夢見る竜の軌道式〜貧乏魔道具店の魔導師と滅びの姫〜   作:こがれ

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かすかな流星

 ズドン!

 迫る閃光を結晶の壁で防ぐ。

 しかし長くは持たない。ソフィアが避けると、すぐに壁は貫かれる。

 

 今ので、ほとんどの白衣を失った。

 もはや結晶の鎧も残っていない。

 次の一撃から身を守る事もできない。

 

「ほら、まだ終わりじゃないよ!」

 

 闇夜への玉座(アザン=ルフス)の触手から何本もの閃光が迫る。

 必死に避けるソフィアだが、長くは持たないだろう。

 それならばいっそのこと、ソフィアは賭けるように前に走る。

 ドッ!

 貫かれた。ソフィアの脇腹からどくどくと血が溢れる。

 

「ッ!!」

 

 どさりとバランスを崩してソフィアは床に転がった。

 あふれる血だまりがソフィアを飲み込んでいく。

 ぞるぞると触手をうねらせてジュリアスが近づいてきた。

 もはやソフィアは戦えない。そう判断したのだろう。

 

「夢なんて見るからそうなる。何も成せずに、みじめに死んでいく。それに気づくのが遅かったようだね」

 

 触手を振り上げる。これでとどめ。

 ドス!

 

「グうァァァァァァ!」

 

 ジュリアスが叫んだ。

 床に広まった血だまり。

 そこから伸びた紅い結晶に片目を貫かれて。

 

「いい具合に穴を開けてくれて、ありがとうございます」

 

 ソフィアが使っていた白衣は『とある竜』の血を使ったもの。

 つまりはソフィアの血。それ自体が原材料だ。

 

 さらに紅い結晶が作られ、闇夜への玉座(アザン=ルフス)の口をこじ開ける。

 ルイエさえ助ければ玉座は動かせない。

 

 ソフィアは口の中に体を突っ込む。

 ずっと奥。のどのようにくぼんだ場所に手が見える。

 届かない。あと少し。

 

「ルイエさん!」

 

 

 

 

 幼いころ。

 ルイエは祖父の書斎で本を読んでもらうのが好きだった。

 

 暖かい暖炉の火に当てられて、祖父の大きな膝の上に乗せられて。

 たくさんの竜の伝説を教えてもらった。

 

「わたしね。将来は冒険者になるの。そしていろんな竜を冒険するんだ!」

 

 幼いルイエは叫ぶ。自分の夢をなんの疑いもなく。

 

「それでね。いつか人竜を見つけてお友達になるの!」

 

 そして祖父が頭を撫でてくれる。

 大きくてごつごつした。けれど、とても優しい手。

 その手が止まった。

 

「おじいちゃん?」

 

 祖父の膝から降りて後ろを向くと。

 そこには祖父の死体があった。

 ぐったりと力が抜けて、口から血をたらしている。

 

 そしていつの間にか、ルイエの体も大きくなっていた。

 暖炉の火も消えている。

 寒い。

 突き刺すような冷気がルイエの肌を撫でていく。

 

 獣の雄叫びが響いた。

 おぞましく、恐ろしい声。

 あれは古龍の声だ。

 

 そうだ。死んだのだ。

 ルイエの家族。祖父、父、母、兄弟姉妹。みんな死んだ。

 窓から外を見れば、崩壊した街が広がっている。

 他にも、たくさんの人が死んだ。

 

「……私も行かなきゃ」

 

 なぜかそう思った。

 ふらふらと部屋の扉に近づく。

 

『ルイエさん!』

 

 どこからか声が聞こえた。

 後ろを振り向くと、暖炉に火がくすぶっていた。

 とても小さくて、かすかな光。

 今にも消えてしまいそうな火。

 だけど、

 

『ルイエさん!』

 

 ルイエは思い出した。

 一緒に歩んでくれると言われた。

 応援してくれると言われた。

 そうだ。あの手を握り返さなければ。

 

 そして、そのかすかな光に手を伸ばして――

 

 

 

 

「つかんだ!」

 

 ソフィアの手をルイエが握り返した。

 グッと引き戻す。

 偽りの玉座から引きずり出す。

 

 ズル!

 ルイエを引っこ抜くと、勢い余って二人は床に転がった。

 

「あなたは向こうに行っててください!」

 

 生えた結晶が玉座を殴り飛ばす。

 玉座は数メートルは飛ばされ、ごろごろと転がっていった。

 

「ルイエさん、大丈夫ですか」

「大丈夫よ。ちょっと疲れただけ」

 

 その言葉通り。ルイエは少し元気はないが、特に異常はなさそうだ。

 そして星空のように輝く目でソフィアを見つめた。

 

「ソフィア、依頼してもいいかしら」

「おや、何をですか?」

 

 少し、いじわるにソフィアは言った。

 ちゃんと言葉で言って欲しかった。

 

「古龍を討伐して国を再興する。その協力をして欲しいの」

 

 それがルイエの願い。

 きっと厳しい道だ。辛い思いもたくさんする。

 そのうえで、叶うかは分からない。

 古龍はそれほどまでに強大だ。

 だから、

 

「安くはありませんよ?」

「余裕よ。女王になるんだもの」

 

 ソフィアはそれを助けてあげたい。

 友達として。

 『夢を叶える魔導師』として。

 

「ふっざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 憎しみのこもった叫び声。

 ジュリアスだ。

 闇夜への玉座がその大きな口を叫ぶように開けている。

 そこにはバチバチと音を立ててエネルギーが蓄積していく。

 

「私の前で、くだらない夢を語るなぁぁ!!」

 

 それは嫉妬なのかもしれない。

 子供の夢は眩しくて、美しい。

 だがその光に当てれたとき、暗く濃い影が浮かび上がる。

 何も成すことのできなかった、大人のみじめさが。

 

「あれ、私たちを攻撃しようとしてるわよね」

「……そのようですね」

「ちょっと、早く逃げないと!」

 

 急いで立ち上がるルイエだが、ソフィアは動こうとしない。

 いや、

 

「ごめんなさい。私はもう動けなくて」

 

 たびかさなる戦闘。そして多量の失血。

 もはやソフィアに動ける体力は残されていない。

 そして玉座の口にはドンドンとエネルギーが溜まっていく。

 黄金色に輝く小さな太陽が作られていく。

 ソフィアを背負って逃げている時間は無いだろう。

 

「ルイエさんだけでも逃げてください」

 

 ルイエだけなら間に合う。

 ソフィアを見捨てれば。

 だけど、当然ながら、見捨てられるわけがない。

 

「ふざけないで。二人で助かる方法を考えるわよ。不可能を可能に変えるのが魔導師なんでしょ?」

 

 また、諦めようとした。

 ソフィアはため息を吐いた。

 全く自分も学ばない。

 

「……つまらないことを言いました。忘れてください」

 

 二人が助かる方法なら、ソフィアは一つ思いついた。

 

「あの攻撃を押し返します」

「そんなことできるの?」

「成功率は低いです。それでも、協力してくれますよね?」

「当たり前でしょ」

 

 ソフィアが構えると、そこに紅い結晶の銃が作られた。

 普通の銃じゃない。音叉(おんさ)のように別れた銃身。レールガンのような形状だ。

 そしてその根元にソフィアの血が集まっていく。

 轟々と音を立てて大量の空気が集まっていく。

 やがてそれは真っ白な光に変わった。

 ソフィアの血を、周りの空気を、強力な引力によってエネルギーに変えていく。

 

「私は踏みとどまる力も残ってないですから、支えてくださいね」

「それぐらい、任せときなさい」

 

 そして、

 

「消え失せろ! ガキどもがァァァァァァ!!」

 

 玉座の口からまばゆいほどの閃光が走る。

 

「これが(ロマン)の味です」

 

 ズドン!

 ソフィアの銃からも白い光がほとばしる。

 

 ズバァァァァァン!!

 両方の光がぶつかる。黄金と白銀。二つの色がせめぎ合う。

 優勢なのは、

 

「こっちが押されてる」

 

 ジュリアス側が優勢。

 少しずつ、ソフィアたちに閃光が迫る。

 

 しかもソフィアがこの光を維持できる時間は長くない。

 どくどくとソフィアの脇腹から流れ出る血。

 これが光の原料。

 ほんの数舜、維持をするだけでもソフィアの体力は削られて行く。

 

 ソフィアは体から血が抜けていくのを感じる。

 体が冷たくなっていく。

 視界が暗くなる。意識が遠のいていく。

 まずいと感じることもできずに、その意識を手放し――

 

「ソフィア!」

 

 ソフィアは背中に温度を感じた。

 それはルイエのぬくもりだ。

 そうだ、負けたら駄目だ。

 夢を叶えるため、夢を守るため。

 勝たなきゃいけない。

 

「あぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 血が抜けていく。

 それでも耐えなきゃいけない。

 この一撃に、全力を!

 

『行っけぇぇぇぇぇぇぇ!!!』

 

 二人の声が重なった。

 ソフィアの白い光が勢いを増す。

 一気に閃光を押し返す。

 

「クソがぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ズドォォォォォン!!!

 光は玉座を吹き飛ばし、ウルヌイエの外壁に穴を開ける。

 そして夜空を白銀の流星が昇った。


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