ばくだんいわとすべる床のトラップを抜け、オレとらんまは新たな階層に辿り着いた。19層目は通路がぐねぐねと折れ曲がり、その先に何が待ち構えているのかわからないダンジョンだった。
「こんな中じゃ、槍は不利だぜ」
らんまがぼやいた。通路の幅が狭い上に曲がり角ばかりでは、槍の柄がつっかえてまともに扱えない。
「らんまは格闘術でやった方が強いだろ」
「そうだけどさ……何か、長物持ってた方が格好いいじゃんか」
「ヌンチャクとかトンファーじゃダメなのか?」
「オレは長物が得意なの!」
「じゃあほら、棍棒とかいいと思うぞ」
「棍棒……? トロルが持ってる武器のことか?」
「いや、中国武術として用いられてきた長い打撃武器のこと」
「えーそれって強いのかー?」
「振れば剣、払えば矛、突けば槍と言われてるほど、万能武器らしいけどな」
「な、なんだと……!ちょっとかっこいいじゃねえか」
そんなことを話しながら進んでいると、前の方から地響きのような重い音が響いてきた。
「先行してるヤツらかな?」
らんまが言う。
「あの……ばくだんいわ、通り抜けたのかな?」
「魔法を使って呪文を封じ込めれば、できるかもしれないな」
レベルの高い魔法使いがいればそんなこともできる。それだけ、熟練の魔法使いがいる先行パーティーがダンジョンボスを倒してしまうかも知れない。
「あいつらに先を越されたら……ベリーヌのやつ、金返せって言うかな?」
らんまも同じことを考えたようだ。
「準備金って言ったから。ここ入った時点で……何つーか、その分の約束は果たしたんじゃねーの?」
装備と食糧消耗品で、ベリーヌがくれたゴールドの三分の一くらいはもう使っている。あのイケメンは金にうるさい奴じゃないから、返せとまでは言わないだろう。
「何か言ったら、らんまがエッチな写真でもあげて、ごまかせ」
「何だよそれ?」
らんまが怒った声を出した。ここはオレの元いた世界とは違う、マジックアイテムのカメラで写真を撮影するはできる。
「お前、自分の女房にそんな真似させる気かよ」
「だから、もしだってば!」
「もしだって嫌だよ! 達也以外になんて嫌だ!絶対、嫌!」
らんまは怒りながらずんずん先に行ってしまう。そして、そのまま槍が壁につっかえてのけ反った。
「あ!?」
らんまが声を上げ、一歩跳び退がって槍を構えた。オレは音を立てないように、早足でらんまの後ろにつく。様子を伺うと、何かが通路に折り重なるように倒れていた。
「オークか?」
「みたい……死んでる」
ほとんどのモンスターは倒すと一時間足らずで消滅する。が、死体が残っているということは前を行くパーティーにかなり近づいている可能性が高い。
らんまが槍でつっついて、完全に死んでいることを確かめた。3匹のうち2匹は魔法の火で灼かれて、1匹は短い槍ごと肩から腹のあたりまで斬り下ろされている。かなりの使い手だろうと思う。
「これじゃ……しばらくオレたちは戦闘なしだな」
「達也ぁ。追いついたら、どうするの?」
らんまが困る質問をした。
「レベルが高い奴らなら、ラスボスまで行くかもな。そしたら……手は出さないで見届けて、さっさと撤収する」
「撤収? そいつらと共闘とかは?」
オレは勢いよく首を振った。
「たぶんムリ。おこぼれ目当てのハイエナだと思われる」
どこかの町で遭遇した連中のように、集団でクエスト帰りの疲れたパーティーを襲ってゴールドもアイテムもかっさらって行くやつら。
ただでさえダンジョンの中ではみんな警戒心トゲトゲだ、そこに『よお~。ちょっとオレも入れてくんね?』なんて来るヤツを信用するはずがない。
「でも……そいつらがピンチだったら?」
らんまはしつこく食い下がってくる。
「それは状況次第だな」
英雄を気取る冒険者は、ダンジョンで長生きできないが、それでも助けたいとは思っている。らんまは迷わず助けに入るだろうけど。
砂に戻り始めたオークの死体をまたぎ越えて、オレとらんまはゆっくりと奥へ進む。奴らが完全に崩れて消えたら、新しいモンスターがどこからともなくわいて出るのだ。
19層目を降りて、トラップの通路を通ってまた1層下った。するとここは第20層になる。やっかいなことに分かれ道だらけで、その上、戦闘の気配が近くなっていた。
「らんま、いいか? 戦闘の音が聞こえなくなるまで、何があっても行くなよ」
行けば必ず巻き込まれる。ヘタをするとモンスターとパーティーの両方から攻撃される。らんまのように正義感が強くて血気にはやるのが一番危険なのだ。
「達也さ……」
らんまがオレを見上げて言った。
「ダンジョンに来てから、すんごく物事割り切ってないか?」
「そう……かな?」
たった二人のパーティーで初ダンジョンに挑んでいるのだから慎重になるのは当然だと思う。
「こないだまで。どんな時でもスケベなことは忘れないで、メチャクチャやってさ、たのに何だかんだで危ないとこ切り抜けてきてたのに……」
「結婚……したから、かな?」
高校生だったのに。勇者になって結婚して、今は商売(喫茶店)を始めようとしている。何だかもう、元の世界の一生分いろいろやってしまったような気がしてきた。
そうこうして話しているうちに、ダンジョンの中が静かになっていた。先に行っているパーティーの戦闘が終わったのだろう。
「行くか……」
「おう」
らんまが男っぽく返事をして、大きく足を踏み出した。マントの裾から出る白い腿、ついそんなところに目が行ってしまう。
オレだって、スケベな気持ちは忘れていないさ。