黒いレースと色っぽいデザインが女性の魅力を最大限に引き立てそうな『エッチな下着』を宝箱から取り出すと、オレはらんまに懇願してみた。
「頼む! このとおり、着けてみてくれ」
必死に手を合わせ、お願いするオレ。
「はぁ?! 絶対、イヤに決まってるだろ、オレはお・と・こだ」
この世界に来て、男の姿に戻らなくなってから、すでに数ヶ月も経過しているというのに、未だに断固、下着は男性モノか、もしくはノーブラノーパンをらんまは貫いていた。それを承知の上でのお願いだったが、予想通り拒否されてしまった。
そして、定番の元男だからという拒否理由。女としての人生を選んだんじゃなかったのか?
「らんまの身体にピッタリのサイズだし、らんまのオッパイによく似合うと思うんだけどなぁ……」
「ダンジョン内を下着姿でウロウロしてたら、まるっきり変態女だろうが」
たしかに、けっこうなスケスケな下着だ。らんまの言うことも一理あるかもしれない。
しかし、オレも男だ。簡単には引き下がるわけにはいかない……っ!適当な理由を述べてみる。
「な、なんかさ、ほら、特別な魔力とかある、強力な装備品かもしれないだろ?!」
「ふんっ、そんなのに頼らないでも攻略できるわい! 絶対、着ねーぞ」
「でもさ、これから何日もかけてダンジョンを攻略するんだぞ?汗もかくだろうし、こっちのほうが涼しげだし、身軽だし、えろいし、いいとおも……」
「い・や・だ・ね!……つーか、最後に本心が漏れてなかったか!?」
「……ぐぬぬ」
こうなったらんまは梃子でも動かない。オレは着用してもらう事を諦めて、そっと、共用の布袋に『エッチな下着』を入れるのであった。
でも、絶対にいつかは着用させてやっからな。と、心に誓った。
◆◇◆◇
『エッチな下着』を手に入れ、少しは手応えのあるギズモも退治したが、ザコに毛が生えた程度の相手では稼げるものなど知れている。と言ってもオレたちは、ただ稼ぎに来たわけじゃなくて、このダンジョンを潰すのが目的だ。
「あ……」
らんまが声を上げて、少し先を指差した。指示されたと思ったのか、ピクシーがそこへふわふわと降りていく。
「たいまつの燃えカスだ」
18層目を突破したパーティーのものだろう。こんなダンジョンに挑むのだから、そこそこのレベルに達した連中のはずだ。4人パーティーならギズモに苦戦することもないと思う。むしろ、オレとらんまのように2人パーティの冒険者のほうが少数派だろう。
オレはたいまつの燃えかすを拾い上げてみた。もう冷え切って、かなり時間が経っているようのだ。これを使っていたパーティーとすぐに遭遇することはなさそうだ。
できることなら、ダンジョンの中でほかのパーティーと出会いたくなはかった。以前どこかで嫌な話しを聞いたからだ。
『平原で出会ったパーティーはお互いの無事を願い合う。だがダンジョンで出会ったパーティーは、どちらかの全滅を願い合う』
平原であれば、お互いにどこを目的としているのかわからない。つまり通りすがりの旅人同士みたいなものだ。だがダンジョンでは事情が全然違う。ほかのパーティーが何を目的としているか明らかで、出会う人間は、全員ライバルなのだ。
だからダンジョンではち合わせたパーティー同士は『だだちに脅威ではない』程度の存在でしかない。向こうからすれば、オレたちの存在はできれば消えてくれた方がありがたいのだ。この話を聞いてから、オレはできるだけダンジョンの攻略は避けてきた。
そのまま道なりに進んでいくと、通路は左右に分かれた。何度も見比べると左の通路は少しだけ狭い。
「どっち、行く?」
オレが聞くと、らんまは床に這いつくばるようにして地面を見つめた。
「右に行った人数が多いかもな、歩いた跡が多い」
言われてみれば左の通路は小石が転がたままで、あまり人が通った感じがしない。
「らんまは、どっちがアタリだと思う?」
「行くなら左かな。右は何だかイヤな感じがするぜ」
「でもこれ……なんでみんな右に行ったんだ?」
「さあ?」
らんまが首を傾げた。らんまの勘に信じて、オレたちは狭く荒れた左の通路に足を踏み入れた。
「これ……登ってないか?」
ゆるやかだけど、上り坂になっている。
「せっかく18層まで降りてきたのに、また……」
そのとき「ふっ」と空気が動いたような気がして、オレもらんまも足を止めた。
「何だろ?」
らんまがそう言って、真っ暗な通路の奥を指さした。らんまが指差す方向にピクシーがふわふわと漂って行き、そしてもの凄い勢いで戻ってきた。
「なんか、来る!」
その『なんか』が見えた。通路を塞ぐほどでかい岩みたいな物が転がってくる。インディー何とかのトラップみたいな状態。
「「うわあぁぁぁぁ!」」
オレもらんまも絶叫して、回れ右で全力疾走するしかなかった。
「らんま! こっちが外れじゃねーかよ!」
「どっかに隠れて、やりすごそう!」
「どっかって、どこ!」
「さっきの、右!」
これがあったから、みんな右に行くしかなかったのだ。さっきの分かれ道、らんまが嫌な感じだと言った右に入るしかなかった。そのまま真っ直ぐ逃げたらいつまでもでかい岩に追いかけられる。
ドスンッ!!
重い音がして洞窟が揺れた。さっきの別れ道まで戻ってみると、左の通路は大岩で塞がっていた。大きさのわりに、転がる音もそんなに大きくなかったような気がする。
「右に行くしかないってことか」
らんまの『嫌な感じ』を信じて、そのまま右の通路を警戒しながらゆっくり進んだ。こっちの通路はゆるい下り坂になって、やがて広い洞窟で行き止まりになった。
「くっ!行き止まりだ」
オレは思わず立ちすくみ、。そこは幅が10メートルくらいのドーム状になっていることに気がついた。辺りには衣服や武器が散乱しており、ここでゲームオーバーになった冒険パーティーのものだろう。岩のカケラに混じって、骨みたいな破片も落ちている。
「くそっ! トラップかよ!」
見回すと、周囲の壁一面には穴が空いていた。人間は入れないけど、中型のモンスターなら出入りできるだろう。
「やっぱり、ヤバかったみたい」
そのとき洞窟の中に、カラカラと何かが鳴るような音が鳴り響いた。
「また何か来る!」
らんまが叫んだ瞬間、壁の穴という穴から何かが飛び出してきた。
「うぅわぁぁぁー!?」
オレもらんまも悲鳴を上げながら武器を構えた。ずるずると這い出してきたのはおびただしい数のナイトウィプス、スカルサーペント、カパーラナーガ。どれもザコレベルだが、こんなに数が多いとヤバい。
「ヤバイ、達也! ナイトウィプスに防御力下げられちまう!」
これだけいると、広範囲にダメージを与える呪文でなければ突破できない。
「爆裂呪文!」
オレが全体攻撃呪文を唱えると洞窟の中を爆風が渦巻き、ナイトウィプスとスカルサーペントが空中で粉々になって消えた。残るはカパーラナーガが10匹くらい。
「これなら行けるぜ!」
オレが剣を抜き、斬りかかるよりも速く、らんまが宙を飛んでいた。2匹3匹とカパーラナーガがばらばらになって吹っ飛ぶ。オレもらんまもかすり傷は受けたものの、残りのカパーラナーガを倒して、なんとか危ないところを切り抜けた。
少しだけ冷や汗はかいたものの、どのモンスターもほぼ一撃で倒し、結果としては余裕の勝利だった。この世界じゃ、オレとらんまは、かなり強くなりすぎているかも。
「何人……かな?」
オレはその場に残されていた荷物から、身元がわかる物を探してみた。ギルドの登録証が12枚見つかった、4人パーティーだとして3組分だ。荷物の中には手つかずの行動食糧と薬草も見つかった。使う余裕もなかったのだろう。
「ナイトウィプスは……犠牲者の魂喰うんだっけ?」
らんまがぼそりと言った。この世界で死んだ人間はどうなるのか、気になったけど考えても仕方なかった。うっかりすれば、オレたちだって同じ運命をたどるかも知れないのだから。
「休憩。2時間ずつ」
オレが言うとらんまが嫌な顔をした。
「ここで?」
「敵は殲滅したから、オレたちがいる間は安全だろ?」
「そうだけどさ……」
らんまは散らばっている冒険者たちの残骸を見下ろして言った。オレたちは交代で見張りをし、片方は身体を休めた。この落ち着かない状況のせいか、どこかの店でぬるいラーメンを食べる夢を見た。
「達也」
らんまに起こされて、二人で水と固いパンを少し食べた。
「戻る……しかないよね?」
らんまが言った。行き止まりと岩でふさがれた通路、こっちのルートは通れないのだ。戻って別のルートを探すしかない。
分かれ道まで戻って、オレもらんまも驚愕した。左の通路が開いている。転がってきて塞いだ大岩はどこに行ったのか。
「自動ドアで、また開いた?」
「……んなはずないだろ」
でも開いているのは間違いないのだ。
「行って……みるか」
らんまが言って、オレたちはそろそろと通路を進んだ。
「何か、あの岩ってウソくさい。音がしなかった」
オレが言うと、らんまが闇の奥を見ながら頷いた。
「転がってくるとき、顔みたいなのチラッと見えた気がした」
また『ふっ』と空気が動いた。
「来た!」
オレたちは逃げないで、そこで身構えた。一瞬だった。岩の表面に目鼻が見えた。ばくだんいわだ。
「らんま、こいつは危険だ。自爆系呪文を唱えて爆発することがある!」
「なら、粉々にするまでだぜ、うぉりゃー!」
らんまが跳び上がった。回転して、見えてきた目鼻にキックを入れる。
空中飛び蹴りが見事決まり、ばくだんいわは砕け散った。睨みつける目を残して。すぐさま、攻撃しなければ、かなり危なかったかもしれない。
「ふぅ、危なかった。一時はどうなることかとおもったぜ」
結局、らんまの勘は正しかったようだ。
「それじゃ、行くか」
◆◇◆◇
先へと進むと洞窟の中には矢印が書かれた床がいくつも続いていた。
「ばくだんいわトラップの次は、滑る床か……って、らんま!なに乗ってんだよ」
「だぁあああーー?! たつやぁあああ、助けてくれええ」
オレの注意を聞かずに滑る床に乗ったのだろう。今度ばかりは先走るらんまの行動が裏目に出たようだ。らんまを乗せた床が矢印の方向にどんどん滑っていってしまっている。
オレも同様に床に飛び乗ると、まるでジェットコースターのように床が矢印の方向へと移動した。一種のベルトコンベアーみたいな仕掛けだ。身体の向きも変えられないまま、無理やり移動させられた。ジャンプして抜け出そうとしてもスピードが速すぎて足が動かせない。床と足がくっついているみたいだ。
「どわぁっあぁ!?」
滑る床に乗ったらんまは勢いよく矢印の先の大穴に落ちていった。
「らんまぁあー!? 大丈夫か?」
「いひぃいー、助けてくれぇえ」
まだ、声が近い。そして、らんまの手が見えた。まだ、ギリギリのところで踏ん張っているかもしれない。しかし、オレもこのまま、床に乗りつづけていたら、ぶつかって落っこちてしまう。
どうする。
「なら、急ブレーキだぁ!」
オレは鞘から勢いよく剣を抜き、地面に突き刺した。
剣で地面をえぐりながらも、まだ床は滑りつづけた。すごい勢いだ。剣を握る手が今にももげそうになる。
なんとか、剣のほうに体重を移動させて、滑る床から降りることができたオレは、すぐにらんまの声のするほうへと走っていく。矢印が描かれた床は踏まないように。
「ここだー、達也ぁああ!」
「今、行く。もうちょっとだ!」
らんまの手を見つけると、オレは必死に引き上げる。身体が軽いから、すぐに大穴から抜け出す事ができた。
「はぁはぁはあ、ありがとう、ホント、死ぬかとおもったぜ」
どのくらいの深さなのか確かめるため、大穴に石を放り込んでみる。
石が落ちる音が聞こえない……。まだ、聞こえない……。ずっと聞こえない。
「どれだけ、深い穴なんだよ」
「まさか、あの世と繋がってたりして……」
らんまが、そう呟いた。
そりゃ、これだけの底なしの深い穴。落ちてしまえば、死亡確定だ。簡単にあの世へ行ける。
「……今度からは、調子に乗って先走らないようにな……?」
「……うん……」
それから、オレたちは矢印の床を避けるようにして進んだ。
ばくだんいわとすべる床のトラップを抜け、オレとらんまは新たな階層に辿り着いた。19層目は通路がぐねぐねと折れ曲がり、その先に何が待ち構えているのかわからないダンジョンだった。
〜つづく〜