お久しぶりです。何とか年内の更新ができました…。明日も同時間に更新予定です。
《I・アイランド》襲撃事件に関連する諸々の事後処理が終わり、事件の当事者としてI・アイランドに勾留されていた紫那を含む雄英生たちがようやく解放された頃には、既に夏休みは中盤へ差し掛かっていた。
事実確認やら機密保持契約(つまりは口止め)やらの面倒事を片付けて帰国した紫那たちを待ち受けていたのは──…、林間合宿であった。
「や! A組
「えっ?!」
林間合宿当日、雄英校門前で手荷物を片手にバスを待っていた緑谷たちに颯爽と話し掛けてきたのは、B組の姉御的存在にしてクラス委員長も務める拳藤であった。
朗らかな口調でありながら何処か気迫に満ちた拳藤に、いまだ女子との会話に慣れないらしい緑谷はたじろぐ。あたふたと慌てる
「拳藤、ライバル意識を持っているのは分かるけど、学友を威圧するべきじゃあないだろ。彼もビックリしてるじゃないか」
「えっ? ああゴメンゴメン!! 脅す気は無かったんだけど、ウッカリしてた!」
「えっと、ハハ…」
物間に窘められた拳藤がそう空気を和らげれば、そのカラッとした拳藤に緑谷も釣られて緊張を解いた。 物間が困った様に笑いながら説明する。
「すまないね、ウチのクラスは負けが込んでるせいで、A組への対抗心が強くなってるんだ。まあ後期には合同戦闘訓練が始まるから、その頃には治まるさ」
「えっと、アハハ…。僕たちも負けてられないな……」
つまりは、合同戦闘は勝つという宣言。言外にそう言ってのけた物間に、その意図を正確に汲み取った緑谷は再び苦笑いで返すのだった。
「フフ…、良いことだわ。B組もまた、この私に本気で勝つつもりなのね?」
「当然! アンタを含めてA組はみんな強いけど、私たちも負けてばっかじゃいられないしさ!」
拳藤がそう力こぶを入れて宣言すれば、周囲で話を聞いていたB組の鉄哲や宍田が満足そうに頷いた。B組は打倒A組で結束しているらしく、少なくとも団結力ではB組の圧勝だろう。
「そうそう、I・アイランドではウチの心操が世話になったらしいね。爆弾騒ぎなんかもあったけど、
「フフ…、その言葉に全くもって異論はないわ。彼、オールマイトのピンチを救ったのよ?」
「へえ! そりゃ凄いな」
紫那の絶賛に物間はそう驚いたが、
恐らく物間は心操とのやり取りや事件後のI・アイランドの対応から紫那や心操が事件に直接関わったのだと推測したのだろうが、大した推理力だと紫那も感心した。
そんな流れで交流の薄いクラス間の情報共有を交えた雑談を続ければ、話題はすぐに林間合宿の事へと移り変わる。
「そう言えばさ、A組は合宿の行き先についてイレイザーヘッド先生から何か聞いてる? ブラキン先生はあんまり教えてくれなかったんだよね」
「ええっと、合宿先が例年の宿泊地から変更された、って事くらいしか知らされてないかな~」
「んー。ウチのクラスと同じ程度か」
「……」
──木椰区ショッピングモールにて、緑谷が2度目となるヴィラン連合の襲撃を受けた事で、雄英高校は重警戒の上での林間合宿の実行を決定した。
重警戒とは具体的に、目的地にヴィラン連合の《ワープ》対策として体育祭でも利用された紫那作の索敵用ドローン『
『アイボット』が異常を感知すれば、即座にヒーローが駆け付ける陣形が既に合宿先では整えられているのだ。
あわよくば襲撃したヴィラン連合をこの場で捕らえようという根津校長の意図すら見える、徹底的な警戒体勢である。
ちなみに紫那がこの話を知っているのは、指揮を執った根津校長に“天才”として知恵を貸したからだ。故に紫那は行き先も分かっているのだが、それを誰かに伝える気はない。
(──…あまり良い気分では無いものね。
会話を続けながら、紫那は心の底で独りごちる。
他生徒に比べて教師陣と一段近い紫那は、他の同級生以上に情報を得られる立場にいる。そんな紫那だからこそ、雄英教師と共に1つの可能性を捨てきれずにいた。
──それこそが、雄英高校の中にいる『
ヴィラン連合によるUSJ襲撃事件にて、戦闘経験が薄く襲いやすい1年生の時間割や授業にオールマイトが出席する内部事情など、雄英高校の在席者のみが知るはずの情報がヴィラン連合に漏れていた事実から、雄英教師は内通者の可能性を密かに警戒していた。
紫那としてもクラスメートを疑うのではなく、
そんな憂鬱な気持ちを抱えながら、紫那はやって来た送迎バスに乗り込むのだった。
■
バスに揺られて約1時間。休憩として送迎バスが止められたのは、山の中腹にある広々とした待避所であった。尿意を催した峰田が真っ先に飛び出し、続いて紫那たちも降りていく。
「あれ? 何ここパーキングじゃなくね?」
「ねえアレ? B組のバスは? さっきまで後ろにいたよな?」
「お…、おしっこ…。トトト、トイレは…?」
広場には落下防止の手すり以外には何もなく、ただ景色を楽しむ以上の事は出来そうに無い。紫那を含めたA組生徒が困惑の視線を相澤先生へ向ける。
「何の目的もなくでは意味が薄いからな」
「いよう! イレイザー!!」
「ご無沙汰してます」
そんな生徒たちの困惑を横目に、送迎バスに先んじて広場に駐められていたクラシックカーから降りてきたのは、ネコを思わせるヒーローコスチュームを着た2人組の女性と、1人の子どもであった。
「──煌めく眼でロックオン!」
「キュートにキャットにスティンガー!」
「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」
相澤先生に一言挨拶して直ぐさま決めポーズをとったヒーロー集団プッシーキャッツこそ、少人数で合理的な訓練の補助が出来ることから林間合宿のサポート役として選ばれたプロヒーローである。
それは紫那も知っている。だが──
「悪いね諸君。合宿はもう──始まっている」
「これは…、聴いてなかったわね…ッ!!」
青いヒーローコスチュームのピクシーボブが地面に触れたことで迫り上がってきた土砂によって、紫那たちは崖下の森林へと落とされた。
「私有地につき“個性”の使用は自由だよ! 今から3時間で! 自分の足で施設までおいでませ! この…、『魔獣の森』を抜けて!!」
落下先の地面もピクシーボブが“個性”で操っていたようで、弛んだ地面に落ちた紫那たちにダメージはない。
落とされた森は木々が生い茂り、上の展望台からは見えていた宿泊施設のある山の麓などどれ程遠いのか予想もつかない程に暗い。既に配置されて辺りを飛び交うアイボッドのみが人工物として異彩を放っていた。
「“魔獣の森”って…、何だそのドラクエめいた名称は……」
「雄英こういうの多すぎだろ……」
「たっ、耐えた…。オイラ耐えたぞ…!!」
口に入った土埃をペッペと吐き出しながら、紫那は周囲を見渡す。生き物の気配はない。だが──
「気を付けなさい! 何か…、動くモノがいるわ!!」
茂みに向けて走り出す峰田の前に、紫那の6つの瞳は森の奥から現れる
木々の間から現れたのは──
「「「マジュウだーー!!?」」」
土塊で構成された全長数メートルの魔獣であった。操作する電子機器の類いは紫那の瞳でも見受けられない。これも、ピクシーボブが操っているのだろう。
紫那が迂闊にも前に出てしまった峰田の襟首を引いて魔獣の爪による攻撃から救出したのと同時、何人かが土魔獣の前に飛び出した。
「感謝するぞ脳依くん! 後は俺たちが!!」
「うん! ワン・フォー・オール≪フルカウル≫…8%!!」
「尾空…、旋舞ッ!」
「アァ!? デクが俺の前に立つなや!!」
「今はそう言うこと言ってる場合じゃねえだろ」
素早く状況を把握して各々の方法で土魔獣に攻撃を仕掛けたのは、飯田、緑谷、尾白、爆豪、轟の、職場体験にてより多くの経験を積んだ5人であった。
土塊の耐久力では彼らの総攻撃を凌げるはずもなく、土魔獣は容易に崩潰した。
「これが“マジュウ”ってヤツか? 案外呆気ねぇな」
「耐久力は土塊以上ではないわね。それでも、気を抜かない方が良さそうよ。ほら」
「──! コイツ、再生してやがる」
紫那の指差している先で、緑谷たち過剰戦力によって木っ端微塵に破壊された筈の土魔獣が土塊から徐々にその巨体を再形成している。
すぐに起き上がる事は無いだろうが、あのサイズまで粉砕した土魔獣が再生するのならば、完全な機能停止に追い込むのは難しいだろう。
加えて、紫那の瞳は森の奥から複数体、土魔獣の気配を察知している。全てをピクシーボブが操作しているのなら、凄まじい精度の“個性”制御だ。
「まったく、面倒な事になりそうね……。3時間で辿り着けるのかしら?」
所要時間を計算しながら、紫那は憂鬱に呟いた。
■
「邪魔をッ…、しないでちょうだい!」
脚部に仕込んだ
土魔獣の頭が視覚や思考機能を持たないハリボテの飾りであろうと、そこを潰せば重心がずれてバランスを崩す。
頭部を失った土魔獣は生物のようによろめき、一瞬の隙が生まれた。
「今よ、尾白クン!」
「ありがとう脳依さんッ、──尾拳・≪
紫那が作った隙を見逃さず、四本足で立ち止まる土魔獣の下へと潜り込んだ尾白が地面に手を置き、浮いた下半身を回転させる。
その遠心力によって振り回される強靭な筋肉の塊である尻尾は、土魔獣の身体と足を破壊するのに充分な威力を有していた。
「一撃で土魔獣の下半身を粉砕…、貴方の新技は良い出来のようね」
「ハハハ…、何とか形になって良かったよ」
しばらくは土魔獣が復活しない事を確認してから、尾白は
体育祭以来取り組んでいた、空手を基礎とする
「先はまだ長いし…、この調子で土魔獣を倒せると良いんだけど…」
「ええそう…ッ、ね……」
「脳依さんッ?!」
相槌を打った紫那が、一瞬フラリとした。期限とされていた正午は既に過ぎ去り、ピクシーボブによって山に落とされてから約4時間。目的地である宿泊地は未だ遠い。
散発的に現れる土魔獣を対処しながらの強行軍は、確実に紫那を含めたA組を疲弊させていた。
現在は長期戦に長けた紫那や爆豪、轟が戦線を維持して、他のメンバーで前線を推し進める作戦を取っている。だが4時間ほぼ休息無しの連戦に、流石の紫那も疲労の色を見せ始めていた。
「脳依さんも一度下がって休憩してきた方が良いんじゃないか? 流石に疲れてるだろ?」
「……いま私が退けば、また戦線に穴が開くわ。それに…、この程度の疲労は計算の内よ」
そう紫那は強がりを言ったが、戦闘センスは人並みである紫那が糖分補給を行わずにここまで戦闘態勢を継続するのは初めての経験であり、丸一日研究に費やしたのと同じだけの熱が脳に溜まっているのも事実である。
その程度の疲労で思考力が鈍るなど、“天才”たる紫那にとってはあり得ない。だが、ただ少し思考が
「物騒な方向って…、具体的には?」
「……まァ、色々よ。失言だったわ、気にしないで頂戴」
土魔獣が一定以上の傷を負った者へ攻撃できない制限を利用した肉壁戦法。もしくは後方で休憩している仲間を餌にした、乱戦必至の伏兵作戦。
わざわざ尾白に言うつもりは無いが、そんなヒーローの卵が使って良い物ではない作戦が、紫那の脳内では大量に浮かんでは消えていく。
紫那の産まれ持った合理的且つ冷淡な一面が、疲弊した理性の下から顔を覗かせていた。
「何にせよ、まだ道は半ば。皆が必死に進んでいるのだから、私が休んでいる暇なんてないわ」
「脳依がそう言うなら良いけど…、本当にキツくなったら休憩して──ッ!? 脳依さん、後ろ!!」
2人の会話中、突如紫那の後ろの森林を突き破って1体の土魔獣が乱入してきた。紫那は動かない。不意を突かれた尾白もまた動くまでに一瞬の隙が生まれた。
土魔獣の爪が紫那を切り裂く、その直前──
「ワカメ髪と地味面が、2人揃ってボケっと突っ立てるんじゃねぇよ!!」
「ッ! 爆豪!?」
「あら、心外ね。私はボケてないわよ。ちゃんと貴方の姿が視えていたもの」
土で構成された大きな図体ごと、飛んできた爆豪が土魔獣を《爆破》した。
上半身の崩れた土魔獣がバタンと倒れれば、振り向かずとも全てを把握していた紫那がクスクスと笑う。爆豪はそれに何か文句を言うのでもなく、チッ!と舌打ち1つ残して飛び去っていった。独断行動で前線を張りながら、時折窮地に陥ったクラスメートを助けているらしい。
「さて、私たちも前進を再開しましょう。そろそろ、切島クン辺りが“個性”限界を迎えて後ろに下る頃だわ」
「そうだね、早く合流しないと…」
それにしても…と、半壊した土魔獣を念入りに叩き潰していた尾白が感慨深そうに呟く。
「こんな状況とは言え、あの爆豪がまさか手助けしてくれるなんてさ。ビックリだよ」
「フフ…、何だかんだ言って、彼も成長しているのよ。……負けていられないわね、セイテンタイセイ?」
「ホントにね…」
才能に傲っていてくれれば追い付きやすいのに、等とぼやきながら、尾白は先に歩き出した紫那を追い掛けた。
■
P.M.5:00、夕日に照らされる中、紫那含むA組一同はようやく“魔獣の森”を抜けて宿泊施設に到着した。疲れていない生徒はおらず、紫那や爆豪すらも疲労の色を隠せない。
先に車で移動していたらしい相澤先生とプッシーキャッツに生徒は出迎えられられる。
「やーーっと来たにゃん。とりあえずお昼は抜くまでもなかったねぇ」
「腹減った…、死ぬ…。何が3時間っすか…」
「悪いね、アレ私たちならって意味」
「実力差自慢の為か…、やらしいな……」
正直紫那ももう少し早く到着出来ると予想していたのだが、紫那にしろ轟や爆豪にしろ、A組において高火力持ちは森林火災や大規模破壊を引き起こしかねず、力をセーブせざるをえなかったのだ。
実際の状況を考慮しないで思考が机上の空論に終始収してしまうのも自身の悪癖だと、紫那は最近気が付いた。
そのあとは緑谷がマンダレイの従甥に陰嚢を殴られる等というハプニングは起こったが他に何事も無く、バスから荷物を降ろしてプッシーキャッツによって用意された夕飯となった。
「美味え!! 米が美味え!!」
「五臓六腑に染み渡る!! ランチラッシュに匹敵する粒立ち! 何時までも噛んでいたい!!」
「土鍋…!? 土鍋ですか!?」
「うん。つーか、腹減りすぎて妙なテンションになってんね」
「クッ…、米の糖質ですら…!!」
「シーちゃん?! アンタもか!?」
久々の糖分補給に、男子のテンションに流されて紫那も涙ぐんでしまった。そして食事が終われば大浴場での入浴となる。
紫那も分類上はまだ人間であり、森を彷徨い練り歩いた汚れを落とせるのは有難い。
……当然の様に何処ぞのエロ葡萄が女子風呂を覗きを画策したが、それを予見していたマンダレイに手筈されていた洸汰(──マンダレイの従甥らしい)によってぎりぎりの所で撃退された。
スケベ葡萄は保護者呼び出しの上での指導が決定して更に合宿と同時並行で大量の反省文を課されたが、
そうこうする内に日付は変わり、合宿2日目の早朝、AM5:30。集められたA組の面々は眠そうに目を擦りながら、相澤先生の言葉を聞く。
「本日から本格的に強化合宿を始める。今合宿の目的は全員の強化及びそれによる“仮免”の取得だ。心して臨むように」
とは言えまだ釈然としていない生徒たちの為に、相澤先生は投げてみろ、と爆豪に“個性”把握テストの際に用いた計測機能付きのソフトボールを渡す。
「んじゃよっこら──くたばれ!!!」
爆豪によって罵声と共に投げ飛ばされたソフトボールはしかし、入学直後とほぼ変わらない飛距離の709.6メートル。
予想以下の結果に生徒たちござわつく生徒中、黙って爆豪の投擲を見ていた相澤先生が口を開く。
「入学からおよそ三ヵ月。様々な経験を経て、確かにキミらは成長している。だがそれはあくまでも精神面や技術面、あと多少の体力的な成長がメインであり、“個性”そのものは今見た通りでそこまで成長していない。だから──…、今日から君らの“
説明を続ける相澤先生の口角が上がる。
「死ぬほどキツいがくれぐれも…、死なないように」
「……ええ、なるほど?」
紫那は“無個性”であり、変異細胞で構成された紫那の身体は訓練や筋トレによって強くなる事はない。
合宿の意図に適さない様にも思えるが、雄英高校がそんな理由で生徒を切り捨てる筈がない。さてどんな特訓を課してくれるのかと、紫那は相澤先生に釣られるように笑った。
皆さま良いお年をお迎えください。