脳依紫那は天才である   作:緑川翼

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紫那と尋問

「あ、ありがとうございました…」

 

 

 保健室から退出した時、緑谷は酷く憔悴(しょうすい)していた。リカバリーガールの《治癒》は傷を癒やすが、その分体力を消費する。

 

 

「ああ、出て来たわね緑谷クン」

 

「えっっ、あッ…ノノノッ、脳依さんッ!?」

 

 

 げっそりとしている緑谷を保健室の真ん前で待ち構えていたのは、紫那である。

 

 

「ふゥん…」

 

「ええっと…」

 

 

 緑谷は女子と話すのが不慣れである。肩までうねる綺麗な黒髪を持ち、些か冷酷さを感じさせるが整った顔立ちをした紫那(美少女)との対峙は、それだけで緑谷を緊張させるには充分だった。

 

 

 下手なヒーローよりも知名度の高いこの少女の事を、緑谷はよく知らない。絶世の天才であり幾つもの偉業を成している事は知っているが、その程度だ。

 

 

「やはり、不思議で謎で奇怪(きっかい)ね…」

 

「えっ!? なっな、何がッ…?!」

 

 

 緑谷を穴があくほど観察していた紫那の言葉に、緑谷はどもりつつも返事をする。

 

 

「“自身を破壊する程の”《超パワー》…にしては、貴方の身体は何度も壊れていない。腕が1度、脚も1度…だけね。 “個性 が”発現して1度壊してから使わなくなった? いえどちらも入試の時に傷を負っていたわよね。普段は力を抑えていた…いや、先ほどのテストを見るに“個性”の制御は出来ていないのは確実…」

 

 

 何処か自分と似た喋り(ブツブツ)を聞きながら、緑谷は分かりやすく慌てる。

 

 緑谷が“個性(OFA)”を得たのは入学試験当日。だから、緑谷の体には“個性”によって刻まれた()()がない。

 

 

 紫那は人体の()()だ。服の上から見るだけで、緑谷の持つ矛盾(“個性”の割に傷が少ない事)に気付きかけている。

 

 

 

「緑谷クン、貴方…()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 しかし、OFA(ワンフォーオール)はオールマイトとの秘密。ここで無関係の紫那に知られる訳にはいかない。

 

 

「えっと…僕の“個性”は中3になってから発現して…」

ダウト(嘘ね)

「えっ…!?」

 

 

 事前に考えていた辻褄(つじつま)合わせは、紫那の一言で封殺される。OFAが譲渡されたのは緑谷が中学3年生の時。だから内容は嘘ではなかった。筈だが──

 

 

「私の()は脳内を流れる微細な電流すら見抜く。貴方いま…嘘をついたと認識したわね?」

 

「ッ…!!」

 

 

 そう。緑谷は“個性”を()()ではなく()()された。その認識の差が、緑谷に自身の発言を『嘘』と判断させたのだ。

 

 

 

 紫那の計6つの瞳孔を秘めた目が、楽しそうに揺れる。

 

 

「さァてどこが嘘なのかしら? やっぱり『中3になってから』って所? ああもしかして、貴方のも“個性”じゃないのかしら? いえそれとも…」

 

 

 ──『発現した』って部分かしら?

 

 

「うっ…!」

 

 

 しまった、と、つい呻ってしまってから緑谷は気付く。嘘すら見破れる紫那が、図星を指された反応を見逃す筈がない。

 

 

「あら、意外で突飛で驚きね。そこが嘘なら…さてどういう意味なのかしら?」

 

 

 少々予想外だ、と言いたげな表情をしながらも、紫那は追及を止めようとしない。

 

 

(ごめんなさい、オールマイト…!)

 

 

 緑谷が何も答えなくても、きっと紫那は緑谷の反応だけで真相に辿り着く。オールマイトとの秘密を守りきれない懺悔を、緑谷は心の中でした。

 

 

 

「保健室の前で何してんだい?! とっとと下校しな!」

 

 

 その時、緑谷の後ろの扉が大きなバンッと音を立てて開かれた。

 

 

「……リカバリーガール」

 

 

 扉を開けたのは、保健室の主、リカバリーガールであった。リカバリーガールはキッとその細い目で、紫那に問い掛ける。

 

 

「ええ、少し…緑谷クンとお喋りを」

 

「フン、もうすぐ最終下校時刻だよ。今日はもう帰りな」

 

「……ええ、そうですね」

 

 

 教師に言われ、紫那は大人しく身を引いた。助かった…!と緑谷が思ったのも束の間、まだ紫那が自身を見つめている事に、緑谷は気が付いた。

 

 

(マズい…!)

 

 

 この様子では、校門を過ぎた所でまた質問攻めにされる。次は、今の様な助けには期待できない。

 

 

 

「ああそうだ! 坊やには書いて貰う書類を一枚忘れてた。少し残ってくれ」

 

「え、あっ、はい!」

 

 

 リカバリーガールの急な助け船。驚いてリカバリーガールを見れば、ウインクで返される。

 

 

「……では私はこれで」

 

 

 諦めたのか、紫那もようやく立ち去ったのを傍目に、緑谷は保健室に入り直した。

 

 

 

 

「……確かに帰ったね」

 

 

 扉の隙間から外を眺めて紫那の帰宅を確認していたリカバリーガールが振り返る。

 

 

「危ない所だったわね、坊や」

 

「はい、ええと…リカバリーガールは…」

 

「ああ、知っているよ。OFAについて」

 

「やっぱり…!」

 

 

 自分以外に根津校長が秘密を知っている事は緑谷も知っていたが、リカバリーガールまで知っているとは思わなかった。

 

 

「まあ、今はその事はいい。次またあの嬢ちゃんに問い詰められたら、付き合わずに逃げるんだよ」

 

「……ハイ。そうします…」

 

 

 本当の所、緑谷は“個性”把握テストの時に助けられた事で、紫那にお礼を言いたかった。

 

 『最大の力を最小の損傷で』。ボール投げの時に、紫那は己の身でそれを示してくれた。それが無ければ、きっと自分は腕一本をまた壊して動けなくなっていただろうと、緑谷は思う。

 

 

 しかし、お礼を言えるのは後になりそうだ。

 

 

 

「えっと…色々、ありがとうございます」

 

「いいさ。下校時刻が近いのも本当なんだ。今日はさっさと帰りなさい」

 

「はい!」

 

 

 リカバリーガールの助けに感謝して、緑谷は保健室を退出した。

 

 

 

 ──保健室を出た後、校門の友だちが2人もできる事、そして…その友だちによって自身の価値観(『デク』の意味)が大きく変えられる事を、緑谷はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……眠い、わ」

 

「また~? 昨日着替えてる時も言ってたよね」

 

「また…研究に熱中しちゃって…」

 

 

 個性把握テストを行った次の日。紫那は眠気に抗いつつも午前中の通常授業を耐え抜き、食堂で箸を持ちながらウトウトしていた。

 

 

 昨日、緑谷への追及をリカバリーガールに邪魔されて帰宅した(のち)、唐突に思い付いた案の考察と研究に明け暮れて、紫那は再び眠り損ねていた。

 

 

「実際、どれくらい寝てないの?」

 

「最後に寝たのは……大体52時間前だから…、今は2徹中ね…」

 

「何その計算方法。さすが天才…」

 

 

 紫那と一緒に昼食を取っていた耳朗と芦戸、そして今日仲良くなった葉隠が、眠そうに揺れるする紫那を心配する。

 

 

「午後からヒーロー基礎学だよ? ホントに大丈夫?」

 

「……体力的には問題ないわ。ホルモンバランスも…栄養剤で賄える範囲よ。それに…」

 

 

 雄英高校のヒーロー基礎学を居眠りしようものなら、除籍される前に普通科の連中に刺されそうだ。

 

 刺されても問題無いとは言え、流石に刺されたくないので紫那も居眠りは自重(じちょう)する。

 

 

「そういえばさ! 昨日シーちゃん何してたの? 帰る前の時間!」

 

「あー、そういや一緒じゃなかったね。なんか用事あるって」

 

「ん、そうね…」

 

 

 いまだシーちゃんと呼ばれるのには慣れないが、その内慣れるだろうと紫那は聞き流す。

 

 

「ちょっと…気になる生徒がいてね」

 

 

 茶髪でショートボブの麗日(うららか)と、変な身振りをする眼鏡を掛けた飯田(いいだ)と話す緑谷を傍目に、紫那はそう答える。

 

 

 

 ──変に勿体ぶった言い方をした結果、恋か一目惚れかとやたら興奮した芦戸と葉隠に問い詰められたのは、紫那には少し予想外だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろだな…」

 

「始まるぞ…!」

 

 

 クラスメイトが、緊張と興奮でザワザワしている。ご令嬢の八百万やプライドの高い爆豪すら、顔には出さずとも、確かに浮き足立っていた。

 

 

 紫那は授賞式等で何度か()と話した事があるため、興味無さそうに頬杖をついている。……様に見せかけて、紫那も実はソワソワしていた。

 

 

 そして…

 

 

 

わーたーしーがー!!

 

「来っ」

 

普通にドアから来た!!!

 

 

 No.1ヒーロー、平和の象徴、そして…雄英の新人教師であるオールマイトが、彼の言葉通り普通にドアからやって来た。

 

 

 それだけで、クラス中がざわめきだす。きっと、オールマイトを初見で喜ばない日本人はヴィラン以外にはいないだろう。紫那にすら、そう確信させる程のざわめきだった。

 

 

 

 オールマイトが、HAHAHA と笑いながら意気揚々と授業を開始する。

 

 

「さぁ今日から行うヒーロー基礎学! ヒーローの素地をつくる為、様々な訓練を行う課目だ!! 単位数も最も多いぞ!」

 

 

 オールマイトが喋りだすのと同時に、一瞬で教室が静まった。驚きの民度の高さである。

 

 

「早速だが今日はコレ!! 戦闘訓練!!!」

 

 

 オールマイトが『BATTLE(バトル)』と書かれたプレートを突き出し、クラスのざわめきが再熱した。

 

 

 そして壁から戦闘服(コスチューム)の入ったアタッシュケースが現れたことで、クラスの熱は最高潮に達する。

 

 

「格好から入るってのも大切な事だぜ少年少女!! 自覚するのだ!!! 今日から自分は…ヒーローなんだと!!」

 

 

 爆発したような歓声は、約1分ほど続いた。

 

 

 

 

 

 更衣室で、八百万のコスチュームを見た紫那は少々…とは言い切れない衝撃を受けていた。

 

 

「八百万サンはその…、随分と、個性的?なコスチュームなのね…」

 

「凄い。あのシーちゃんに気を使わせてる…!」

 

 

 そりゃこんな、良家のお嬢様が()()()()()()()()()()()()()()()レオタードを着ていれば、流石の紫那も気を遣う。

 

 《創造》の“個性”上、露出が多い必要があるのは分かるが、こんな服を着て人前に立つ勇気は紫那に無い。

 

 

「本当は、もう少し胸元を広げて欲しかったのですが…」

 

「うっそでしょう?」

 

 

 さては羞恥に関する脳機能が壊れているのか?と、相当失礼な事を考えたが、紫那は必死に飲み込んだ。

 

 

 

「あー、紫那は普通のカッコだね」

 

 

 複雑な表情で八百万を──特に胸元を──凝視していた耳朗が紫那のコスチュームを見て、何故か安心した様子で一息つく。

 

 紫那のコスチュームは、パープル色のワンピースである。紫那の黒くうねった髪と合わさり、幼げな美貌でありながら何処か恐ろしげな雰囲気を醸し出していた。

 

 

「紫那は自作じゃないんだ。コスチュームとかでも、自分で作れそうだけど」

 

「作れないこともないけど…私にはコスチュームのノウハウがないから、専門に任せた方が無難ね」

 

 

 

 紫那のワンピースや耳朗のジャケットなど、一見ヒーロースーツに見えないコスチュームでも、実際にはかなり高い防御力を持っている。

 

 全てのヒーロースーツは基本的に、『耐衝撃(バリスティック)ウィーブ』と呼ばれる特殊繊維によって作られているからだ。

 

 超常黎明期(れいめいき)の前後に開発されたこの繊維は、何とサブマシンガンで撃たれても破れない程に高い衝撃耐性を誇る。

 

 この繊維の普及によって銃を使う犯罪者は大幅に減少し、ヴィラン(個性違法使用者)が増えたのは皮肉だが。

 

 

 

「まあ、アイテム作成に必要な免許は持っているから、サポートアイテムは幾つか作ったけれどね」

 

 

 ポケットからビー玉ほどの大きさの鉄球を取り出して、紫那は言う。

 

 

「へぇ、それもサポートアイテムなんだ。何に使うの?」

 

「そうね…、どうせすぐ分かるだろうし、今は内緒にしておきましょうか」

 

 

 茶目っ気を出しながら、紫那は薄く笑った。

 

 

「ンッ! ……残念」

 

 

 ワンピースと合わさって、紫那の微笑みについドキッとしてしまったのは、耳朗の内緒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「始めようか有精卵共!!! 戦闘訓練のお時間だ!!!」

 

 

 マスク付きのジャンプスーツを着た緑谷が更衣室から最後に出て来て、グラウンド・β(ベータ)に生徒全員が集合した。

 

 

「良いじゃないか皆、カッコイイぜ!!」

 

 

 皆の前に立つオールマイトは、八百万のコスチュームにはノータッチらしい。葉隠の格好も強烈だが、彼女は“個性”の影響で姿が見えないため、そこまで猥褻(わいせつ)には見えない。

 

 

「先生!ここは入試演習場ですがまた市街地演習を行うのでしょうか?」

 

「いいや!もう二歩先に踏み込む!屋内での()()()()()()さ!!」

 

 

 流線を多用した新幹線を思わせるフルアーマーを着た飯田の質問に、オールマイトはそう答えた。

 

 

「敵退治は主に屋外で見られるが統計で言えば屋内のほうが凶悪敵出現率は高いんだ。監禁・軟禁・裏商売…真に賢しい敵は屋内やみにひそむ!!

 ──君らにはこれから『(ヴィラン)組』と『ヒーロー組』に分かれて、2対2の屋内戦を行ってもらう!!」

 

 

 ナンバーワンヒーローからの言葉だ、説得力が違う。

 

 

「基礎訓練もなしに?」

 

「その基礎を知るための実践さ!ただし今度はぶっ壊せばオッケーなロボじゃないのがミソだ!」

 

 

 対人で躊躇(ちゅうちょ)無く使えば、相手を殺してしまう“個性”を持つ人間は、クラスメートにもいる。

 

 どの様に“個性”を使うのかを考えさせるには、確かに座学よりも実践の方が適しているだろう。

 

 

 

 チーム分けはクジ引きであり、その結果──

 

 

「ウッ…」

 

「あら」

 

 

 ──紫那は、緑谷と同じチームとなった。

 




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