「我が深淵にて煌めく金色の刻印よ」
ガイウスの厳かな詠唱が広間に響き渡る。
「その猛き咆哮を持って我が槍に無双の力を与えよ」
言葉が紡がれるたびにガイウスが背負う《聖痕》は輝きを増し、それに合わせて十字槍が輝き、存在感を増していく。
「吼天鳳翼衝」
乾坤一擲の一撃が《深淵》のアスタルテを貫き、その内側から爆発が起こる。
「…………くっ……」
アスタルテが七耀の塵になって消えていくのを見届けて、ガイウスはその場に膝を着いた。
「ガイウス!?」
「大丈夫だ……この力を使うことにまだ慣れていないだけだ」
赤の黒騎士に心配ないとガイウスは呼吸を整えながら応える。
「それよりも――」
ガイウスが意識をもう一つの戦いに向けると爆発が起きた。
エマと《OZミラージュ》が空中で魔術と砲撃をぶつけ合わせている真下で、銀と青の黒騎士が《拳使い》に攻撃を仕掛ける。
「鉄砕牙っ!」
青の黒騎士の一撃が空を斬って、石畳を砕き舞い上げる。
その一撃から逃げた《拳使い》を追って、銀の黒騎士が駆ける。
「シャドウブリゲイド」
銀の黒騎士が無数の分身を作り出し、加速する。
「こおおおおお……」
対する《拳使い》は足を止め、呼気を整えて拳を構える。
「っ――」
銀の黒騎士たちが一斉に突撃する。
「ふっ――」
《拳使い》は危なげなく双銃剣の刃を手甲で受け流し、分身の攻撃を最小限の動きで踊るように躱していく。
前後左右、次々と襲い掛かる銀の黒騎士を躱しては殴り返し、躱しては殴り――
「っ!」
頭上から突撃した銀の黒騎士の一撃さえも《拳使い》は一瞥すらせずに避けて、そして――
「破甲拳っ!」
「うぐっ!」
《拳使い》の一撃が銀の黒騎士を捉える。
「お?」
「撃ってっ!」
銃剣を捨てて抱き着くように拳を受け止めた銀の黒騎士は叫ぶ。
「セブンラプソディーッ!!」
赤の黒騎士が導力杖を振りかざし、七つの光が《拳使い》と銀の黒騎士を取り囲むように現れると爆撃が起きる。
「っ……やったか?」
凄まじい衝撃にアンゼリカは顔を腕で守りながら目を凝らす。
「ふう……帝都の地下だっていうのに随分と派手な技を使うじゃねえか」
七つの爆撃を受けたにも関わらず、何事もなかったように煙の中から《拳使い》は出てくる。
「ヴァルトラウテ」
「ごめん、ちゃんと止められたと思ったんだけど」
青の黒騎士の横に着地しながら銀の黒騎士は謝る。
「いや、其方の働きを疑うつもりはない……
おそらくは……まさか貴様も《金剛》を使えたとはな」
「ふん……別に複雑な技でもないだろ?」
「……ああ、そうだな」
《拳使い》の言葉に青の黒騎士は頷く。
だが、その技の完成度に内心で息を撒く
「貴方は……」
不意に、《OZミラージュ》とアーツを撃ち合っていたエマがその手を止め、《拳使い》に話しかける。
「貴方はもしかして……」
「何か気付いたのかいエマ君?」
言い淀むエマにアンゼリカは答えを促す。
「いえ……確証が得られたわけじゃないんですが……」
「へえ、どんな答えに辿り着いたんだ?」
言葉を濁すエマに興味深いと《拳使い》が逆に問い掛ける。
その言葉にエマは迷いながら口を開く。
「貴方を見ていると、違和感を覚えずにはいられない……
気付いたら、貴方の事を“嫌悪”している……
皆さんも同じではないですか?」
戦術リンクを通して感じていた共通認識をエマは改めて言葉にする。
「言われてみれば……」
「たしかに……初対面でこんな風に理由もなく嫌いになる性分じゃなかったけど……」
「うむ……いやしかし……」
エマの考察に殺気立っていた黒騎士たちに迷いが生まれる。
「そこから考えられる答えは……
貴方はダーナさんと同じなのではないですか?」
エマは《拳使い》を見て告げた。
「ダーナさんと同じ……?」
ガイウスがその意味を図り切れず問い返す。
「ダーナさんは元は地精の長でしたが、《黒》の暗躍に気付き挑んだ結果当時の帝国人に敵意を向けられました……
そして彼女はアルベリヒとなる事を拒否して、自身をノルドの地に封印しましたが彼女は“悪しき精霊”として現代に語り継がれてしまいました」
「なるほど……そう繋がるのか」
「私たちが彼に感じている理由のない“嫌悪感”がダーナさんと同じ因果律によるものだとすれば……
いいえ、ダーナさんだけではありません……
《ミストルテイン》を作り出しユミルの精霊たち……
そして騎神について深い知識……
貴方達《残滓》の正体は……歴代の起動者の“ノスフェラトゥ”なんじゃありませんか?」
答え合わせを求めるようにエマは《拳使い》に問い掛ける。
「ノスフェラトゥ……ローゼングリン城に現れたあの幽霊と同じだというのか?」
「…………」
数秒の熟考を経て、《拳使い》は静かに頷いた。
「そうだな……俺は《ヴァリマール》に乗っていた事があるらしいな」
記憶が曖昧なのか。
《拳使い》は伝聞の言葉でエマの考察を肯定する。
「この男が……歴代のヴァリマールの起動者の一人だと?」
その答えに信じられないとアンゼリカは唸る。
「それでお前は何が言いたいんだ?」
「貴方がかつての起動者なら、手を組みませんか?」
「エマ君!?」
《拳使い》の肯定にエマは続けて提案し、アンゼリカが驚く。
「貴方がまだ諍うことを諦めていないのなら……
貴方達の目的が《黒の騎神》の打倒ならば、私たちの目的は同じはず」
“嫌悪感”を呑み込みながらエマは続ける。
「でしたら私たちは協力できるはずです。違いますか?」
「エマ正気か?」
「でも……それがエマの選択なら……」
黒騎士達はエマの提案に戸惑いながらも、それが彼女の出した答えならばと口を噤んで《拳使い》の言葉を待つ。
「…………いいや」
しかし《拳使い》は首を横に振って否定した。
「もう遅い」
「遅い、ですか?」
「お前たちはそれぞれ進む道を選んだんだろ?
《黒》の軍門に下って獅子身中の虫となる事を選び……
七耀教会の狗となる事を選び、そして魔女は起動者たちに全てを任せる事にした……
君たちが選んで進んだように、俺たちも選んだ……
俺たちに道を見せたのはゲオルグ・ワイスマンだったとしても、俺を見つけたのは奴だった……
君たちは“オレ”にミツケられなかった」
「それは……」
「もう俺と君たちとの間には埋めようのない溝がある……道は――分かたれたという事だ」
諦観を滲ませた《拳使い》の言葉にエマはそれ以上の言葉を失う。
“見つけた”という言葉に込められた意味。
彼に対して理由もなく溢れ出る嫌悪感と同時に感じている罪悪感が何なのか、それを言葉にする根拠をエマは思い出せなかった。
「ほら、さっきまでの威勢はどうした? さっさと来いよ」
「……っ……」
「今の話を聞かされて、そんな事言われても……」
《拳使い》が戦闘の再開を促すが、エマの言葉で自分たちを疑い始めてしまった一同に迷いが生じる。
「…………リルティナ?」
「んん」
《拳使い》は《OZミラージュ》に確認を取るが、人形は首を横に振って足りないと訴える。
「はあ……」
《拳使い》はため息を吐くと、今度は逆にエマに提案する。
「協力したいと言うのなら、条件が一つある」
「条件ですか?」
「ああ、その条件は――キーア・バニングスを殺してくれ」
「っ!?」
次の瞬間、エマの中でキーアを守らなければいけないという“好意”が膨れ上がり、同時に《拳使い》を排除しなければいけないという“嫌悪”が膨れ上がる。
「貴様っ!」
そしてそれはエマだけではなく仲間たちも同様だった。
萎えかけていた戦意に火が再燃し、下ろしかけていた武器が《拳使い》に向けられる。
「よりによって条件があの幼気な少女の命だと! それでも帝国男児か!? 恥を知れっ!」
激昂する青の黒騎士に《拳使い》は肩を竦める。
「幼気な少女? あの子は実年齢500歳を超えているぞ」
「女性の歳をそうやって茶化すのは紳士としてどうかと思うよ」
《拳使い》の言葉に赤の黒騎士は言い返す。
ならばと《拳使い》は別の条件を提示した。
「キーアを殺せないと言うなら、《ティルフィング》を寄越せ」
「ティルフィングを?」
あまりにあっさりと別の条件を提示した《拳使い》にガイウスは眉を顰める。
「シュピーゲルに装甲のガワを被せて《黒》の加護を与えた粗悪品の事じゃないぞ……
オリジナルの《ティルフィング》……
そもそもあれが利用できるなら、こんな曖昧な実験をする必要なんてなかったんだ」
愚痴る様な《拳使い》の言葉に一同は訝しむが、その言葉の内容を咀嚼し理解すると、キーアを引き合いに出された以上の苛立ちが沸き上がる。
「ふざけるのも大概にしろ……
《ティルフィング》を寄越せだと……あれは――」
「あれは“友の形見”だって言うつもりか?」
ガイウスの言葉を《拳使い》は鼻で笑う。
「《ティルフィング》は兵器だ……
それを道具として使い潰す覚悟もなく、形見として大切に扱うだけならお前達にあれは必要ない……
俺が有効活用してやる」
「道具だと……」
「やっぱり……呪いとは関係なくあなたとは相容れないみたいだね」
《拳使い》の言い分にガイウスと銀の黒騎士は武器を構え直す。
「はっ、その意気だ。ほら、さっさと続きをしようぜ」
銀の黒騎士の言葉に《拳使い》は挑発を重ねる。
「…………皆さん、落ち着いてください」
エマは沸き上がる激情を必死に宥めながら、爆発寸前の仲間たちを諫める。
「見え透いた挑発です……
直前の言動から考えれば、本気で彼はキーアさんを害する気も《ティルフィング》を欲しがっているわけではありません……
だから……落ち着いてください」
言動の矛盾を指摘するが、昂った仲間たちの感情に果たしてどれだけ響いたかはエマには分からない。
「…………仕方がない」
冷静でいようとするエマに《拳使い》はため息を吐く。
「六の型――」
「来るぞっ!」
ポケットに手を突っ込んだまま、呟く《拳使い》の言葉に青の黒騎士は大剣と槍を構え直し――
「――飛燕」
《拳使い》はその場で震脚して、地面を揺らした。
「っ――」
「足元から来る! 気を付けて!」
床を伝播し放射線状に放たれた“気”に一同は身構え――
「――――え……?」
――攻撃することなく足元をすり抜けた“気”の気配に拍子抜けする。
「どこを狙って――」
パンと乾いた音を周囲から一斉に聞こえたかと思うと、広間には突然の暗闇が訪れた。
「なっ!?」
「まさか今のは照明を狙っていたのか!?」
中世時代の魔導の産物である地下道の照明が全て壊されれば、地下深くのこの場所には光源のない闇が支配する。
「大丈夫です。すぐに明かりを灯します」
「っ――だめ! エマ!」
闇の中、エマは杖の先に焔を灯して闇を照らし、焦った銀の黒騎士の言葉に訝しみ――
「むぐっ!?」
背後の漆黒の闇から伸びた手がエマの口を塞ぎ、《拳使い》は魔導杖をその手から弾き落とす。
「ちっ――」
魔導杖に灯った光が踏み砕かれて、広間は再び完全な闇が訪れる。
しかし銀の黒騎士は構わず駆け出し、エマと戦術リンクを繋ぐ。
――エマとの距離、態勢……状況……おそらく《拳使い》は――
「ここっ!」
様々な情報から銀の黒騎士は《拳使い》の位置を予測して双銃剣を振るう。
「おっと」
刃と手甲がぶつかり合って火花を散らす。
《拳使い》は片手で刃を受け止めながら、もう一方の手で銀の黒騎士に顔に手を伸ばし――
「させるかっ!」
暗闇をものともせず、その手を阻むように青の黒騎士の大剣が二人の間に振り下ろされた。
「くっ……」
闇に乗じての奇襲に失敗した《拳使い》は二人から距離を取る。
「……意外だな。フィー・クラウゼルはともかくラウラ・S・アルゼイドが暗闇の中で動けるとはな」
「舐めるなよ。貴様の位置など匂いで分かる」
その言葉に《拳使い》は暗闇の中で肩を竦める。
「匂いって……随分と獣じみた奴だったんだな」
「光よ」
言葉を交わし、青の黒騎士が睨みを利かせている一方で赤の黒騎士が頭上に導力魔法を撃ち込み、即席の照明を作る。
「これで貴様の小細工は無意味となった」
「みたいだな……少し侮っていたようだ」
暗闇からの奇襲を防がれた《拳使い》はあっさりとその負けを認める。
「卑怯だって罵っても良いんだぞ?」
「そんな事言うものか……
それを言うならこの人数で貴様たち二人を囲っている私たちの方が卑怯だ」
青の黒騎士の言葉に《拳使い》はため息を吐く。
「仕方がない……これは使いたくなかったんだが……」
《拳使い》はおもむろに一枚の紙を取り出した。
「っ……」
警戒し、身構える一同に向けて《拳使い》はそこに書かれた文章を読み上げた。
「ヴィクター・S・アルゼイドは雑魚だ」
「…………何?」
「御前試合で子供に秒殺された弱き者、歴代のアルゼイド流の中で最弱の男だ」
「…………」
《拳使い》の言葉に青の黒騎士は黙り込む。
そして《拳使い》は続ける。
「ルトガー・クラウゼルは三流の猟兵だな」
「むっ……」
その言葉に銀の黒騎士が顔をしかめる。
「一流と謳っているが、実際は猟兵王だけのワンマン猟兵団……
実態の内情は親離れも子離れもできない者たちの集団に過ぎない」
「…………それは否定できないかも」
「ルトガー・クラウゼルは昔、たった一人の子供に猟兵団を半壊させられて上に依頼を達成できなかったと……
そして猟兵王の娘はその子供に顔も覚えられなかった程に弱かったらしいな……
人を育てる才能もないのに、人の上に立つ“王”を名乗るなんて恥ずかしい男だ」
「…………」
《拳使い》の言葉に銀の黒騎士は黙り込む。
「それから……」
《拳使い》はページをめくり――
「ヴィータ・クロチルダ。彼女は……十五歳の子供に手を出してキープした尻軽のビッチ?」
「ちょ!? 姉さん!? 何をしているの!?」
首を傾げながら呟かれた《拳使い》にエマが狼狽える。
「その紙はいったい何ですか!?」
「ゲオルグ・ワイスマンからの情報だな……
お前たちにやる気がなければ、これで煽れと言われていたがどれだけ効果があるんだろうな?」
エマの叫びに答えつつ、《拳使い》は彼女たちの反応を窺う。
「次は――」
「もうしゃべらないで」
しかしその言葉を赤の黒騎士が遮る。
「君が何をしたいかは良く分からない……
だけどこれ以上僕たちの邪魔をしないで欲しい」
温厚な言葉の中に、強い拒絶の感情を含ませながら赤の黒騎士は続ける。
「いや、僕たちじゃないか……
クリスが、キーアちゃんが、それにリィンが……そしてオズボーン宰相……
みんなが《黄昏》に向けて挑む準備をしている……
過去の起動者かもしれないけど、《黒》に負けた敗北者が余計なことをしないでくれないかな」
「敗北者か……ふ……否定はしないが……」
赤の黒騎士の辛辣な言葉に《拳使い》は自嘲する。
「だけど敗北者には敗北者なりの意地があるみたいでな……
こんな“残滓”になっても譲れない未練の塊がそんな正論で止まれると思うな」
「そう……それじゃあ僕たちは君たちを……準起動者として全力で露払いをするよ」
赤の黒騎士は大きく後ろに跳んで、導力杖を地面に立てる。
「機器解放」
赤の黒騎士が厳かに呟くと、導力杖が質量を無視して変形を始める。
オーブメントの部分が赤の黒騎士が背負うように展開し、力場で作られた鍵盤が赤の黒騎士の前に並ぶ。
端的に表現するのなら、導力スピーカーを背負い、空中に浮かんだピアノの鍵盤を装備したおよそ戦場には相応しくない姿。
「……そういうことだ」
「ここからは全力で行くよ」
無防備をさらす赤の黒騎士の前に立ちふさがるように青と銀の黒騎士が進み出る。
「鬼気解放っ!」
「鬼気解放っ!」
二人が黒い闘気を爆発させるように纏う。そして――
「鬼気合一」
赤の黒騎士が鍵盤に一音を落とせば、変化は劇的だった。
青と銀の黒騎士が纏う“鬼の気”の密度が膨れ上がり、息苦しさを感じるほどの威圧感を振りまく。
「こ、これは……」
「“鬼の気”を“鬼の気”で増幅しているんですか!?」
プレッシャーにアンゼリカは冷や汗を掻き、エマは膨れ上がった力に驚嘆する。
「しかも俺たちにもか……」
ガイウスは体の底から沸き上がる“聖痕”に似た力に感嘆する。
「…………どいつもこいつも……“鬼の力”……“鬼の力”のバーゲンセールか?」
そんな一同の姿に《拳使い》は呆れるように肩を竦めた。
「一応聞いておくけど……」
成年の背丈となった銀の黒騎士が最後の確認だと《拳使い》に尋ねる。
「《グノーシス》を差し出して降伏するなら、痛い目を見ないで済むよ?」
「はっ……御託は良いからさっさと来い」
そんな黒騎士達の温情を一笑して《拳使い》は手招きをする。
「っ――」
「っ!?」
次の瞬間、時間を飛ばしたかのように銀の黒騎士の跳び膝蹴りが交差した《拳使い》の腕を強打していた。
怯む《拳使い》に銀の黒騎士は空中で身を捩って鋭い、風を切り裂く回し蹴りを彼の頭を狙う。
「ちっ――」
《拳使い》は後ろに大きく跳んでその一撃から逃げ――
「逃がさぬっ!」
すかさず青の黒騎士がランスに洸を宿して突撃する。
「くっ――」
ランスの穂先を篭手で受け止めた《拳使い》に青の黒騎士は大剣を振り下ろす。
その一撃も篭手で受け、怯む《拳使い》にランスを突き出す。
「舐めるな」
《拳使い》の爪先がランスの穂先を捉えて青の黒騎士の手からランスを弾き飛ばす。
「ガイウスッ!」
しかし青の黒騎士は動じずに彼を呼ぶ。
「応っ!」
戦術リンクから彼女の意図を汲んだガイウスは高く弾き飛ばされたランスを空中で掴む。
「風よっ!」
ランスを握りしめて叫べば、搭載された機構が駆動する。
穂先を除いた槍身が回転し唸りを上げ、狭い室内の大気を呑み込み始める。
「オオオオオオオオオオ――ッ!」
金色の風を纏ったランスをガイウスは眼下の《拳使い》に向けて投げ放つ。
「っ……」
タイミングを合わせて青の黒騎士はその場から跳び退き、遅れた《拳使い》の眼前にランスは突き立って風が爆発する。
「くっ!?」
暴力的な竜巻に巻き上げられた《拳使い》はそれでも体制を立て直そうとして――
「させない! リーサル・エッジ!」
銀の黒騎士が風輪を駆動して放ち、竜巻から逃れようとした《拳使い》を押し戻し、さらに風輪が彼の四肢を空中に縫い付ける。
「ラウラッ!」
「任せるがいい!」
青の黒騎士は両手で大剣を構え直し、眩い極光の洸をその刀身に纏わせる。
「アルゼイドが神髄……その身に刻むがよい」
青の黒騎士は大剣を後ろに大きく振り被り――
「奥義――洸凰剣っ!」
金色の竜巻を一刀両断する洸の剣を振り下ろした。
「っ――やったか!?」
荒れ狂う風と衝撃波から顔を庇いながらアンゼリカは目を凝らす。
「四人掛かりの疑似グランドクロスに匹敵する一撃……これなら……」
エマもまた技の威力に勝利を確信し――煙が晴れた先に見たのは無残にも左半身を失った《OZミラージュ》の姿だった。
「…………ん、無事?」
機械の部品を露出させながら、《OZミラージュ》は己の体を気にすることなく庇った《拳使い》の安否を尋ねる。
「…………ああ……助かった」
「ん」
《拳使い》の言葉に《OZミラージュ》は満足そうに頷くと、残った右腕に握った槍を構える。
「“闘争”のエネルギー受諾完了――」
無機質な、淡々とした人形の言葉が響く。
「Sウエポン駆動――《叡智の杭》セット」
機械の塊のような銀の槍をその装甲をずらし、広げて穂先に銀に輝く刃を生み出す。
「皆さん! 彼女を止めて! あれが《塩の杭》です!」
高まる霊力からエマが叫ぶ。
しかし半身を失いながらも動く《OZミラージュ》に気押された一同の反応は鈍かった。
「我が求めに応じて今こそ顕現せよ」
エマは広間の霊脈の中心に掛けながら詠唱を始める。
「其は堅牢……我らを守る唯一の盾」
「《叡智の槍》――シュート」
「其は――以下省略、パレス・オブ・エレギオン」
《OZミラージュ》が槍を投げ放ち、エマは正面から防御結界の盾を構える。
「っ――」
槍と不可視の盾が激突し、先程の剣戟に勝るとも劣らない閃光と衝撃が広間に満ちる。
「破甲拳」
エマが見たのは結界の向こう、槍の石突きを拳で殴りつけた《拳使い》の姿。
盾に突き刺さった槍は拳の一撃から更に押し込まれて、貫通する。
「あ……」
眼前に迫る銀の穂先にエマは固まり――
「危ないっ!」
アンゼリカが横からエマを掻っ攫い、銀の槍はエマが立っていた場所に突き立った。
「……任務完了……この端末は放棄します」
《OZミラージュ》は《拳使い》の返事を待つことなく、その場に崩れ落ち、その機能を停止させた。
「…………」
「…………エマ君、大丈夫かね?」
無言で立ち尽くす《拳使い》を警戒しながらアンゼリカはお姫様抱っこしたエマに尋ねる。
「は、はい。ありがとうございます……アンゼリカ先輩……
って、それよりあの槍を!」
我に返ったエマは床に突き立った槍を見て声を上げる。
「ふむ……」
アンゼリカはエマを下し、槍に近づくと無造作に拳をその側面に叩き込む。
床に突き立った穂先はあっさりと砕け、槍は無造作に転がる。
「…………これはどうなったのかね?」
「……分かりません……ですが……」
霊脈に打ち込まれた《塩の杭》による影響は特に感じない。
「不覚を取ってしまったようだな……」
「うん……でも……」
無言で立ち尽くす《拳使い》を一同は警戒する。
あれほど挑発を重ね、戦意を煽っていた彼は一同を無視して《拳使い》は《OZミラージュ》の残骸を見下ろし続ける。
「どうする?」
その姿にいたたまれない感情が込み上げてきて青の黒騎士は一同を振り返り――
「何をしている?」
唐突にその新たな声は広間に響き渡った。
「この声は……」
銀の黒騎士はいるはずのない声の主に驚いて振り返れば、堂々として足取りで彼らは広間に入ってきた。
「…………イシュメルガ……それに……」
黒い軍服に鬼の面を被った少年と彼に従っている紅い獅子のマスクを被った男に赤の黒騎士は尋ねる。
「父さ……じゃなくて紅獅子。どうして貴方達がここに?」
「私に言われてもなあ」
赤の黒騎士の言葉に紅獅子は困った様子で唸る。
「ふ……吾の庭でこそこそと何かを企んでいる蛇がいるようだからな。吾が直々に処分しに来てやったのだ」
上機嫌で答えるリィン・イシュメルガに黒騎士達は顔を見合わせて首を傾げる。
「何か機嫌が良い?」
「普段ならこんな事は雑事だって見向きもしないのに」
「うむ……しかし、今更来てももうだいたい終わってしまった後なのだが……」
「ふ……貴様がイレギュラーか」
青の黒騎士の呟きを無視し、《拳使い》にリィン・イシュメルガは不敵な笑みを浮かべて手を前に差し出した。
「っ――それは!」
手に光が溢れて顕現したのは黒い刀身の剣。
「その剣は……」
「まるでこの世の悪意が全て込められたかのような気配……」
現れた剣が放つプレッシャーにアンゼリカとエマが慄く。
「《終末の剣》……完成したんだ」
「ああ、この世界において最も強力な物理兵器にして概念兵器……まさに吾に相応しい剣だ」
リィン・イシュメルガは自慢するように巨大な剣を素振りする。
「そして…………オオオオオオオオオッ――《神気合一》!」
雄叫びを上げてリィン・イシュメルガの体から黒と銀の気が噴出する。
「これは!?」
「《鬼の力》……だけじゃない。これはキーアちゃんの力?」
リィン・イシュメルガが纏う威圧感に一同は息を呑む。
ドス黒い闘気に銀の閃光がスパークするように絡み合い、肌で感じる力は人知を超えていた。
「光栄に思え、この“力”と《終末の剣》の試しとなることに」
得意げに誇るリィン・イシュメルガに対して《拳使い》はようやく動き出す。
「何だそれは?」
「ふ……貴様のような屑にも分かるように説明してやろう……
これは《鬼の力》と《零の力》を合わせた《神気合一》と言って――」
「それが《神気合一》? 笑わせるな」
自慢するリィン・イシュメルガの言葉を《拳使い》は鼻で笑う。
「それは《鬼の力》と《零の力》を同時に垂れ流しているだけだ……
力同士の“相克”も“相乗”も起きていない《合一》には程遠い紛いものだ」
「…………」
《拳使い》の指摘にリィン・イシュメルガは黙り込む。
「あまり“武”を舐めるな……それはお前のような存在には理解できないものだ」
「ほざいたな」
《拳使い》の憐みを含んだ言葉にリィン・イシュメルガは闘気を迸らせた。
「ならば受けるが良い! 吾の最強の一撃を!」
リィン・イシュメルガは《終末の剣》を肩に担ぐように振り被る。
「イシュメルガ! 待て! ここでそんな技を使ったら――」
青の黒騎士が漲る力に危機感を覚えて叫ぶが、リィン・イシュメルガは止まらない。
膨大な気の威圧感も、剣に漲る殺気も、人ひとり消し飛ばすには過剰とも言える力を前に《拳使い》は緊張した素振りもなく構えることもなく自然体だった。
その姿が余計にリィン・イシュメルガ苛立たせる。
「黒啼獅子王斬ッ!」
リィン・イシュメルガは地面を蹴る。
数十アージュの間合いを一跳びと刹那で詰め、観客たちの認識を振り切り、黒く染まった《終末の剣》を上段から振り下ろし――斬る前に《拳使い》の拳が彼の顔面を叩いた。
「がっ!?」
「イシュメルガ――イシュメルガ!?」
一方的な殺戮とオーバーキルになる破壊が行われたと思った黒騎士達は、カウンターを受けて逆に飛んできたリィン・イシュメルガに目を疑う。
「…………こんなものか?」
《拳使い》は殴った手をぷらぷらと振りながら失望したと言わんばかりに肩を竦める。
「き、貴様……」
カウンターを受けたにも関わらず、何事もなかったように立ち上がったリィン・イシュメルガは殺意を声に漲らせる。
「図に乗るなよ人間風情が!」
先程以上の闘気を漲らせてリィン・イシュメルガは再び《終末の剣》を振り被る。
「黒啼獅子――がっ!」
先程と同じように神速の速度で踏み込んだリィン・イシュメルガは、やはり同じようにカウンターを顔面に受けて弾き飛ばされる。
「黒啼――ぐっ!」
しかし今度はすぐにもう一度斬りかかり、もう一度殴り返され――
「黒――うぐっ」
四度目のカウンターを受けてリィン・イシュメルガは《終末の剣》を杖にして歯ぎしりをする。
同時に《拳使い》の篭手が砕けた。
「どうした? もう終わりか?」
拳から血を滴らせながら《拳使い》はリィン・イシュメルガに尋ねる。
「貴様、何をしたっ!?」
「ん?」
リィン・イシュメルガの訴えに《拳使い》は首を傾げる。
「吾の方が力も、速さも。闘気も全てにおいて勝っている! なのに――」
「キーアの力を奪ったなら、自分で答えを出せば良いだろ?」
「ぐっ……」
《拳使い》の反論にリィン・イシュメルガは怯む。
「確かに俺はお前よりも遅いし、力もない、そして脆い……」
《拳使い》は傷ついた拳とダメージを感じさせないリィン・イシュメルガを見比べて続ける。
「だがお前はそれ以上に下手くそだ」
「下手……だと……?」
「最強の騎神を謳っておきながら、その実態は一度も戦った事のない素人……
それが《黒の騎神》イシュメルガの正体とはな」
「っ……」
《拳使い》の言葉にリィン・イシュメルガは口元を歪めて肩を震わせる。
「お前が脅威だったのは底知れない未知の存在だったからだ……
だがこれなら……
オズボーンに使われるならともかく、この程度の底ならリィンやアリアンロードに任せて良いのかもしれないな」
独り言のように呟く《拳使い》の見下した評価にリィン・イシュメルガは声を上げて反論する。
「吠えたな生者ですらない亡霊の分際で!」
「イシュメルガ!? 待て――」
「来い――《ティルフィング》ッ!」
紅獅子の制止を無視してリィン・イシュメルガは手を掲げてその名を呼ぶ。
彼の背後の空間が光を伴って歪み、8アージュの機械の巨人が地下の空間に顕現する。
「っ……」
リィン・イシュメルガは呼び出した《ティルフィング》に乗り込むと、外に残した《終末の剣》が機体に合わせるように巨大化する。
「イシュメルガ! それは!」
「生身の人間に《ティルフィング》を持ち出すなんて正気!?」
「どうだこれが吾の力だっ!」
《ティルフィング》が剣を床に叩きつける。
目の前の石床が砕け、衝撃が《拳使い》の体を叩く。
生身の時と比べて巨人の威圧感も含めた濃密な殺気と荒れ狂う霊力にエマたちは息苦しさを覚える。
しかし《拳使い》は目の前の巨大な切っ先に怯むことも恐れた様子もなかった。
「弱い犬ほどよく吠える」
「っ――貴様っ!!」
「待てイシュメルガ!!」
流石に機神と生身の一方的な殺戮を咎めようと青の黒騎士が動く。
黒い焔を纏わせた《終末の剣》が掲げられる。
その存在感と彼から放たれた邪気が含まれた殺気に一同は否応なく本能的に身を竦まされる。
が、――《拳使い》は震脚して床を踏みしめ拳を構える。
「な、何してるの!?」
「馬鹿やってないでさっさと逃げなよ」
黒騎士達が迎え撃とうとしている《拳使い》に正気を疑う。
「こおおおおおおっ!」
そんな言葉を無視して《拳使い》は気を練り上げ、そしてその体が薄れ始めた。
「まさか!?」
「エマ! 彼が何をしようとしているのか分かったのか!?」
「彼を構築している霊力を全て拳に集中させている!?
ノスフェラトゥの身でそんな事をしたらもう貴方は存在を維持できなくなってしまいますよっ!」
文字通り、全身全霊を一撃に込めるを体現しようとしている《拳使い》にエマは慄く。
「ふん! 負け犬の魂をいくら掛けたところで吾に届くと思うなど烏滸がましい」
「本当に口だけは達者だな……命を掛けた闘争も、人を殺した事もない童貞のくせに」
「っ――――死ねええええええええっ!」
《拳使い》のスラングにイシュメルガは激昂と共に《終末の剣》を振り下ろす。
「――破甲拳」
《拳使い》は体を霧散させながら地を踏みしめ、拳を頭上に向かって突き出す。
激突は一瞬。
轟音と衝撃が広間を響かせ、余韻が収まったその場には《拳使い》はもうどこにもいなかった。
「は……ははは! どうだ! これが吾の力だっ!」
鬱陶しい羽虫を潰したイシュメルガは喜悦の歓声を上げる。
子供の様にはしゃぐイシュメルガの声を他所にエマは床にめり込んだ《終末の剣》へと近付いて行く。
「エマ……どうだ?」
「駄目ですね……彼は消えてしまったようです」
《終末の剣》を観察しながらガイウスの問いかけにエマは首を横に振る。
元より全身全霊を使った一撃を放ったのだから、《拳使い》の結果は変わることはなかっただろう。
それでも彼の消失に、何か引っかかるものをエマは感じ――それはガイウスも同じだった。
「ただ……」
エマは《終末の剣》に触れようとした手を引き戻す。
「っ……それは!?」
「ええ……信じられない事に彼は爪痕を残したようです」
最強の概念兵器だと自慢していた《終末の剣》の刀身には打痕の亀裂が刻まれていた。
「……流石は歴代のヴァリマールの起動者だったと言うべきか?
生前はさぞ名のある拳闘師だったのだろう」
「……そうですね……イシュメルガを前にしてのあの胆力……
ヴァリマールには以前のドライケルス帝以前の記憶はないのが悔やまれますね」
エマはため息を吐き、消えた《拳使い》への嫌悪を自覚しながら彼の消滅を惜しんだ。
《拳使い》撃破 確定
終末の剣が使われなかったとある理由
オズボーン
「ふ……終末の剣が完成したか……
これならば《OZ》の誰かが犠牲にすることなく聖獣を屠ることができるな……
既にイオ殿が力を継承しているとはいえ、この大罪も私が引き受けることができそうだ」
リィン・イシュメルガ
「…………」
オズボーン
「ふむ、お前が出歩いているとは珍しい。どこに行っていたイシュメルガ?」
リィン・イシュメルガ
「ん……」
オズボーン
「これは《終末の剣》……この傷は?」
リィン・イシュメルガ
「アルベリヒに直しておけと伝えておけ」
オズボーン
「待て! イシュメルガ! お前何をしていた! 説明をしろ!」
リィン・イシュメルガ
「吾は悪くないっ!」
オズボーン
「逃げるな! ええいっ! オーラ――紅獅子!
あれほどイシュメルガに勝手をさせるなと言ったはずだ」
紅獅子
「私の言葉をあやつが聞くはずないだろ」
赤の黒騎士
「子育てって大変そうだなあ」