夢見る竜の軌道式〜貧乏魔道具店の魔導師と滅びの姫〜   作:こがれ

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迷惑な次期社長?

 ソフィアは今後の対応を聞くため甲板に向かった。

 そこには自称和風メイドのほのかも居た。

 

「あれ、ここに居たんですか?」

「さっきまでジジイに会っていた」

 

 ほのかがジジイと呼ぶのはボレアスだ。

 船長が言っていた黒焔重工(こくえんじゅうこう)の人間。

 今回の依頼にソフィアを推薦した人だ。

 そして、ほのかに従者としての心得を教えた先生でもある。

 

「ボレアスさんはどうしたんですか?」

「説教がうるさいから睡眠薬で眠らせた」

「この状況で眠ってたらまずいですよ……トラブルがあった時の指揮権ってボレアスさんにあると思うんですけど」

 

 ボレアスは黒焔重工で、そこそこ偉い立場だ。

 この船も運航しているのは黒焔重工。

 トラブル時の指揮権はボレアスにある可能性が高い。

 

 二人がそうして喋っていたときだった。

 

「いいからあの古龍に着陸しろ!」

 

 甲板に怒鳴り声が響く。

 声の主は鋭い目つきの男子学生。

 彼は船長と向き合っていた。

 

「無理です。我々には乗客の安全を守る義務がある。未知の竜に着陸することはできません」

 

 船長が当然の言葉を返す。

 なぜあの学生は偉そうにわめいているのかとソフィアは首をかしげた。

 

「なんだか、無茶な要求をしている人が居ますね。学生のわがままが通るわけがないのに」

「そうでもないかも」

 

 そうでもない?

 なぜ学生のわがままが通る可能性があるのか。普通に考えれば断られて終わりだが。

 

 学生と船長のあいだに、スーツ姿の男性が割って入る。

 あれは実地研修の関係者だろうか。

 

「まあまあ、お二人とも落ち着いて。ストル様もここは諦めていただけると――」

「お前。俺を誰だと思っている」

 

 ストルと呼ばれた青年は、男性の胸倉をつかむ。

 気弱そうな男性はされるがままだ。

 

「黒焔重工の社長『ボルバー・ウィンチェスター』。俺はその甥の『ストル・ウィンチェスター』だ。子供のできない叔父の後を継いで、将来は黒焔重工の社長になるのは誰だと思う?」

 

 ストルの言葉にソフィアは驚く。

 井戸端会議で意外な噂を聞いた奥さんぐらいに。

 

「え、ボルバーさんの跡継ぎって決まってたんですか?」

「さぁ? あの甥っ子を跡継ぎになんて話は聞いたことないけど。勝手に勘違いしてるだけじゃない」

「そんな勘違いしますかね?」

 

 自分が次期社長になる。

 そんな勘違いをするだろうか。あるとしたら誰かにそそのかされているとか?

 ソフィアたちがダラダラと喋っている間にも話は進んでいく。

 

「わ、分かりました。あの古龍に着陸いたしましょう」

「待っていただきたい! ここは一度街に戻って――」

「諦めろ船長」

 

 ストルは聞き分けのない子供をさとすように。あるいはバカにするように。

 

「古龍の発見は我が社にとって大きな利益だ。お前も古龍が内包する物的、技術的な資源がどれほど莫大かは分かっているだろう。もはや実地研修などと、くだらないままごとをしている場合ではないのだ」

 

 確かに古龍は未知の技術や資源の宝庫である。

 金山などよりもずっと価値がある。まさしく宝の山だ。

 だからとって乗客を危険に(さら)すのは会社の信用にかかわる。

 ソフィアには得策だと思えない。

 

 そうだ。とストルは何かを思いついたように続ける。

 

「むしろ俺が学生どもを査定してやる。古龍の調査には俺と学生どもだけで行く」

「な、待ちなさい。せめて船員から護衛を」

「そうして、俺の手柄を横取りする気か?」

 

 言っている意味が分からず、船長は言葉に詰まる。

 

「今回の古龍調査を成功させれば、黒焔重工での俺の地位はさらに盤石なものとなる。……場合によっては叔父には早くから退いてもらうことになるかもな」

 

 それは社長への反逆ともとれる言葉。

 船の上が静まる。

 誰かが息をのんだ。ソフィアのあくびだった。このやり取りに飽きていた。

 しかし、学生たちは違った。

 

「ストル様、ぜひご一緒させてください!」「俺も付いていきます」「さすがはストル様ね。行動力が違うわ!」「俺も――」「僕が――」

 

 学生たちはドッとストルに押し掛けると褒めはやす。

 自称次期社長のストルに気に入って貰えれば、自分も美味しい思いができる。

 目の前にぶら下げられた出世街道に釣り上げられたのだ。

 

「これで決まりだな。古龍調査に向かうぞ!」

 

 そして、船長は周囲を見渡すとソフィアに気づく。

 こめかみを抑えながらソフィアの方へと歩いてくる。

 ソフィアは嫌な予感がする。

 面倒ごとを押し付けられそうだ。

 

「ソフィア殿、追加で依頼をしたい。あの馬鹿どもに付いて行って護衛をしてくれ」

「え? なんで私が?」

 

 予感が的中してしまった……。

 ソフィアは嫌だった。

 実は数か月前まで、ソフィアは引きこもりの不登校だ。

 正直言って、あんなパリピ学生たちとは肌が合わない。関わりたくない。

 

「彼らと同じ年ごろだろう? それに着ている服も制服に似ている。なんとかなるだろう」

「いや、同年代の人ってくくりでまとめないでください。若い子にだって属性があるんですよ。みんな仲良しこよしの子供時代はとっくに過ぎてるんです。制服だって無理がありますって、ね?」

 

 ソフィアはほのかに助けを求める。

 しかしほのかは首をふる。

 

「お金ないし行っておいたほうが良い」

 

 金のことを言われると強く出れない。

 だって散財したのはソフィアだから。

 

「うぅ、わかりました、行きますよ。でも学生じゃないってバレたら戻ってきますからね! ほのか、準備しますよ」

「あ、私は付いて行かないから」

「なんでですか!?」

「私はこれしか服が無いし。お金になりそうなものが無いか探してる」

「うらぎりもの!」

 

 

 

 

 古龍の背中。

 そこはガラスで作られたサンゴ(しょう)のようだった。 

 

 石灰のような白い岩が積もった地面。

 そこからガラスの木のようなものが生えている。

 ガラスの木は色とりどりの淡い光を放ち、幻想的な風景を作り出す。

 

「ハァァ!!」

 

 そこをストルは走る。

 手に持っているのは黒い剣。ただの剣ではなくジェット噴射によって勢いを増して振るうことができる魔道具だ。

 

 対峙するのは一匹の竜。

 大きさは人が乗れる程度。魚のような姿で三角柱に似たフォルム、全身が金属質のうろこでおおわれ、ぬるぬると光っている。

 

 シュゥゥ!! と音を立てて魚竜の尻尾から水が噴き出す。

 その勢いを利用して魚竜は地面を滑り、ストルに体当たりを仕掛ける。

 

「甘いな!」

 

 ストルはひらりと避けると剣を振るう。

 剣の(つか)から勢いよく炎が吹きあがり一気に加速する。

 ズバン!!

 音を立てて魚竜を切り裂く。魚竜はびくりと一度震えると動かなくなった。

 

 学生たちがストルに走りよる。

 ちなみに船の上でソフィアとトラブルを起こした学生たちはいない。

 酔って寝ているのか、ソフィアにビビッて出てこなかったのか。

 

「さすがはストル様です!!」「いやーさすがさすが」「まったくさすが」「すごいさすが」

 

 そして学生たちは口々にストルを褒める。

 よくもまあ飽きないものだ。

 ソフィアは(あき)れながらガラスの木を眺める。

 

「しかし、なんだこの竜は」

「この竜は『シーモビル』です」

 

 ストルのつぶやきに、メガネをかけた学生が答えた。

 

「学術名は滑泳船竜(かつえいせんりゅう)。滑るように泳ぐ船の竜です。尻尾から水を噴射するのが特徴で、噴射した勢いで海上を滑るように泳ぎまわります」

 

 学生はメガネをクイクイと動かしながら得意げに説明する。

 

「海を泳ぐか。どうしてそんな奴がココに居る? 海は近いはずだが数キロは先だ

「え? そ、それは」

 

 メガネの動きが止まった。

 どうやら答えに詰まっているようだ。

 ほかに答えられる者も居ないため、気まずい沈黙が流れる。

 

 無視しようと思っていたソフィアだが、明らかにイライラし始めるストルを見てしぶしぶ口を開いた。

 かんしゃくを起こされる方が面倒そうだ。

 

「おそらく、この古龍は海の中で生活していたのでしょう」

 

 学生たちの視線がソフィアに集まる。

 ソフィアは人の視線が苦手だ。注目されると緊張する。

 少し早くなる鼓動を抑えて、ソフィアはガラスの木を見る。

 

「あのガラスの木も竜の一種で、サンゴと似たようなものです。暖かい海に生息し船竜の背中に寄生します」

「なるほど、この古龍が海から上がった時に引っ付いてきたのか。ならばなぜ古龍は陸に上がった?」

「何とも言えません。現状では情報が少なすぎますから」

「ふん。それもそうか」

 

 ストルの機嫌はとりあえず良くなったようだ。

 無駄に怒り始め無くて良かった。

 

 さて、そんな会話をメガネ学生は不機嫌そうに聞いていた。

 メガネ学生からしたら知識を披露してストルの得点を稼ごうとしたのに、横やりを入れられた形だ。

 

 だからだろう、ソフィアをジッとにらんでいたメガネ学生はソフィアが学生服を着ていないことに気づく。

 

「ちょっと待ちたまえ、君はドコの学生だ? なぜ制服を着ていない」

 

 あ、まずいです。

 ソフィアは心の中でつぶやく。

 すみっこで大人しくして、口を開くべきではなかったかと後悔するが遅かった。

 

 学生たちはうちの生徒ではない、こっちでもないと情報共有を終える。

 もう言い逃れは難しいだろう。

 仕方がないとソフィアは口を開く。

 

「私は学生じゃありません魔導師です。皆さんの護衛のために付いてきたんです」

「なんだと?」

 

 ストルの不機嫌な声。

 これ幸いと調子に乗り出すのはメガネだ。

 

「君、年齢は?」

「同じ15歳ですけど」

「15歳で魔導師! つまり君はまともな教育も受けずに魔導師をやっているのか! ……どうせ下請け会社の低能魔導師だろう。ストル様、そんな奴の言うことを信じてはいけませんよ」

 

 メガネのあおりに釣られる学生たち。

 ひそひそとソフィアの悪口を言い出す。

 

 注目されるだけでも辛いのに、悪意をぶつけられるのは無理だ。

 

「まったく、危うくバカの戯言(ざれごと)に騙されるところだった。おい、お前はもう帰れ。お前のような役に立たない護衛など必要ない」

「……そうさせてもらいます」

 

 このまま学生たちと居ても気分が悪い。

 ソフィアはきびすを返して学生たちから離れた。


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