「ふんふ~ん♪」
上機嫌のユウナにリィンは珍しい彼女の様子に目を丸くする。
「ユウナ。随分とご機嫌だな」
「ああ……警察学校で導力車の免許を取っていたけど、今まで乗る機会に恵まれていなかったせいだろう」
リィンの呟きにクルトが彼女のご機嫌な理由を推測する。
「はっ……ガキだな」
そんな理由にクロウは揶揄う様に笑う。
「うるさいわよ男子たち」
好き勝手言う後部座席の三人をユウナは咎めるが、その口調はやはりいつもより穏やかだった。
「それにしてもハイアームズ侯爵が導力車を用意してくれて助かったな」
「ああ、パルム行の列車が脱線事故を起こして運休になってしまっていたからな……
徒歩で向かっていたら到着は夜になっていただろう」
「詳しいなクルト……そう言えば今向かっているパルムはクルトの故郷だったか?」
「ああ……小さい頃に住んでいた」
「ヴァンダールの道場があるんだったな。マテウスさんから聞いた事があるよ」
「…………ああ」
リィンの言葉にクルトは平静を装いながら頷く。
「10歳くらいまでパルムで暮らしていたんだっけ? やっぱり懐かしい?」
「……いや……」
ユウナに話を振られてクルトは首を振る。
「帝都の道場が潰れてしまって、クロスベルから帰った時にはこっちに来ていたんだ」
「潰れたって……やっぱり……」
ユウナはバックミラー越しにクロウを睨む。
「いやクロウは関係ない……いや少しはあるけど、帝都の道場が潰れたのは物理的な話だ」
「物理的……? なんか地震でもあったの?」
「帝都の“大異変”ですね」
首を傾げるユウナに助手席のアルティナが答える。
「内戦終盤、貴族連合主宰が引き起こした帝都市民の“魔煌兵化”……
これにより帝都の施設や家屋が七割が倒壊した大惨事、幸いなことに“魔煌兵”にされた人達は元に戻る事ができましたが帝都の復興はまだ続いています……
もっともユウナさん的には残念な話かもしれませんが」
「ちょっとそれどういう意味よ!?」
アルティナの余計な一言にユウナは思わず叫ぶ。
そんな彼女の反応にアルティナは首を傾げた。
「ユウナさんがいつも言っていることは突き詰めればそういう事ではないのですか?」
「え……?」
アルティナの言わんとしている事が分からずユウナは間の抜けた言葉を返してしまう。
「帝国なんて滅べば良い。ユウナさんはそう考えているのではないんですか?」
「っ――」
アルティナの純粋な指摘にユウナは絶句し、自分の奥深くにあった本心が浮き彫りにされる。
自分を共和国の飛行艇から救ってくれたヒーローは帝国人だった。
それでも自分の身に降り掛かった不幸を思えば誰かを憎まずにはいられない。
そして帝国はユウナにとって憎しみを向けるのに都合の良い存在だった。
「……別にその事を私は情報局に報告するつもりはありません」
「……え?」
思考に没頭しているユウナにアルティナは興味がないと言わんばかりに告げる。
「貴女がそう言う人間だと言ういうことは学院も把握しているでしょう……
情報局にしてもユウナさんがロイド・バニングスよりもクロイス家に近い精神性をしているとプロファイリングをされています……
もっともユウナさんは口だけで無害だと判断されていますが……
それに帝国を滅ぼそうとした人物はそこにいますので、今更です」
「はっ……言ってくれるじゃねえか」
アルティナの言葉にクロウが皮肉気な笑みを浮かべるがそれを肯定も否定もしなかった。
しかしそんな事よりもユウナはアルティナの言葉を何度も反芻し、気付けば導力車を止めていた。
「ユウナ……?」
心配そうにクルトが後ろから声を掛けて来るがそれに応える余裕などない。
「私は……帝国を……」
続く言葉を呑み込みユウナは口を押さえる。
心の奥底にある黒い衝動を自覚してしまえば、決してアルティナの言葉を否定することはできない。
ルーファスに、クレアに、自分がトールズ第Ⅱ分校に通えるように手配してくれた帝国人に感謝の思いはある。
しかし、それでも『帝国の滅び』その言葉に甘美なものを感じてしまう自分にユウナは愕然とする。
「帝国なんて……」
その先の言葉は決して言ってはならないとユウナは口を噤む。
しかし、自覚してしまった自分の本音をユウナは持て余す。
帝国への反発心。
それが行き着く先がクロスベルが世界に行った宣戦布告だと分かっていても、ユウナは自分の感情の落とし所を見つけることはできなかった。
そして、黙り込んでしまったユウナにクルトが声を掛ける一方で、リィンはただ無言でユウナを見続けていた。
*
ユウナからクロウに運転手を変えて紡績都市パルムに《Ⅶ組》は到着する。
「紡績町パルム……帝国最南端の町ですね」
「アルティナはここに来たことがあるのか?」
「はい……任務で何度か」
リィンの質問にアルティナは頷く。
「なるほど……」
クルトとアルティナ。
土地勘がある人間が二人いるなら調査も捗るだろうリィンは安堵しながら振り返る。
「それですぐにでも魔獣の調査に向かいますか?」
「そうだな……」
リーダーであるクロウは考え込み、振り返る。
そこにはクルトに付き添われているユウナがいた。
導力車を運転させて御機嫌になったと思いきや、自分の中の醜い感情を自覚してしまいすっかり憔悴してしまっているユウナは見るからに使い物にならない状態だった。
「クルト、お前さんの実家がここにはあるんだったな?」
「え……ええ……」
「じゃあとりあえずお前さんちにお邪魔させてくれ」
「それは……」
「ヴァンダールの道場なら魔獣についての情報があるかもしれないだろ。それに……」
「……分かりました」
クルトはクロウの提案に顔をしかめたものの、彼が言葉を濁したユウナを何処かで落ち着かせて休ませなければならないことを優先して頷いた。
パルムの南、アグリア旧道への門の前にヴァンダールの道場はあった。
「とおっ! やあああっ!」
「せいっ! はあっ!」
そこに近付くと気合いの入った声が外まで響いていた。
「閉鎖されたにしては賑やかですね」
「僕が進学する前は確かに閉鎖されていたはずなのに……」
困惑しながらも一同はクルトを先頭にしてヴァンダールの道場へと入る。
そこでは数人の若い男女が壮年の男に見守られる形で長大な木剣を素振りしている最中だった。
「あの人は……」
師範と言う立ち位置にいる男性にリィンは見覚えがあった。
「……どういうことだ?」
そしてクルトもリィンと同じ人物を見て目を丸くする。
彼らが呆然としている間に、その男は門下生たちにそのまま素振りを続けるように指示を出してリィン達に進み出る。
「誰かと思えばリィン君にクルトか……」
「っ……」
「お久しぶりですマテウスさん」
気安く話しかけてきた父にクルトは咄嗟に言葉を返すことができず、その間にもリィンがマテウスに挨拶を返していた。
「マテウス・ヴァンダール……帝国の五指に入る達人ですが、リィンさんのお知り合いだったんですか?」
「ああ、ユミルでユン老師達と一緒に剣を教えてもらった先生の一人なんだ」
「おいおいお前さんは《八葉一刀流》じゃなかったのかよ?」
リィンの言葉にクロウは思わず聞き返す。
「《八葉一刀流》の理に《ヴァンダール流》と《アルゼイド流》を取り入れて少し手解きをしたに過ぎぬさ……
それよりも息災のようで何よりだリィン君、それにクルトも……」
「え……父上もお元気そうで何よりです」
クロスベルから戻って来たばかりの頃は、すっかり消沈してしまい、かつてクルトが憧れた父でなくなっていた姿に失望した。
しかし、今のマテウスの佇まいはクルトが憧れたヴァンダールの当主に一見すれば戻っていた。
「帰って来ていたんですね」
「ああ、リィン君がトールズ第Ⅱ分校に進学するに合わせて、私達もそれぞれ帰郷していてな」
口を開けば気安そうにリィンの名を口にするマテウスにクルトは顔をしかめる。
「それにしても二人とも、来るならば連絡してくれればいいものを」
「いえ……実は士官学院のカリキュラムで来ていて……」
厳格だったはずの父の気さくな態度にクルトは戸惑いながらもここに来た理由を告げる。
「パルム周辺で目撃された不審な魔獣について何か知りませんか父上?」
「ふむ……たしかアグリア旧道とパルム間道で奇妙な魔獣を見掛けたと言われていたな。明日にでも見回りに行こうとしていたところだが」
「アグリア旧道とパルム間道ですか……」
「そこは何処なんだ?」
「アグリア旧道はパルムの東、レグラム方面への街道……
パルム間道はリベールの国境になるタイタス門へと続く南側の街道だ」
リィンの問いにクルトは答えてマテウスに向き直る。
「それでは父上、鍛錬の邪魔をして申し訳ありませんでした。僕達はこれで――」
早々に立ち去ろうとするクルトに一同は首を傾げる。
「どうしたんだクルト? アグリア旧道には俺達で行くから君はユウナと一緒にここで待っていた方が――」
「いや気遣いは無用だ。よくよく考えればそれは――」
「あら、私に顔を見せてくれないなんて随分薄情になったのね」
その声にクルトは遅かったかと項垂れる。
声と共に現れたのはクルトの同じ髪色の清楚な女性だった。
「良く戻りましたねクルト。一ヶ月ぶりになりますか」
どんな形であったとしてもクルトが帰って来たことを喜ぶ女性はクルトに微笑みかける。
「きれいな人ですね」
「ひゅう……お前の姉ちゃんか? お前もリィンと同じ弟ブルジョワジーだったとは恐れ入るぜ」
アルティナとクロウの感想を背に聞きながら、クルトは佇まいを直して女性に向き直る。
「…………ただいま帰りました……母上」
クルトの母と言う言葉に一同は驚く。
「お、お母さんっ!?」
「随分とお若いんですね」
「ふふ、ありがとう。貴方がリィン君ね。夫のマテウスやクルトからの手紙で伺っているわ」
リィンの言葉に女性は微笑み、その視線をユウナに向ける。
「え……?」
「貴女がリナさんの娘さんね。クロスベルではクルトがお世話になりました」
「へ……?」
突然出て来た自分の母の名前にユウナは目を丸くする。
そんなユウナに微笑を浮かべ、彼女は一同に向かって名乗る。
「マテウス・ヴァンダールが後添い、オリエ・ヴァンダールと申します」
そう名乗ったオリエだが、突然話を振られたユウナは訳が分からないとクルトに声を掛ける。
「ちょっとクルト君! どうしてクルト君のお母さんが私のお母さんを知ってるのよ!?」
「それは……」
小声で詰めかけてくるユウナにクルトは何と説明していいものかと悩む。
「実はリナさんから、ユウナが帝国の学院に進学すると言い出したことに相談されたんだ」
「何それ!? 私聞いてないんだけど!」
「それは君が今まで僕の話に聞く耳を持ってくれなかったからだろ」
親としては故郷を離れてミラのために進学先を決めたユウナの事が心配で、顔見知りとなったクルトを頼っての行動だった。
しかし、実家に直接導力通信の連絡があった事でその相談にオリエが関わり、ひいてはクルトがトールズ第Ⅱ分校に通う最後の一押しになっていた。
「ふふ、クルトがガールフレンドはもちろんだけど友達を家に連れて来るのは初めてね」
息子の健やかな成長に喜びを感じているオリエは喜び、マテウスも寡黙に頷く。
そんな両親に気恥ずかしさを感じるクルトだったが、ユウナはある事に気付きクルトに耳打ちする。
「もしかしてクルト君はうちのお母さんと連絡を取っていたりしないでしょうね?」
「それは…………」
思わずクルトは視線を明後日の方に飛ばす。
その反応にユウナは血の気が引くのを感じた。
「とりあえず友達が百人できたというのは盛り過ぎだと思う……《第Ⅱ》には教官を合わせても30人くらいしかいないんだから」
「っ…………」
その言葉にユウナは母に張った見栄や虚勢が筒抜けになっている事に気付いた。
「あ……あああっ!」
頭を抱えてその場に蹲るユウナ。
「えっと……」
ユウナの事情に軽く触れているリィンは何と慰めて良いのか迷う。
「ところでいつまでこうしているのでしょうか? 早く旧道と間道の調査をしなければ夕暮れまでに演習地に戻れなくなると思いますが」
混沌とした状況にも関わらず、淡々とした口調でアルティナが行動を促す。
そんなマイペースなアルティナにリィンは苦笑いを浮かべてクロウに指示を仰ぐ。
「それはそうかもしれないけど……どうしますかクロウ先輩?」
「そうだな……まだ時間は逼迫してねえんだ。もう少し見物してようぜ」
「…………はあ……」
完全に野次馬気分になっているリーダーにリィンはため息を吐くのだった。
ユミル饅頭、喰わずして死ねない。
あれが名産になったのは閃Ⅱからなので、リィン君(本物)が戻らないといけない理由が増えたかな?