脳依紫那は天才である   作:緑川翼

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1)3日間連続投稿はこれで最後です。
2)多分今までで最長(一万六千文字)ですので、お気をつけ下さい。
3)31話『【閑話】緑谷出久 紫那の家へ行く』と32話『木椰区ショッピングモール襲撃事件』の前後を入れ替えました。



劇場版『2人の英雄』・後編

 

 紫那の操るED-Eを最上階にある制御ルームまで援護する事を決めた雄英生たちは、200階を目指してヴィランに封鎖されていない非常階段をひたすら駆け上がっていた。

 

 その中団を走る心操は足を動かしながら振り向き、一番後ろを走っているメリッサへ声を掛ける。

 

「今更だけど…、メリッサさんは着いて来て大丈夫なのか? その、“個性”が……」

「私1人安全な所で待つなんて出来ないわ。これでもI・アイランドのアカデミー生よ、Dr.シナに何かあった時の代用くらいは出来ると思う。私にも皆を守らせてちょうだい」

「……そこまで言うなら」

 

 メリッサは自身の肉親であるデヴィッド博士がヴィランに囚われている。それを考えれば居ても立ってもいられない心情だろうと、心操は迂闊な質問を後悔した。

 

「同行と言えば…、紫那、お前はいま何処にいる? 合流はできねえのか?」

『……御免なさい。諸事情あって私は動けないわ。ED-Eを通して会話するだけで手一杯よ』

「そうですか…。脳依さんがいれば戦力的にも心強かったのですが…」

 

 不信感は抱かせていないようだと、紫那はレンズの向こうでそっと息を吐いた。

 

 I・アイランドを裏切った科学者に銃を突き付けられて包囲されていると知れば、ヒーローである彼らは救けようとするだろう。不要な手間を掛けさせたくはなかった。

 

 

 そのままひたすら駆け上がり続けて80階まで到達した折、先頭を走っていた飯田が何かに気付く。

 

「むっ、あれは…シャッターか!! 」

「行き止まり…、ここまでの警戒が薄かった訳だ。どうする、壊すか?」

「そんなことしをしたら、警備システムが反応してヴィランに気付かれるわ!」

 

 ここに来てシャッターに行く手を阻まれてしまう。フロアに続く非常用のドアの鍵は開いているが、これを開けても警備システムは反応するだろう。

 

「脳依、アンタならこのシャッターを壊さずに開けられたりしない?」

『無理ね。錠がシャッターの向こう側にある。こちら側からは干渉できないわ』

「なら、ヴィランに気付かれる前提でこのフロアに入るしかねぇな。この階から他に上へ行く方法は?」

「80階は“個性”の影響を受けた植物を研究する植物プラントよ。反対側に同じ構造の非常階段があるけど…、多分向こうも封鎖されてるわ」

 

「……なら、俺に1つ案がある」

 

 そう言って心操の提案したのは、リスクは高いが上手く運べば一息に最上階まで行ける可能性を秘めた作戦であった。

 

 

「危険な作戦だが、この状況では仕方ないか…。3でドアを開けるぞ! 1…、2…──」

 

 

 3ッ!と飯田が叫んだのと同時にドアが開かれ、皆一斉に植物プラントへ向かって走り出す。その数秒後、行く手を阻むように通路の隔壁が奥から次々に閉じられていく。

 

「うッ、やっぱり気付かれたッ…!!」

「急ぐぞ!」

 

 初動が速かったおかげで、植物プラントへ続く扉が一団の視界に入った。だが、それを遮って目前の隔壁が下ろされる。シャッターが降りるよりも速く全員が通り抜けるのは不可能だ。

 

「間に合わない、シャッターを破壊するぞ!」

『いいえ問題ないわ!』

「脳依さん!?」

 

 集団の先頭に飛び出た紫那の操るED-Eが、半ばまで降りたシャッターの間際でバチバチッと紫電を纏う。

 

 

『貴方たちは走り続けて!──≪パウリ・ショック≫!!』

 

 

 ED-Eの放った怪電波によって、制御機器が破損しシャッターの降下が停止した。その下をスピードを緩めることなく飯田たちが走り抜け、植物プラントに侵入する。

 

「サンキュー脳依! てか、攻撃出来んじゃん!!」

()を考えればこの一発だけでエネルギー切れよ、これ以上の援護は期待しないでちょうだい!!』

「そうなの? でもありがとね!!」

「待って! 中央のエレベーター…、上がってきてるよ!」

 

 建物の中とは思えないほど草木の生い茂った植物プラントの中央を貫いて設置されているエレベーターの、階数を表す数値がレセプション会場のある階から上昇している。

 異変に気付いたヴィランが乗っているのは間違いないが、雄英生たちに焦りの色は無い。

 

「よっし! 今のところ作戦通りなんだよな? オレらはあそこの茂みでやり過ごそーぜ!」

「心操君、気をつけて!!」

「……おう」

 

 心操とED-E以外が茂みの中に身を隠したのを確認して、心操は緊張した眼差しで徐々に上がってくるエレベーターの数値を見つめる。78階…、79階を経て、エレベーターが80階に到着した。

 

 

「ガキはこの中にいるらしい」

 

 エレベーターのドアが開き、中から2人のヴィランが現れた。その瞬間───

 

「メンドーな所に隠れやがっ──なにッ、煙幕だァ!!?」

 

 ───心操の投げたスモークグレネードによって、エレベーター周辺の視界が閉ざされた。

 

「舐めやがってッ! こんなモンで逃げ切れるとでも──」

「“なあ、向こうに何か見えたぞ!!”」

「あ? おい何処だ──…」

「俺の声だと!? クソガキがァ!!」

 

 目と鼻の先すら見えない煙の中で、相方の言葉に答えたのっぽなヴィランの動きが不意に止まった。

 何者かの攻撃を受けている。そう理解した小柄なヴィランは、まるでオーガの様な巨体に変身して周囲を威嚇する。

 

「“おい待て気を付けろ! 俺に当たるだろうが!?”」

「ハッ、ニセモンが! 騙されるか──…」

 

 煙に紛れて声を掛けてきたのが相棒ではなく偽者だと気付いたヴィランが鼻で笑いながらそう下手人を煽り──、そのまま動かなくなった。

 

 

「……()()()()()()()()その(いち)、『如何なる時、状況でも最低限の装備は所持せよ』だ。2人とも、手を背で組んでその場に蹲れ」

 

 

 煙幕が薄まった時、ヴィラン2人は放心した状態でしゃがみ込み、()()()()()()()()を装備した心操のみがその場に立っていた。

 

 

「すっ、スゴい!! ホントに戦闘無しで無力化させるなんて!《洗脳》は元々強い“個性”だけど、フィールドさえ整えればここまで強力な“個性”だったんだ!! 確かにそのボイスチェンジャーと煙幕があれば即興で乱戦状態を生み出せる…! 一対多に限定されちゃうけど直接戦闘向きじゃない“個性”で真っ正面から戦えるようになるのは本当に画期的な発想で──」

 

「緑谷、良くない所出てるぞ!」

「心操君怖がっとるわ」

 

 これが紫那も言及していた緑谷のブツブツかと、心操は戦慄する。早口な上に小声だから半分以上聞き取れなかった。

 

『寸劇はいいから、早くエレベーターに乗り込んでちょうだい!コントロールユニットの麻痺がそろそろ切れるわ! 』

「よし! 心操君、危険な役回りを良くやってくれた!!」

「よっしゃ! エレベーターの監視カメラはオレが止めちまうぜ!!」

 

 

 心操が建てた作戦。それはエレベーターの乗っ取りであった。

 

 レセプション会場と制御ルームの二手に別れたヴィランが侵入者を探知すれば、エレベーターでやって来るのはほぼ確実。

 サポート科と相談して折り畳めるようになったペルソナ・コードと常備している小型スモークグレネードで心操が手早くヴィランを無力化し、その間に紫那がエレベーターを停止させる。

 

 それがこの作戦の全容であった。

 

 

 紫那の操るED-Eが怪電波で制御を奪い取ったエレベーターに皆が乗り込む中、最後にエレベーターへ乗り込んだメリッサが心操に微笑みかける。

 

「凄いわ、心操くん。流石ヒーロー候補生ね!」

「あ、ああ……。ありがとう」

 

「あのう! スミマセン、オレら道に迷って…って、アレ?」

「えっ!? 切島く、かっちゃん?!」

「あぁ?! ンでテメェらもここにいやがんだ?!」

 

 素直なメリッサの褒め言葉に真顔のまま心操が照れているタイミングで80階の植物プラントに入ってきたのは、なんと爆豪と切島であった。

 

「放送聞いてないのか? このタワーがヴィランに占拠された!!」

「エエ!?」

「んだと…!?」

「詳しい説明は後でする! エレベーターに乗れ!!」

「えっ…、おっ、おう! 分かった!!」

「チッ!!」

 

 状況は理解出来なくとも、緊迫した事態が起きている事を察した2人は素早くエレベーターに飛び乗った。それを確認して、心操は《洗脳》したヴィランから奪ったイヤホンを装着する。

 

『おい80階! なんで無線を切りやがった!! ガキどもは捕まえたんだろうな?!』

「“うるせぇ今それどころじゃねえんだ! 早く上から応援を寄越しやがれ!!”」

『おっ、おう…?! 分かった、もう少し抑えてろ!!』

 

 ペルソナ・コードを用いて先ほどのヴィランに寄せた声で心操が怒鳴れば、その剣幕に押された連絡先のヴィランがエレベーターを操作したらしく、エレベーターは上昇を始めた。

 

「よしッ、成功だ!!」

「120階分ショートカットやね!」

 

 イヤホンを足裏で破壊しながら心操が喜べば、皆も釣られて計画が成功したと歓声を上げる。

 

「で! ここで何が起こってんだ? オレらレセプションパーティーに向かってる最中で道に迷ってさ…」

『パーティー会場に向かっていて、どうやって80階にまで辿り着いたの? ……まあいいわ。簡潔に説明すると──』

 

 紫那は爆豪と切島に素早く情報を共有し、全体へ次の作戦を伝えるのであった。

 

 

 

 

「……ええ、分かったわ。その連中は囮かもしれない、支隊の可能性も警戒しておきなさい」

 

 通信機で何者かと通信していた離反した科学者たちのリーダーが、侮蔑した表情で取り囲んだ紫那に言う。

 

「高校のオトモダチは全員80階で発見したわ。まさか学生の手でタワーを解放させるつもりだったの? だとしたらあまりにも短絡的な愚策ね」

「……さあ? それはどうかしら」

 

 紫那の瞳でも、リーダーからブラフの色は見られない。どうやらエレベーターを乗っ取った事は勘づかれていないようだと、紫那はそっと愁眉(しゅうび)を開く。

 取り敢えず、エレベーターから出た途端囲まれてマシンガンで蜂の巣にされる心配はする必要はなさそうだ。

 

 そんな紫那の表情をどう受け取ったのか益々勝ち誇った様子のリーダーに、紫那は次の情報を引き出すべく新たな口擊を仕掛ける。

 

「大方…、貴女たちの目論見が見えたわ。実行犯であるヴィランの目当ては単純に金だとして…、貴女たちの目的は私への復讐と()()()()()()()()ね?」

 

 紫那の揺さ振りに、リーダーは先ほどまでの余裕げな表情を憎々しげに歪ませて、心底苛立った調子で答えた。

 

「本当、癪に障る観察眼ね…ッ! ええ、そうよ。私たちが偉業を成すのにデヴィッドの存在は邪魔でしかない。だから、この機会に消えてもらう事にしたの」

 

 清々しいほど、自分勝手な言い分。KL-E-O(クレオ)からすればこれ程扱いやすい連中もいないだろう。

 

「……ええ、思い出してきたわ。貴女たちが行っていたのは、ヒューマライズから継いだ“個性”活性化(ブースト)薬のモデルチェンジだったわね。確か…、臨床試験段階まで進んだのだったかしら?」

 

 “個性”活性化薬…トリガーとも呼ばれるその類の薬物は、その名の通り摂取すれば使用者の“個性”を数倍引き上げる効能を持つ。

 だが、意識の混濁化や内臓へのダメージ、中毒症状などの副作用から多くの国で取り締まりの対象となっている。

 

 そしてそんなトリガーの危険性を最大限に悪用したテロを計画していた組織こそが、この科学者たちが所属していたヒューマライズであった。

 

「ふん、I・アイランドと関わりの薄いアナタも、流石に私たちの研究内容は知っていた様ね」

 

 紫那の脳内には大抵の学術誌に掲載された論文の情報が収められているのだが、それを知らないリーダーは得意満面に語り出す。

 

「数え切れないハーブ、薬物を精密なバランスで組み合わせッ! また特殊な調合を施すことで! 血液や尿からは決して検出されず、効果も従来のモノよりも数倍も高い!!

 それが…、私たちが長年の研究の末に辿り着いた究極のトリガーDCS(ディシーエス)!!」

 

 それなのにッ!とリーダーは歯軋りながらに叫ぶ。

 

「より安全で、より効果の高い“()()()()()()”をデヴィッドが発明したから無価値ですって?! そんな事…、あり得ていい筈がないでしょう!!?」

 

 紫那を包囲する科学者たちもまた、悔しそうに表情を曇らせる。なるほど確かに、科学者としては屈辱だろう。だが、やはり()()()()だ。

 

「デヴィッドもこの島から出たかったのでしょう!? なら出させてあげるわ! 犯罪者の一員としてね!!」

「……『ヴィランを雇い、盗ませる事で取り戻して別の場所で研究を強行する。』そう仕立て上げてデヴィッドに罪を擦り付ける。ええ、ナルホドね…」

 

 同時に、科学者が紫那を殺さない訳は理解した。ヴィランにデヴィッドを攫わせてから、計画に失敗した紫那が暴れたという筋書きを辿りたいのだろう。

 

「研究で得た成果ではなく政治の手で相手を引き摺りおろす。……詰まらない連中ね」

「何とでも言うがいいわ!“DCS”は既に臨床試験段階まで進んでいる。時間さえあれば、私たちが表裏からこの社会を変える事が出来るの!!」

 

 “クリーン”なトリガーとしてヒーローを対象に売れば、実力のないヒーローこそ飛び付くだろう。そうしてブーストされたヒーローが徐々にビルボードチャートを浸食すれば、世界中のヒーローがDCSを接種する社会が完成するのだ。

 

 ヒステリックに叫ぶ彼女を含む科学者たちの目には、狂気すら宿っている。自身の研究をそれだけ妄信しているのだ。

 

「……デヴィッドに濡れ衣を着せる為の証拠は捏造(つく)ったわ。既に新しい部下がデヴィッドの事務所に仕込んでいるはずよ」

「新しい部下…? デヴィッドの研究室に…。そもそも何処で“出国計画”を…? まさか?!」

「ふん! ようやく気付いたようね。そうよ、サム──デヴィッドの助手は、貴女たちを裏切ったの」

 

 

 

 

 セントラルタワー200階にて、ボスであるウォルフラムに指示されたヴィラン2人が、エレベーターの前に立ち覆面を着けたまま雑談に興じている。内容は当然、80階に現れたというガキ共の事である。

 

「80階では何が起こってやがんだ? アイツらが手間取ってるなんて」

「さあな。アイツら、通信機の電源を切ってやがるらしい。ガキの“個性”の影響かもしれねえってよ」

「まあそんなトコだろうな。ホラ来たぞ、さっさと捕まえて…、──何だあアァ!!?」

「今だ、行け!!」

 

 到着したエレベーターのドアが開いた瞬間を狙って放たれた轟の氷塊が、エレベーター前で待機していた二人のヴィランを拘束した。

 

「右に三人、左に四人いるよ!!」

『緑谷クンは右へ! 爆豪クンは左に、他は周囲を警戒して!!』

「うん!」

「命令すんじゃねえ!!」

 

 緑谷が《OFA》を纏って咄嗟にライフルを構えたヴィラン3人を蹴り飛ばせば、爆豪も《爆破》によって素早く4人のヴィランを制圧する。

 

「テメェらただのガキじゃねえな!? 何モンだ?!」

「名乗るほどのモンじゃねえさ!」

「グハァッ!?」

 

 腕を刃物に変形させたヴィランを《硬化》した切島がクロスカウンターで仕留めれば、制御ルームに残るヴィランはボスであるウォルフラムだけとなった。そして──

 

「メリッサ!? それに君たちも、来てしまったのか…!」

 

 ウォルフラムに拳銃を突き付けられてコンソールを操作するデヴィッドと、青い顔でそれを見守る助手のサムが、そこにいた。

 

 立ち並ぶ雄英生たちを一瞥して、鉄仮面の下でウォルフラムは冷酷に嗤う。

 

「おいおい。あんたがチンタラしていたせいで…、ヒーロー気取りのガキどもを殺さなくちゃあならなくなったじゃねえか」

「クッ…、その子たちに手を出すな!!」

 

 デヴィッドはヴィランの要求であるコードの解除に手間取る振りをして時間を稼ぎながら警備システムを奪い返す隙を狙っていたが、想定外にも娘と一緒にヒーローの卵たちが駆け付けてきてしまった。

 このヴィランのボスは危険だ。アメリカでオールマイトと共に数多くのヴィランを見てきたデヴィッドは、ウォルフラムが子ども相手だろうと容赦なく殺すだろう事を見抜いていた。

 

 焦りを滲ませてデヴィッドが自身に銃口を向けるウォルフラムを睨めば、ウォルフラムは言質を取ったとばかりに嘲笑う。

 

「ああ良いとも。ガキに手は出さないさ。一対多数は骨が折れるからな。もう撤退しよう」

 

 含みが有ることを隠しもしない表情で、ウォルフラムは耳触りの良い事を言う。

 

「その代わり…あんたには一緒に来てもらおうかァ! 例の装置を量産する為になぁ!!」

「何だと…! 最初からそれが目的か!!」

「ああそうだとも。あんたとあの装置は大金の生る木だ。あんたはこれから、ヴィランとして俺たちの為に生きるんだよ!!」

「そんなッ、誘拐するなんて!?」

 

 どこまでも自分勝手な言葉にデヴィッドが歯噛みすれば、動揺したサムが口を滑らせた。

 

()()()()()じゃあないですか! こちらに手出しはしないとッ!」

「約束…? サム、まさか君が…」

 

 何が起きたのかを理解したデヴィッドの顔が、徐々に驚愕で歪む。だがサムは開き直り、デヴィッドを責めるように喚き出す。

 

「だ、騙したのは貴方ですよ。手に入る筈だった栄誉、名声…、全て失ってしまった。せめてお金ぐらいもらわないと割りが合いません…!!」

「サムさんが…、そんな!」

 

 長年デヴィッドの助手を務めていたサムの裏切りに、メリッサはショックを隠せない。

 

 だがあくまで金が欲しかっただけであり、デヴィッドに身体的な危害を加えない事を条件にヒューマライズの残党科学者とヴィランの計画に加担したサムもまた、ウォルフラムの言葉に唖然とした。

 

「あなた達は偽者のヴィランで、デヴィッド博士の研究物の為に一芝居を打ったんじゃあ──」

「ああ、もちろん一芝居打ったさ。お前を騙す、偽物ヴィランという芝居をな。さあ…、お前への謝礼はこれだよ」

 

 ウォルフラムは呆然とするサムを嘲笑いながら金属製の床を触れば、その一角が槍となって飛び出しサムを狙う。反射的にサムが目を閉じた、その瞬間──

 

「事情は良く分かんねえけど! 守らせてもらうぜ! ヒーローとして!!」

「デヴィッド博士と助手の警護は俺たちが務める! 君たちはヴィランを!!」

 

 放たれた金属の槍がサムに命中する直前、《硬化》した切島が盾となり、《エンジン》を発動した飯田が2人を抱えて安全圏へと移動させる。そして麗日や峰田など直接戦闘向けではないメンバーが守れば、容易に手出しはできない。

 

 

「ガキ共が! ヒーロー免許も持たずに“個性”を使って良いと思ってんのかァ?!」

「I・アイランドでは“個性”の使用を原則許可している。そんな事も知らないでこの島を襲撃したのか?」

「あ? 何だテメ…──」

 

 程度の低い挑発で煽ってきたウォルフラムだったが、心操に言葉で返してまんまと《洗脳》状態へと陥った。

 

「いよっし! 《洗脳》に掛かってんだよな? これで戦闘終了だな! 流石だぜ心操!!」

「……コイツがデータベースを覗いてなくて良かったよ」

 

 I・アイランドに入国する際には、当然ながら空港で身分や“個性”を提示している。警備システムを掌握したヴィランがその情報を見ていれば、初見殺しに特化した《洗脳》で無力化は出来なかっただろう。

 

 呆気ない結末に血の気の多い爆豪などは舌打ちしているが、最も平和的な解決に心操はホッと息を吐いた。が、

 

『──気を抜かないで! 付近のエネルギー反応が急激に上昇している!!』

「え、うわっ!? 」

「何だこれ、(コケ)か…? どこから生えてきやがった?!」

 

 放心したウォルフラムを拘束しようと取り囲んだ緑谷たちに突如襲い掛かってきたのは、制御ルームの床から生えてきた触手のようにのたうつ金属製の苔であった。

 

「ワン・フォー・オール≪フルカウル≫…8%!!」

「雑草が、纏わり付くんじゃねえ!!」

 

 緑谷たちは各々の方法で苔を破壊するが、苔はブワァと異音を立ててすぐさま再生してしまう。轟が凍らせても、苔は停止することなく氷塊の内側から氷を破壊してしまい、有効な手立てが見つからない。

 

「鉄人777ッ能力(どうぐ)城壁の苔(メタルサラウンダー)…!! 金属を喰らう鋼鉄の苔だ! おいおい、スゲえアイテムじゃねえか!!」

『メタルシリーズ…?! KL-E-Oは貴方とも接触していたのね…!!』

「ああ、誘拐計画を練っている時、あの方から連絡が来た。(紫那)の嫌がる事なら、幾らでも協力しよう、とな!」

『アイツ…! 仕掛け人でありながらしゃあしゃあとッ!』

 

 苔に衝撃を与えられて目を覚ましたウォルフラムは、KL-E-Oから借り受けた苔の胞子を更にばら撒きながら醜悪に嗤う。

 

「認めるよ、お前等は面倒くせえヒーローだ。計画は変更する。皆殺しは諦めて…、博士を連れてこの島から脱出するとしよう!」

「脱出だあ? 俺たちから逃げ切れると思ってんのか!?」

「ああ。できるさ…」

 

 全身《硬化》させた切島に向けて、ウォルフラムはそう啖呵を切る。まだ仮免すら持っていないとはいえ、ヒーロー候補生12人に対してこの自信。まだ何か隠していると、この場にいる全員が警戒を深める。

 

「これは持ち帰るつもりだったんだが…、折角だ、使ってやるよ」

『それは“DCS”ッ…!? それも連中から渡されてい──、クッ…!!』

 

 ウォルフラムが腕の血管に注射針を刺した瞬間、ED-Eが紫那の制御を振り切り、ウォルフラムの元へと吸い寄せられていく。接種したDCSによって、ウォルフラムの“個性”《金属操作》が強化されているのだ。

 

「流石はI・アイランドに所属する科学者の傑品! “個性”が活性化しているのが分かる…。さあガキ共、俺が逃げるのを止められるかな…?」

「コイツ、トリガーを!!」

「見た目までバケモンみてえになりやがって!」

 

 ウォルフラムの身体は隆起した筋肉によって服が破れるほどに発達・肥大化し、血走った目でニタニタと笑う。

 

『“個性”も身体能力も数倍に跳ね上がっているわ! 今以上に注意しなさい!! ──あとは任せたわよ』

「脳依さん?!」

 

──ドオォン…!!

 

 ウォルフラムの“個性”の射程距離から逃れられない事を察した紫那は、ED-Eのバッテリーを暴走させた上で敢えてウォルフラムへ突撃させる。《金属操作》の引力も合わさってかなりのスピードでED-Eはウォルフラムに衝突し、バッテリーを起爆剤として小規模の爆発を起こした。

 

「自爆だぁ? こんなのが効くと思ってんのかァ?」

「でも隙はッ、出来ただろ!」

「畳み掛けるぞ!!」

「俺に命令すんじゃねぇ!」

 

 ED-Eの自爆による煙幕を目眩ましにして、切島、轟、爆豪、緑谷が同時に攻め立てる。だが──

 

「効かねえてっ……、言ってんだろうが!」

「そんなッ…!!」

「チッ…! ウザってえなクソが!!」

 

 全ての攻撃は床から迫り上がった鉄柱に遮られ、ウォルフラムには届かなかった。挙げ句鉄柱は縄の様にうねり、緑谷たちを拘束する。

 

「さあ…、博士には一緒に来てもらおうか」

「なっ…!!」

 

 緑谷たちならば数秒あれば解ける拘束ではあったが、ウォルフラムはその僅か数秒で飯田たちが守るデヴィッドに接近した。

 

「クッ、やらせん! トルクオーバー・≪レシプロバースト≫!!」

「ウチらも!」

「なんだそりゃ? 隠し芸でも披露してんのかぁ?」

「なっ!? ウアアァァ!!」

 

 ウォルフラムは急加速した飯田の蹴りを躱し、その足を掴んで浮かせようとした麗日やその後ろにいた八百万と耳郎、心操を巻き込む形で投げ飛ばす。

 

 そしてデヴィッドを守ろうと帯電を始めた上鳴をその後ろからもぎもぎを投げつける峰田ごと蹴り飛ばして、ウォルフラムはメリッサやサムを庇うデヴィッドの襟首を掴み、無理やり持ち上げる。

 

「さあ博士、念願だった出国の時間だ」

「行かせるかよ!」

「待て、博士を返せ!!」

「良いのかあ? あの苔を放っておいて」

「「「ッ!!?」」」

 

 鉄柱を破壊した緑谷たちを下衆に嗤うウォルフラムが指差したのは、制御ルームまで浸食していた鋼鉄の苔であった。制作者の性格の悪さを反映した苔は金属を養分に増殖しており、苔が制御盤を破壊するのは時間の問題であった。

 

「あそこの設備が壊されたら、警備システムにどんな影響が及ぶか分からないわ!」

「そう言う事だ。じゃああばよ。ヒーローになり損ねた、ガキ共」

 

 そう言い残したウォルフラムは抵抗するデヴィッドを抱えて屋上へ続く階段へと消えていき、ドアを塞ぐように生やされた分厚い鉄壁のみが残される。

 

「クッ…、苔は俺たちでどうにかする! 緑谷くんたちはヴィランを追い掛けてくれ!!」

「分かった! 飯田くん、気を付けて!」

「私はDr.シナの代わりに警備システムを解除するわ! お願い、お父さんを救けて!!」

「「「当然!!」」」

 

 強化されたウォルフラムの攻撃を受けてよろめきながらも、飯田や八百万は厄介な苔の排除を申し出た。メリッサもまた、自身に出来る事を行う為に動き出す。

 

 そう全員が最上階とヘリポート二手に素早く別れて、即座に行動を開始したのだった。

 

 

 

 

 屋上ヘリポートでは、DCSの効果で巨体となったウォルフラムの容姿にギョッとしながらも部下のパイロットがヘリコプターで出迎えた。

 

「ボス、他の連中は?」

「作戦は失敗した。ターゲットをデヴィッドの拉致のみに絞り、警備システムが再起動する前に離脱するぞ」

「は、はい!」

 

 他の仲間は見捨てると言う指示だが、ウォルフラムの冷酷な性格を知る部下は口答えはせず、ウォルフラムがデヴィッドをヘリコプターへ乗せたのを見計らって操縦席へ乗り込む。

 

「僕を…、殺せ…!!」

「おいおい、出島したかったんだろう? 願いを叶えてやったんだ。その代価に、俺たちの役に立って貰わなくちゃな」

「クッ…!!」

 

 ヘリのメインローターが回転を始め、徐々に機体が浮かび上がったその瞬間、氷がヘリコプターを包み込んだ。 

 

「行かせるかよ!」

「博士を返してもらう!」

「ガキ共が…、よっぽど死にたいらしいな!!」

 

 氷は追い掛けてきた轟の“個性”であった。操縦席は優先的に凍らされており、破壊系の“個性”ではない部下では脱出できないだろう。

 

 ウォルフラムは薬で強化された腕力で氷壁を破壊して、ヘリポートの床を鉄槍に変形させて追い掛けてきた緑谷たちへ攻撃する。

 

 緑谷たちはそれぞれの方法で鉄槍を却けるが、ブーストされた“個性”で操られる鉄槍の物量は多く、撃退は容易とは言えない。

 

「私はいい…、逃げろ…!」

「大丈夫です博士、必ず救けます!!」

「どうやって?」

 

 ウォルフラムは不敵に笑い、ヘリコプターの中で横たわるデヴィッドを鉄槍で狙う。人質を使った悪辣な手。だが…、

 

「こうやンだよ!! 下んねー手ェ使いやがって!」

「なっ、グアッ!?」

「ヒーローの卵舐めんなよ!」

 

 それは雄英生たちには通用しなかった。爆豪が閃光でウォルフラムの意識を逸らした隙に、氷を用いた高速移動で轟によって運ばれた切島が鉄槍を破壊してデヴィッドを守ったのだ。

 

 デヴィッドの前で両腕をクロスした切島が叫ぶ。

 

「博士はオレが守る! そっちは任せたぜ!」

「うん! ありがとう、切島君!」

 

 爆豪に続いて攻撃を仕掛けていた緑谷が礼を言う。即席での連携は、雄英で鍛えられている。

 

 

「ぐっ…! くたばりぞこないのガキどもが…、ゴミのクセに往生際が悪ィんだよ!!」

 

 散々に計画を邪魔されたウォルフラムから軽薄な空気が遂に霧散した。強化された“個性”を最大限に使用して、タワーから鉄板や配線がめくり上げられウォルフラムの元へと吸い付くように引き寄せられていく。

 

「おいおい、ちょっとマズい事になってねーか?!」

「ケッ、ぶちのめしゃあそれでしめーだ」

「先にぶちのめされなきゃいいけどな」

 

 セントラルタワーが、ウォルフラムの一部となっていく。徐々に巨大化していくその様子を、緑谷たちは攻撃すら忘れて愕然と見つめることしかできない。

 

 倒せるのか、この化物を。紫那の変異新人類(スーパーミュータント)以上の巨体へ成長していくウォルフラムを見ながら、そんな思考が誰かの脳裏を走る。

 

 

──こういうときこそ笑え! ヒーローの卵ならば!!

「「「!!」」」

 

 そんな気が動転していた彼らの正気を取り戻させたのは、階下から弾丸のように飛び出してきたオールマイトの声であった。

 

「メリッサが警備システムを取り戻してくれた! あとはそのヴィランをどうにかするだけさ!」

「オールマイトか…。最後に邪魔しやがって…、死にかけの分際でええ!!」

 

 平和の象徴の登場により、緑谷たちの目には希望が戻り、ウォルフラムの表情には捨て鉢の色が浮かぶ。

 

 金属を寄せ集めた塔の上で、ウォルフラムは更に金属を集め、とてつもなく巨大なキューブを生成する。ウォルフラムの周囲には数多の鉄柱がうねり、ウォルフラムの元に容易には近付けない。

 

「タワーごと潰れちまえ、オールマイトォォ!!」

 

 セントラルタワーの直径よりも大きいキューブがオールマイトに向かって落ちていく。だがオールマイトは慌てない。緑谷や爆豪たちと目配せ1つで意志を疎通して、オールマイトは緑谷と共にキューブへ向かって跳躍した。

 

 それを阻止しようと動き出した鉄柱を、切島と轟、爆豪が破壊する。

 

「金属の塊はオレたちが引き受けます!」

「緑谷、オールマイトのサポートを!」

「うん!」

 

 ウォルフラムが腕を一振りすれば、オールマイトと緑谷へ鉄片が散弾のように飛び掛かる。だが2人はそれを避け、鉄柱を足場に駆け上がる。

 

 

「クウッ…オールマイトォォ!大事な友人が、どうなってもいいのかあァ?!」

「なっ…、デイヴ!!」

「ようやくニヤケ面がとれたな!」

 

 オールマイトが後ろを振り向けば、ヘリコプターの中で臥しているデヴィッドに向けて無数の鉄柱が襲い掛かっている。切島がそれを必死に破壊しているが、物量差に押されている。

 

 オールマイトは真のヒーローである。だから、ヴィランを目の前にしても仲間を見捨てられない。ウォルフラムの卑劣な思考はそれを見切った。

 

「“やめろ! デイヴは──”」

「ハッ! お友達が大切なら、潰れるまで動くんじゃ──…!!」

 

 形勢逆転したとウォルフラムがオールマイトを脅したその瞬間、ウォルフラムは意識を落としたように沈黙する。

 

 ハッと気が付いてオールマイトがヘリポートを見れば、そこにいたのは機を狙ってこの瞬間まで隠れていた心操である。

 

「……()()()()()()()()その()、『“個性”の使用は最も有効な場面で』。……あとはお願いします、オールマイト」

「サンキュー心操少年! マジでナイスアシストだ!! 行くぞ緑谷少年!」

「はい!」

 

 抵抗を止めたウォルフラムのキューブへ向けて、オールマイトと緑谷は最後の跳躍を行った。

 

 だが、あまりに巨大なキューブ。《OFA》があったとしても、破壊出来るのか。しかしそんな疑問を振り払う言葉を、オールマイトは…、ヒーローは知っている。

 

更に向こうへ!

 

 オールマイトの言葉に緑谷が続いた。

 

──プルスウルトラ!!

 

 眼前に迫った巨大なキューブへ、オールマイトと緑谷は拳を振りかぶる。

 

「「ダブルデトロイトォォ! !スマーシュッ!!!」」

「ぐ、ぐぐ…、ガハァァッ!!」

 

 2人の拳が、キューブごと金属の塔を破壊する。衝撃で意識を取り戻したウォルフラムが一瞬抵抗するが、その甲斐もなく塔は崩れていき、ウォルフラムは再び気絶した。

 

「やったのか…」

「いよっし!ヴィランをやっつけたぞ!!」

「ケッ!」

 

 鉄柱と戦っていた切島たちが、歓喜の声をあげた。大なり小なり怪我はあるが、皆無事である。

 

「ああ…」

 

 そしてヘリコプターの中から一部始終を見ていたデヴィッドの目には…、若き日のオールマイトが見えていた。だがそれはオールマイトと共に拳を振り上げ飛んでいる緑谷の姿であり…

 

(──ああ。次世代の芽は、既に出ていたんだな)

 

 そんな納得と共に、ヴィランが退治された安心感から、デヴィッドもまた気絶した。

 

 

 

 

「はい? 何ですって?!」

 

 タワー全体を揺るがす2度の振動のあと、紫那を取り囲んでいる残党科学者たちのリーダーが何処からか連絡を受け、動揺を露わにする。

 

「あらァ?大方、別働隊のヴィランがオールマイトによって全滅したのでしょう? こうなった以上、大人しく投降するのを推奨するけれど?」

 

 紫那の予測は間違っていなかったらしく、リーダーは迂闊にも更に大きく動揺し、それが手下の科学者全体へと広がっていく。

 

「……まだよ。デヴィッドを陥れるために仕込んだ証拠はまだ生きているわ! アナタをこの場で始末してから、サムと口裏を合わせれば誤魔化せる!!」

「まったく、往生際も足掻きも理解も悪いわね。その程度で、良くこの“天才”を馬鹿にしたものだわ」

 

 見苦しいリーダーの虚勢に、紫那は甚だ呆れる。そして懐から取り出したのは…、スイッチの押された高性能な録音機であった。

 

「私がI・アイランドと不仲である事を知りながら迂闊だったわね。当然、これくらいの備えは用意してるわよ」

 

 そう。紫那が大人しくしていたのは何も時間稼ぎの為だけでない。口を滑らせ、自白を掴む為でもあったのだ。

 

「録音機ですって…? それがどうしたと言うの?! ここにいるのは秘密を守れる私の部下だけ。外患に失敗したアナタがその代償としてヴィランにハチの巣にされ物言わぬ死体となる。そしてデヴィッドの事務所から取引の証拠…、これで全てつじつまが合うわ!」

 

 都合のいい事を喚きながら、リーダーは部下にレーザー銃の安全装置を解除させた。

 

「どう? この臨機応変な判断力、まさに私こそが──」

 

 髪を掻き上げて首筋から触手を生やした紫那は、まず後ろにいた研究者2人を触手で殴り飛ばし、

 

「理そ──」

 

 続いてその勢いのまま包囲する左右に並ぶ4人の研究者の頭をかち合わせ、

 

「うのて──」

 

 また一歩離れた所から銃を構えていた研究者を床に叩き付けて、

 

「ん才──」

 

 最後にリーダーの横にいた2人を壁にめり込む威力で吹き飛ばした。

 

「で…しょ…?」

 

 余裕綽々な表情で銃を構えたのまま、リーダーが固まった。

 

「フー。……理想の天才論1つ語るのに…、随分と余計な御託を並べてくれたものね」

「……!! なっ!?」

 

 語り終えるまでの僅かな間に、紫那は取り囲んでいたメンバー全員を触手で無力化させたのだと、リーダーは一瞬遅れて理解した。

 

「発明の1つ認めさせる事も出来ないで、何を偉そうに。真に価値ある“天才”なら、黙っていても世界が認めるものよ」

 

 紫那やデヴィッドを無才と罵る者はいない。それは、そう言わせないだけの事を成してきたからだ。己の頭脳ではなく政略を頼った時点で、残党科学者のリーダーは“天才”とは言えないのだと、紫那は嗤う。

 

「さあどうする? 貴方の忠実な部下とやらは何の役にも立たなかったけれど…、凡才1人がまだ何かやるつもり?」

「クッ…、黙れッ!! アナタくらい私1人で片付くわ!!」

「──まだ気付かないのかしら? 貴方は騙す相手を間違えたの」

「えっ? なあッ?!!」

 

 激昂したリーダーがレーザー銃の引き金を引く、その直接、詰め寄った紫那の手が銃を触れば…、発射よりも早く、レーザー銃がバラバラになってしてしまった。

 

 撫でただけに見える一瞬の動作で紫那がレーザー銃を()()したのだと、リーダーは遅れて理解する。そしてその顔が衝突しそうな距離で、紫那は笑う。

 

「貴方達の計略ごっこに付き合ってやるのもここまでよ。──技術士の電撃手甲(テスラ・ブレイサー)!!」

「ッ──!!?」

 

 バチバチッと帯電する紫那の拳がリーダーの腹に突き刺さり、リーダーは膝を着く。

 

「KL-E-Oが絡んでいるから慎重に動いていたけれど…、この程度の策しか授けていないのなら、アレもコイツ等にそこまで期待していなかったのね」

「そん、な…。クレ…オ、さまが……」

「結局は私1人に潰せるレベルの策でしかなかったのよ。ええ、その程度の目論見で、()()()()()()()()()

「──あ、」

 

 紫那が今日一番の綺麗な笑みと共に放った皮肉で、ついにリーダーの気力は尽きバタリと倒れた。

 

 

 こうして、I・アイランドの不敗神話を破壊した大事件は、死傷者0の主犯格全員逮捕で幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

「──出国計画は諦める? 一体、どんな風の吹き回しかしら?」

 

 ヴィランの襲撃があった次の日、I・アイランド内の病院、その中でも最もセキュリティの高い病室のベッドに、デヴィッドは横たわっていた。

 とは言ってもデヴィッドの外傷は打撲程度であり、デヴィッドが病室に入れられたのは事実確認までの隔離保護の意味合いが大きい。

 

 怪我だけであれば、80階まで根気で駆け上がったメリッサの筋肉痛の方が酷いほどだ。

 

「今回の一件で、僕の危機管理能力がどれだけ低いかを思い知らされたよ。一方的に搾取されていると思っていたが、I・アイランドには思いの外守られていたらしい」

「そう…」

 

 あるいは、それを()()()()()為に上は敢えて危険因子であるヒューマライズ残党科学者を放置していたのか。どうであれ本人が納得しているならば混ぜっ返す必要はあるまいと、紫那はその疑惑を無視することにした。

 

 残党科学者の計画していたデヴィッドの濡れ衣は、紫那が提出した録音機とデヴィッドを裏切り残党科学者に協力していたサムの自発的な自白によって完全に晴らされていた。出島も諦めたなら、首脳陣が因縁を付けてくる事もないだろう。

 

 ……そして問題のサムだが、毒気を抜かれたのか罪の重さを自覚したのか、全面的に罪を認めて調査にも協力的であり、そこまで重い刑罰にはならないだろうとはオールマイトの言葉であった。

 

「それにしても、あれだけ執着していた研究を諦めるなんてね。心変わりの理由を聞いても?」

 

 デヴィッドの開発していた“個性増幅装置”の存在は、当然紫那も知っていた。オールマイト…、延いてはこの人類の為に必要だとまで言っていた装置を何故手放す気になったのか。紫那にはそれが不思議だった。

 

「……君も知っている通り、オールマイトの“個性”は消えかけている。私は、彼という光を失うのが、築き上げた平和が崩れていくのが怖かった」

「ええ、だからあんな装置を発明したのでしょう?」

「その通りだ。だがあの装置も、所詮は現状維持の産物でしかない。未来が、希望が、すぐそこにあるという事を、僕は昨日まで理解していなかった」

 

 デヴィッドはオールマイトの為だけに研究を行っていたし、心の底ではオールマイト以外のヒーローを信用していなかった。だがその認識を改めたのは、懸命に戦い、そしてオールマイトとともに勝利した彼らの勇姿を見たからだろう。

 

「なるほど。理解も納得も了承も出来るわ。彼らは凄いもの」

 

 留学時代からの親友としてオールマイトの全盛期を間近で見続けたデヴィッドは、恐らくこの世で最もオールマイトに依存した人間だった。

 そんな彼の目を覚まさせた紫那の級友も、またきっと真のヒーローなのだろう。

 

「ハハ。君にそこまで言わせる若者がいるなんてね。僕の目はよっぽど曇っていたらしい」

「最高のヒーローが隣にいたんだもの。基準がおかしくなっても致し方ないわ」

「そう言ってくれて有り難いよ。……それにしても、君には色々と面倒を掛けたね」

「構わないわ、友人の為だもの。そんな貴方と机を並べて研究できる日を楽しみにしていたのだけれど…、それは少しだけ残念ね」

 

 結局の所、紫那がデヴィッドの世話を焼いた理由はそれだけだった。仲の良い“天才”と共同研究がしたい。その程度の動機だった故、紫那に出島計画に固執する気はない。

 

 

 そんな折、チロリンと紫那の端末機からアラームが鳴り、紫那は携帯を見て少しほほ微笑んだ。

 

「今日はもうお暇させてもらうわ。このあと、オールマイトが今回の労いとして雄英1年生を集めてバーベキューをやるらしいの」

「なんだって?! それは羨ましい」

「フフ…、いいでしょう? 今回の騒動には、丁度良い報酬だわ」

 

 そう言って病室から退出しようとした紫那は、振り向いて最後に言う。

 

「また来年会いましょう、デイヴ」

「ああまた、I・エキスポで」

 

 そうして、『2人の天才』は別れたのだった。

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