閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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102話 最後の準備

 

 

「ここが帝都ヘイムダルか」

 

 クロスベルで行った入国審査と同じように共和国人でありながら、あっさりと通った事に青年は驚く。

 

「胡散臭いバイトだと思ったが、こりゃあ大当たりだったな」

 

 手の中にある共和国政府の通行証の効力を実感した青年は自画自賛する。

 その仕事はたまたま青年がカルバード共和国首都イーディスに訪れていた時に見つけた案件だった。

 仕事内容は簡単な荷運び。

 ただし期日は極めて短く、用意された導力車ですぐに出発しなければならないほど。

 しかも行先はエレボニア帝国の首都ヘイムダル近郊のリーヴス。

 帝国と共和国間で緊張がある中での国を跨いでの運搬のリスク。

 昼夜問わずに導力車を走らせる労力と期日。

 その分報酬は良いのだが、共和国政府を騙った詐欺ではないかという懸念もあった。

 しかし、その不安も通行証による特別扱いで杞憂で済んだ。

 

「ククク……ここまで辿り着けばもうリーヴスは目と鼻の先だな」

 

 急いだ分、余裕ができた青年は嬉しそうに笑う。

 

「この仕事の報酬がもらえれば……諦めていたあの車種に手が届く。いくつかのパーツを買う余裕だってできる」

 

 青年はすでに仕事を成功させた気分になって未来に思いを馳せる。

 

「しかしまだ午前中だって言うのに随分と賑わっているな……

 明日から夏至祭って祭りがあるらしいが……少し観光して行っても良いかもしれねえな」

 

 来たことがない新天地に青年は好奇心が刺激される。

 

「それにしても祭り……荷物の宛先は学校……そんでもって積み荷は……これは……見極める必要がありそうだな」

 

 青年は意味深な笑みを浮かべ――腹の虫を鳴らした。

 

「…………とりあえず車をどっかに止めて朝食でも探すか」

 

 誰にも聞かれていないが気恥ずかしさを覚えた青年はそそくさと導力車に乗り込むのだった。

 

「あら……?」

 

 エレインは聞き覚えのある声に、ここにいるはずのない声が聞こえたような気がして振り返る。

 しかし、そこには思った人影はなく。一台の導力車が動き出しているだけだった。

 

「どうしたエレイン?」

 

 突然足を止めたエレインをルネが振り返る。

 

「…………今、ヴァンの声が聞こえたような気がしたんだけど」

 

「ヴァンの? 気のせいだろ。共和国内ならともかくここは帝国だ……

 あいつがここにいるはずないだろう?」

 

「…………そうね」

 

 ルネの言葉にエレインは後ろ髪を引かれながら頷く。

 

「ごめんなさい。それよりも東地区の昏睡事件の家はここね?」

 

 エレインは思考を切り替えて公安七課の遊撃士となり、仕事に向かうのだった。

 

 

 

 

 7月14日――

 トールズ第Ⅱ分校の生徒たちはその日は朝から慌ただしく動き回っていた。

 明日から始まる特別演習の準備に生徒たちが追われている一方で、アッシュを除くⅦ組とⅠ組はグラウンドでそれとは異なる作業をしていた。

 

「えっと……これをこうして……」

 

「この配線はこっちだな」

 

 手分けした作業は順調に進む。

 テーブルを組み立て、その下にオーブメントを設置して固定していく。

 穴があった天板にはオーブメントが設置されたことで、導力コンロとしての形が整い、さらに補助具を設置して完成する。

 

「これで完成かな?」

 

 仕様書と見比べながらリィンはみんなで組み上げた大型導力コンロの確認をする。

 

「ええ、見ていた限り特に問題はなかったわね」

 

 リィンの呟きに肯定して合格を出したのは、それを持ち込んだアリサが合格を告げる。

 

「ありがとうございます……

 それにしてもこんな立派な導力コンロが数日でできるなんて、ラインフォルトは凄いですね」

 

「まあ、うちのスタッフは優秀だからね……

 って言いたいけど、今回のは造りは単純だし、ティータちゃんの図面が良かったからよ」

 

 アリサは謙遜をしながら説明をする。

 

「とりあえず焼き型用の金型は試作と予備も併せて三組ずつ持ってきたけど……

 火口は三つ。一度に三つの金型で調理ができるようにしてあるから、それくらいあれば何とかなるでしょ?」

 

「ええ、十分だと思います」

 

 一つの金型で同時に五個の焼き菓子を焼くことができる。

 アリサが用意してくれた導力コンロならば一度の工程で15個の焼き菓子が作れる計算であり、素人考えにはなるが十分だとリィンは頷く。

 

「それにしても屋台か……トリスタでの学院祭を思い出すわね」

 

 リィン達の作業を見守っていたアリサは二年前の事を、もう遠い昔の出来事のように懐かしむ。

 

「アリサさんたちは……屋台ではなく演奏会をやっていたはずですよね?」

 

「そうだけど……屋台をやるかって話もあったし、それこそ他のクラスのお茶屋とか行ったりもしたわよ」

 

「一番盛況だったのはティルフィングの体験操縦だったよね」

 

 アリサの言葉にセドリックが口を挟む。

 

「あれは反則よ」

 

 セドリックが振った話題にアリサは唇を尖らせてそっぽを向いた。

 

「それじゃあスイッチ入れるわよ」

 

 屋台を完成させたユウナは新品なオーブメントのスイッチを入れる。

 

「ユウナさん、気が早いのではないでしょうか?」

 

「そう? どうせ鉄板が温まるのには時間が掛かるんだから別に良いんじゃない?」

 

 アルティナとユウナのやり取りを聞きつつ、リィンはアリサに提案する。

 

「せっかくですから食べていきませんか?」

 

「そうね……夏至祭の間は帝都にいるけど、流石に屋台まで食べに行く余裕はないと思うから……

 好意に甘えさせてもらおうかしら」

 

 リィンの提案にアリサは頷く。

 ならばさっそく、組み上げた新しい屋台で準備をしようとリィンが足を踏む出す、とそこで《ARCUS》が鳴った。

 一言断って、通信を開く。

 

「トワ教官、どうかしましたか?」

 

『リィン君、今どこにいるの?』

 

「グラウンドです。アリサさんが屋台の機材を持って来てくれたので仮組と試作を作っているところですが」

 

『そっか……それじゃあ今からそっちに行くから』

 

「何かあったんですか?」

 

『カルバード共和国からリィン君にお客さんが来てるの……

 詳しい事をその人に聞いてね』

 

 伝えるべきことは終わるとトワとの通信は切れる。

 

「カルバード共和国からリィン君にお客さん?」

 

「このタイミングで?」

 

 横で聞いていたセドリックとアリサは首を傾げる。

 

「…………たぶんエミリアさんに頼んでいた件だと思うんですけど」

 

 考えても仕方がないと、作業を続けながら待つこと数分。

 グラウンドに一台の導力車が乗り入れ、真っ直ぐにリィン達の下に向かってくる。

 

「あの車種は確かに共和国のものね」

 

 近づいて来る車をアリサが品定めしていると、その導力車はリィン達の前で停車する。

 

「どうも、カルバード共和国の『何でも屋』ヴァン・アークライドだ」

 

 導力車から降りた青年――ヴァンは一同に名乗る。

 

「君がリィン・シュバルツァーだな? 共和国政府から君にお届け物だ」

 

「共和国政府……やはりエミリアさんの……」

 

「心当たりがあるなら話は早いな……さっそく荷物を確認してくれ」

 

 ヴァンはそう言って導力車の後ろに回ると荷台の扉を開く。

 荷台を覗き込めば、そこには五個の箱がそこにはあった。

 

「龍來産の餡子200クリム(㎏)だ。まずは確認してくれ」

 

「200クリム…………ミュゼ……?」

 

「共和国の注文はエミリアさんにお任せしたのでわたしに言われても……」

 

 持ち込まれた材料の量にミュゼも目を丸くする。

 

「200クリムって……いったいいくつ作れるのかしら?」

 

「そもそも七種類あるんだ。これだけがあってもな……」

 

 ユウナとクルトは頭の中で計算して顔をしかめる。

 

「どうしてこうなるんだ……

 俺は懇親会の時のバーベキューみたいにちょっとやれば良いと思ってたのに」

 

「夏至祭で余れば茶道部と料理研究会で利用しますので、そこまで悲観しなくても大丈夫ですよ」

 

 頭を抱えるリィンにミュゼは気休めのフォローをする。

 

「ま、そっちの都合はともかく中身の確認をしたら受領のサインをくれるか?

 それを受け取らないと報酬がもらえないからな」

 

 ヴァンはリィンの嘆きをスルーして仕事を果たす。

 

「この量の餡子に尻込みするのは分かるけどな……

 やっぱり明日から帝都で始まる夏至祭での出し物なのか?」

 

「そうですけど、屋台を出すのは二日目だけなんですよ」

 

「なるほど……

 それじゃあ一日でこれだけの量を使い切るのは難しいか……

 しかも帝国じゃ馴染みの薄い餡子を使った……たい焼きなんて随分とチャレンジャーだな」

 

「ヴァンさんはその“たい焼き”というものを食べたことはあるんですか?」

 

「まあな……これでも食べ歩きが趣味でな」

 

「だったら最後の試作品を食べていきますか?」

 

「お……?」

 

「今、屋台に使うオーブメントを試していたところなんです……

 ヴァンさんがこの後に時間があるなら是非」

 

 もう一つでも多く消費しようとリィンは考えてヴァンを誘う。

 

「この後はこっちに来ているエミリア中尉に政府からの手紙を渡して、ヘイムダルの帝国政府に今日中に手紙を届ける程度だからな……

 積み荷を運んできた誼だ。その依頼、引き受けるぜ」

 

 ヴァンはこの後の予定を思い出しながら答える。

 仕事の完了は帝国政府への配達まで、しかも夏至祭が終わるまでの宿についても共和国が帝国に打診して用意してくれている。

 なので荷物をリィンに渡した時点でヴァンの仕事は九割終わっていて、時間的な制限も特にない。

 そして何より、二日の強行軍でクロスベルもケルディックもヘイムダルも、最低限の補給だけで素通りしたヴァンは甘味に飢えていた。

 

「だが言っておくが、俺はスイーツにはうるさいぜ」

 

「はは、それは頼もしいですね」

 

 自慢げに胸を張るヴァンにリィンは苦笑して、鉄板が温まった屋台へ向かい作業を始めるのだった。

 

「へえ……

 学生が用意した割には随分と本格的じゃねえか」

 

 作業台を見たヴァンは感心する。

 

「導力ネットを利用して、そちらの文化を研究したみたいよ……

 これはうちがラインフォルトが作ったけど、図面を引いたのはここの学生よ」

 

「ほう……こっちの学生は大したもんだな。俺の時は……いや、いいか」

 

 アリサの言葉にヴァンは自分の頃を懐かしむ。

 そうしている一方でリィンは導力コンロで熱した鉄板に油を塗り、まずは生地を落として焼き始める。

 辺りに甘く香ばしい匂いが漂い、ヴァンはその匂いに期待を膨らませる。

 

「ん……」

 

 三組六枚の鉄板で生地が程よく焼けたところでアルティナがリィンに切り分けた餡を差し出す。

 

「ありがとう」

 

 それを流れるように受け取ったリィンはその一つ一つを丁寧な手付きで片側の生地に乗せていく。

 そして二つの鉄板を閉じて、開く。

 二つ、別々に焼かれた生地はうまく合わさってデフォルトされた騎神の顔が出来上がる。

 

「……あのクロスベルの悪魔がこんなかわいくなるとはな」

 

 思わずヴァンは苦笑を浮かべる。

 

「う……」

 

 その言葉にキーアが胸を抑えて小さく呻くが一同は見ない振りをする。

 

「よし、完成だ」

 

 リィンは鉄板から出来上がった騎神焼きを大皿に移してテーブルに置いた。

 

「へえ……よくできてるじゃない」

 

「これは期待できそうだな……ってどうした?」

 

 アリサとヴァンは出来上がった騎神焼きを褒めるが、学生たちの反応が薄いことに首を傾げる。

 

「気にしないで……ちょっとこの数日で食べ飽きただけですから」

 

 唸るようにユウナが一同の意見を代弁する。

 

「今の僕たちだと正しい評価はできないので、まずは御二人の感想をお願いします」

 

 先入観を持たせないためにクルトが二人を促す。

 

「そういうことなら私たちが一番最初のお客さんって事かしら?」

 

「そいつは責任重大だな」

 

 学生たちのどこか遠い目にアリサとヴァンは懐かしさを感じて苦笑しながら、“騎神焼き”を受け取る。

 

「それじゃあ……いただきます」

 

 アリサは上品に受け取った騎神焼きに口をつける。

 

「見極めさせてもらうぜ。帝国の可能性って奴をな」

 

 ヴァンは香ばしい匂いをまず鼻で堪能してからかぶりつく。

 

「おお、口に広がる餡子の甘味……

 これは市販品をそのまま使ってるわけじゃないな」

 

「帝国には市販品はないからヴァンの言っている味は分からないけど、餡子のレシピはキーアが考えたんだよ」

 

「ほう……大したもんだ……」

 

 キーアの主張に感心しながらヴァンは二口目を味わう。

 

「生地はしっとりとした薄いパン生地……

 その生地も程よく甘く、餡子の甘味と嫌味なく絡み合い融合している」

 

 ヴァンは天を仰ぎながら続ける。

 

「少し大雑把な造り、洗礼さが足りない素人ぽさはあるが……それが学生の“熱”を……気持ちを感じさせる」

 

 程なくして完食したヴァンは息を吐き、リィンに向き直る。

 

「帝国の可能性……たしかに魅せてもらったぜ」

 

「えっと……お口に合ったのなら良かったです」

 

 ヴァンの感想にリィンは引きながら礼を返す。

 

「ふふ……アークライドさんに全部言われてしまったわね」

 

 アリサはそんなヴァンに苦笑する。

 

「ま、強いて意見を出すなら俺にはちょっと小さめって感じたくらいだな……

 学生が祭りで出す出し物とすれば十分に及第点だと思うぜ」

 

「大きさですか……それは確かにちょっと考えてなかったですね」

 

「大きさを変えるのは型から図面を引き直す必要があるから、夏至祭の二日目までに間に合うかしら?」

 

 ヴァンの意見にリィンとアリサは考え込む。

 

「いや、小さいなら考えなくても良いんじゃないか?」

 

 そんな二人にクロウが意見を出す。

 

「元々“騎神焼き”は複数の味を出す予定だったんだ……

 小さいっていうなら数で補えば良いだろう」

 

「へえ、餡子以外にも味があるのか?」

 

 クロウの言葉にヴァンは興味をそそられる。

 

「他の味も試してみますか?」

 

 興味津々と全身で訴えているヴァンにリィンは提案する。

 

「いや……その提案は嬉しい……が、一人のスイーツ愛好家として甘えるわけにはいかない」

 

 誘惑を振り払うようにヴァンは頭を振る。

 

「今は幸いなことに懐も温まっているしな……

 他の味は客として改めて堪能させてもらうことにするぜ」

 

「……そうですか」

 

 矜持を掲げて遠慮するヴァンにリィンは納得する。

 

「さて、これ以上ここにいたらスイーツの誘惑に負けそうになるから、次の仕事に行かせてもらうとするか」

 

「エミリアさんへの手紙でしたよね? 彼女でしたら、今は併設されている駅ホームにいると思います」

 

「ありがとよ、それじゃあ祭りの当日を楽しみにしているぜ」

 

 そう言ってヴァンは導力車に乗り込んで去って行った。

 

「さてと……それじゃああたしもそろそろ行くわね」

 

 ヴァンを見送った後、アリサは時計で時間を確認しながら切り出した。

 

「アリサさん、わざわざありがとうございました」

 

「気にしなくて良いわよ……あなたが“ノイ”と“リン”の化身なら勝手だけでⅦ組の仲間だって思ってるから」

 

「アリサさん……」

 

「学生の時は力がなくて、今は会社が忙しくてこの程度の支援しかできないのが歯がゆいんだけど」

 

 アリサはため息を吐く。

 ラインフォルトの社長代理となり、《騎神》の戦いに自分がどう介入できるか考えたきたが、終ぞその答えは出ることはなかった。

 

「アリサ、実は……」

 

 そんなアリサにセドリックは言いづらそうにしながら言葉を掛ける。

 

「シャロンの事ね? エマから聞いてるわ」

 

「ええ、ただどういう状況でオズボーン宰相に従っているのかは分かりませんが」

 

「そ……でもとりあえず生きていてくれただけでも良かったと考えておくわ」

 

 アリサは姉のような存在の生存を確認できたことをまず喜ぶ。

 

「そうそうセドリック。あたしは夏至祭が終わったらラインフォルトを辞めて本校の技術顧問になるからよろしくね」

 

「え……?」

 

 突然のアリサのカミングアウトにセドリックは目を丸くする。

 

「エマからの話を聞いて思ったけど、これから起きる事に備えるためにはやっぱりラインフォルトの社長って立場は邪魔だと思うのよね……

 幸い会社は今安定しているし母様の調子も良いから、ラインフォルトは母様に任せるつもり」

 

「イリーナさんがそれだけ回復したのは良い事かもしれないけど、本当に良いのかい?」

 

「別に本当にラインフォルトと縁を切るわけじゃないわよ……

 全部が終わったら戻るつもりだし、母様との話し合いも済んでいるわ……

 ただ何かが起きたときにあたしを理由にラインフォルトが責められる事がないようにしておきたいのよ」

 

「アリサ、僕たちは……」

 

「皆まで言わないでよクリス……

 騎神の戦いだけじゃない。あたしはシャロンを……取り戻さないといけないの……

 これは貴方達に任せられないあたしの戦いなんだから」

 

「そうか……そうだね……」

 

 アリサの言葉にセドリックは元クラスメイトとして頷いた。

 

「…………あ」

 

 と、リィンが漏らした言葉にアリサとセドリックは首を傾げた。

 

「そうか……そういえばイリーナ先――イリーナさんはアリサさんのお母さんだったんだ」

 

「待ちなさいリィン」

 

 独り言を呟き、納得するリィンにアリサは呼び止める。

 

「今、あなた母様の事を何て呼ぼうとしたの?」

 

「それは…………」

 

 詰め寄ってくるアリサからリィンは思わず目を逸らすが、彼女の剣幕に耐え切れず口を開く。

 

「イリーナ先生はトールズ第Ⅱ分校に入学すると決めてから勉強を教えてくれた先生……です……」

 

「…………母様が先生っ!? 何で!? いや、そういえば母様の療養で半年くらいユミル過ごしていたけど……」

 

「アリサ……」

 

 それは大事な事ではなかったのかとセドリックはアリサに呆れた眼差しを送る。

 

「ち、違うのよ……

 確かその頃は第Ⅱのアンヘル小要塞の建築や機甲兵の配備とかで忙しくてちょっと母様と連絡が取れなかった時期で……」

 

「アリサさん……」

 

 言い訳を捲し立てるアリサにリィンは哀れさから目を伏せる。

 

「っ~~~~ちょっと失礼」

 

 二人からの視線に耐えられなくなってアリサは《ARCUS》を取り出すと慣れた指使いで登録していた番号を呼び出す。

 待つこと数秒――

 

『何かしらアリサ、これから会議なのだけど?』

 

 イリーナの声がアリサの《ARCUS》から聞こえてくる。

 

「どういうことなの母様! リィンに勉強を教えていたって!?」

 

『突然連絡してきたから何だと思ったら、その程度の事のために通信をしたの?』

 

 激情を露にするアリサに対してイリーナの声は淡々としたものだった。

 

「その程度って……それでリィンに勉強を教えていたって本当なの?」

 

 アリサは努めて冷静に質問する。

 

『ええ、テオさんには……シュバルツァー男爵にはお世話になっていたからそれくらい当然のお返しでしょう?』

 

「……どうしてあたしに教えてくれなかったの?」

 

『どうして貴女に教える必要があるのかしら?』

 

「母様!?」

 

『リィン君をシュバルツァー家の養子に迎え入れる事はシュバルツァー男爵家の問題であって、逗留していた私が口を出すことではなければ吹聴するようなことでもないわ』

 

「…………あ……」

 

 イリーナの言葉にアリサは気付く。

 《Ⅶの輪》で《騎神》の加護下で記憶の保持ができているアリサと違って、イリーナは以前の“彼”の記憶を喪失している。

 だからリィンとアリサを結び付ける事なく、彼女の中ではアリサにリィンの事を報告するよう間柄ではない。

 

『リィン君からどんな風に聞いたか知らないけど、彼のおかげでなかなか楽しい湯治だったわ』

 

 その声はアリサが聞いたことがないくらいに柔らかく、優しさが籠っていた。

 そしてそんな楽し気な母に勉強を教えてもらっていたというリィンにアリサは形容しがたい感情が込み上げてくる。

 

「ぐぬぬ……」

 

『アリサ、貴女もしかして……ふふ……』

 

「……何よ?」

 

 途中で言葉を止めるイリーナをアリサは訝しむ。

 

『何でもないわ。でもそうね……強いて貴女に報告するようなことがあるとすれば……』

 

「あるとすれば……何よ?」

 

『男の子も悪くないわね』

 

 アリサは無言で《ARCUS》の通信を一方的に切った。

 そしてその場に膝から崩れ落ちた。

 《ARCUS》は手から零れ落ち、両手を大地に着いたアリサは――

 

「…………母様が…………母様がリィンに寝取られたっ!」

 

「人聞きの悪いことを叫ばないでくださいっ!」

 

 アリサの慟哭に、リィンは全力で叫び返すのだった。

 

 

 

 

 

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