閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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101話 お茶会の後

 

 

「終わったあっ!」

 

 夜、日付が変わろうとしている深夜。

 カレル離宮から出てきたユウナはメイドから解放されて開放感に伸びをする。

 

「くそ……アランドールのやつ、一人でバックれやがって」

 

 同じく解放されたアッシュは途中からいなくなった男へ愚痴を漏らす。

 

「ひどい目にあった……」

 

 消したい記憶にクルトは呻き、そんな彼らを微笑みながらミュゼは声を掛けた。

 

「ですが、帝国の裏で何が起きているのか……その全容がこれで分かりましたね」

 

「それは……」

 

 ミュゼの言葉にクルトは晩餐会での出来事を思い出す。

 《七の騎神》とその起動者に課せられた宿命。

 二つの至宝によって歪んだエレボニア。

 そして“リィン”の正体。

 

「…………正直、壮大な話過ぎて途中からついていけなかったよ」

 

「うん、あたしも……」

 

 クルトの答えにユウナも正直に頷く。

 

「クロスベルも《幻の至宝》とかキーアちゃんとかいろいろあったみたいだけど、帝国はずっと昔から至宝に縛られていたわけなのよね」

 

「セドリックはその中心にアルノールの代表として《テスタ=ロッサ》に選ばれてしまったわけか」

 

 クルトは考える。

 幼馴染との間に決定的なまでに差がついてしまっていた事について。

 

「セドリックは帝国の伝説ともうたわれている《槍の聖女》に認められたというのに、僕はメイド……

 いやいや、これは情報収集するための必要な事だったんだ他意はない」

 

 必死に言い聞かせるクルトにユウナは苦笑しながら、思いを馳せるのは妹分とも言える存在について。

 

「キーアちゃんが巻き込まれたのは“本物”がキーアちゃんの代わりに消滅しちゃったからなんだよね」

 

 キーアが帝国に何故都合よく使われていたのか、その答えは得たのだがユウナは今一つ理解ができていなかった。

 

「そもそも本物と偽物のリィンがいるって言うのがよく分からなかったのよね」

 

「ユウナさんにとってはそうでしょうね……

 私は事前知識があった事もそうですが、記憶の齟齬による違和感はずっとありましたよ」

 

「え? 本当?」

 

「ええ、本物の“彼”が世界から消えてもそれまでの人の歴史が消えたわけではありませんから」

 

「へえ……ミュゼはどうやってその違和感に気付いたの?」

 

「それは……エリゼ先輩ですね」

 

「エリゼさん? リィンのお姉さんで、ミュゼのアストレイア女学院時代の先輩だっけ?」

 

「はい」

 

 ユウナの言葉にミュゼは頷いて続ける。

 

「エリゼ先輩はそれはもう筋金入りのブラコンだったんですよ」

 

「そうなの?」

 

「ええ、リィンさんから手紙が来たらその日はご機嫌で……

 便りがなくなればアストレイアの《氷の乙女》と呼ばれるくらいに不機嫌になるくらい、それはもうすごいブラコンだったんです」

 

 本人がいないのを良いことにミュゼは好き放題にエリゼの事を語る。

 しかし、以前にあった印象と結びつかずユウナは首を傾げる。

 

「ふーん……あんまり想像できないけど、それがおかしいの?」

 

「おかしいですよ……

 わたしがアストレイア女学院に通っていたのは十月戦役の前……

 リィンさんがユミルに現れたのはその後ですから、わたしがエリゼ先輩の弟自慢を聞けるはずはないんです……

 それに実は以前、クロスベルのミシュラムに姫様たちとお忍びで遊びに行ったことがあったんです」

 

「お忍びって……」

 

「その時、わたし達はグループに分かれて鏡の城に登ったんですが、何故かわたしは一人で最上階の鐘を鳴らしていた記憶があるんです」

 

「ミュゼ……鏡の城を一人でって……」

 

 ユウナはかわいそうな子と言わんばかりの目でミュゼを見る。

 

「で・す・か・ら……

 わたしの記憶がおかしいはずなんです。でもわたしはそれを異常だと感じていませんでした……

 皆さんはそういう記憶の違和感はありませんか?」

 

「どうだろう……うーん……」

 

 ミュゼの指摘にユウナは腕を組んで考え込む。

 そして先に口を開いたのはクルトだった。

 

「僕は……僕は何故クロスベルに行ったんだろう?」

 

「クルト君?」

 

「セドリック殿下が急に一年早くトールズ士官学院に進学するって言い出して……

 護衛役として、殿下の我儘を勝負で止めるつもりだったのに、負けて……それで……僕はどうしてクロスベルに行ったんだろうか?」

 

 過去を振り返ってクルトは自分の行動に疑問を抱く。

 

「どうしてロイドさん達の……特務支援課にお世話になる経緯が思い出せない」

 

「クルトさんの違和感がそこであるのは間違いないでしょう……

 わたし達もその時期にお忍びでクロスベルに行っていたのですから」

 

「アッシュは何かおかしい記憶ある?」

 

「……ちっ……知るかよ」

 

 ユウナがアッシュに話を振るが、彼から返ってきた言葉は素っ気ないものだった。

 しかしユウナは気を悪くしたりせず、クルトとミュゼを振り返る。

 

「どう思う?」

 

「今の“知るか”は思い当たるところはあるけど説明するつもりはねえって言う意味の“知るか”だな」

 

「ええ、アッシュさんとも“彼”は関わっていたんですね」

 

「勝手に人の言葉を分析してんじゃねえよ!」

 

 内心を見透かすクラスメイト達にアッシュは思わず怒鳴る。

 それに苦笑しつつもミュゼは続ける。

 

「時期的には旧Ⅶ組の一人だったのではないでしょうか?」

 

「つまりリィンもクロウと同じで学年が“下がった”んだ」

 

「厳密には別人みたいだから、それは違うんじゃないか?」

 

 ユウナの結論にクルトは思わず一緒にしてやるなと口を挟む。

 

「でもまあ、今まで何でリィンがあたしたちをいまいち信用してくれないのか、その理由がようやく分かったわ」

 

「リィンの正体が人間じゃないとは思わなかったけどな」

 

「《焔》と《大地》が合体した《鋼の至宝》……

 正直、話のスケールが大き過ぎてついていけなかったわ」

 

 ユウナは話の内容を思い出して唸る。

 重要な話は食事の後だったこともあり、盗み聞きを立てる事に集中できたが聞けば聞くほど自分たちの場違いだったのではないかと考えてしまう。

 

「他の騎神もちょっと遠目に見たけど、あたしたちの機甲兵じゃどう考えても一緒に戦うなんてできなくないかな?」

 

 これまでの戦いから感じていたことをユウナは口にする。

 サザーランド、クロスベル、オルディス。

 どの戦いも騎神の戦いは凄まじく、自分たちができた行動がリィンの役に立ったとは胸を張って言えない。

 

「今まではそうでした……

 でも今のクルトさんとユウナさんは例外でしょう」

 

「僕たちが例外?」

 

「どういうこと?」

 

 ミュゼの指摘に二人は首を傾げる。

 

「以前の実習で御二人の機甲兵にはそれぞれ至宝に由来する武具が与えられました……

 これは《騎神》に通用する武具です……

 それを《至宝》たちがクルトさんたちに与えたということは、リィンさんとは別の意思があると言うことです」

 

「あ……」

 

「至宝たちは僕たちに何かをさせようとしているのか?」

 

「それは分かりません。ですが騎神に通用する“可能性”がクルトさん達にはあるということです」

 

「そう言われてもなあ……」

 

 ミュゼの言葉にユウナは唸る。

 

「あたしが第Ⅱに来たのはクロスベル警察学校で取れなかった単位と士官学院で出るお給料のためだったのよ……

 それなのにそんな“可能性”を押し付けられても……」

 

 “困る”という言葉をユウナは口に出さずに呑み込んだ。

 それを口にしてしまえば何かが決まってしまう予感があった。

 

「僕としては願ったりではあるけどな」

 

「クルト君?」

 

「至宝が僕の何を見定めようとしているのかはどうでもいい……

 あの“剣”で誰かを守ることができるのなら、いくらでも利用してくれていいさ」

 

「へ……言うじゃねえか。流石はヴァンダールの坊ちゃんだな」

 

 クルトの決意にアッシュは含みがある笑みを浮かべ、おもむろに《ARCUS》を操作した。

 

『ユウナ、君は僕が守る!』

 

 アッシュの《ARCUS》からクルトの録音された声が夜の静寂に鳴り響く。

 

「え…………?」

 

「あらあら……」

 

 ユウナは固まり、ミュゼは目を輝かせる。

 

「…………アッシュ、それは何だ?」

 

「おいおい、これはこの前の実習の戦いでお前の《シュピーゲル》に記録されていたログだぜ」

 

「それは分かってる! どうして君が僕の《シュピーゲル》のログを持ち出しているのかって聞いているんだ!?」

 

「ふ……」

 

 アッシュはクルトの詰問に答えずに笑い、クルトは眦を上げてアッシュに詰め寄る。

 

「返せっ!」

 

「はは、安心しろってデータは主計課で共有されているからな」

 

「はあっ!?」

 

 アッシュの答えにクルトは悲鳴のような声を上げる。

 

「うふふ、ユウナさん。今のお気持ちをどうぞ」

 

「ミュゼ、茶化さないでよ」

 

「ですが、あの時クルトさんに守られてグッと来たんじゃありませんか?」

 

「ええい! そんなことよりもミュゼ帰りの導力車はどこよ?」

 

 話を強引に打ち切ってユウナは第Ⅱに帰るための足を探す。

 しかし、騎神がいた広場にはすでにその姿はない。

 そして時間を確認すればカレル離宮から帝都へ行く列車の最終便は終わっている時間だった。

 

「えっと……」

 

 ミュゼは気まずそうにユウナから目を逸らし――

 

「朝までには着けるんじゃないでしょうか?」

 

「まさか歩いて帰らないといけないの!?」

 

「ふふふ、ワイスマンが出てこなければ最後の列車に間に合ったはずなんですけどね」

 

 予想外の事に嘆くミュゼはワイスマン達への恨み言を漏らす。

 

「おいおい、マジかよ?」

 

「こうなったら仕方がない兄上たちにお願いして、今日はカレル離宮に泊めてもらうか?」

 

 取っ組み合い寸前だったアッシュとクルトはユウナの叫びに事態を把握して、提案する。

 

「いいえ、分校長の許可はアルバイトまでで外泊許可ではありません……

 それに明日は明後日からの特別実習の準備のために朝から作業がありますから遅刻なんてしたら……」

 

「分校長の特別授業……」

 

「ミハイル教官の折檻……」

 

「トワ教官のお説教……」

 

「みっしぃ教官のお仕置き……」

 

 それぞれが思い至る懲罰を呟き、一同はぶるりと体を震わせる。

 

「くそっ! 帝都発の列車ならまだ間に合うはずだ!」

 

「そ、それでも一時間もないわよ! 帝都の駅までどれだけあると思ってるのよ!?」

 

「だからって、ここで突っ立てても仕方ねえだろ!」

 

「とりあえず走りましょう」

 

 四人は心を一つにしてカレル離宮から走り出し――

 

「はあ……何をしているんだ君たちは……」

 

 そんな四人に呆れた声が届く。

 

「え……?」

 

「今の声は?」

 

 走りかけた足を止めて振り返ると、何もない空間が歪む。

 空中に浮かんでいた四つのデバイスは役割を終え、魔導杖に戻ると光学迷彩が解除される。

 そこには《零の騎神》が膝を着いた状態で待機していた。

 そしてその前にはその起動者と準起動者のリィンとアルティナもいた。

 

「リィン!?」

 

「アルティナも帰ったんじゃなかったの?」

 

 現れた二人にクルトとユウナは驚く。

 

「帰ろうとは思ったけど、みんながどうするのか気になったんだ」

 

「まさか帰りの手段を本当に用意していないとは思っていませんでした」

 

 苦笑するリィンに対してアルティナは呆れたため息を吐く。

 

「うふふ、流石リィンさんですね……あら?」

 

 ミュゼはここぞとばかりにリィンの腕に抱き着き、固い感触に首を傾げた。

 

「あら?」

 

「ミュゼさん、不埒です」

 

 魔導杖を割り込ませ、抱き着かせたアルティナはミュゼに冷ややかなジト目を向ける。

 

「あらあら……」

 

 珍しい反応にミュゼは意味深に微笑む。

 

「ともかく助かったわ。リィンがいてくれなかったらどうなってたか」

 

「いや、待ってくれ」

 

 ユウナは安堵して、クルトは頭に過った光景を思い出して冷や汗を掻く。

 

「どうやって僕たちを第Ⅱまで運ぶつもりだ? まさかケビン神父みたいに騎神の腰に括り付けるつもりじゃないよな?」

 

「そんな事はしないさ……

 《ゾア・ギルスティン》なら転移術でみんなを運べるさ」

 

「そうか……」

 

 リィンの答えにクルトは胸を撫で下ろした。

 

「おい、シュバルツァー」

 

 次の瞬間、アッシュがどこからともなくヴァリアブルアックスを抜き――その刃をリィンに突き付けた。

 

「アッシュ!?」

 

「――っ!」

 

「大丈夫だアルティナ」

 

 突然のアッシュの行動に驚く一同の中、一早く動こうとしたアルティナをリィンが言葉で制する。

 

「それで、何のつもりだアッシュ?」

 

 リィンは目の前に突き付けられた刃に動じることなく尋ねる。

 

「……お前が一番悪いのか?」

 

 アックスを右手で保持したまま、左手で目を抑えたアッシュは呻くように問い掛ける。

 

「…………さっきの話の通りだ」

 

 リィンは無表情のまま続ける。

 

「全ての原因を突き詰めれば、帝国で起きる事件は至宝の呪いが起こしていることになる……

 そう捉えれば、全ての事件は至宝の……俺のせいとも言える……

 第Ⅱがこんな戦いに巻き込まれたのも、俺が分校に来たせいだろうな」

 

「っ!」

 

 アッシュはその言葉に衝動のまま刃を押し込み――リィンはその刀身を掴む。

 

「だけど、他の誰かはともかくアッシュにとやかく言われる筋合いはない」

 

「んだと!?」

 

「アルティナは黒の工房のスパイだった……

 ミュゼは貴族派のスパイだった……

 ユウナとクルトはクロスベルのスパイだった……

 そしてアッシュ、君はレクターさんの……イシュメルガの陣営のスパイだったわけだ」

 

「っ……お前らと一緒にするんじゃねえ!

 俺は、俺の目的のためにアランドールを利用しているだけだっ!」

 

「それが何だって言うんだ?

 その理屈でアッシュがしている事を肯定するのなら、俺だってこんなものを突き付けられる謂れはない」

 

 リィンは眉を顰め、力任せにアッシュの手からアックスを奪い投げ捨てる。

 

「っ……」

 

「人間は1200年前から何も変わらないな……

 自分たちの事を棚に上げて、身勝手な事ばかり言う」

 

「見下してんじゃねえぞ! この化け物が!」

 

「アッシュッ!!」

 

 叫ぶアッシュに言い過ぎだとクルトが声を上げて二人の間に割って入ろうとして――リュートの音色がそこに響いた。

 

「フッ……哀しいことだね」

 

 リュートが奏でる音色に合わせて言葉が夏の夜に響く。

 

「このリュートの音色は……」

 

「それに自分に酔ったこの声は……」

 

 ミュゼとユウナはある人物を思い出して顔をしかめる。

 今にもクルトを挟んで殴り合いを始めようとしていたリィンとアッシュも思わず動きを止めて振り返る。

 彼らの視線を集めた青年はリュートを鳴らして憂いに満ちた顔で嘆く。

 

「争いは何も生み出さない……ただ不毛な荒野を広げるのみさ」

 

 陶酔した語り口にⅦ組は静まり返り、そこには彼がもう一度、一際大きくリュートを鳴らす。

 

「そんな君たちに、歌を贈ろう。心の荒野を潤して美しい花を咲かせられるような、そんな優しくも切ない歌を」

 

 Ⅶ組の反応などを気に留めず、青年は宣言通り歌い始める。

 

「陽の光 映す 虹の橋 掛け渡り 君の元へ……♪」

 

 青年はまさに白い青年だった。

 

「求めれば 空に 溶け消えて 寂しいと 風が舞う……♪」

 

 真っ白なコートに真っ白な髪。

 

「届くことなどない はかない願いなら せめてひとつ 傷を残そう……♪」

 

 目は赤い灼眼の瞳が特徴的であり、Ⅶ組はその青年を知っている……というか記憶の片隅に追いやっていたのを思い出す。

 

「はじめての約束 守らない約束 君の吐息 琥珀にして 永遠の夢 閉じ込めよう……♪」

 

 歌が終わる。

 青年はやり切ったと言わんばかりに額を拭ってⅦ組に笑いかけた。

 

「フッ……どうやら判ってくれたようだね……それは愛と平和だという事を。今風に言えば、ラブ&ピース」

 

「オリビエ・B・アレイスター……何でここに?」

 

 リィンは冷え切った目をオリビエに向けて尋ねる。

 

「愚問だよリィン君。ボクは愛と平和を愛する漂泊の詩人なのだから」

 

「…………何の理由にもなっていません」

 

 はあっとリィンは大きくため息を吐いて、アッシュを一瞥する。

 

「ちっ……」

 

 毒気を抜かれたリィンと同じで、オリビエの登場によって幾分か頭が冷えたアッシュは舌打ちをして、リィンたちに背中を向けた。

 

「アッシュ、どこに行くんだ?」

 

「分校に帰るんだよ。シュバルツァーの手を借りるなんて死んでも御免だ」

 

 呼び止めたクルトの言葉にアッシュはそう言って遠ざかって行った。

 

「…………」

 

 リィンはその背中を顔をしかめて見送り……

 

「ふむふむ、どうやら青春をしているようだね……

 友達と喧嘩か、ボクが学生の時は彼くらいに狂犬だった子がいて大変だったような気がするよ」

 

「そんなんじゃありません」

 

 したりと腕を組んで頷くオリビエにリィンは違うと言い返す。

 

「そもそもアッシュは友達……なんだろうか?」

 

 オリビエから指摘された“友達”という言葉を考えてリィンは悩む。

 

「ふ……大いに悩んでみると良いさ……

 友達、仲間、人の絆を言葉にするのは普通の人間にとっても難しいことだからね」

 

「大きなお世話です。それよりも貴方はこんなところにいて良いんですか?」

 

「ん……それはどういう意味だい?」

 

「どういう意味も何も、今のカレル離宮に部外者は――」

 

「オリビエ・B・アレイスターッ!」

 

「ぎゃふんっ!」

 

 指摘しようとした瞬間、クレアの声とともに飛来した銀のトレイがオリビエのこめかみを強打して吹き飛ばした。

 まるで導力車に撥ね飛ばされたように吹っ飛ぶオリビエを一同は呆然と目で追い、離宮からメイド服のまま駆け下りて来たクレアはリィンたちの前で止まる。

 

「リィン君、無事ですか? 彼に変な事をされていませんね!?」

 

「え……ええ、俺は大丈夫です」

 

 保護にリィンの安否を詰め寄ったクレアはほっと胸を撫で下ろしてから、立ち上がったオリビエを睨んだ。

 

「やあクレア君。今日はメイド服なんだね」

 

 オリビエの指摘にクレアは一瞬恥じらうが、すぐに気を取り直して彼を睨み直す。

 

「っ……今すぐその不快な口を閉じなさい」

 

「いやいやクレア君よく似合っているよ」

 

「…………」

 

 オリビエの誉め言葉に対して、クレアはどこからともなく導力銃を抜く。

 

「おおっと、もうこんな時間か……」

 

 オリビエはわざとらしく時計を確認し、クレアに背中を向けてリィンに向き直る。

 

「リィン君」

 

「な、何ですか?」

 

「ボクは…………」

 

 オリビエは何かを言おうとして口を開き、迷うように苦笑し、代わりに手を伸ばしてリィンの頭を撫でる。

 

「実はこれが君たちと会える最後の時になるかもしれないんだ」

 

「オ、オリビエさん……?」

 

「だから君に聞いておきたい事とお願いしたいことがあるんだ」

 

「聞いておきたい事とお願いしたい事……ですか?」

 

 リィンは唐突なオリビエの言葉に身構える。

 

「うん……学院生活は楽しかったかい?」

 

「え……?」

 

 それはあまりにもありふれた世間話のような質問にリィンは虚を突かれる。

 

「今回のアッシュ君みたいにうまくいかない事もあっただろう……

 それでも学生として、ただの人間となって送った日々を、君は楽しいと思える事はできたのかな?」

 

 いつものお調子者は鳴りを潜め、恐る恐る何かを確かめるようならしくない態度をリィンは訝しむ。

 

「そんな事を急に言われても……」

 

「難しく考える必要はないさ……

 クルト君と競い合ったり、ユウナ君やミュゼ君と遊んだり、アルティナ君といちゃいちゃ不埒なことをしたり――」

 

「そんな事はしていません」

 

 アルティナの突っ込みが入るがオリビエは構わず続ける。

 

「そんな日々をこれからも過ごしたいかっていう質問さ」

 

「…………それは俺が願ってはいけない“願い”だ」

 

「そうかい? でもその答えでもボクには十分だ」

 

 オリビエは俯くリィンの頭におもむろに手を伸ばして頭を撫でる。

 

「オリビエさん……やめてください」

 

「はは……」

 

 リィンの抗議にオリビエは笑い、頭をくしゃくしゃに手を放す。

 

「…………それで、もう一つの俺にお願いしたいという事は何ですか?」

 

 髪を整えながらリィンは尋ねる。

 

「うん、実はね」

 

 オリビエは厳かに顔を引き締めて、言った。

 

「リィン君。一生のお願いだ……

 ボクの事を“お兄ちゃん”って呼んでくれないかい?」

 

「…………はあ……っ!?」

 

「…………は?」

 

 オリビエのお願いにリィンはゴミを見るような目をして、彼の背後にいたクレアを見て凍り付いた。

 

「実はボクには故郷に残した妹がいるんだ」

 

 しかしオリビエは背後のクレアの視線に気づかないまま、身の上話を始める。

 

「しかし帝国中を漂泊したり放蕩していたせいなのかな、先日妹に会っても顔を忘れられてしまっていてね……

 だからリィン君に妹の代わりに是非とも“お兄ちゃん”もしくは“兄様”と呼んで欲しいんだ」

 

「自業自得の上に、人を代償行為に使わないでください」

 

 真面目に聞いて損をしたとリィンはため息を吐く。

 

「そこをなんとか!? 妹分が深刻に欠乏しているんだよ!

 この気持ち、リィン君なら分かってくれるはずだよね!?」

 

「ユウナみたいなことを言わないでください!」

 

「ちょっとリィン! あたしをその変人の同類みたいに言わないでよ!」

 

 ユウナの抗議が後ろから聞こえてくるが、リィンはオリビエ越しに見える目から光を失ったクレアに冷や汗が止まらなかった。

 

「ふう……残念だが仕方がない」

 

 幸いなことにオリビエはそれ以上駄々をこねる事無く、諦めてくれた。

 

「さて……ボクはそろそろ行くよ」

 

 佇まいを直し、オリビエはリィンの背後にいるクラスメイトたちに順に声を掛ける。

 

「ユウナ君、クルト君、ミュゼ君、そしてアルティナ君……

 リィン君の事をよろしく頼むよ」

 

「いや、あなたにお願いされる筋合いはないんだけど」

 

「リィンの何のつもりなんですか貴方は?」

 

「クレアさん、リィンさんのお兄さんを名乗る不審者としてこの場で逮捕できませんか?」

 

「…………あなたは……」

 

「はは、ボクは超帝国人リィン・シュバルツァーファンクラブの第一号だったりするんだよ」

 

「そんなファンクラブがある事が初耳なんですけど?」

 

 リィンは思わず声を上げるが、オリビエは取り合わず視線を流して“彼”に語り掛けた。

 

「それじゃあ《ゾア・ギルスティン》もリィン君とアルティナ君の事を頼んだよ」

 

 その言葉に反応するように《ゾア・ギルスティン》の目が光る。

 

「え……?」

 

「どうして……?」

 

 まさかオリビエの声に反応すると思ってなかったリィンとアルティナは《ゾア・ギルスティン》を見て、そしてそこに感じたものに更に困惑する。

 

「君たちの旅路に女神の祝福がある事を願っているよ。アディオス・アミーゴ!」

 

 呆然とするリィン達を他所にオリビエはその場から歩き去っていく。

 

「待ちなさいっ!」

 

 クレアの静止の声が上がるとオリビエは全力で駆け出した。

 

「っ――待てと言っているんです!」

 

「ははは! 待てと言われて待つ人はいないよクレアお姉さん!」

 

「っ――」

 

 逃げ出したオリビエを追ってクレアも駆け出す。

 

「あ……」

 

 その言葉を漏らす間に、カレル離宮の広場には静寂が戻ってきた。

 

「…………何だったんだ?」

 

「分かりません……ですが……」

 

 リィンの呟きにアルティナは困惑したまま《ゾア・ギルスティン》を見上げる。

 

「どうしたんだ二人とも?」

 

「《ゾア・ギルスティン》があの変人の言葉に反応していたけど、どうかしたの?」

 

「ああ……」

 

 首を傾げるクルトとユウナにリィンは自分が感じたものが信じられずアルティナと顔を見合わせる。

 

「《ゾア・ギルスティン》が何故オリビエさんに反応したか分かりません……ですが……」

 

「ですが?」

 

 言い淀むアルティナにミュゼが聞き返す。

 

「《ゾア・ギルスティン》が彼に声を掛けられた時の感情は“困惑”と“恐怖”でした」

 

「アルティナも同じものを感じたか」

 

 アルティナの答えにリィンも同じものを感じたと同意する。

 

「え……? 《ゾア・ギルスティン》がオリビエを怖がった?」

 

「そんなまさか……」

 

 名実ともに最強の騎神が生身の人間に恐怖を抱いたという事実が信じられずにユウナたちもまた困惑する。

 

「いえ、その可能性は大いにあるでしょう」

 

「ミュゼ?」

 

「何故ならオリビエさんは変態だからです」

 

 自信に満ちたミュゼの答えに、リィンは無言で星空を見上げた。

 

「……そうかな……そうかも……」

 

 騎神が恐怖するほどの変態と言われてリィンはそれを否定することはできなかった。

 

「…………とりあえず分校に帰ろう」

 

 アッシュを除いたⅦ組はリィンの疲れた言葉に静かに頷いた。

 

 

 






使用楽曲

「 琥珀の愛 / 空を見上げて~英雄伝説 空の軌跡 ボーカルバージョン~ / Copyright © Nihon Falcom Corporation 」






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