吾輩はパーフェクトスタッフである。
本日の業務は外部企業とコラボのため、打ち合わせをしてきており、終わったので事務所に戻ってきたところだ。問題がなければ後はケーキでも買って帰ろうと思っている。クリスマスだし。
そんな訳で寒かった寒かったと呟きながらコートを脱ぎ、もはや家と同じような安心感を錯覚する作業場の扉を開けると
「オーカエリナサイマセー。ゴシュジンサマー!」
深い青色の長髪とアイカラーが特徴的なメイドさんがなにやら満面の笑みを浮かべて立っていた。ホロライブENのオーロ・クロニーさんである。こちらの事務所に用事でもあったのだろうか。確か彼女のスケジュールは休暇中となっていたはずだが。
「フッフッフ。オトコノヒトは!コウイウノ!スキデショー?」
自慢げにメイド服を見せつけてくるクロニーさんは楽しげで実に似合っているし、嫌いな男性はそうは居ないと思う。それはさておき本日はどうしたのだろうか。クリスマスなのでホロメンはまだ忙しい時間なので呼んでほしい人がいるなら折を見て呼ぶが。
『メイドは主に奉仕する役割なんだからモブさんのお手伝いをしに来たのよ!』
なんか主になったらしい。吾輩が持っていたコートを素早く奪い取りハンガーに掛けてくれるのはありがたいが、何が望みだ。
『いや、望みとかはないけれど。まぁお礼があれば貰っても良いけど?クリスマスまでわざわざ頑張っているモブさんのお手伝いをしようかなと。そんな見返りを求めるワケないじゃない。ええ』
顔を逸らしこちらを一切見ずに何か宣っているメイドさんがいるが、深くは気にしないようにしよう。多分善意のはずだ。とりあえず書類の山をファイルにまとめていって貰うとしよう。
『ええ任せなさい。細かい作業は女性に任せて男性はガンガン働くのよ』
“時折クロニーさんから漏れ出る思想強めの台詞どういった反応すれば良いのか分からないのですが”
『女性は同意を求めるって言うわ』
無表情で書類をファイルに綴じていく作業を続けているクロニーさんは会話が成り立っていないような事を返してくる。まるで禅問答のようだ。もしくは吾輩の価値観を引き出そうとする誘導尋問とも感じられる。監視者らしいので怖いね。
下手な反応をしないように適度にあしらいつつ仕事をこなしたが、一人で仕事するより疲れたような気がした。
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なんだかんだ疲労感を残したが、予定より仕事が早く終わったので帰ることにする。その旨をクロニーさんに話すと2回程瞬きをして固まった。
『モブさんの家はここではないの?』
“違いますが。普通にアパート借りてますよ”
まさかまだその認識の人がいるとは思わなかった。仮眠室の方を指差しているメイドさんに無情に首を振る。吾輩には帰る家があるのだ。ついでに小洒落たケーキ達が吾輩に買ってもらうのも待っているのだ。
『ナルホド。つまり家に私を連れ込もうと?』
身体を抱きしめじっとりとした目でこちらを睨みつけてくる人がいるが、
“違います”
即答である。即、断言である。
吾輩の人生経験が告げている。このまま話を広げるとろくな方向に転ばない。一瞬彼女の豊かな部分が揺れた際に目がいきそうになったが、目線を遠くに向けることで紛らわせた。
我が社には捕まった大空警察の誰かもいるのだ。気をつけるに越したことはあるまい。
『フフ……冗談よ。半分くらいはね』
吾輩の断固とした意志のある対応が気に入ったのかニヤリと不敵に笑っていた。半分が怖い。
クロニーさんはスススと距離を詰めてくる、先程までのメイド然とした笑顔に戻っていた。
『でも帰るなら、寄り道でもどうかしら?デートよデート。メイド、ハベラセ、イイミブン』
“寄り道?…というか誰ですか?そんな日本語教えてる人は!心当たりが多すぎる”
ニコニコと言い放つクロニーさんの提案は少し気になるところだ。言ってる言葉の意味は頭痛を引き起こすものだが、寄り道。何処か寄る程の店か何かがあるのだろうか。
『ええ。せっかくのクリスマスだし。モブさん、ケーキ買って帰るって言ってたでしょう?』
“ええ、まぁ……”
『だったら一つじゃもったいないわ。タベアルキ。クイダオレ。日本の素晴らしい文化だと思わない?』
“素晴らしい考えだ。また太りますよ”
ボグシャッ
肉を打ち砕く音が作業室に響き渡り、吾輩は床に叩きつけられた。あまりにも凄まじい拳打。吾輩は普通に見逃しちゃうね。驚きはしたが大したダメージではなかった。
『いっっっっっ!?…ックソ!!モブさん何製!?常人なら潰れたトマトみたいになる威力はあるはずなのにこっちの手から肘まで痺れたんだけど!?』
叫び声が聞こえるので起き上がりつつ、下手人の姿を視認すると、涙目になりながら手をプラプラさせて痺れた腕のダメージを抜いているクロニーさんが見える。
『まぁスッキリしたからこれで許したげるわ』
未だにこちらを睨みつけてくる人が言うには許されたらしい。こちらにも非があったことは認めよう。仕事で疲れていた為か頭が働いておらず、つい思ったことを口にしてしまったことを詫びた。次からはオブラートに包んで言うか暖かい目を送ろう。
『それが素の返しだとしたらモブさんは相当良い性格してるのね』
一瞬引き攣った笑みを浮かべたクロニーさんは徐ろに虚空に手を向けると直剣のようなものを召喚した。
『悪い主様には躾がいると思うの。大丈夫峰打ちするから』
それはもう良い笑顔でにじり寄ってくる。直剣をちらつかせながら近づいてくるので剣を凝視してみるがどう見ても西洋の直剣だ。峰なんてところはどこにもない。
『せい!』
“ハッ!”
軽く振り下ろしてきた剣を白刃取りで抑える。それと同時に作業室の扉が開いた。白刃取りで剣は抑えたまま視線を向けるとクロニーさんのマネージャーさんであった。こちらを見てギョッとした表情をしている。クロニーさんはため息一つついて離れてマネージャーさんの方へ向かっていった。
なんとかなったようだ。ついでにシレッと帰ってしまおう。たまには食べ歩きも悪くないなと思いながら駐車場へ向かうのであった。
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吾輩が車に乗った瞬間にクロニーさんが助手席に乗るという不思議な現象が発生した。どういう理屈なのかは分からないが、クロニーさんはコートを着直し、当然のように吾輩の隣に座って笑顔を浮かべている。なんかズルとか能力でも使ったのだろうか。
『この近くにね、とても美味しいお店があるの。時間的にも、ちょうど今が食べ頃』
“時間的にも?”
『私は時間の監視者よ?』
それ以上の説明はなかった。
理不尽だが妙に説得力があるのが厄介である。
で、なんかズルい能力使った?そう聞いてもクロニーさんには適当に流されてしまった。
『ここよ。まずはここ』
最初に案内されたのは小さな焼き菓子屋だった。外観は控えめだが、ショーケースの中は輝いている。彼女はうどんが好きだと聞いていたのでうどん屋ハシゴかと思ったが違うようだ。
『このフィナンシェは焼きたて三分以内が最盛期なの』
“最盛期とは?”
『今』
気付けば袋を手にしていた。商品を選んで買い物をした記憶がない。実に不思議である。クロニーさんにそんな事して時間の監視者で良いのかと聞いてみるとガン無視してフィナンシェを食べ始めた。良くはなさそうだ。
一口齧ると、確かに美味い。外は軽く、中はしっとり。上品なバターの香りが口のなかに広がり幸せを感じた。
“……なるほど”
『でしょう?』
クロニーさんは満足そうに頷いた。
『次』
“まだ行くのですか”
『ええ。次も出来立て熱々のお店よ』
意気揚々と連れて行かれたのは屋台風の小さな店で、甘い香りが漂っている。
『この時間帯のチュロスは外せないわ』
“まだケーキを買っていないのですが”
『ケーキは最後よ』
何故最後なのかは分からないが、クロニーさんは既にチュロスを両手に持っている。湯気が出ているあたり本当に出来立てなのだろう。
熱々サクサクのチュロスは寒さに沁み、気付けば無言で食べていた。
出来立てのチュロスは反則的に美味しかった。
『時間帯補正がかかっているもの』
また時間である。
さらにその後肉まん。
ホットチョコレート。名前も知らない海外風の揚げ菓子。
何が入ってるか分からないがパイのようなものも食べた。
“クロニーさん。これはもう夕食では?”
『違うわ。これは体験よ。まぁ他のホロメンの話聞いてたお店に行っているだけなんだけど』
体験という割にはカロリーが現実的すぎる。胸焼けしてきたくらいである。流石にそんな事を言い放てば吾輩は往来のド真ん中で冷たい大地にめり込みそうなので言わないが。
それはさておき、うどんはどうしたうどんは。クロニーさんといえばうどんをしょっちゅう食べているイメージがある。
『お昼食べたから折角だから違うの食べたいわね』
とのことだった。
折角だから吾輩も何か良い店を知らないのかと言われたので前にホロメンを連れて行った「喫茶リコリコ」を紹介した。
そこで店員さんにまた違う女性連れてると言われ一悶着あったが割愛する。
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最終的に辿り着いたケーキ屋の前で、吾輩は深く息を吐いた。
“……正直に言っても?”
『何かしら』
“もう、お腹が一杯です”
クロニーさんは少しだけ目を見開き、それからクスクスと笑った。先程予定にはなかったが、移動中に見えたラーメン屋に人が並んでいたのを見て入り一杯ペロリと平らげた彼女はまだまだ元気そうである。吾輩はもうお腹いっぱい胸いっぱいだ。
『そう。じゃあ今日はここまでね』
“吾輩はもう満足しましたがクロニーさんのケーキは?”
『あー次の機会でも良いかな』
それはそうだが、クリスマスである。ケーキやらケンタ◯キーを食べるというイメージがある。
『良いのよ。今日食べたものが、全部美味しかった記憶として残ればそれで』
“物理的な記録としても残りそうですが”
『気のせいよ。というか本当に一度地面に埋めてやろうか。配信で話すネタ的な意味で言ってる?体重のことだったら…埋めるわ。今ココで!』
クロニーさんは拳を握り込みシュッシュッと風切り音を奏でている。街の穏やかなクリスマスソングに暴力的な風切り音のデュエットである。吾輩はもちろん前者の意味に決まってると言って距離を取った。
『なら良いわ。それじゃ丁度ホテルも近いしこの辺りでお開きにしましょう。またデートしましょうね』
そう言いクロニーさんは軽く手を振りながら去っていった。
その背中を見送りながら、吾輩は思う。結局ケーキは買わなかったが、今日は不思議と悪くない一日だった、と。
余談ではあるが、家に帰ってから財布の中身を確認すると非常に少なくなっていた。しかし一切使った記憶がないという。実に不思議である。
ついでに後日他のホロメンから聞いた話ではクロニーさんはまたダイエットを始めたとかなんとか。残当。
モブ
食べ歩きデートを楽しんだ。結構財布にダメージ負ったが満足。食べ物の好き嫌いはない基本的になんでも食べる。
クロニー
モブを喜ばせて適当に色々奢らせる算段だった。結果的に食べ歩きは満足。
最後の最後で少しカロリー的な意味でヒヨッた。無駄でした。ホローズブートキャンプがあなたを待っている。