歩きながら、心操の言葉に嘘は無いようだと紫那は笑う。

 

「なら最後の相手はもっと楽しめるわ。何せ、分野によっては私を超える“天才”だもの」

「アンタを超える…? そんな人間が世界にいるのか…?」

「少なくとも、取得した特許の数では大きく差を付けられてるのは事実ね。個人で一万以上もの特許を持つのは()ぐらいよ」

 

 紫那ですら、Bio-tec社(自分の研究所)含めて所持する特許数は五千を超える程度であり、紫那の親友が持つ特許量は個人で所有する数として異常である。

 

 

「なによりも彼は──…、うん?」

「……どうした?」

 

 不意に説明を止めて振り向いた紫那が、眉をひそめて周囲を探索する。 それぞれが別々の物を観測する計6つの瞳をバラバラに動かして辺りを一望しているが、その視界に異変は感じ取れない。

 

 

「気のせい…、だったのかしら? 過敏になっていたみたい。足を止めて悪かったわね、時間も押しているわ。早く行きましょう」

 

 そう言って、紫那は再び歩き出す。心操の心に僅かな疑問を残して、2人は最後の友人が待つ研究室へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

「久しぶりね、デイヴ。超過圧縮システムの特許獲得おめでとう。次の目標はヒーローアイテム市場の独占かしら?」

「ハハハ、来て早々いきなりな挨拶じゃないか、シナ。片手間にやっていた研究だが…、何とか形になったよ」

 

 先ほど会っていた他の科学者と比較しても明らかに広い研究室にて、紫那はデイヴと呼ばれた白衣姿の男性と握手を交わす。

 交わされる軽口には親しみが込められており、年の差に関わらず2人が深い友情で結ばれている事が察せられた。

 

 握手を解いた茶髪の科学者の視線が、紫那の着たワンピース型のヒーロースーツへと向けられる。

 

「そのコスチュームに使われてる耐衝撃(バリスティック)ウィーブは…、Ver. 4かい? 一昨年最新バージョンが更新されていただろう?」

「デイヴ貴方…、I・アイランドに引き込もり過ぎじゃない? まだアメリカでしか解禁されていない技術を使って、破損する度にアメリカへ行かせる気?」

「ああ! 確かにそうか。どうにも感覚が現場からずれているな…。──おっと! ところで、そっちの彼は…?」

「あっ、えっと──」

「今年の雄英体育祭を観てないの? トーナメントの1回戦で私と戦った心操クンよ。偶然が重なって、今回の機会に連れて来たのよ」

 

 紫那の言葉を受けた科学者は、研究部屋に入ってから極端に口数が少なくなった心操の顔を思い出そうとマジマジと観察する。

 

「ああ…、そうか君が《洗脳》の“個性”を持つ子か! もちろん雄英高校の体育祭は観ていたとも。挨拶がおくれて済まなかったね。僕は──」

「しっ、知ってます…! デヴィッド・シールド博士! 去年ノーベル個性賞を受賞した“個性”研究のトップランナーで、“最年少”の脳依と対をなすノーベル賞“最多”受賞者!!」

 

 急に心操クンが何処ぞの緑谷クン(オールマイトオタク)のようになったと、紫那は心底珍しいモノを見る目で心操を見る。口数が少なかったのは、単に緊張していたせいらしい。

 

「ハハ、自己紹介はいらないようだね。僕がそのデヴィッド・シールドだ」

「あっ…、その、すいません…」

「いや、構わないよ」

 

 心操がデヴィッドからサインを貰っている横で、紫那はキョロキョロとだだっ広い研究室を見渡した。

 

「あら? そう言えば、今日サムはいないのかしら?」

「ああ…、彼も君に会いたがっていたが、私的にどうしても()()()()()()があるらしくてね。出払ってしまっているんだ」

 

  サムとは、ノーベル賞の授賞式にてデイビットの隣に立って賞賛を受けていた糸目で小太りな金髪の男性のことだろうかと、助手の名前までは把握していない心操は考える。

 

「そう…、いないのね。貴方の()()()()について、彼も交えて話したかったのだけれど」

「サムは上との交渉については僕たちに一任すると言ってくれていた。出国の決定事項だけを伝えればいいらしい」

「そう? なら──」

「あの。出国って、何の話ですか?」

 

 世間話から唐突に不穏なワードが聞こえてきた心操は、躊躇うことなく“天才”科学者2人に尋ねた。質問を受けたデイビットは紫那と視線を合わせて、意外そうに訊く。

 

「この話、同行者にも聞かせてなかったのかい?」

「必要になってから話せばいいと思っていたのよ。犯罪を犯すような計画ではないし、心操クンは口も意志も義理も堅い。彼から計画が漏れる事はないと誓うわ」

「そうか…。君が連れて来た子だから、最初から信用しているんだけど」

 

 実は私は、と種明かしでもするように笑ってデヴィッドは心操に言う。

 

 

──この島(I・アイランド)から出ようと思っているんだ。

 

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 

「私の研究は現代社会の構造を激変させる……。 そう恐れた各国政府は、私とI・アイランドへ圧力を掛けてきた。そしてI・アイランドは…、私を守るのではなくスポンサーへ屈服する道を選んだ」

「デイヴの研究は奪われ、封印されたわ。その上で更に圧力を掛け、デイヴがこの島でその研究を続ける道は徹底的に閉ざされた」

「上層部が研究成果を認めようとしないから、この島を出て他の場所で研究しようと…?」

「そういうことだ」

 

 デヴィット の言い放った言葉に心操は驚かされたが、更に2人から詳しく説明を聞けば、門外漢の心操としては納得できる理由ではあった。

 

「でも、確かI・アイランドの居住者には──」

「その通り。情報漏洩を防ぐ秘密保持を理由にI・アイランドからの移動を厳しく制限されている。だが、出国する方法がないわけではない」

「デイヴは一万以上の特許を持つ。その資産と将来性で外部に支持者(フォロアー)を増やし、これまでに成してきた功績を盾にすれば、対等な対話は可能な筈よ」

「各国政府からの圧力と戦うノウハウはシナから学んだ。交渉にならない、なんて事にはならないはずだ」

 

 過激な研究で各国政府から圧力を掛けられるなど、≪生きた中核(リビング・ハート)≫による超人社会の崩壊を目論む紫那にとっては日常茶飯事だ。

 更に言えば今回の件については、成果を没収した挙げ句デヴィットになんの保障もしなかった上層部に否があり、出国の要求が通る確率が高いと、紫那は踏んでいた。

 

「島から出ることが出来ればアメリカ辺りで自分の研究所を建てるつもりだけれど、上層部が折れて私の研究成果の凍結を解除する可能性もある。どちらに転んでも痛くはないさ」

「……その、お偉いさんに睨まれるんじゃ…?」

「それこそ、今までの功績を盾にしてストライキでも起こすさ。……ハハハ、こんな風に強がっているが、実は全て彼女の受け売りでね。計画の立案者も彼女なんだよ」

「え」

 

 心操が驚きの視線を紫那に向ければ、何処か満足げな表情の紫那が事の発端を語り出す。

 

「大手と呼ばれる企業でも持っている特許の数は平均すれば五千程度なのよ。それを考えれば独立は充分可能だと、私はデイヴに出会った頃から言っていたわ」

「I・アイランドほどの研究設備の揃った研究所を構えるには相当な苦労が必要になると断っていたんだが…、この一件で考えが変わってね。シナに連絡を取って、この出国計画を建てたんだ」

「なるほど……」

「あまり大事にしたくはなかったんだ。だが、あの研究成果だけはッ──!!」

 

「パパ? 他に誰かいるの?」

 

 

 デイビットが悔しそうに顔をしかめた所で、金髪で眼鏡を掛けた、何処となくデイビットと似た面影のある少女が研究室に突入してきた。

 

「ん? パパその人は…、Dr.シナ!? お久しぶりです、来てくれていたのね!! 先週科学雑誌(テスラ・サイエンス)に寄稿されてた論文読みました!それで私──」

 

 何かを言おうとした所で紫那を見付けたその少女は、先ほどの心操を思わせる勢いで捲し立て始めたが、紫那に動揺した気配はない。科学者を志す若い学徒には紫那のファンが多く、このタイプの若者に言い募られるのには慣れっこだからだ。

 

「ロボット工学に置けるメンテナンスと雇用問題の関係性に関する考察も勿論! 私たちスクール生の間ではよく議論されている話題をまさかDr.シナもジャーナルで取り扱ってくれるなんて──」

「フフ…、状況観察が疎かになっているわよ、メリッサ。此処にいるのは貴女の知り合いだけじゃないでしょう?」

「えっ、あっ! ご、ご御免なさいね! 私、ちょっと興奮しちゃって…」

「いや、別に…」

 

 紫那の言葉で周囲を見渡したメリッサと呼ばれる少女は心操に向き直って謝罪するが、悪意も感じられず心操はすぐにその言葉を受け入れた。

 

「私はメリッサ・シールド。デヴィッド博士の娘よ。はじめまして!」

「……脳依と同じ、雄英高校ヒーロー科の1年生の…心操人使、です」

「まあ! 貴方()雄英高校なのね! それはそうと、パパもDr.シナが来ているなら教えてくれればよかったのに! 私がファンなのは知っているでしょう?」

「ハハハ。すまない、うっかり連絡するのを忘れていたよ。それで、文句を言うためにここまで来たわけじゃないだろう? どうしてここに? 」

 

 デイビットが苦笑混じりにそう尋ねれば、メリッサはその質問を待っていたと笑顔で答える。

 

「私ね、パパの研究が一段落したお祝いに、ある人に招待状を贈ったの」

「ある人?」

「パパの大好きな人よ」

 

 そう言って振り返ったメリッサが扉の向こうへ合図を送ううれば、研究室に入ってきたのは──

 

 

「私がアァァ!! 感動の再会に打ち震えながら──来たァァ!!」

 

「トシ…、オールマイト!!?」

「それに、緑谷クン?」

「脳依さんに……、心操君まで!? どうしてここに?!」

「HAHAHA! わざわざ会いにきてやったぜ、デイヴ!」

 

 

 ──なんとオールマイトと緑谷であった。

 

 

 予想外の人物の登場に目を見開く紫那とデイビットの横で、心操も(──緑谷とは体育祭の騎馬戦で戦った程度の知り合いでしかないが)何故此処にいるのかと驚いていた。

 

 周囲の反応を見渡してサプライズが成功したと、メリッサはニコニコと笑顔でデヴィットに言う。

 

「どう? 驚いた?」

「あ、あぁ…。驚いたとも…」

「私もDr.シナがいてとても驚かされたから、これでおあいこね!」

 

 オールマイトの代表的なコスチュームは全てデヴィットが作成した事からも分かるように、デヴィットとオールマイトが旧知の仲であることは有名な話だが、オールマイトのアメリカ留学時代からの親友である事はあまり知られていない。

 

 当然、そんな知識をオールマイトオタクの緑谷が知らない筈もなく、デヴィット本人と相見えた緑谷の興奮は計り知れない物があった。

 

「オールマイト程じゃないが、僕も科学者にしては人気だな。今の時期にはありがたい事だ」

「今の時期? 一体何の話だい?」

「世論を……ああいや、こっちの話だ。気にしないでくれ」

「またそれね! パパは最近研究以外で忙しそうにしてるのに、そればっかりなんだから!」

 

 デヴィットは出国計画の事をメリッサとオールマイトに秘密にしている。何処かの国に研究所を建てて安定するまでは、2人に心配をかけたくないそうだ。

 

 デヴィットの後ろ盾が無くともI・アイランドでやっていけるだけの才能がメリッサに有るのは確かだが、それでも彼女にだけは伝えた方が良いと紫那は思っている。だが、デヴィットはそう考えていないらしい。

 何も知らずに緑谷や心操とニコニコと談笑するメリッサを紫那が苦い表情で見つめていると、コホッコホッとオールマイトが小さく咳をした。

 オールマイトは現在、何も知らないメリッサや心操の手前マッスルフォームを維持しているが、維持限界が迫っているようだ。

 

「オールマイトとは久しぶりの再会だ。すまないが、積もる話をさせてくれないか」

「あっ、はい!」

「メリッサ、緑谷君と心操君にI・エキスポを案内してあげなさい」

「そうね。私もまだデイヴと話したいわ。心操クンも2人に同行してくれるかしら?」

 

 同じくオールマイトの事情を知っているらしきデヴィットが根回したので、紫那はそれに乗って3人に退室を促した。

 デヴィットには困惑の目で見られたが、紫那がオールマイトの秘密を知っている事を視線で匂わせれば、デヴィットは納得して頷く。

 

「ああ心操クン、レセプションパーティの招待状を持っていきなさい。そこで落ち合いましょう」

「……ああ、分かった」

 

 出て行こうとする心操を呼び止めた紫那がそう言ってチケットを手渡した。 

 

「未来のヒーロー達とご一緒出来るなんて光栄よ。さ、行きましょう」

「えっと、よろしくお願いします」

「俺も着いていっていいのか?」

「もちろんよ!」

 

 そう楽しそうに喋りながらメリッサに連れられて出て行く緑谷と心操を、3人は見送った。

 

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