閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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112話 帝都ヘイムダルⅩ

 

 

 

「螺旋撃っ!」

 

 リィンの一閃が最後の一人の《ハーキュリーズ》を捉える。

 

「ぐうっ!」

 

 ボディアーマーで受けた《ハーキュリーズ》は意識を飛ばされそうになりながら踏みとどまる。

 

「っ――」

 

 一撃で戦闘不能にできない。

 彼らが纏う《鬼の気》は想像以上の力を彼らに与えている。

 

「アッシュ! レクターさんっ!」

 

 横から撃ち込まれたマシンガンの銃撃を跳んで回避しながら、リィンは叫ぶ。

 正規の訓練を受けている彼らの連携には戦術リンクには及ばなくても、正確にリィンの隙を狙ってくる。

 対抗するには自分たちも戦術リンクを結ぶべきだと考えるが、レクターとアッシュはリィンの呼び声に応える事無く引き離されていく。

 

「死ねよっ!」

 

 アッシュもまた黒い力を纏い《ハーキュリーズ》にスタンハルバードを叩きつける。

 

「があああああああっ!」

 

「ああああああああっ!」

 

 アッシュは囲まれながらも荒々しくスタンハルバードを振り回して《ハーキュリーズ》をまとめて相手をする。

 背後から斬りつけられたとしても、構わず獣のような咆哮を上げて暴れ回る。

 アッシュも《ハーキュリーズ》も傷を厭わずに、激情のまま武器をぶつけ合い。

 《鬼の力》は際限なく膨れ上がっていく。

 

「っ……くっ……」

 

 対するレクターは道中の立ち振る舞いが嘘だったかのような弱腰で防戦に徹していた。

 レイピアとスペルカードで立ち回り、のらりくらりと相手の攻撃を受け流していたレクターは馬鹿正直に剣を受け、銃撃から逃げ回る。

 しかし逃げ回るレクターは確実に《ハーキュリーズ》に追い込まれていく。

 

「…………このままじゃ二人とも飲まれる」

 

 二人の様子にリィンは遠くない未来の結末をそう結論付ける。

 アッシュは周りの《鬼の力》に呼応してより大きな大火に、レクターは周りの火に飲み込まれている小火として巻き込まれようとしている。

 

「…………二の型《裏・疾風》」

 

 リィンは縦横無尽に広間を駆け巡る。

 自分を囲んでいた者、アッシュを囲んでいた者、レクターを囲んでいた者、それぞれに一当てして最後の一閃の衝撃波で散らす。

 

「シュバルツァー!?」

 

 レクターの驚きの声を無視してリィンは意識を集中する。

 

「はあああああああっ!」

 

 太刀を正眼に構えてリィンは意識を己の内側に、枷を一つ緩め――

 

「――鬼気解放――」

 

 全身から立ち上る黒い瘴気。

 それはアッシュや《ハーキュリーズ》が纏うモノと同質の存在。

 

「おおおおおおおおっ!」

 

 体に《鬼の気》を漲らせながら、リィンは深く息を吸い――集気を行う。

 

「ま、まさか自分の《鬼の力》に他の奴等の瘴気を引き付けているのか……」

 

 広間に立ち込めた瘴気が――その発生源からリィンに向かって集まり飲み込まれていく様にレクターは目を見開く。

 

「大丈夫なのかよシュバルツァー?」

 

「放置すればアッシュも含めて命に関わります」

 

 端的に応え、リィンは更に深く呼吸をする。

 

「うううう…………」

 

「ああああ…………」

 

 リィンに瘴気が吸われるにつれて苦しみ出し、膝を着く。

 そして遂には全ての《鬼の力》を吸い取られて倒れる。

 

「ぐうっ……」

 

 その場の全ての瘴気を取り込んだリィンは胸を押さえてうずくまる。

 

「おい、シュバルツァー!?」

 

「お、俺なら大丈夫です」

 

 レクターの呼ぶ声にリィンは顔を苦渋に染めながら応える。

 

 ――死んでくれリィン・シュバルツァー……

 

 ――世界のために、死んでくれ……

 

「くっ……」

 

 幻聴を頭を振って追い出して、リィンは改めて深呼吸をして立ち上がり倒れた《ハーキュリーズ》を見回す。

 

「レクターさん。彼らはいったい何なんですか?

 《人形遣い》に捕まって利用されていた観光客じゃないですよね?」

 

「あーそれは……」

 

 レクターはリィンの問いに何と答えていいか分からず言葉を濁す。

 

「彼らは俺を殺すと言っていた。明確な殺意があった……

 共和国の兵士がどうして俺を狙うんですか」

 

「それは……」

 

「くそ……」

 

 レクターが言葉に窮していると、小さく漏れた声があった。

 

「……任務……失敗か」

 

 かろうじて意識を繋ぎ止めていた《ハーキュリーズ》の一人はそう呟くと、導力銃を緩慢な動きで取り出して――

 

「まずい自決するつもりだ!」

 

 レクターがいち早く彼の行動を見抜く。

 そしてその言葉通り、取り出した導力銃はリィンに向けられることなく自分のこめかみに突き付け、躊躇うことなく引き金に――

 

「ぐあっ!」

 

 背後からのスタンハルバードの強打に《ハーキュリーズ》は導力銃を投げ出した。

 

「カーバイド!?」

 

「アッシュ!」

 

「ちっ……」

 

 《ハーキュリーズ》の自決を阻止したアッシュは不機嫌そうに顔を歪めて舌打ちする。

 

「よくやったカーバイド。とりあえずこいつらが目を覚ます前に拘束しとくぞ……

 話はその後だ。良いな?」

 

 レクターはアッシュを労い、すぐに指示を出す。

 

「あ……はい……」

 

 リィンは戸惑いながらも、また別の《ハーキュリーズ》が目を覚まして自決を行われたらと考えて頷く。

 

「俺はあっちを、シュバルツァーは向こうを、カーバイドはそっちを頼む」

 

「分かりました」

 

 レクターの指示にリィンは太刀を鞘に納めて倒れた《ハーキュリーズ》に向かう。

 

「…………」

 

 アッシュは指示された者たちへと黙ったまま踵を返し……落ちていた導力銃を静かに拾う。

 

「そう言えばここは何処なんだ?」

 

「分かりません。ワイスマンの術で強制転移させられたみたいですが、感覚的にはそこまで遠くに飛ばされてはいないはずです」

 

 一人、一人とレクターとリィンは倒れた《ハーキュリーズ》の腕を後ろ手に拘束していく。

 

「…………」

 

 アッシュはうずく左目を抑え、右手に導力銃を持ち、静かにリィンへと忍び寄る。

 

 ―― 一番悪い奴を殺せ ――

 

「だけどこんな場所に拘束して放置して大丈夫でしょうか?」

 

「問題ねえだろ。オレたちが地下に入ってから遭遇したのはどれも《人形遣い》の戦術殻を装備した《ハーキュリーズ》や魔獣ばかりだった……

 途中の魔獣は間引きされたのか、憲兵隊が回収に来るまでは持つだろ」

 

 リィンとレクターは背中越しに会話を交わす。

 アッシュはリィンが太刀を床に置くのを一瞥で確認し、左目を抑えたまま、右手の導力銃をリィンの後頭部に突き付けて――引き金を引く。

 

「っ――」

 

 何故か見逃しかけた気配を寸前で気付いたリィンは身を倒して屈め、頬を導力の弾丸が擦過する。

 

「っ!」

 

 リィンは続けて次弾を撃とうとした導力銃を下から払うように勝ち上げ――撃ったのがアッシュだと見て固まる。

 

「ちいっ!」

 

 アッシュは床に置かれた太刀を蹴り放し、後ろに下がりながらアッシュは両手で導力銃を構え直して、もう一度引き金を引く。

 

「やめろカーバイド!」

 

 最初の銃声に遅れてレクターが叫ぶが、そんな言葉を無視してアッシュは二度、三度立て続けに引き金を引いていく。

 

「くそっ!」

 

 左右に揺れる緩急の歩法に狙いを外されたアッシュは悪態を吐く。

 瞬く間に作った間合いを潰され、アッシュはリィンの拳をその目に焼き付け――足を払われた。

 

「うおっ!?」

 

 拳をフェイントに不意打ちされたアッシュは強かに尻もちをついて、眼前に自分が撃っていた導力銃の銃口をリィンに突き付けられた。

 

「…………アッシュ……」

 

 何故俺を撃ったのか。

 その言葉が喉から出かけてリィンは飲み込んだ。

 あの晩餐会の日から、明らかに変わったアッシュの目。

 向けられるようになった敵意の眼差しにリィンはアッシュの凶行にやはりと思っている自分に気付く。

 

「何やってるんだ馬鹿野郎っ!」

 

 銃声を聞き、二人の短い攻防からやっと駆けつけたレクターが声を大にして怒りを露にする。

 

「うるせえ……」

 

「うるせえじゃねえ! 仲間を撃つなんて――」

 

「こいつが仲間かよ!? 人間の振りをしている化け物だろ!」

 

「……」

 

 晩餐会の後に言われた言葉を再び突き付けられるが、リィンの心はあの時ほどの動揺はなかった。

 

「それが俺を撃とうとした理由なのか?」

 

「っ……教えてやるぜ、シュバルツァー……

 そのカルバードの軍人たちはな――」

 

「おい、やめろ!」

 

 レクターがアッシュが言おうとしている事を察して止めるが、彼は構わず続ける。

 

「リィン・シュバルツァーを始めとした《騎神》の起動者たちを暗殺するために共和国から送り込まれた特殊部隊なんだよ」

 

「……俺の……暗殺……?」

 

 その事実を呆然となって繰り返すリィンにアッシュは口端を吊り上げて続ける。

 

「帝国と戦争がしたい共和国にとって、お前たちの《騎神》には絶対に勝てないから、乗る前に起動者を暗殺しちまえって話だ」

 

「……それは本当ですかレクターさん?」

 

「……ああ……って言ってもあくまでも共和国の主戦派が企てたもんで、共和国の総意じゃねえ」

 

 苦し紛れのフォローを入れるが、レクターはリィンの目に失望と諦念が宿るのを見逃さなかった。

 

「分校で知らねえのはお前とちびうさぎの二人だけだぜ……

 帝国政府は秘密裏にお前たちを守れなんて“要請”しやがったが、ふざけんじゃねえ!

 そんな“要請”知るかよ!」

 

 溜め込んだものを吐き出すようにアッシュは突き付けられた銃口を意に介さず、捲し立てる。

 

「共和国もお前が一番の危険人物だと思ってるみたいだぜ!

 しかも作戦が失敗したら自決するぐらいに覚悟が決まっている奴等だ!

 良かったじゃねえかよ! 外国もお前が一番悪い奴だって分かっているらしいな!」 

 

「っ……」

 

「何が《騎神》だ……何が《女神の至宝》だ!

 そんなもの最初からなかったら良かったんだ!」

 

「…………ああ、それについては俺もアッシュと同じ意見だ……

 《至宝》なんて……俺さえいなければ、今頃本当の“彼”は……」

 

 言い掛けた言葉を止めてリィンは頭を振り、アッシュに突き付けていた導力銃を下す。

 

「っ……ふざけんな!」

 

 散々リィンを罵っていたアッシュはそんなリィンに更に激昂する。

 

「え……?」

 

「物分かり良い、良い子ちゃんぶってんじゃねえよ!」

 

「アッシュ……?」

 

「どいつもこいつも建前ばかりでうぜえんだよ……

 お前が、自分が一番悪いって言うならちゃんと恨ませて、俺に殺されろよっ!」

 

 叫び散らしたアッシュの叫びが地下道に木霊する。

 アッシュの息を切らせる音が静かに響く。

 ただリィンとアッシュは黙って睨み合う。そして先にリィンが口を開いた。

 

「…………そんなに俺を殺したいなら……好きにすればいい」

 

 リィンは手にした導力銃をくるりと持ち替え、銃身を握ってアッシュに差し出した。

 

「おい! シュバルツァー!」

 

「ただし、俺がアッシュに殺されるのは《黄昏》が終わった後だ……

 その時俺が生き残っていたら、アッシュに殺されれば良いんだろ?」

 

 諦念をにじませた言葉にアッシュは差し出された導力銃に手を伸ばし――

 

「おい、待てカーバイド!」

 

 レクターが慌ててそれを止めようと手を伸ばし――

 

「ふざけんなっ!」

 

 アッシュの手は差し出された導力銃を、先程と同じ言葉と共に払い飛ばした。

 

「俺は悪くねえって言えば良いだろ! 俺じゃねえって言えば良いだろ!

 お前たち人間が馬鹿なのが悪いって言えよ! お前を撃った俺を撃ち返せよ!

 言い訳をしろよ……やり返せよ……そうすれば俺は……俺は……」

 

「アッシュ、言ってることが滅茶苦茶だ……」

 

 撃たせろと言ったかと思えば、自分を撃てと言い出すアッシュにリィンは呆れる。

 

「うるせえ……うるせえ……うるせえんだよ」

 

 アッシュは左目を抑えて身悶える。

 

「…………見てられねえな」

 

 そんなアッシュの姿にレクターは導力銃を拾い、アッシュに握らせる。

 

「おい……何しやがる……?」

 

「そんなに殺したいんだったらオレで満足しておけ」

 

 そう言ってレクターはアッシュに導力銃を握らせたまま、銃口を自分の額に導く。

 

「レクターさん!?」

 

「止めてくれるなよシュバルツァー……

 これはオレが答えを先延ばしにして、カーバイドを利用していた罰だ」

 

「アランドール……」

 

「カーバイド。お前が知りたがっていた答えだ……

 オレの父親は、元帝国正規軍、第十三機甲師団所属将官――

 ハーメルの悲劇を企てた主戦派にして、貴族派の准将だ」

 

「ハ、ハハ……」

 

 レクターの言葉にアッシュは乾いた笑みをもらし、握らされていた導力銃を自分で握りしめる。

 

「認めた――認めやがったなッッ!」

 

 押し付けた銃口がレクターの額を強打する。

 が、怯むことなくレクターは続ける。

 

「ああ、オレはお前が言う一番悪い男の息子だ」

 

「っ……詳しく……話せよ」

 

 なけなしの理性でアッシュは問い質す。

 

「当事者のくせに、ここまで俺を振り回してくれたんだからなあ?」

 

「そうは言われても、ほとんどワイスマンにばらされちまったがな」

 

 レクターは銃口を押し付けられながら器用に肩を竦める。

 

「うちは領地も爵位も持たない“騎士階級”の身分ってやつだ……

 言わば貴族の最下層――平民と変わらない暮らしぶりだった」

 

 そうして語られるのはレクターの出生と、アランドール准将がどういった人物か。

 ひとしきり語った後、レクターはその時の事を語り出す。

 

「オレが11歳の時、しばらく会えなくなると親父は告げた……

 その数日後、王国軍の国境侵犯を受け、正規軍と一部の領邦軍がリベールに侵攻し、《百日戦役》が始まった……

 侵攻の先駆けを務めたのは第十三機甲師団――親父の率いていたところだった……結果は知って通りだ」

 

 帝国と王国の戦争は《百日戦役》と呼ばれ、その終わりは唐突な停戦合意によるものだった。

 

「帰国した親父たち貴族派将官を待っていたのは極秘の軍事裁判だった……

 容疑は猟兵崩れを使ったハーメルの虐殺と偽装……

 親父たちは王国に領域侵犯の冤罪を被せて、王国に侵攻してそれを手柄に爵位と領地を得るつもりだったんだ」

 

「っ……」

 

「だが、その目論見は全部ばれていた……

 皇帝から全権を受けたオズボーン准将――ギリアスのオッサンが全てを調べ、リベールの女王との極秘交渉も行い……

 即時停戦と、親父たちの極刑をもって全てを“無かった”ことにした……

 そしてハーメルの名は地図から消え、残ったのは山津波が起きたという“事実”だけとなった」

 

「お前はそれを見過ごしたのかっ!?」

 

「やめろアッシュ。レクターさんは当時11歳の子供だぞ!」

 

「っ!」

 

 激昂したアッシュだが、リィンの指摘で引き金に掛けられた指が止まる。

 

「いや……オレは親父の言葉に“予感”を感じていた……

 多分それはオレの“能力”で、それを活かして止める方法もあったはずだ……

 その意味じゃ、オレも同罪だろう……

 って言っても、あの戦争の裏にワイスマンだか帝国の呪いなんてあっちゃあ俺の“勘”でどれだけの事ができたか分からねえけどな」

 

 レクターは今まで信じていたものが全て否定されたような感覚に自嘲する。

 

「それに親父の罪は子供の罪だって散々言われてきたんだ。今更それを開き直れるもんでもねえよ」

 

 潔く罪を認めるレクターにリィンは首を横に振った。

 

「それなら俺にだって罪はある……

 本来なら小心者で悪人になりきれないような人が、自国民を虐殺する愚行を計画する……

 それはきっと《黒の呪い》によるもの……

 レクターさんの“予感”というのも《鬼の力》の亜種なんでしょう……

 “呪い”と“予感”その根源は《鋼》にある」

 

「おいおい……シュバルツァー」

 

「それに親の罪が子の罪になると言うのなら……

 きっとこのゼムリア大陸で一番罪深いのは“俺”になるはずです」

 

「ちっ……さっさと撃てよカーバイド」

 

 リィンを論破することに見切りをつけたレクターはアッシュを急かす。

 

「ふざけるな……誰がてめえの挑発に乗るか」

 

「だったらお前は“呪い”に操られて親父みたいな愚行に走るか?

 シュバルツァーを殺せればお前は満足かもしれないが、てめえは親父と同じ不幸をばら撒こうとしているんだぞ!」

 

「ぐっ……」

 

「シュバルツァーじゃなかったら、他には誰に復讐をしに行くつもりだ?」

 

 レクターは勘に任せて捲し立てる。

 

「親父たちを処刑したオズボーン宰相か? ハーメルを地図から消すことを認めた皇帝か?

 それともリベール女王も同罪か?」

 

「っ……」

 

 自分の考えを言い当てられたアッシュは息を呑む。

 

「ついでに言っておくが、鉄血宰相も親父の犠牲者だ……

 親父はハーメルの虐殺とは別に、当時対立派閥だったオッサンの妻子を猟兵に襲わせて殺害している」

 

「なっ!」

 

 淡々と告げられた真実にアッシュは目を剥く。

 

「更に言えば、その殺された息子っていうのがそこにいるシュバルツァーの“本物”らしいな……

 公的な記録ではその時に死んだことになっていたらしいが、詳しいことは分からん」

 

「っ――レクターさん!」

 

「そいつは……本当なのか……?」

 

 激情に駆られていたアッシュは迷いを生じさせる。

 

「この期に及んで隠し事も、はぐらかしはしねえよ」

 

 レクターはため息を吐く。

 まるで長年背負っていた重荷を下ろしたような、そんな清々しい顔をしながら続ける。

 

「これで分かっただろ……

 一番悪いのはオレの親父で、その息子のオレだ……

 お前はここでオレを殺して、もう第Ⅱをやめて関わるな。後始末はオッサンにでも任せればうまくやってくれるだろ」

 

「――っ! 今更都合の良い事言ってんじゃねえ!」

 

 緩みかけた怒りを再燃させてアッシュは吠えるが、そこに先程までの勢いはない。

 そして代わりにレクターが激昂して言い返す。

 

「自惚れてんじぇねえよ! ガキが!

 お前が巻き込まれているもんがどれだけ厄介か、頭の良いお前が理解できてねえわけじゃないだろ!」

 

「くっ……」

 

「自分が被害者だから復讐しても正義だと思うなよ……

 そんな真実は簡単に隠蔽して都合よく書き換える。あのオッサンはそれを躊躇ったりしない!

 お前がシュバルツァーや皇帝を撃てば、顔色一つ変えずにお前を共和国の尖兵に仕立てるくらいのことはするぜ」

 

「っ……だったら……だったらどうすりゃいいんだよ!?」

 

 レクターが予想する具体的な未来にアッシュは行き場のない感情を吐くように叫ぶ。

 

「眼がさ、左目が疼くんだよ……ガキの頃からずっと……あの光景が焼き付いて離れねぇ……

 オフクロを看取った時も……ずっと……声も聞こえて……一番悪いヤツを殺せ、コロセって……」

 

「オレもそいつは聞いたことがあるぜ……

 ま、俺の場合は一番悪い奴はオレだって結論に至ったら聞こえなくなったがな」

 

 参考にならない方法に苦笑して、アッシュを促す。

 

「……悪かったな。お前の苦しみをずっと見過ごしてきて」

 

「二人ともっ! やめるんだ!」

 

「止めるなシュバルツァー!」

 

 止めようとするリィンをレクターが一喝する。

 

「っ……あああああああああっ!」

 

 アッシュは悲鳴のような雄叫びを上げて引き金を――

 

「うるせえなあ……」

 

 その声は周囲の空気を熱くさせ、それでいて三人の動きを――アッシュの指を――凍り付かせる程の圧力を伴っていた。

 その男はゆっくりとした足取りで広間に入って、リィン達の下へと近付いて行く。

 

「誰が一番悪いか……そんなもんワイスマンにでも押し付けておけば良いんだよ」

 

 結社《身喰らう蛇》の執行者《劫炎》のマクバーンは躊躇することなく元使徒を売る。

 

「マクバーン……どうしてあんたがここに?

 まさかあんたも《教授》の実験に参加しているのか?」

 

「いや」

 

 リィンの問いかけにマクバーンは首を横に振る。

 

「《教授》は俺に声を掛けてこなかったな……

 ここにいるのは執行者や鉄機隊の奴等が集まって祭りをしているみたいだから様子見ってところだな」

 

 あっさりと答えるマクバーンに今度はレクターが問いを投げる。

 

「アームブラストには声を掛けられなかったのか?」

 

「ああ、そっちもなかったな」

 

 その問いにもマクバーンは律儀に応え、緊迫していた広間に微妙な空気が流れる。

 

「まさか……仲間外れにされたから――」

 

「で、アッシュとか言ったな……

 ここにいるのは何番目に悪い奴だ?」

 

 リィンの言葉を遮ってマクバーンはアッシュに尋ねる。

 

「…………何が言いたい?」

 

 アッシュは彼が放つ威圧感を無視して睨みつける。

 

「お前の目の前にいる奴は、ハーメルの悲劇を作った奴の仲間だぞ……殺したくはないのか?

 一番悪い奴だけを殺せれば、お前は満足か?」

 

「っ……死にたいならお前から殺してやるぞっ!」

 

 アッシュは激昂して導力銃をマクバーンに向ける。

 

「おい、落ち着け! そんなもんであいつが殺せるわけねえだろ!」

 

「だからどうした! やってみねえと分からねえだろ!」

 

 騒ぐアッシュをレクターが後ろから羽交い絞めにして止める。

 そんな彼を隠すようにリィンはマクバーンの前に立つ。

 

「どういうつもりだマクバーン?」

 

「ま、らしくないことをしている自覚はある。俺が首を突っ込む事でもないのも分かっているが……」

 

 リィンの問いにマクバーンは肩を竦め、アッシュを睨む。

 

「そいつに一つ言いたいことがあってな……」

 

「アッシュに言いたい事?」

 

「レーヴェとヨシュア……ついでにクロウよりも真っ当な人生を送っておいて、俺が一番不幸だってか?

 は! 笑わせるな……

 《修羅》になる度胸もなければ、血反吐も吐いたことがない甘ったれの分際が、吠えてんじゃねえよ!」

 

 そう言うとマクバーンは焔を纏う。

 

「おい! ギルバート、さっさと転がってる奴らを回収しろ」

 

「は、はい! 君たち、いくぞ!」

 

「ひ、ひいいっ!」

 

 マクバーンの指示に待機していたギルバートとその部下たちが《ハーキュリーズ》を回収していく。

 四人だけになった広間。

 その中央でマクバーンはより一層激しい焔を纏う。

 

「力のねえ奴には“復讐”する権利すらねえって事を教えてやるよ」

 

「…………くっ……」

 

 眼の疼きなど吹き飛ばすような熱気と殺意を向けられたアッシュは自分が何に喧嘩を売ったのか、自覚して体を震わせる。

 

「さっきまでの威勢はどうした? 弱い犬程よく吠えるってやつか?」

 

「弱い犬だと……」

 

 マクバーンの挑発にアッシュは眦を上げる。

 

「待てカーバイド挑発だ! 乗るなっ!」

 

 レクターはアッシュを止めようとするが、眼から溢れる《鬼の気》を宿したアッシュはその制止を押し切って、スタンハルバードを拾って前に出る。

 

「で、お前はどうなんだよ?」

 

 次いでマクバーンはレクターに向かって問い掛ける。

 

「何……?」

 

「俺はお前の親父を誑かした奴の仲間だぞ?

 お前の中の《鬼》は何って言ってんだ?」

 

「っ……」

 

 ――コロセ――コロセ――

 

 マクバーンの指摘にレクターは再び、あの囁きを自覚する。

 

「くっ……」

 

 それでもレクターは冷静にマクバーンに挑む愚行を拒絶する。

 

「は……結局口だけか……なら一生突っ立ていろ《かかし》」

 

 マクバーンはそんなレクターに見切りをつけてアッシュに向き直る。

 

「アッシュ……」

 

 リィンは見兼ねて太刀を拾って――

 

「手を出すんじゃねえぞシュバルツァー! これは俺の復讐だ!!」

 

「良い啖呵だが勘違いすんなよ? お前はリィンとクロウの陰に隠れていただけの雑魚だ」

 

「っ……」

 

 再三に渡る挑発にアッシュの中の何かが切れた。

 

「上等だ……ぶっ殺してやる!」

 

 獣のような咆哮を上げ、アッシュはその身の潜在能力を解放する。

 

「うおおおおおおおおおおっ!」

 

 アッシュはスタンハルバードを大上段に振りかぶり、無謀にも真正面から突撃する。

 

「は……」

 

 対するマクバーンの動きは、アッシュの激情を鼻で笑うと指一本を上に向けるだけだった。

 たったそれだけの動きで灼熱の炎柱がアッシュの足元に現れて、殴るように吹き上げた。

 

「がああああああああああっ!」

 

「あ…………」

 

 あまりにも呆気なく吹き飛ばされたアッシュにレクターは予見するまでもなかった結果に呆然となる。

 

「がは……」

 

 高く舞い上がったアッシュは地面に叩きつけられて転がる。

 

「そら、もう一ついくぞ」

 

 マクバーンはそんなアッシュに指を立てて作った焔の小さな球を軽く投げ――

 

「四の型――」

 

 リィンがその追い打ちに割って――

 

「う…………あああああああああああっ!」

 

 らしくない叫びを上げて、レクターは倒れ伏すアッシュの前に駆け出して放たれた小さな炎の球にレイピアを一閃させた。

 

「ふん……ジリオン・ハザード」

 

 そして次の瞬間、マクバーンが放った焔に二人はまとめて吹き飛ばされるのだった。

 

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

「ああ……くそ……」

 

 地下道の石畳みに大の字に寝そべりながらレクターは悪態を吐く。

 

「好き放題言って、まじで帰っていきやがった」

 

 まさに嵐のように現れて去って行った、マクバーンと言う人災にレクターは生き残れた安堵の息を吐く。

 

 ――そう言えば、帝国でこんな風に寝て空を見上げた事はあったか?……

 

 たった二発。

 それだけで精も魂も燃やし尽くされたレクターは場違いな感想を考える。

 もっともこの地下では空なんて見えないのだが、それでもレクターは懐かしい気持ちになる。

 

「くそが……ぜってえにこのままじゃ済まさねえ」

 

「はは、ならもっと頑張るんだな……

 あいつとやり合おうなんて、士官学院の成績で満足しているような奴には十年かかっても無理だぜ」

 

 自分と同じく大の字に伸びていながらも、悪態を吐く元気があるアッシュをレクターは笑う。

 

「二人とも……少しは反省しろ」

 

 そんな二人にリィンは呆れる。

 

「悪い悪い……で、どうすんだカーバイド?」

 

「あん?」

 

「俺を殺すか? それともシュバルツァーを殺すか?

 それとも別の誰かに復讐するのか、どうすんだ?」

 

「…………」

 

 レクターの問いにアッシュは黙り込み、数十秒の思案を経て重い口を開く。

 

「それは“保留”だ……」

 

「おい……ここで逃げたら――」

 

「アランドール。俺を皇帝と宰相の二人に会わせろ」

 

「っ……」

 

「俺がどうするかは……そいつらの話を聞いてからだ……」

 

「…………何を聞くつもりだ?」

 

「はん、教えて欲しかったらてめえの本音を教えろよ」

 

「本音って……」

 

「てめえの言葉は、罪人の息子の建前しかねえ。そんな奴に俺の本音を教えるつもりはねえぜ」

 

 アッシュの指摘にレクターはため息を吐いて、空を――天井を見上げる。

 

「それは俺が口にしちゃけない言葉なんだよ……」

 

 大罪の犯した父の子供。

 それがレクターに張られたレッテルであり、それを口にするのは許されないとずっとレクターはその言葉を胸の奥に隠していた。

 

「だけど……ああくそ、考えるのがめんどくせえ」

 

 精も魂も焼き尽くされて、体が動かせないだるさからレクターは投げやりに叫ぶ。

 

「クソ親父のバカヤロー!

 何が爵位だ! 何が領地だ! 誰がそんなもん欲しいって言った!

 てめえのせいで俺がどんな苦労していると思ってんだああああああああああっ!」

 

 レクターの叫びが地下道に木霊する。

 

「親父がやった事を俺のせいにしてんじゃねえよ馬鹿野郎共っ!

 俺は悪くねえだろ! 俺がやったんじゃねえだろ!

 てめえらも親父と一緒に煉獄に落ちろ阿呆共があああああっ!」

 

 父親への罵倒の次は、自分に誹謗中傷を向けて来た者たちへの恨み言をレクターは叫ぶ。

 

「あー……もうダメだ……」

 

 腹の底から叫んだレクターは力尽きる。

 

「ククク……それがてめえの本音か?」

 

「…………さあな……」

 

 喉を鳴らして笑うアッシュにレクターは投げやりに答える。

 

「…………なあカーバイド……とりあえず今夜飲みに行かねえか?」

 

 その提案にアッシュは目を丸くする。

 

「いいぜ……ただしてめえの奢りだ」

 

「いいや、あんな化け物との戦いに巻き込んだんだからお前が奢れ」

 

「はあ、ふざけんな!」

 

「二人とも、そんな状態で喧嘩をしないでくれ」

 

 倒れたままレクターに噛みつこうとするアッシュにリィンはため息を吐く。

 

「……よし、シュバルツァー。お前も今夜俺たちに付き合え、良い店を教えてやるぜ」

 

「はあ!? 何を言っているだ! だいたいお酒は二十歳になってからって法律で決まっているはずじゃないんですか!?」

 

 レクターの突然の提案にリィンは生真面目な言葉を返す。

 

「はん、それは人間様の法律だぜ。至宝の分身のお前が律儀に守る必要がどこにある?」

 

「そういう問題じゃないだろ。そもそもアッシュもまだ未成年者だろ……

 はあ……二人ともそんな事を言える元気があるならさっさと立ってくれないか?」

 

 アッシュの屁理屈にリィンはもう一度ため息を吐いて、二人を促す。

 

「それなんだがシュバルツァー。俺たちはここでサボるから、お前は先に行け」

 

 レクターは大の字に寝転んだままリィンに言った。

 

「そういう事だ。後は任せた」

 

 アッシュはそんなレクターに同調して目を閉じた。

 

「………………はあ……」

 

 リィンは様々な葛藤をため息一つで終わらせて、仲良く大の字に寝転んだレクターとアッシュに背中を向けて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 アッシュとレクターの扱いは本当に難しいと思いました



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