「それじゃあ僕はパレードに行きます……
何か進展があれば連絡してください」
会議は解散となり、セドリックが離脱する。
「さてと、三つの事件か……どれから手をつけるかね」
渡された資料に視線を落としてクロウは呟く。
「それは当然アストレイア女学院を中心に起きている幽霊騒動をまず調べるべきだろ」
「黙れシスコン」
即答したリィンの提案をクロウは一言で切って捨てる。
「待ってくれクロウ。これは別に公私混同をしているわけじゃない」
「ほう……言ってみな」
胡乱な眼差しを向けてクロウはリィンに続けろと促す。
「幽霊騒動から調べるべきだと言うのは、まずこの演習地にエリゼ姉さんがアルフィン殿下の付き人として来ているからだ……
パレードが始まったらアルフィン殿下と一緒に行動するらしいから、今すぐ話を聞いておくべきだと思うんだ」
「……ま、そこは確かにそうだな……
つうわけだから……ミュゼ。お前がエリゼに話を聞いてこい」
「はい、分かりました。行ってまいります」
クロウの指示にミュゼが離脱する。
「クロウ、それならティータやラッセル博士たちにも話を聞いておくべきじゃないか?」
「お……?」
クルトの提案にクロウは確かにと頷いた。
「じゃあクルト。言いだしっぺとしてお前がティータたちに話を聞いてこい」
「分かりました」
その指示にクルトは頷いてその場から離脱した。
「さてと……それじゃあ二人が戻ってくる前にアランドールの調査の共有と役割分担を決めるか」
慣れたその様子にⅠ組のクリスやフリッツたちは感心する。
「随分手馴れてますね」
「そりゃあな。何だかんだで特別演習も四回――」
「流石、学年が下がっただけありますね」
クリスの言葉にクロウは固まった。
「他の誰かはともかくテメエにだけは言われたくねえよ」
クロウはクリスを探るように睨む。
果たして目の前の彼がどちらなのか、クロウには判別できなかった。
「今に見てろ、今年で単位を取りまくって一足先に卒業してやるからな!」
「はっ! そいつは夢を見過ぎだろうパイセン」
「そもそも今年もちゃんと進級できるの?」
クロウの言葉をアッシュとユウナが笑い、心配する。
「うるせえ! それよりもさっさと演習を確認するぞ」
揶揄う言葉を振り払い、クロウは渡された資料に目を通す。
「地震は……先月のカイエンのおっさんが暴れた以降に起きてるのか?」
「結社の実験がその時期から始まったとするなら、辻褄は合いますね」
その情報にアルティナが考察する。
「地震の頻度は……一か月前は一日に一回か二回……それが今だと一日に十回?」
「それは確かに異常ですね」
「ヘイムダルは地震が多い地域ではないし、リーヴスで地震なんて感じたことはなかったよな?」
リィンはこの一か月間の生活を思い出して――
「…………ダメだ。博士たちの爆発のせいで地震があったのかも分からない」
頭を抱えて当てにならない記憶を嘆いた。
「ともかくこれは帝都の地下道を中心に捜索するみたいだな……
協力者はサラとエマ。それからオズボーンの騎士もつけてくれるらしいな」
「エマがいるなら霊脈の流れは見えるから、キーアは他の場世を担当した方が良いのかな?」
「そうだな……霧の魔獣の事件は手掛かりが少ないみたいだからキーアの目はそっちの方が活用したほうが良いだろう……
そっちにはロイドもいるしな」
「べ、別にキーアはロイドと一緒が良いって言うつもりはないよ」
「キーアちゃん、そんなこと言ったらロイド先輩が泣いちゃうよ」
「えっ!?」
ユウナの言葉にキーアは思わず唸る。
「えっとキーアは別にロイドの事が嫌いになったわけじゃなくて……」
「うんうん、分かってる分かってる……成長したわねキーアちゃん」
感慨深くユウナはキーアの変化を受け止める。
「協力者はロイドの他にエレインとルネか……随分と偏らせているな……
サンクト地区はマキアスがリーヴェルトを中心にした憲兵隊と一緒か……
帝都の地下に黒騎士達を派遣しているなら妥当か?」
クロウは資料を読みながら考え込む。
「班を三つに分けるならどういう班分けにするかが問題だな」
「霧の魔獣の捜索にキーア君を割り振るならⅠ組を中心にメンバーを作るとして」
「三つ目のメンバーはⅠ組とⅦ組で数人ずつ出し合うのが妥当じゃないかしら」
「いや、まずは二手に分かれて地上の事件について調査するぞ」
Ⅰ組の二人の提案をクロウは首を振って否定する。
「クロウ先輩、その理由を説明して頂いてもよろしいですか?」
エイダは自分の考えを否定したクロウに噛みつくように言葉を返す。
「この事件がアランドールが睨んだ通りに裏で繋がっているなら、その犯人は同じかその一派って事になる……
なら最初にその犯人と地上で接触できれば、地下での調査の足掛かりにできるはずだ……
それに帝都の地下は俺も利用したことがあるが広大で複雑に入り組んでいる……
いくらエマの霊視があるからって、単独パーティで調査するには効率が悪いだろ?」
「な、なるほど……」
着崩した制服の風体と学年が下がった男から出てきた正論にエイダは思わず怯む。
「午後になればセドリックの奴も呼べるかもしれない……
ああ、どうせならあそこで暇そうにしているゼリカとユーシスも巻き込むか?
あいつらは士官学院の引率が終わったらやることないだろうし」
「ク、クロウ……?」
躊躇せずに部外者を巻き込もうとするクロウにリィンは戸惑う。
「大丈夫だって、調査の中心がアストライア女学院だって聞けば二つ返事でゼリカなら了承する……
ユーシスの方は……あいつの兄貴でも巻き込めば付いてくんだろ」
「なんか……クロウが別人みたい……」
「何か悪いものでも食べましたか?」
積極的なクロウに違和感を覚え、ユウナとアルティナは訝しむ。
「お前らなあ……」
Ⅰ組だけではないⅦ組の悪い反応にクロウは項垂れる。
「日頃の行いって奴だな」
「てめえにだけは言われたくねえぞアッシュ」
*
その日は夏至祭が間近に迫り会議が長引いてしまった日だった。
生徒会の仕事を済ませ、エリゼが学園を出た頃は黄昏時。
エリゼの耳に響いたのはリュートの音色と軽薄な言葉だった。
「そこを行くお嬢さん。どうだいこれから僕とお茶でもしないかい?」
「は……?」
振り返ればそこには不快と感じる青年がいた。
その青年の姿を――顔を見てエリゼは不快な第一印象から嫌悪を感じると同時に恐怖を思い出す。
白髪の髪。灼眼の赤い瞳。
何故、その二つにこれ程までの恐怖を感じているのかエリゼは理解できない。
しかし軽薄なナンパ男に弱みを見せたくないとエリゼは気を取り直す。
「ふむ、聞こえなかったかい? そこの黒髪のお嬢さん、もし良ければこれから僕とお茶をしないかい?」
「謹んでお断りします」
「……いや……でも……」
「貴方のような軽薄な男性と仲良くする気はありません」
「そ、そうかい……」
エリゼの拒絶に青年はがっくりと肩を落とす。
その哀愁漂う姿に嫌悪感よりも別の感情が芽生えそうになるが、それをぐっと堪えて女学院の生徒会長としての仮面を被る。
「近頃、学園の近辺でナンパが頻発しているというのは貴方ですね?」
「ぐふ……待ってくれエリゼ君。君にそのような目を向けられたら僕は……僕は新しい何かに目覚めてしまいそうだ」
エリゼは一層軽蔑の眼差しを青年に送る。
「学生たちは貴方の存在に迷惑しています……
明日以降、貴方を見かけたら憲兵隊に通報します」
エリゼは返事を聞かずに青年に背中を向けた。
「それではさようなら」
そのまま振り返らずにエリゼは歩き出す。
正門の先、坂を下りてエリゼは奇妙なほどに静かな青年に、後ろ髪を引かれる気持ちで振り返った。
「…………え?」
そこには誰もいなかった。
正門とエリゼの間の短い距離の間に脇道はなく、身を隠せるような物陰もない。
なのにあの軽薄な青年の姿はどこにもなく、それどころか……
「あれ……私は今、どんな人と話をしていたのかしら?」
誰かと言葉を交わしていたことは覚えている。
しかし彼の顔も姿もついさっきの出来事だというのにエリゼは頭の中に靄が掛かったように思い出すことができない。
「っ……」
それはまるで幽霊のように何の痕跡も残すことなく、消え去ってしまった。
*
「そうか……」
ミュゼが聞いてきたエリゼが経験した怪奇現象にリィンは静かに頷いた。
「リュートに……ナンパな幽霊……」
「それってまさか……」
「おそらく間違いないだろうな」
「っていうかそんな奴がこの世に二人もいてたまるか」
同じく一人の青年を連想してしまったⅦ組はその報告を聞いただけで疲れたと言わんばかりに肩を落とす。
「リ、リィンさん……大丈夫ですか?」
「大丈夫だミュゼ……俺は冷静だ……
冷静に……一昨日の夜に斬り捨ててなかった事を後悔しているだけだ」
リィンは苛立ち鯉口をガチガチと鳴らして彼への殺意を昂らせる。
「…………あのこの事件は本当に《結社》の実験なのでしょうか?」
アルティナが浮かんだ疑問を口にする。
「俺に聞くな。俺はアランドールの資料を読んだだけだ」
「珍しく的を外したんじゃねえか? あのスチャラカ演奏家が帝都に地震を起こして何かしようってタイプじゃねえだろ?」
「甘いぞアッシュ!
あの男がすることは常に最悪を想像しろ! あいつは必ずその斜め上を行くんだ!」
「うぜぇ……熱くなってんじゃねえよ」
興奮するリィンにアッシュはうんざりだと距離を取る。
「ともかくマキアスさん達と合流しましょう……
女学院の前で良いんですよね?」
「ああ、ただしお前たちだけで行ってくれ」
クルトの確認にクロウは頷き、別行動を提案する。
「クロウ、それはどうして?」
「俺は先にサラ達に今決めた方針を伝えてくる……
ついでに地下捜索の最初の当たりを調べておく。つうわけで後は任せたぜ、ゼリカ」
「うむ、任された」
クロウの言葉に同行者となったアンゼリカが頷く。
「まあ……アンゼリカさんが増えたから人数的にはクロウが抜けても問題ない……のかな?」
「エリゼ姉さんが通っている女学院にクロウみたいな軽薄な男を近付けさせるわけにはいかないからな」
「うーん……でも……」
「どうかしましたかミュゼさん?」
考え込むミュゼにアルティナが首を傾げる。
「サラさんへの報告なんて《ARCUS》で済ませれば良いですよね」
「それもそうだな……」
ミュゼの言葉にクルトは頷き、立ち去ろうとしたクロウの足が止まる。
「そういや機甲兵レースの順位予想の懸賞の締め切りは今日までだったよな?」
「付け加えるなら競馬場では夏至祭レースも行われるね」
アッシュの呟きにアンゼリカがさらなる追加情報を加える。
「クロウ……まさかサボるつもりじゃないだろうな?」
「ははは、それじゃあ調査は頑張って来いよっ!」
リィンに睨まれたクロウは肯定も否定もせず、止める間もない逃げ足でその場を去って行った。
「…………逃げたな」
「逃げましたね」
遠ざかっていくクロウの背中にリィンとアルティナはため息を吐くのだった。
「ふふ、随分と調子を取り戻したじゃないか」
そんなクロウの様子をアンゼリカは笑って済ませる。
「アンゼリカさん……」
「心配することはあるまい……
たしかにサボリ癖がある男だが、任された仕事を放り出すほど無責任な男でもない……
それよりも我々は一刻も早く聖アストレイア女学院の平和を取り戻さなければならないはずではないかね、リィン君?」
「確かにそうですね」
アンゼリカの指摘にリィンは迷いなく即答をした。
「リィン……」
あっさりと誤魔化されたリィンにクラスメイト達は呆れたため息を吐く。
一方で――
「さてと……」
トールズ第Ⅱの陣地から離れたクロウは周りからの注目を集めていた。
「おい……あれって……」
「ああ、学年が下がったっている《貴族連合》のクロウ・アームブラストだ」
「《蒼の騎士》……聞いています。あまりにも成績が悪くて卒業できずに一年生に入学し直した不良生徒だと」
「帝国人の恥だな」
「おいおい、クロウ・アームブラストはジュライ人だろう。学年が下がった男を帝国人と扱うなんて侮辱だぞ」
「それじゃあジュライ人ってみんなああなの?」
「一緒にするな。アームブラストはジュライにとっても裏切り者だ! ジュライ人で学年が下がったのあいつしかいないんだ!」
耳に届く身勝手な言葉をスルーしながらクロウが目指したのはクロスベル軍警察学校の陣地。
「よう! 久しぶりだな元貴族連合の《総参謀》のルーファス・アルバレア」
周りの注目を無視してクロウは気安いノリでルーファスに話しかける。
「…………おや、何か用かねクロウ・アームブラスト君?」
「ああ、ちょっとな……」
秘書らしき男女を二人従えたルーファスにクロウは本題に入ろうとして首を傾げた。
「あんた、そんなに線が細かったか? それに心なしか背が縮んでいるような気が……」
「ははは、面白いことを言うね、クロウ君……
私がルーファス・アルバレア以外の何に見えると言うのかね?」
「いや……どっかどう見てもルーファスなんだろうけど?」
一昨日の晩餐会で顔を合わせた時と何かが違うと感じてならない。
「なんだろうけど……」
ルーファスの立ち姿に言葉では言い表すことができない色気を感じてしまいクロウは戸惑う。
「いやいや、俺はノーマルだ!」
「クロウ君?」
「何でもない!」
女はもちろん男すら惑わす貴族の貴公子の魅了を体験したクロウは気の迷いを振り払い、本題に入る。
「あんたこの後は暇だろ?
帝都の地下の探検に興味はないか?」
「ふむ……帝都の地下か……」
「晩餐会に乱入してきたワイスマンが何かしているみたいだぜ……
お前の弟のユーシスも参加させるし、あいつはお前と話したがってたぞ」
「晩餐会の……」
「そいつの事は聞いている。元結社の使徒、ゲオルグ・ワイスマンの事だろ?」
ルーファスがクロウの言葉を吟味していると、後ろから秘書の少年が口を挟む。
「ゲオルグ・ワイスマンか…………ああ、確かに私も気になっていた。ナーディア君。予定は?」
「えーとね……」
ルーファスは背後の秘書の少女にスケジュールを確認させる。
ナーディアと呼ばれた少女は《ARCUS》を開き、少し長めに操作して……
「うん。午後からなら問題はないって」
「そうか。ならば私も参加させてもらうとしよう……ただ少し所用があるので後で合流させてもらうとしよう」
「なら集合場所が決まったら連絡するから《ARCUS》の番号を教えてくれ」
クロウはルーファスと《ARCUS》の番号を交換した。
「さてと……次は……まずは競馬場だな。それからヴィータがいそうなところは……」
そして学生たちの演習場から帝都へと軽い足取りで足を向けるのだった。