閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

111 / 113
111話 帝都ヘイムダルⅨ

 

 

 

「来るがいい。《暴虐》のロストルム!」

 

 杭のオーブメントを背後に、琥珀色のアルカディスギアを纏った《OZミラージュ》を従えて《魔導使い》は高らかに声を上げる。

 輝く魔法陣から現れたのは両手に巨大な棍棒を携えた一柱の悪魔とそれが従える軍勢が広間に現れる。

 

「これが悪魔……」

 

「何体いるのよ!?」

 

 初めて見る悪魔にルネが顔をしかめ、一瞬で無数の悪魔たちに取り囲まれたサラは愚痴を叫ぶ。

 

「ふふ、どうだろうサラおばさん。これで数の優位はなくなったかな?」

 

《魔導使い》は勝ち誇るように語り掛ける。

 

「誰がおばさんよっ!」

 

 《魔導使い》の呼びかけにサラは激高する。

 

「サラさん、落ち着いて」

 

「あんな挑発に乗るな」

 

 マキアスとルネが興奮するサラをなだめ、エレインが問い掛ける。

 

「こんなものを呼び出すなんて貴方は《D∴G教団》の関係者なのかしら?」

 

「さて、どうだろうね?」

 

 《魔導使い》は首を傾げる。

 

「《グノーシス》を服薬したことはあるらしいが、果たして私は何者なのか……

 それを一番知りたがっているのは私自身ではあるのだが、君たちが教えてくれないかい?」

 

「意味が分からないことを……」

 

 薄っぺらな《魔導使い》の言葉にマキアスは顔をしかめる。

 

「君のような“悪魔”を使役しているような人間なんて知るわけないだろ」

 

 対峙しているだけで湧き出てくる嫌悪感を吐き出すまま、マキアスは《魔導使い》の問いかけを切り捨てる。

 

「君には様々なテロ未遂罪を始め、様々な嫌疑が掛けられている……

 大人しく投降したまえ」

 

「そういうわけにはいかないんだ……マキアス・レーグニッツ」

 

「ん……」

 

 《魔導使い》は魔導杖を構え、その横に《OZミラージュ》が銀の槍を構えて並ぶ。

 

「それじゃあ始めようか……私達の《相克》を!」

 

 マキアスが率いる公安七課と《魔導使い》たちの戦いがここに始まる。

 

 

 

 

 

 

「来い! 《暴食》のアルケニー!」

 

 杭のオーブメントを背後に、紺碧色のアルカディスギアを纏った《OZミラージュ》を従えた《c》は高らかに声を上げる。

 しかし警戒するものの、周囲に変化はない。

 

「――上やっ!」

 

 いち早くその変化を察したゼノが叫び、ルーファス達はその場から跳び退く。

 仄かな魔導の光が照らしていた天井が闇に染まり、その闇から降りてくるのは三体の蜘蛛が降りてくる。

 

「これは……」

 

「蜘蛛か……」

 

 レオニダスとユーシスは現れた禍々しい気配に顔をしかめる。

 

「これが聖典に記されている七十七の悪魔の眷属、《暴食》の三姉妹のアルケニーというものか」

 

 ルーファスはその知識から悪魔の存在を読み解く。

 

「君が“悪魔”に精通しているとは知らなかったよ《c》……

 あの頃の君とは見た通り、別人なのだろうね」

 

 ルーファスは三姉妹の蜘蛛を警戒しながら《c》に語り掛ける。

 

「まさか私たちに仲間意識があったとでも思っているのかしら?」

 

「デュバリィにしてくれた仕打ちと屈辱。倍に返させてもらうぞ」

 

 鉄機隊の二人は現れた蜘蛛など眼中になく、《c》を睨みつける。

 

「《神速》のデュバリィか……

 彼女の働きには感謝しているよ。彼女でなければ、君たちをこの場に誘導することはできなかっただろう」

 

 ルーファスが入ってきた通路の先を《c》は一瞥する。

 そこには先程まで彼らが戦わさせられていたデュバリィが倒れている。

 その物言いにエンネアとアイネスは不快に顔を歪めて、さらに言葉を返そうとするが、それを制して《c》が続ける。

 

「そもそも君たちが人を責められる立場かな?

 先のオルディスの乱にカイエン公に雇われた《西風の旅団》……

 それを陰ながら支援していた《身喰らう蛇》……

 人の事を蔑む前に自分たちの事を顧みた方が良いんじゃないか?」

 

「それは……」

 

「くっ……」

 

 《c》の指摘に図星を刺された二人は言い掛けた言葉を呑み込む。

 

「しかし、あまり趣味の良い招待状と言えないのは事実だろう?

 わざわざ私たちをこの場に誘導して、君たちをと邂逅させた……

 これだけでも本気で《グノーシス》を帝都に流出させようとしているわけではないことは分かるが、君たちは何を考えている?

 いや……君はいったい何者なのかね?」

 

「その答えに意味はない」

 

 ルーファスの問いに《c》は素っ気なく答える。

 

「《c》の仮面をつけていようと、つけていなかったとしても意味はない……

 いや、俺は本当に《仮面》を被っているのか?」

 

「お前は何を言っている?」

 

 《c》の意味不明な言葉をユーシスは訝しむ。

 

「さあな……その答えがこの実験で分かるのかもしれない」

 

「そんなくだらない事のために帝都の平和を脅かすだと」

 

 《グノーシス》を帝都に撒くという脅しに対して、あまりにも小さな願いにユーシスは苛立つ。

 

「外道が……どうやら伝え聞く《D∴G教団》の同類のようだな……

 ならばもはや躊躇いはない。ここで貴様を討たせてもらうとしよう」

 

「ふ……なら始めるとしよう……俺達の《相克》を!」

 

「んっ!」

 

 そう言うと《c》は身の丈を超えた長さの棍を構え、その横に《OZミラージュ》が銀の槍を構えて並ぶ。

 ルーファスが率いる元貴族連合達と《c》たちの戦いがここに始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「カモン! キングワルみっしぃっ!」

 

 杭のオーブメントを背後に、翡翠色のアルカディスギアを纏った《OZミラージュ》を従えたメカみっしぃは高らかに叫ぶ。

 

「な、何ですって!?」

 

 メカみっしぃの言葉にティオは目を剥いて驚く。

 暗く輝く魔法陣から現れたのは見上げる程に巨大で王冠を被った紫色のみっしぃだった。

 

「みいいいいいしいいいいいいいっ!」

 

 悪そうな目をしたみっしぃは咆哮を上げて、逆手に握ったナイフとフォークで力任せに床を叩き地響きを起こす。

 

「こ、これは紫色のみっしぃ!?」

 

「マジかよ!?」

 

 現れたキングワルみっしぃに呆然としていたロイドとランディは揺れる地面に慌てて態勢を保つ。

 一方で揺れる地面の直撃を受けたティオはそのまま膝を着き、魔導杖を投げ出して手を着いた。

 

「何ということでしょう……」

 

「ティオちゃ――プラトー。何をしている立て」

 

 《C》の呼びかけにティオは反応しない。

 

「なんということでしょう……」

 

 ティオは目の前の現実を否定するように頭を振る。

 

「あのかわいらしいみっしぃがこんな変わり果てた姿になってしまうなんて……

 これが帝国の強制労働によるものだと言うんですかっ!?」

 

「ティ、ティオ……? 本物のみっしぃは分校にちゃんといるよ?」

 

 キーアの言葉すら耳に届かず、ティオは嘆きながらわずかに顔を上げて、伏せた。

 

「くっ……あまりに痛々しくて直視できません」

 

「ティオすけ! しっかりしろ!」

 

 ランディはメカみっしぃたちから庇うようにティオの前に立って激励する。

 

「っ……すいませんランディさん……

 わたしはあの日、みっしぃの真実に触れた時、誓ったのに……

 全てのみっしぃを愛そうと……

 ですが……ですが……わたしにはこのみっしぃ達を愛することはできないんですっ!」

 

 ティオは悔しそうに石畳みを拳で叩く。

 

「ティオすけ……ん? それなら別に普通に戦えるんじゃねえか?」

 

 ランディの呟きは無視され、メカみっしぃがティオへと言葉を掛ける。

 

「MISHISHI……それが人の弱さであり限界ダ☆ ティオ・プラトー」

 

「メ、メカみっしぃ……」

 

「俺はこの世界の全ての人から“嫌悪”される因果を背負わされている……

 故に君のその反応は正しい。だからこそ君の因果を乗り越える事のできない《理》は《愛》に至ることはない」

 

「くっ……」

 

 メカみっしぃの言葉にティオは言い返す言葉が見つからず唇を噛む。

 

「嫌悪される因果……?」

 

「それはもしかしてキーアの逆?」

 

 ロイドとキーアは彼の言葉から気になる単語に顔をしかめる。

 

「所詮、君はエンジョイ・みっしぃで満足している一介のファンに過ぎない……

 ラブ・イズ・みっしぃを拒絶した時点で君はみっしぃへの《愛》を否定していたんだMISHISHI」

 

「みいいしししー!!」

 

 メカみっしぃとキングワルみっしぃが笑う。

 

「そんな……わたしは……」

 

「言わせておけば勝手なことを!」

 

 打ちひしがれるティオを庇う様にロイドが声を上げる。

 

「立つんだティオ! このまま言われっぱなしで良いのか!?」

 

「ですがロイドさん……わたしにはもう《みっしぃ博愛主義者》を名乗る資格がないんです」

 

「そんなことはない!」

 

 ティオの弱気をロイドは声を大にして否定している。

 

「俺たちはティオがどれだけみっしぃを愛しているか一番近くで見て来た!

 そこに例え間違いがあったとしても、やり直せば良いんだ!」

 

「ロイドさん……」

 

「そうだぜティオすけ。みっしぃの事でマウントを取られ続けているなんてらしくねえぜ」

 

「ランディさん」

 

「ティオ・プラトー。君はそのまま膝を着いて、あのみっしぃ達の暴挙を見過ごすと言うのか?」

 

「エ――《C》さん」

 

「キーアも手伝うよ!」

 

「キーア……」

 

 四人の言葉にティオは涙を拭い、震える体に喝を入れて――立ち上がる。

 

「皆さん! 力を貸してください! 彼を止めます!」

 

「MISHISHI……君にそれができるのかな?」

 

「わたしだけではありません。わたし達でみっしぃの愛を証明してみせます」

 

「MISHISHI、その意気や良し。それでは始めるとしよう……

 君と俺の最後の戦いになる《相克》を!」

 

「ん……」

 

 メカみっしぃが構えを取ると、その横に《OZミラージュ》が銀の槍を構えて並ぶ。

 更に巨大なキングワルみっしぃが開戦の前兆に雄叫びを上げた。

 特務支援課と《メカみっしぃ》たちの戦いがここに始まる。

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

「おい……何だ今の寸劇は?」

 

「よく分かりませんが、あれがへミスフィア卿の同僚ですか……」

 

 その場に少し前から援軍として駆けつけていた赤と青の守護騎士は、状況が呑み込めず困惑する。

 

「…………」

 

 青の守護騎士に話を振られるが、ワジ・へミスフィアは額に手を当てて項垂れていた。

 

「悪魔を操る相手がいるって聞いたが、あれは悪魔か?」

 

「たしかあの造形はクロスベルのマスコットでしたね、へミスフィア卿?」

 

 再び話しかけられるが、ワジはやはり答えない。

 

「はああああ…………」

 

 重い、重いため息を吐き出し、ワジは二人の同僚に提案する。

 

「ここはロイド達に任せて、僕たちは別の場所に行こうか?」

 

 

 

 

 

「フフ……よくぞここまで辿り着いた」

 

 何もない広間に辿り着いたオリビエ達を《怪盗紳士》ブルブランが出迎える。

 

「しかし残念なことだが、ここに君たちが望む宝物は存在しない」

 

「どうやらそのようだね」

 

 オリビエはブルブランの言葉に広間を見回して頷く。

 そこには杭のオーブメントもなければ、アルティナに似た姿の《OZミラージュ》もない。

 いるのは執行者の二人と、金の剣を携えた《ハーキュリーズ》が一人。

 

「クク……まさかお前がこんな場所に来ているとは思わなかったぜ、ジン」

 

「ヴァルター……お前は相変わらずのようだな」

 

 獰猛な笑みを浮かべるヴァルターにジンは顔をしかめる。

 

「しかし懐かしい顔ぶれだ……

 この場に我が姫君やヨシュアたちがいれば良かったのだが」

 

「それを言うなら貴方達の方にはルシオラ姉さんが足りないんじゃないかしら?」

 

 ブルブランの言葉にシェラザードが言い返す。

 

「はは、彼女は帝国の現状に興味を感じていなかったようでね……

 声は掛けたのだが、袖にされてしまったよ」

 

「っ…………そう」

 

 何気ないブルブランの言葉だったが、そこに感じ取れたものにシェラザードは息を呑む。

 

「先にこれだけは聞いておこう……

 君が盗み出したクレア君はどうした?

 まさかクロ―ディア姫殿下やボクを差し置いて浮気かな?」

 

「下世話な勘繰りだな……

 彼女は無事だ……今頃、囚われの身として教授にこちらの実験の解説を語られているだろう」

 

「あん? わざわざそっちの手の内を説明しているのか?」

 

 その答えの不自然さにアガットが訝しむ。

 

「教授とはそういう人間なのだよ……

 己の理論を他人に説明したがる。その点に関しては私も彼の気持ちは理解できるがね」

 

「彼女が無事だと言うのならひとまずそれで良いのだけど」

 

 オリビエはクレアの安否を確認できて安堵する。

 

「それでそっちの《ハーキュリーズ》の人はいつまで黙っているのかしら?」

 

 レンがブルブランとヴァルターと並んでいる《ハーキュリーズ》に話しかける。

 顔を隠した特殊部隊の制服に身を包んでいるが、その腰に携えた《ケルンバイター》が何よりも誰なのかを示していた。

 

「レーヴェ……ううん、今は共和国特殊部隊ロランス・ベルガーって呼んだ方が良いのかしら?」

 

「まさかお前がそっちに着くとはな……やるにしてもリシャール大佐には筋を通すと思っていたんだがな」

 

 アガットはレンに続いて沈黙を保つ《ハーキュリーズ》に失望をぶつける。

 その言葉に《ハーキュリーズ》は肩を竦めて重い口を開いた。

 

「別にリシャール社長に不義理を働くつもりはない……

 ただ現状ではまだ様子見と……あとはいくつかの懸念と《教授》との取引だ」

 

「現状の様子見……

 《教授》がグノーシスを盗み出して帝都でパンデミックを起こそうとしているのに?」

 

 アネラスの言葉に《ハーキュリーズ》は首を横に振る。

 

「あれはお前たちへの脅しに過ぎない……

 《グノーシス》を使う目的は別にある。それは決して民間人を巻き込むものではない事は保証しよう」

 

「《教授》が言うならともかくお前が言うなら信じてやらねえ事はねえが……その目的って言うのは何なんだ?」

 

「それを今のお前たちに説明しても意味はない」

 

 アガットとの問いを《ハーキュリーズ》は切り捨てる。

 

「ふうん……貴方達も《教授》の実験については半信半疑みたいな感じなのかしら?」

 

 その言動からレンは言葉にして語れれない彼らの心情を読み解いていく。

 

「それにしてもレーヴェ。また《教授》と契約を交わしたの? 懲りないわね」

 

「仕方あるまい。俺にはあいつの膿を取り除いてやることはできなかったのだから」

 

 自嘲する《ハーキュリーズ》に一同は首を傾げる。

 彼がそこまで気に掛ける“あいつ”とは誰なのか、ヨシュア以外にそんな存在がいたのだろうかと困惑する。

 

「さて、君たちとこのまま久闊を叙するのも良いが……

 《教授》にあやかってここは一つ私からゲームを用意しようではないか」

 

「ゲームですって……?」

 

「正直な話、戦う理由がないのなら俺たちは別ルートを捜査したいのだが」

 

 ブルブランの提案にシェラザードは眉を顰め、ジンは言い返す。

 ここに《OZミラージュ》がいないのならば、執行者三人と戦う理由はない。

 先に通路があるわけでもなく、このまま引き返したいという気持ちが多く締めている。

 

「つれないことを言わないでくれたまえ」

 

 ブルブランが指を鳴らすと、次の瞬間オリビエ達が入ってきた通路が突然現れた扉によって閉まる。

 

「これは!?」

 

「しまった!」

 

 突然退路を断たれてアネラスとアガットは焦る。

 しかしブルブランは気にせず語り始める。

 

「そもそもの話、そこの好敵手はともかく、これは帝国の話……

 そこに君たちリベール人やカルバード人が必要以上にでしゃばると言うのは、いかがなものかと思うのだよ」

 

「という事だ、お前たちはここで俺たちを時間を潰していけ」

 

 ブルブランに続いてヴァルターが拳を鳴らして気を高め始める。

 

「お前たちにそんな事を言われる筋合いはねえけどな」

 

 アガットが重剣を構えて三人を睨みつける。

 

「ふふ、でもゲームと言うからには何か商品があるんでしょブルブラン?」

 

「もちろんだともレン。君たちが勝てたなら、一つだけ君たちの質問に答えるとしよう」

 

「ほう……それは……」

 

「私たちが知ることも決して多くはないが、それでも今の実験の目的くらいは答えることはできる……

 《原点回帰》とは何なのか?

 《グノーシス》の活用方法、《OZΩ》とは何者なのか? リルティナ君がどのような存在なのか知りたくはないかね?」

 

「それは……」

 

 ブルブランの言葉にアネラスが大きく反応する。

 

「君たちはあのリルティナと名付けられた子について説明ができるのかね?」

 

「ああ……《教授》の推論と彼女自身から聞き出した推察を含めたものになるが、君たちの疑問を納得させられるだけの答えはあると言っておこう」

 

 オリビエの言葉にブルブランは頷く。

 

「オリビエさん……」

 

「皆まで言わないでくれアネラス君……

 ここは戦闘を回避して《OZミラージュ》の捜索に戻るべきなのだが、皇族のワガママとして付き合って欲しい」

 

 オリビエは導力銃を抜いて構える。

 

「ま、こいつらから逃げられるわけねえからな……腹を括るか」

 

 アガットは改めて重剣を構え直す。

 

「まさかこんな場所でまたお前と戦うことになるとはな」

 

「はっ! あの時と同じだと思うなよジン」

 

 ジンとヴァルターは拳を握りしめ、闘気を高める。

 

「まあ良いわ。《リベル=アーク》の時からどれだけ差が縮まったのか、確認させてもらうとするわ」

 

「本気で勝ちに行きます」

 

 シェラザードはそんな男たちに続いて戦闘態勢を取り、アネラスは静かに闘志を漲らせる。

 

「あ、そういえばレーヴェ」

 

 一触即発に高まった空気。

 しかし、そこにレンの呑気な言葉が響く。

 

「何だ?」

 

 《ハーキュリーズ》は金の剣を抜きながらレンに応える。

 

「実はね……カリン・ブライトが帝国に来ているの」

 

「……………………何?」

 

 レンが笑みを含ませた言葉にたっぷり五秒掛けて《ハーキュリーズ》が聞き返す。

 

「レーヴェも知っていると思うけど、エステルとヨシュアはカシウス・ブライトの子供たちっていうことで帝国政府から入国を拒否されてしまったの……

 でも王女様の世話係のメイドのレナ・ブライトとカリン・ブライトの同行は認められた……

 この意味がレーヴェには分かるわよね?」

 

「それは…………まさか――」

 

「まさかヨシュアがあのセシリア姫になったというのか!?」

 

 《ハーキュリーズ》の言葉を遮ってブルブランが動揺する。

 

「ふ……君たちにしては情報が――」

 

 そんな彼らの動揺にマウントを取るオリビエ。そして――

 

「うふふ――――レ・ラナンデス」

 

 動揺する執行者二人にレンは大鎌を振り被り、開戦を告げる不意の一撃を放った。

 

 

 

 

 

 

「やあ、お久しぶりですね」

 

 その男がリィン達の前に現れたのは、《暗黒竜の寝所》がまじかに迫った広間だった。

 

「アルバ教授……いや、ゲオルグ・ワイスマン」

 

「そんなに警戒しないでくださいよリィン君」

 

 太刀をいつでも抜けるように構えるリィンにワイスマンはアルバ教授の顔で親し気に話しかける。

 

「暗黒竜の寝所を前に何のようですか?」

 

 セドリックはチームを代表してワイスマンに話しかける。

 

「エイダやフリッツ……戦術殻で捕らえた人たちは無事なんでしょうね?」

 

「そこは安心してくれたまえ、そもそも彼らを確保したのはこの先の戦いに彼らが力不足と判断しての親切心ですよ」

 

「エイダたちが劣っていると?」

 

「気を悪くさせてしまったのなら謝ります……

 ですがリルティナ君はまだ手加減ができる程、器用ではありません……

 貴方達も不本意な事故は起こしたくないでしょう?」

 

「大した自身だな。あのちびっ子にそれだけの力が本当にあるのかよ?」

 

 得意げに誇るワイスマンにクロウは訝しむ。

 

「ええ……彼女の全力は執行者の四人が迷わず逃げる事を選ぶほどです」

 

「あの化け物たちが逃げ一択って、もう少しまともな嘘はつけねえのかよ?」

 

 信憑性のない情報にレクターは肩を竦める。

 

「嘘じゃないんですがね」

 

 その反応にワイスマンは苦笑する。

 

「その忠告をするためにわざわざ出向いたんですか?」

 

「理由の一つはそれですが、本命は別ですね……

 先程も言いましたが、久しぶりですね。レクター・アランドール君」

 

「は……? 俺?」

 

 ワイスマンに名指しされたレクターは思わず身構える。

 

「ええ、もう14年も前になりますかね」

 

 ワイスマンは懐かしむように語り掛ける。

 

「はっ、悪いが俺にはあんたみたいな陰気な蛇の知り合いはいねえって」

 

「ああ、すいません。こちらの顔では分かりませんよね」

 

 ワイスマンはそう言うと、顔に手を当て、下から上へ撫でるように動かし――

 

「え……?」

 

「顔が変わった!?」

 

 白髪から茶色の髪へ変化した顔にクルトとユウナが驚く。

 どんな手品かヨアヒム・ギュンターだったワイスマンの顔は元のゲオルグ・ワイスマンの顔として一同は認識した。

 

「…………あ……」

 

 その顔にレクターは見覚えがあった。

 

『無事成し遂げられたら、我が家も晴れて領地持ちだぞ!』

 

 高揚と不安、拭いきれない罪悪感をにじませた歪な顔をしていた父の姿をレクターは思い出す。

 

『ふふふ……』

 

 記憶の中の父の姿。

 その背後には蛇のような目をした学者が、目の前のゲオルグ・ワイスマンがいた事をレクターは確かに覚えている。

 

「お……お前は……」

 

「ふふ、どうやら覚えていてくれたようだね」

 

 ゲオルグ・ワイスマンの顔のまま、彼は寒気を感じさせる笑みを浮かべる。

 

「レクターさん?」

 

「おい、どうした?」

 

 動揺に固まるレクターにリィンとクロウが呼び掛けるが、レクターは反応しない。

 

 ―― 一番悪いのは誰だ?――

 

 その囁きにレクターはかつて“自分”が悪いと答えを出した。

 しかし――

 

「お前が……親父を唆したのか?」

 

 十四年間、ずっと心に秘めていた言葉が漏れる。

 

「唆したとは人聞きが悪い……

 私は当時、政争に敗れ後がなくなったルドルフ君たちに猟兵くずれを紹介してハーメルの名を囁いただけさ」

 

「…………ハーメル?」

 

 不意に出て来た言葉にアッシュが反応する。

 

「あの時の君には聞いておきたかった事があったんですよ……

 君はあの後、君の御父上が《ハーメルの悲劇》を起こすことに気付いていたのではないかな?」

 

「っ……」

 

「ああ、やはりそうだったんですね」

 

 息を呑むレクターにワイスマンは我が意を得たりと笑う。

 

「《ハーメルの悲劇》を引き起こし、オズボーン宰相の妻子を殺した男の息子が今は“鉄血の子供”の一人とは」

 

「やめろ……」

 

 嬉々として語り続けるワイスマンに対して、レクターは普段の余裕な態度はどこにいったのか体を震わせて拒絶の言葉を絞り出す。

 

「そして今はオズボーンの右腕として、彼の国土拡大主義の片棒を担いでいるわけですか……

 ハハ、流石はルドルフ君の息子だ。君と御父上はよく似ているよ」

 

「やめてくれ……」

 

「おや、何を恥じる必要があるのかな?

 オズボーン宰相に目を掛けられて育てられた《鉄血の子供》。多くの帝国人が羨む立場にいるのが君だ……

 そして君はその能力を使ってオズボーンを支えて来た……

 例えばクロスベルの独立も、君はその類まれな“勘”で結末を予見しておきながらも結局は何もしないことを選んだのでしょう?」

 

「…………違う……俺は……俺は……」

 

 ワイスマンの言葉はレクターが隠していて傷を容赦なく抉り、広げる。

 

「オズボーン宰相もなかなかセンスのあるネーミングセンスをしている……

 決して自ら動こうとしない、見ているだけの《かかし男》……

 レーヴェの事も、ヨシュアの事も、全て見過ごしてきた君はいったいあと何回《ハーメルの悲劇》を見過ごすのだろうね?」

 

「…………あ……」

 

 もはや言葉を絞り出すこともできなくなったレクターは青褪め、立っているのもやっとの状態だった。

 

「…………お前が……ハーメルの悲劇を起こしたのか?」

 

「おや?」

 

 そんなレクターに代わって静かな声でアッシュがワイスマンに問い掛ける。

 

「先程も言ったでしょう?

 私がした事はレクター君の御父上が求める情報を提供したに過ぎない……

 それをどう扱うかは彼らの自由……

 それとも君は銃や剣を売った人間や作った人間を恨むと言うのかね?」

 

「っ……」

 

「ああ、それでもそうですね……」

 

 何か言いたげで、しかし煮詰まり過ぎて言葉が出てこない凄まじい形相のアッシュを前にしてワイスマンは飄々とした態度のまま続ける。

 

「ハーメルを襲った猟兵は既に皆殺し……

 首謀者であるレクター君の御父上たちも全員、オズボーン宰相が処刑している……

 ハーメルの名が帝国の地図から消えたのは……これは誰が主導していたのでしょうね?」

 

「おい……それ以上しゃべるな」

 

 リィンは高まっていくアッシュの何かを感じ取り、口を挟む。

 しかしその程度でワイスマンの口は止まらない。

 

「しかし別に良いのではないかな?」

 

「…………何だと……?」

 

「この帝国には様々な愚行が横行している……

 レオンハルトも一番悪い者を求め、《空の至宝》を利用してリベールに問い掛けた……

 だから君も好きなようにその激情を、関係ない第三者に振るえばいい……

 それが帝国人が《鋼》に刻まれた業なのだから……

 君もルドルフ君やレオンハルトのように好きにして良いんだ……

 アッシュ・カーバイド……いやヨハン君」

 

「だまれえええええええええええ!?」

 

 レクターの絶望をかき消して、広間にアッシュの激昂が響き渡る。

 同時に新調したスタンハルバードを振り被って、アッシュはゲオルグ・ワイスマンに飛び掛かっていた。

 

「待てアッシュ!」

 

 無謀な突撃を止めようとリィンが手を伸ばし――

 

「ふふ……」

 

 目の前に迫るアッシュにワイスマンは余裕の表情で魔導杖の石突で地面を叩く。

 広がる魔法陣。

 そして彼は唱える。

 

「アナザーディメンション」

 

「っ――」

 

 スタンハルバードが――アッシュの体が空中で不自然に止まる。

 そして彼を迎え撃つように現れた無数の剣が、一斉にアッシュを背後に割れた空間に突き飛ばすように放たれる。

 

「がはっ!」

 

「っ!?」

 

 吹き飛ばされたアッシュはリィンを巻き込んで割れた空間に押し込まれる。

 

「リィン!」

 

 アルティナが咄嗟に手を伸ばすが、二人はワイスマンが生み出した空間の歪みの中へと落ちていき――歪みは閉じた。

 

「ワイスマン! 何をした!?」

 

「ふふふ、三人には私が作った異空間に――」

 

「エーテルバスター!!」

 

 セドリックの叫びに応えようとしたワイスマンの言葉が遮られる。

 

「ひいいっ!?」

 

 ワイスマンは咄嗟に横に跳び、アルティナの砲撃から身を躱す。

 転がるように逃げたワイスマンの顔は元のヨアヒムの顔に戻る。

 

「二人を返しなさい」

 

「ア、アルティナ君。君たち親子はちょっと過激過ぎないかね?」

 

 ずれた眼鏡を戻しながらワイスマンはため息を吐く。

 

「ん――」

 

 アルティナはそんなワイスマンに砲口の狙いを改めて付けて――ワイスマンの頭上を飛び越えて榴弾が撃ち込まれた。

 

「危ないっ!」

 

 ユウナが咄嗟に前に出てガンブレイカーを起点としたバリアを展開し――

 榴弾は爆発してバラの花びらを散らした。

 

「え…………?」

 

 身構えた一同は意表を突かれて呆然と舞い落ちる赤い花びらを目で追ってしまう。

 

「ちっ……やられたぜ」

 

 クロウの声に我に返って振り返れば、既にそこにワイスマンの姿はいなかった。

 

「ゲオルグ・ワイスマン……想像していて以上に危険な人間だったみたいだな」

 

 クルトは終始口を挟むことができずにいた事を悔やみながら一連の感想を口にする。

 

「それは僕も同じだ。クルト……

 内戦の時には協力的だったから気付かなかったけど、みんなが気を付けろって言っていた意味がようやく分かった」

 

 セドリックもまたクルトと同じように自分の目の節穴さを恥じる。

 

「ねえ、リィンとアッシュは無事なの?」

 

「さあな? 見た感じは相手を強制転移させる戦技みたいだったが……

 おいアランドール。お得意の勘であいつらが……アランドール?」

 

 クロウは振り返ってレクターに意見を求めようとする。

 しかし、そこには立ち尽くしていたはずのレクターの姿はどこにもなかった。

 

 

 

 

「アッシュ、レクターさん。無事か?」

 

 危なげなく着地したリィンは共に転移させられた二人の安否を気遣う。

 しかしその言葉に答えたのはアッシュでも、レクターでもなかった。

 

「見つけたぞ! リィン・シュバルツァーだっ!」

 

 どこかの帝都の地下通路。

 そこには十数人の《ハーキュリーズ》は黒い瘴気を纏いながら、彼ら自身の意志で叫ぶ。

 

「お前に恨みはない。だが世界のために死んでもらう!」

 

「恨むならギリアス・オズボーンを恨むんだな」

 

「貴様が騎神なんてものに選ばれなければ」

 

 口々に彼らは勝手な事を叫ぶ。

 

「待ってくれ! 何で俺を狙う!? お前たちは何なんだ!?」

 

 リィンの言葉に彼らは応えず、銃口を、剣を向けて答える。

 

「死ねっ! リィン・シュバルツァーッ!!」

 

 帝国政府がリィンに悟られない内に解決しようとしていた問題が、最悪な形で露見することとなる。

 

 

 







ワイスマン
「魔女殿、聖女殿、そして鉄血宰相……
 君達のリィン君への追い込みは甘くないかな?」



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。