聖女はよろけながら立ち上がって、通路を塞ぐようにしてオレに杖を向けた。らんまが来て、2人でその女に向かい合う状態になる。
「ここは……通しません」
弱々しい声で女が言う。オレとらんまは顔を見合わせた。
「何で?」
らんまが聞くと、女は険しい表情でらんまを見た。
「邪魔はさせないわ」
「いえ、邪魔するつもりはないんですけど」
俺が言うと、女は一層険しい顔で睨んだ。
「たった2人でここに入ってくるなんて。あんたたち、ネズミ稼ぎでしょ!」
「ネズミ稼ぎって何だ?」
らんまは知らない。
「強いパーティーの後をくっついて行って、パーティーが捨てた屑アイテムなんかを拾って歩く奴らのことだよ」
教えてやると、らんまが顔をしかめた。
「オレたちは、ある人に頼まれてここを潰しにきたんです。金はもうその人からもらってる。だからあなたの仲間がラスボスをやっつけてくれるなら、それはそれでかまわないと思ってます」
そう説明しても、女は杖を下ろさない。
「オレたちレベルは高いんだし、金だってないわけじゃ……」
「あんたたち、ギルドで見たことない顔よ!」
それはそうだ。この町でカフェを始めるつもりで家を借りて、結局ギルドに登録もしていない。ギルドに登録すると魔王を倒した功績とかでランクも最高ランクになってしまい、それはそれで面倒なので未登録にしてある。
「なんで、あなただけがここに残っているんです?」
さっきから訊こうと思っていたことを、ようやく口にできた。
「オマエたちが知る必要はない」
予想通りの答えが返ってきた。
「ヒーラー(治癒能力者)を一人で残していくなんて、おかしいだろ」
「足をくじいて。足手まといになるから先に行ってもらった」
「ひでーな」
らんまが怒りの声を上げる。
「そう言う約束なのよ、ダンジョンに突入するパーティなら事前に、そう取り決めるのも当然でしょ」
足をくじいたのは本当だろう。立ち上がり方がぎこちなかったし、右足に体重をかけないようにして立っている。
「帰りに、拾ってもらえる約束は?」
「……まぁ、互いに生きていれば」
先に進んだ3人とこの女の、どちらが生き残る可能性が高いだろうか。
「あなたの仲間を追っているわけじゃないけど、ラスボスを倒したかどうかは見届けたい。通してもらえますか?」
「だめ。信用できない」
「ネズミだったら、こんなグダグダ話しなんかしねーだろ!」
らんまが怒った。オレは雑嚢の中から、死んだ冒険者たちのギルド登録証を取り出して女に見せた。もう16枚になっている。
「途中で死んだ冒険者たちの登録証です。オレたちは、戻ってこれをギルドに報告します。ネズミ稼ぎがこんなことをすると思いますか?」
呆然と見ている女の目の前に、登録証の束をつき出した。
「なぜ……」
「オレたちはここを潰すように頼まれました。もしここが埋まってしまったら、このダンジョンで死んでいった冒険者がどうなったか誰も知らないことになります」
女が視線を落とした。そして杖を引っ込める。
杖の先端で輝いていた光がふっと弱まった。らんまの胸元に隠れていたピクシーが出てきて周囲を照らす。弱くなった杖の光に比べてもまだ弱々しい。
女がいきなり壁によりかかって、糸が切れたみたいにずるずると座り込んだ。
「大丈夫か?」
らんまが心配そうに聞くと、女は弱々しく首を振った。
「法力はまだ少し残っているけど、体が……」
オレはちょっと考えて、さっき全滅したパーティーの持ち物だったポーションとエーテルを女の手に持たせた。
「……どういうつもり?」
「向こうの方でトラップにかかって全滅していた奴らのだ。奴らはもう使えない、必要な人間が使えばいい」
「かたじけないわね……あなたたち、名前は?」
「オレは達也。こっちはらんま。あなたは?」
「私の名はルーナ」
死者が持っていたアイテムはドロップ扱いで、別の人間が持って行っても良い。特に補給が難しいダンジョンでは絶対に見逃すことはできないものだ。ルーナがまた何かを言い出す前に、急いでオレとらんまはそこを後にした。
「ほかのパーティー助けないなんて言って、やっぱ助けたじゃんか」
第22層へ繋がるらしい急傾斜の通路を降りていると、らんまがからかうように言った。
「悪いか」
「達也らしいって思ったぜ。口じゃあんなこと言っても、その時になったらやっぱり助けるって」
「褒めてるのか?それ」
「へへ、褒めてるっての。それでこそ、オレの好きな達也だ」
少し照れくさくなりながら、オレ達はそのまま平らな所に出た、ここが第22層だろう。
「いきっなり……分かれ道だぜ」
らんまが見回しながら言った。しかも通路の入口は3つ。
「先行パーティはどれを……行ったんだろ?」
どの地面を見ても人が通ったような痕跡は見えない。3つとも風が出てくることもない。
「女の勘、どれ行く?」
「真ん中」
全く考えないでらんまが答えた。途中でモンスターと遭遇したら外れ、それだけははっきりしている。
そして、外れた。
「こんちくしょー! うぜーんだよ!」
進んでも戻っても、レッドイーターとブルーイーターがうじゃうじゃ出てくるのでさんざん手こずった。小さいくせに攻撃力が高い。レッドイーターとブルーイーターを倒しているうちに、自分達がどっちから来たのかわからなくなった。
「……あれ?」
入ってきたホールみたいな場所に戻るつもりだったのに、行き止まりの空間に行き当たってしまった。
「また……仕掛け?」
らんまがげっそりした声で言う。でもここの壁に穴はない、真ん中に細長の大きな石の台みたいなものがあるだけ。用心しながら石の周りを一周したけど、モンスターも出てこない。
「ただの……行き止まりか?」
「この石なに?」
石棺みたいに開けられるものでもなさそうだ、言ってみれば石のベンチ。
「休憩所かな?」
らんまが警戒しながら石に腰をおろした。何も起こらない。
「ちょうどいい、休憩しようぜ。また2時間交代」
二人で固いパンと、最後の干し肉を食べた。パンも残り2日分くらいか。
「はーあ、散々味見したパフェが恋しーぜ」
「あんだけ食ってうんざりしてるかと思ったけど、こんなダンジョンじゃ恋しくもなるよな」
「今なら何杯でも食えるぜ!」
「……らんまが言うと、冗談に聞こえないから怖いよな」
食欲旺盛ならんまだが、まったく太らないから不思議だ。どれだけ食べても腰のくびれは維持したまま。顔に無駄な肉もつかない。それなのに、張りのある豊満なバストは維持している。ダイエット中の女がらんまの食生活とスタイルを見たら、羨ましさに泣くだろう。それくらい、らんまの胃袋は異次元だ。
「前、オレが先に寝たから。今度は達也が先」
「うん……」
少し狭いが、でこぼこの地面よりはマシだ。目を閉じたと思った瞬間、らんまに起こされた。
「一瞬で寝たな」
「あ……もう?」
らんまと交代。石によりかかって、眠らないように時々体を動かす。1時間半を過ぎた頃にメチャクチャ眠くて仕方なくなって、背中を石に押しつけて思い切り足をふんばった。
『ごそっ』
石が動いたのでオレはもの凄く焦った。
「なに?」
らんまも跳ね起きる。
「ごめん。こいつ、動くよ」
もう一度足に力を入れて背中で押した。
『ずずずずず』
石が奥の壁に向かって動いていく。
「あっ!」
石の上でらんまが声を上げた。
「この下、階段だぜ!」
「休憩して正解だったな」
また、らんまの勘があたった。行き止まりで引き返すところだった。まさか、この石を動かした下に階段があるなんて。