・前話の最後に【リビング・ハート(生きた中核)】に関する情報をまとめました。
「下の名前で呼ばないでくれる? 馴れ馴れしい」
イケメンと
しかしホークスも慣れているらしく、テキビシーと笑って堪えていない。紫那はその様子にため息をつきながら、車の窓を開ける。
「それで、
開いた窓からスルッと車内に入ってきたホークスに、資料をまとめたタブレットから目を離すことなく紫那は冷たく尋ねた。
紫那とホークスは共に公安に才能を見出されて保護された身であり、2人は
ホークスは紫那の野望を知っている。その上で公安側につく訳でもなく静観している為、紫那としては目的の読めない男だ。
「んー、お偉いさんからの
ホークスの言葉に、紫那は始めてタブレットから目を上げた。
「言伝? あなたいつから公安の
「いや伝書鳩て…」
俺は
紫那は公安が嫌いである。孤児院から拾って教育してくれた事は感謝しないこともないが、その恩は研究やら何やらで散々返したし、結構な量の特許を横取りされたので、紫那はやはり公安が嫌いだった。
「それで、その伝言は?」
「あー、“家出に飽きたなら帰ってこい”…だってさ」
「──ッ!!」
バキッ、と嫌な音が車の中に響く。
紫那は苛立ちのあまり、思わず手に持っていたタブレットをへし折ってしまった音だ。
「……
無駄なロスを減らした合理的な送電線や、人が“個性”によって洗脳されていないかを測定可能な簡易脳波計など。
紫那がまだ世間を知らなかった頃に、
発明家としてのプライドが高い紫那は、特にその件で公安を嫌っている。
「まーまー。あー、紫那チャンも色々やらかしとっちゃけど、その対処での恩もあるでしょ?」
主に動いたのは俺だけど、とホークスは付け加えたが、しかし紫那はホークスの言葉を嘲笑った。
「私は法に反する事はやらないわ。私が反するのは倫理までよ。それくらいの遵法精神は持ち合わせてる。そもそも
「いやいやソレ思いっきり禁忌だし」
すぐさまホークスはツッコんだが、紫那には効いた様子がない。紫那は何時もの様に冷酷に見える笑みを浮かべながら、言う。
「学会を追い出された所で、
大袈裟に隠そうとするせいで、それを嗅ぎつけたメディアやフリーライターに付き纏われ、逆に面倒な事になった程だ。当然、何かを掴ませる様な紫那ではないが。
「一応トップが変わってからはマシになったんだけど…ってそうだ、紫那チャン雄英入学したっちゃろ?」
「相変わらず耳聡いわね。公安から聞いたの?」
「まー、上の方の人はばり嘆いてたよ。もしかしてまた脅した?」
脅した、と物騒な事を、
権力を振るう公安と幾つか公安の秘密を握っている紫那の脅迫合戦は、紫那が勝手に独り立ちした時からのいたちごっこだ。
お互いギリギリ(建前上は)法律は守っている為、もうホークスは気にしない事にしていた。
「ええ。貴方の
「……やっぱテキビシか。いつの間に?」
「貴方が仕事をしそうな場所に当たりをつけて、少しね」
公安所属のヒーローとして何度も後ろ暗い仕事をこなしたホークスは、いつの間にか妹分に秘密を握られていた事実に少しだけ
己も命を狙われても可笑しくない身でありながら紫那が無事なのは、紫那が公安の秘密を抑えている事と、己の身を多くの企業に護らせているからだ。
天才たる紫那は政府やら外国のヴィラン組織やらと大量に敵を作ったが、それと同じ数だけ味方を作った。
大手企業に技術を提供する事で、紫那は社会的地位と金銭を得る。その上で、紫那はその知恵をよくヴィランに狙われるから、企業が
走行中の今も遠くから企業が雇った護衛が見守っているのを、紫那もホークスも知っている。
これで、強硬手段を取ろうとする連中は大体抑え込める。最も、そこらのヴィラン程度なら、紫那は自分でもどうにかできるが。
……因みに“無個性”かつ“天才”である紫那は、多くのアンチやファンの他に信者も生み出した。
紫那の信者は特に総人口の約2割である“無個性”者に多いらしく、紫那は以前、『人類の救済』を掲げる反“個性”所持者カルトで勝手に救世主扱いされていた事がある。
そのカルトは脅迫に誘拐と色々やっていたので、紫那の名前で勝手な事をやられる前にしっかり証拠を揃えて通報しておいた。そのカルトがその後どうなったかは知らないが、どうせ潰れているだろう。
「て、そーゆー話をしたいんじゃなかった」
ポン、と手を叩き、ホークスは懐から何かを取り出した。
「ハイこれあげる、入学祝い」
「……! これは、ファンシーラッドケーキ!」
ファンシーラッドケーキ。究極のジャンクフードとも呼ばれる、クリームをスポンジケーキで包んだ砂糖菓子だ。このお菓子は兎に角甘く、これを揚げた物は紫那の大好物である。
差し出された、二個入りのパッケージではなく10個入りのピンク色の箱を見た紫那は、折れ曲がったタブレットを投げ捨てて、奪わんばかりのスピードでソレを受け取り、目を輝かせる。
「相変わらず甘党だねー」
嬉しそうにケーキの箱を見る紫那に、ホークスは変わんないなーと笑う。昔から、クールな割に子供っぽい面を、紫那は持っていた。
「……あなたにしてはいいセンスね。褒めてあげるわ」
ハッと正気に戻った紫那は、ケーキの箱は手から離さないまま、冷ややかに言う。
以前、紫那の誕生日に自分のサイン入りブロマイドを贈ってきた時から、紫那はホークスのプレゼントセンスを信用していなかった。
「いやいや、俺の独立祝いに
ダクトテープは冗談や嫌がらせでなく、紫那なりに本気で考えて贈ったプレゼントだったりする。簡単な修理や固定など、持っていると何かと便利なのだ。
「……まあいいわ。コレ、ありがとう」
ケーキの箱を見ながら、紫那は言う。目を向けてはいないが、礼を言えるようになっただけ成長した事をホークスは知っている。
「じゃ、用も済んだしそろそろ行くわ」
そう言って、ホークスは入ってきた窓から飛び立って行った。
ところで彼はヒーロースーツを着ていたが、走行中の、しかも黒塗りの車の窓から飛び出して目立たないのだろうか。
紫那はホークスがスキャンダルだので叩かれようが別にどうでも良いので、その下らない思考を端に追いやって新しく取り出したタブレットに目を移した。
■
『目的地ニ到着シマシタ』
自動運転車の機械音声に到着を伝えられ、紫那はタブレットから目を離す。ホークスが去った後は何のハプニングも無く、論文に集中する事ができた。
「ふぅ…」
紫那が車から降りれば、車は設定されている車庫へと自動で走って行った。
東京郊外に建てられた紫那の家は研究所も兼ねている。家が研究所と言うよりは研究所に住んでいる為、10階以上の高さがある高層ビルには人の生活感はない。
紫那は何時もの様に考え事をしながら、カードを
──寸前、
「……そこに潜んでる羽虫、出て来なさい」
紫那はカードリーダー寸前で腕を止め、振り返る。
「──ビンゴォ大正解!!よく分かったね!? やっぱここで張ってて正解だったぜ!!」
そう叫びながら電信柱の陰から姿を表したのは、ニット帽を被りハンディカメラを持った糸目の男であった。
男は馴れ馴れしく紫那に近付き、手に持ったカメラで紫那を勝手に撮影する。
「君天才少女の紫那ちゃんだよね?! ねェねェ君の事聞かせて欲しいんだけど、ちょっと研究所上がらせてもらっていいかなァ?!」
「……あなた、フリーライターか何かかしら?」
「そうそう、あっ俺の事知ってる? ハンディ片手に特ダネ集めて
許可も出していないのに撮影するフリーライターに対して、紫那は小さく舌打ちをする。
特許や技術提供などで利益を得ている為、紫那は税理士や弁護士を雇っている。その中には紫那のメディア出演や大学での講義の依頼を受け付けるオペレーションマネージャーもいる。
しかしどうせ、このフリーライターは話を通していないのだろう。
この手の輩は無視しても付き纏ってくる為、守衛に追い出させるのが最も手っ取り早い事を、紫那は経験則として知っていた。
故に、紫那はさっさと守衛に押し付けて終わりにしてやる…つもりだった。
「雄英高校の入学試験受けたんでしょ? ネットに目撃情報上がってるよ。記念受験じゃないよね。もしかして合格した? やっぱ凄いなァ~“
「──ァ?」
──それは、正しく紫那の地雷で、
「イヤイヤ持ってないよね?! 分かってる分かってる! いや~
このバカは余すこと無く、全て踏み抜いた。
「ホラちゃんと顔見せて! 編集の時
「……不思議で不愉快で不可解だわ」
バチバチッと紫電を逬らせた紫那は、改造による少女とは思えない怪力で男の首を掴み、宙に浮かべる。
「なっ、何を!?」
「 私が“無個性”だから、何? “天才”の私が! “無個性”で! 何の問題があるの?!」
「えっ、いや…だから!」
男は、フリーライターの
篠原は議員や芸能人、時にはヒーローにすら無茶な取材を強行し、相手を怒らせる事はよくあった。寧ろ更に挑発を加え、失言や暴力を引き出す事は篠原がよくやる手口だった。
そうやって篠原は特ダネを入手し、何人ものヒーローや芸能人を引退に追い込んだのだ。
しかし、今回の取材で篠原にその意図は無かった。美少女で、天才でしかも“無個性”な紫那の記事は色んな出版社に売れる。
だから、SNSで見つけた紫那の雄英受験について、ゴシップは狙わず何時もの様に、
なのに何故、脳依がこんなにもキレたのか、篠原には分からない。
篠原はほぼ、ゴシップ専門のフリーライターである。その為、紫那の取材をする記者なら知っている
つまり、──紫那に“個性”の話をするな──ということを。
「どいつもこいつも“無個性”“無個性”と何故それしか言わない? ボキャブラリーにはそれ以外の単語がないの? あァ無いのでしょうね。
バチバチバチッと、紫那の身体から漏れ出る電流は更に大きくなっている。
篠原の首を掴んだ紫那は怒りのまま言葉を捲し立てる。何時もなら嬉々として怒りを煽る篠原も、紫那の計6つの瞳孔に睨まれ、言葉に詰まる。
「し、神聖なジャーナリズムを暴力で汚していいと思ってんのかァッ!?」
少女の細腕に浮かされたまま、ようやく吐き出された篠原の台詞に、紫那は今気付いたかの様に篠原に意識を向ける。
「殺してやる!! こんな暴力的なシーンが撮れたんだ…このまま
そうだ、恐れる事は無い。全てはカメラが撮っている。後で自分の過激な発言は
篠原はそう考えて、落ち着きを取り戻す。が、
「撮る?
「……? ──ゲェッ!?」
篠原の手にあったハンディカメラはプスプスと煙を上げ、壊れていた。
「いっ、いつの間に?!」
──
装着者の感情が高まり一時的な
今回は漏電ついでに
「……」
「グェッ!」
多少落ち着いた紫那は、 持ち上げていた篠原を投げ捨てる。
「『私の家の前であなたが勝手に転んでカメラを壊した』……そうね?」
「はぁ?! ふざけっ─」
「……分解されたい?」
「ウッ─!!」
「百年早いわ、腐れマスゴミが」
底冷えするほど冷たい声で脅され6つの瞳孔に睨まれ、篠原は
「……はぁ」
篠原が去った後も、紫那の身体からの漏電が止まらない。精密機器が多数ある研究所にこのまま入るのは、好ましくなかった。
紫那は落ち着くまで何処かで時間を潰そうかと考え…ふとホークスからのプレゼントされたファンシーラッドケーキの事を思い出す。
鞄からピンク色の箱を取り出し、蓋を開ける。
「……甘い」
それから無言で、無表情のまま、紫那は研究所の前でひたすらファンシーラッドケーキを貪っていく。
甘ったるく、その上油っこいスティック型のケーキを、紫那は喉が渇くのも唇がテカるのも気にせずに食べ続ける。
「……ふぅ」
紫那が一息ついたのは、驚くことに10個入っていたファンシーラッドケーキをすべて食べきった後だった。
その時には放電も鎮まり、苛立ちも治まっていた。ケーキがなければ、落ち着くまでもう少し時間が掛かっていただろう。
紫那はホークスの誕生日に、良い鶏肉を贈る事を決めた。彼の好物だから、きっと喜ぶだろう。
こうして紫那は、ようやく研究所の自動ドアをくぐり抜けたのだった。
■
──それから、数日後
「ハァ…ハァ…
紫那に叩き出されてから、あの瞳がトラウマになって、紫那の6つの瞳孔に睨まれる映像が篠原の網膜に焼き付いてしまった。
「見るなァ~…何なんだよォ~…俺の事を見やがって…」
寝ても覚めても目を開けば必ず…篠原の目には紫那に睨まれる幻覚が見える。取材など、する余裕がない。
それどころかろくに眠れず、篠原はここ数日の間
「ねえそこのあなた」
「ヒッ!? 」
フラフラとよろめいている篠原に声を掛けたのは、中学生程の…そう、紫那程の背をした少女だった。
「あなた人を観察し慣れてそうね。だから…ちょっと手伝ってくれない?」
夜間の裏道の暗がりと瞳の幻覚が合わさって篠原には少女の顔は見えないが、ヴィランでは無さそうだった。
「ガ、ガキィ! おまえも俺を見るんじゃねェッ!! こっちは今見られっぱなしで大変なんだ!! 子供の手伝いなんてやってる暇ねーんだよ!!」
ヴィランでないのなら、子供相手に
「……そう。手伝ってくれないの。なら…あなたの脳を頂戴?」
「え? ──ぶっ!!」
──プヂュッ、バリッ、パキッ
「……あぁ、汚れちゃった。だから、なるべく穏便に済ませたかったのに…」
袋の中に、路地に
「まあ、いいわ。もうすぐ彼女に会えるんだもの。楽しみ? えェ楽しみね。 待っててね?
少女は1人そう呟いて、夜の暗がりに消えていった。
・モブ紹介
篠原紀夫(シノハラ ノリオ)
常にハンディカメラを持ち歩くフリーライター。無茶な取材で失言や暴力を狙うマスゴミ。多くの芸能人やヒーローをその手で引退に追い込んだ。
紫那の逆鱗に触れてしまい、“見られる事”がトラウマになりライターを廃業、その後行方不明になる。
“個性”は『映像記録』
“個性”発動中、見た風景、映像を完全に記憶できる。“個性”発動中は右目が肥大化する。
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